本記事は、佐藤耕紀氏の著書『今さらだけど、ちゃんと知っておきたい「マーケティング」』(同文舘出版)の中から一部を抜粋・編集しています。
「トマト銀行」で預金が530億円増
ネーミング
伊藤園は1985年に「缶入り煎茶」を発売しますが、低迷が続きます。
そもそも「煎茶(せんちゃ)」を読めない人も多かったそうで、ネーミングとしてはいまひとつでした。
そこで、1989年に商品名を「お〜いお茶」に変えると、売上は6倍の40億円になりました。(※1)
「山陽相互銀行」は、1989年に銀行名を「トマト銀行」に変えました。
このときの様子を、経済紙は次のように書いています。
奇抜なネーミングで話題を呼んだトマト銀行(旧山陽相互)が3日、本格的な営業を始めたところ、岡山市の本店前には午前9時の開業前から約50人が行列、“トマト・フィーバー” は終日続いた。千葉や静岡など県外からかけつける客の姿も目につき、ユニークな通帳を求める客で本支店とも大混雑。預金量は1日で約530億円増えた。予想を上回るトマト効果に同行幹部は『してやったり』の表情だった(※2)。
王子ネピアは、1996年に「モイスチャーティッシュ」を発売しました。
商品の評価は高かったものの、当時は「保湿ティッシュ」という商品カテゴリーの認知度も低く、売上はいまひとつでした。
社内でデザインやネーミングの検討を重ね、2004年に商品名を「鼻セレブ」として売り出すと、以前の10倍以上を売り上げる大ヒットになりました。(※3)
どんなネーミングが売れる?
こうしてヒットしたネーミングを見ると、「語呂やリズム感がよい」「目を引く」「気になる」「面白い」「わかりやすい」といった特徴をもっています。
ここでは、ネーミングを変えてヒットした例を紹介しましたが、逆に売上が下がることもあります。
売上はさまざまな要因で変化するので、ネーミングの効果だけを測るのは難しいのですが、「ポジショニング」ではとても重要な要素だと考えられています。(※4)
私の印象に残っているネーミングは、岡田斗司夫さんの『いつまでもデブと思うなよ』(新潮社、2007年)というダイエット本です。
ちょっと気になるタイトルです。
書店で見かけて、思わず手にとり、パラパラと内容を見て、面白そうなのでそのまま買いました。
平凡なタイトルだったら、おそらく意識にものぼらなかったと思います。
世の中にあふれる商品のほとんどは、そもそも「認知」されません。
「Action」(実際に買う)のまえに、「Attention」(存在に気づく)と「Interest」(興味をもつ)が大切なのです。
「コモディティ」を差別化するには?
商品戦略の実際
「男前豆腐店」社長の伊藤信吾さんは、豆腐の業界について、次のように語っています(※5)。
当時は新商品といっても、スーパーのバイヤーから求められてパッケージを変える程度でした。昨日までの絹ごし豆腐に「涼・絹」と新しいシールを貼ったり。写真を入れようとか、色を変えようとか。
あとは「ナントカ屋」みたいな名前だけのブランドを作ってみたり。中身は大きくは変わらないんだから、お客さんが喜ぶわけないですよね。
05年前後から、豆腐工場の倒産が加速したんです。大きなメーカーがどんどんつぶれていった。根底にあるのはスーパーの値下げ競争です。安い豆腐では採算に合わなくなってきたんですね。やっぱり3パック100円みたいな安い豆腐には限界があるんですよ。
しかしその後、伊藤さんは材料や製法にこだわって、豆腐を差別化していきます。
ユニークな「ネーミング」「ビジュアル」「コピー」にもこだわって、一丁300円以上の高級豆腐でヒットを連発しました(※6)。
▼「男前豆腐店」のユニークなデザインとネーミング
アニメ「機動戦士ガンダム」の「ザク」をモチーフにした「相模屋」の「ザクとうふ」もユニークです。
ガンダム世代の30~40代男性を中心に話題を呼び、発売から2ヵ月で100万丁という記録的なヒットになりました(※7)。
▼相模屋の「ザクとうふ」
一般的には「コモディティ」といわれる商品でも、アイデアと工夫しだいでは差別化できるのです。
(※1) ニュースイッチ「売り上げ急上昇にはワケがある。シンプルだけど示唆に富む「お〜いお茶」の物語と今後」2019年3月15日、https://newswitch.jp/p/16876
(※2) 日本経済新聞「中国の平成史、激動をたどる トマト銀フィーバー 本四3 橋時代 世界遺産に4地域」2019年4月27日、https://www.nikkei.com/article/DGKKZO44267720W9A420C1LC0000/
(※3) DIAMOND Online「鼻セレブやカレーメシも、「改名後」にヒットした商品たち」2018年3月8日、https://diamond.jp/articles/-/162582
(※4) 前掲『ポジショニング戦略』(海と月社、2008年)
(※5) 伊藤信吾著『風に吹かれて豆腐屋ジョニー』(講談社、2006年)
(※6) テレビ東京「カンブリア宮殿」2006年9月25日、https://www.tv-tokyo.co.jp/cambria/backnumber/2006/0925/
(※7) DIAMOND online「「ザクとうふ」の次は“女子専用”で勝負! 豆腐界の風雲児はまた革命を起こせるか」2014年9月8日、https://diamond.jp/articles/-/58749
1968年生まれ、北海道旭川市出身。旭川東高校を卒業後、学部、大学院ともに北海道大学(経営学博士)。防衛大学校で20年以上にわたり教鞭をとる。経営学にあまり興味がない学生を相手に、なんとか話を聞いてもらう努力を重ね、とにかくわかりやすく伝える授業にこだわっている。就職、結婚、子育て、といった人生のイベントをひととおり終え、生活者としての経験をふまえて、仕事にも人生にも役立つ経営学を探求している。趣味はクラシック音楽と海外旅行。前著『今さらだけど、ちゃんと知っておきたい「経営学」』(同文舘出版)のほか、経営・マーケティングの共著が6冊ある。※画像をクリックするとAmazonに飛びます