本記事は、佐藤耕紀氏の著書『今さらだけど、ちゃんと知っておきたい「マーケティング」』(同文舘出版)の中から一部を抜粋・編集しています。
なぜ、「日高屋」は「マクドナルド」や「吉野家」の近く?
飲食チェーンの立地(1)
小売店や飲食店の、街のなかでの立地を考えましょう。
ひとつ、クイズにお答えください。
「行列のできるような人気店」と「どこにでもあるチェーン店」だと、立地によって売上が大きく変わるのはどちらでしょうか。
わざわざ行きたくなるような人気店は、お客のほうが何としてもそこへ行こうと、お店を探します。よほど不便な場所でなければ、立地はそれほど重要でないともいえます。
みなさんが仕事の合間に、急いで食事をするとします。短時間で食べられるお店なら、どこでもいいでしょう。
駅を出て、あたりを見わたすと「マクドナルド」「吉野家」「日高屋」が目に入ります。
そういうとき、さらにお店を探しまわるでしょうか。たまたま目についたお店のどれかに入るのではないでしょうか。とくに好みがなければ、最も近いお店かもしれません。
そういう意味では、実はありふれたチェーン店のほうが、立地は重要なのです。
商品でいえば、特別品や買回り品なら、お客のほうが目的をもって探しますから、立地はそれほど重要でないともいえます。
コモディティや最寄り品は、たまたま見つけた場所でパッと買いますから、立地が重要でしょう。
たとえば、レギュラー・ガソリンについては「どこで給油しても同じようなものだろう」と考える人が多いでしょう。価格も大差ないとすると、たまたま通り道にあるなど、立地でお店を選ぶのではないでしょうか。
日高屋を創業した神田正さんは、70歳を過ぎても自ら歩きまわって、お店の物件を探していました(※1)。
店舗の9割は、駅から徒歩5分以内だといいます(※2)。
しかも、道路に面して入りやすい1階の店舗にこだわっています。
日高屋は「ハンバーガー。牛丼。あしたは、日高屋。駅前で待ってます」というCMで話題になりました。
意図的にマクドナルドや吉野家の近くに出店しているのです。
マクドナルドや吉野家は、「駅の乗降客数」「人の流れ」「家賃相場」など、立地条件を綿密に調べ、採算性をチェックしてからお店を出します。
時間もお金もかかる立地調査をライバルにまかせて、日高屋はそこにただ乗りできるわけです。
みごとな「コバンザメ商法」といえるのでしょう。(※3)
なぜ、「富士そば」は立地にこだわる?
飲食チェーンの立地(2)
あるテレビ番組で、「富士そば」の経営を紹介していました(※4)。
創業者で会長の丹道夫さんは、店の立地に強いこだわりをもっていました。80歳近くになっても自ら街を歩いて、人の流れを見ながら、物件を探していました。丹さんが直接見てOKを出さないかぎり、店を出すことはできないそうです。
「富士そば」は宣伝をしていませんでした。
立地がよいので賃料は高くなりますが、お店そのものが「広告塔」になります。場所がよいので、とくに宣伝をしなくても、お客が通りがかりに見つけてくれるのです。
丹さんは、次のように言います。
450円くらいの客単価です。
それを食べるために、わざわざ100mも歩かないんですよ。
せいぜい30mでしょう。
だから、場所がよくないとダメなんです。
「お客を集める」というよりも、「行きがかり」「成り行き」で食べる。
「衝動買い」が多いんです。
具体的な立地の条件は、次のようなものだといいます。
駅前は強いですね。
雨が降っても、雪が降っても、夜も、深夜も、駅には人が集まります。
「1歩でも駅に近い」ほうがいいんです。
出店するのはまず「人通りが多い」ところです。
5分間に100人以上の人通り。
それと、服の色が「黒っぽい」(スーツ)ということです。
これがカラフルだと、女性が多いことになります。
サラリーマンに愛してもらわないとダメなんですよ。
立地には妥協しないほうがよいと言います。
妥協して失敗したら、店を閉鎖しなければなりません。
それにはものすごく時間がかかります。
お金も、何千万円も損をします。
違約金もとられます。
経験上、妥協せずによい物件を探すほうが早いし、得なんです。
印象的だったのは、「日高屋」の神田さんも、「富士そば」の丹さんも、「広い」物件を避けていたことです。
広いほうが使い勝手がよいのかと思いきや、広い物件は賃料が高すぎるといいます。
最小限の広さで家賃を抑え、コンパクトなお店を効率よく運営しているのです。
「マクドナルド」はどこに店を出す?
