本記事は、佐藤耕紀氏の著書『今さらだけど、ちゃんと知っておきたい「マーケティング 」』(同文舘出版)の中から一部を抜粋・編集しています。
「Windows」の利益率は85%?
デジタル商品の費用構造
近年は「サブスクリプション」(subscription、定額制のサービス、「サブスク」)という言葉をよく聞きます。
時間あたりの料金が定額のサービスは、以前からありました。たとえば新聞や雑誌の定期購読、賃貸住宅の家賃、電車やバスの定期券、食べ放題、カラオケなどです。
2010年代からは、デジタル・コンテンツの定額サービスが次々と登場しました。
たとえば動画配信の「Netflix」や「Amazonプライム・ビデオ」、音楽配信の「Spotify」や「Apple Music」、電子書籍の「Kindle Unlimited」などです。
コンテンツ・ビジネスの費用構造
なぜ、こうしたデジタル商品は、定額料金と相性がよいのでしょうか。
その背景には、デジタル化されたコンテンツ(映像、音楽、書籍など)やアプリ(ソフトウェア)に特有の費用構造があります。
「サブスク」の前に、一般的なDVDの費用構造を考えましょう。たとえば、映画(洋画)のDVDの価格が4,000円だとすると、その内訳は下の図のようになります。
▼映画DVDの費用構成
製作者は、DVDを2,600円で卸売業者へ販売します。原価は300円なので、粗利は2,300円(約88%)です。
卸売業者は、2,600円で仕入れたDVDを、3,000円で小売店へ販売します。小売店は、3,000円で仕入れたDVDを、4,000円でお客へ販売します。
このように製作者の粗利が大きいのが、デジタル商品の特徴です。
その理由について、これから考えていきましょう。
「マイクロソフト」の2002年の決算報告書では、主力商品「Windows」の利益率が85%にもなることが初めて明らかになり、「売上の大半が利益」だと報じられました(※1)。
同社の直近の営業利益率(2021年6月期、連結)をみても41.6%と、ふつうの会社では考えられない高水準です(※2)。
「サブスク」はデジタルと相性がいい?
限界費用と限界利益
デジタル・コンテンツやアプリを、ウェブサイトでダウンロード販売する場合はどうでしょうか。
その場合、「生産」は「データをコピーすること」、「流通」は「ダウンロードしてもらうこと」になります。
形のあるモノをつくったり運んだりするのに比べれば、データのコピーやダウンロードにはほとんど費用がかかりません。商品を生産・配送する費用がほぼ0になるのです。
また、売買はプログラムで自動化され、インターネット上で完結します。
24時間いつでも販売できるうえに、家賃や人件費もかからないのです。
経済学では「商品を追加でもう1つ生産する費用」を「限界費用」(marginal cost)といいます。ダウンロード販売されるデジタル商品には「限界費用がほぼ0である」という特徴があります。
会計学では、売上から変動費を引いたものを「限界利益」(marginal profit)といいます。限界費用(≒変動費)がほぼ0だということは、「限界利益率がほぼ100%」だということです。
限界利益から固定費を引いたものが利益になります。
デジタル商品では、制作費や開発費といった初期の固定費が大きいので、これを回収するのは大変です。
しかし売上のほとんどが限界利益なので、固定費さえ回収すれば、あとは「ボロ儲け」ともいえるような高い利益率になるのです。
デジタル商品が「サブスク」に向く理由
前おきが長くなりましたが「なぜ、デジタル商品はサブスクリプションと相性がよいのか」という話に戻りましょう。
定額で無制限に商品(サービス)を提供するには、提供1回あたりのコスト(限界費用)は小さいほうが有利です。その意味で、デジタル商品は、「サブスク」にうってつけなのです。
サービスの運営者にとって、「サブスク」は売上の安定性や確実性が増すというメリットがあります。
売上から運営者の粗利を確保して、残りをコンテンツ提供者へ分配するようなしくみにすれば、利益率も安定します。
サービスの需要を喚起する効果もあります。「定額料金を払ったから、たくさんつかう」ということは、「たくさんつかって、相応の料金を払う」ということでもあります。
顧客を囲い込む効果もあります。あるサービスに定額料金を払ったら、できるかぎりそのサービスをつかおうとするでしょう。
ウェブ・サービスでは、お客の個人属性や行動履歴を把握できます。集まったデータから、自動的にお客の好みを分析して「おすすめ商品」を表示するようなこともできるのです。
ネット配信に消極的だといわれた「スタジオジブリ」の21作品も、2020年から「Netflix」で世界約190カ国に配信されることになりました(※3)。
「Zoom」はどうやって利益を出す?
広告モデル、フリーミアム
「無料で商品やサービスを提供し、広告から収入を得る」というビジネス・モデルがあります。
これは以前から、テレビやラジオで行われてきた手法です。
(民放の)テレビ番組は視聴者に無料で提供されますが、ときどきCMが入ります。このCMから入る広告収入が、テレビ局の主な収入源なのです。
たとえば「トヨタ」がCM枠を買って、クルマのCMを流す代わりに、テレビ局へ広告費を支払います。トヨタとしては、払った広告費よりも大きな販売効果が得られればよいのです。
▼広告モデルの例
近年は「Google」「YouTube」「Facebook」「Instagram」「Twitter」「LINE」など、このビジネス・モデルで成功するネット企業が目立ちます。
「フリーミアム」(freemium)と呼ばれるものもあります。「基本的なサービスを無料で提供し、一部の有料会員から収入を得る」というビジネス・モデルです。これは無料の商品を含めた「バージョニング」だと考えられます。
たとえばオンライン会議の「Zoom」は、(この本の執筆時点では)「最大40分のグループ・ミーティング」「無制限の1対1ミーティング」といった基本サービスを無料で提供しています。
しかし「無制限のグループ・ミーティング」「最大1,000名の参加者」といった機能をつかうには、有料会員にならなければなりません。
▼無料商品を含むバージョニングの例
基本サービスを無料で提供することで、誰でも気軽にアカウントをつくって、サービスを試してもらうことができます。ユーザー数が増えると「ネットワーク効果」で利便性も高くなります。そうして「先行者優位」を築き、お客を囲い込むのです。
一定の確率で、無料会員から有料会員へ移行するユーザーが現れます。
無料会員が増えれば、有料会員も増えるのです。
(※1) 日経XTECH「本当に許されるのか,WindowsとOfficeの驚異的な利益率」2002年11月25日、https://xtech.nikkei.com/it/members/ITPro/USIT/20021124/1/
(※2) 同社「Annual Report 2021」、https://www.microsoft.com/investor/reports/ar21/index.html
(※3) 日本経済新聞「Netflix、2月からジブリ作品を世界配信 日本・北米除く」2020年1月20日、https://www.nikkei.com/article/DGXMZO54593740Q0A120C2TJ1000/
1968年生まれ、北海道旭川市出身。旭川東高校を卒業後、学部、大学院ともに北海道大学(経営学博士)。防衛大学校で20年以上にわたり教鞭をとる。経営学にあまり興味がない学生を相手に、なんとか話を聞いてもらう努力を重ね、とにかくわかりやすく伝える授業にこだわっている。就職、結婚、子育て、といった人生のイベントをひととおり終え、生活者としての経験をふまえて、仕事にも人生にも役立つ経営学を探求している。趣味はクラシック音楽と海外旅行。前著『今さらだけど、ちゃんと知っておきたい「経営学」』(同文舘出版)のほか、経営・マーケティングの共著が6冊ある。※画像をクリックするとAmazonに飛びます