ロードサイドの立地
ロードサイドの立地について、もうひとつクイズにお答えください。
あなたが道路沿いにお店を出そうとしていて、下の様なA~Cの候補地があるとします。
家賃が同じだとしたら、どの場所が最も有望でしょうか。
なお、営業時間内に通るクルマの多くは、図の上へ向かって走るとします。
▼カーブした道路沿いの立地
クルマを運転する方はわかると思いますが、カーブを曲がるとき、ドライバーの目線はカーブの外側(遠心力のかかる方向が外側です)へ行きます。
外側にあるお店は発見しやすく、内側のお店は発見しにくいのです。
その意味では、BやCの立地がよいことになります。
また、BやCの立地だと、ドライバーはしばらく手前から、障害物のない道路上を見通して、お店を発見することができます。
Aだと、道路わきに障害物があれば、お店は見えません。
ロードサイドのお店に来てもらうには、ドライバーがお店に気づいて、入るかどうかを決める時間的な余裕が必要です。
突然お店が視界に入っても、急ブレーキ、急ハンドルで飛び込むわけにはいかないのです。
最後に、クルマは左側通行ですから、進行方向の右にあるCには、右折しなければ入れません。
だからこの場合は、進行方向の左にあるBが最も入りやすいことになります。
道路沿いの「マクドナルド」は、できるかぎりこのような立地にお店を出すそうです(※5)。
なお、「カーブの外側のほうが視認しやすい」という法則は、街を歩く人や、ショッピング・モールの通路などにも当てはまります。
街なかのよい立地の条件として、「人通りが多い」「目立つ」「(物理的にも、心理的にも)行きやすい、入りやすい」の3つをあげました。
これらは、ロードサイドにもそのまま当てはまります。
(※1) テレビ東京「カンブリア宮殿」2014年9月25日、https://www.tv-tokyo.co.jp/cambria/backnumber/2014/0925/
(※2) TBS「がっちりマンデー!!」2010年5月16日、https://www.tbs.co.jp/gacchiri/archives/2010/0516.html
(※3) DIAMOND online「なぜラーメンの日高屋はマクドナルドと吉野家の隣にあるのか」2011年6月22日、https://diamond.jp/articles/-/12823
(※4) NHK Eテレ「仕事学のすすめ」「立ち食いそば屋 人情派 第1回 駅前 たそがれ そば屋のあかり」2013年1月24日
(※5) 榎本篤史『すごい立地戦略 街は、ビジネスヒントの宝庫だった』(PHPビジネス新書、2017年)、第1章
1968年生まれ、北海道旭川市出身。旭川東高校を卒業後、学部、大学院ともに北海道大学(経営学博士)。防衛大学校で20年以上にわたり教鞭をとる。経営学にあまり興味がない学生を相手に、なんとか話を聞いてもらう努力を重ね、とにかくわかりやすく伝える授業にこだわっている。就職、結婚、子育て、といった人生のイベントをひととおり終え、生活者としての経験をふまえて、仕事にも人生にも役立つ経営学を探求している。趣味はクラシック音楽と海外旅行。前著『今さらだけど、ちゃんと知っておきたい「経営学」』(同文舘出版)のほか、経営・マーケティングの共著が6冊ある。※画像をクリックするとAmazonに飛びます