この記事は2022年3月8日(火)配信されたメールマガジンの記事「岡三会田・田 アンダースロー『本当の基礎からわかる「新しい資本主義」〜 政府の成長投資が拡大へ 〜』」を一部編集し、転載したものです。


岡三アンダースロー220308
(画像=PIXTA)

目次

  1. 岸田内閣の「新しい資本主義」とは?
  2. 家計に所得を回すためには企業と政府の合わせた支出をする力が必要
  3. 財政政策が緊縮から拡大に転じる力となる自民党の財政政策検討本部の提言
    1. 自民党の政権公約の成長投資のメニュー
  4. 政権公約の成長投資メニューの周りには官民一体となった資金が集まるだろう
  5. 田キャノンの政策ウォッチ
    1. 1月第三次産業活動指数、1月機械受注、3月日金融政策銀決定会合の予想

岸田内閣の「新しい資本主義」とは?

2021年10月4日に「新しい資本主義」を掲げて岸田内閣が発足をした。しかし、マーケットでは「新しい資本主義」に対する理解が進んでいないようだ。

「新しい資本主義」は、家計に所得を回すことを目標とするマクロ経済政策である。これまでの新自由主義のマクロ経済政策は、経済の効率を重視し、規制緩和などで企業部門の強化に力を注いできたが、投資や賃金などの企業の支出は大きく拡大しなかった。政府は「民間の効率的な活動を邪魔をしないように小さくなるべきだ」という考えで、財政政策は緊縮的だった。

マクロ経済では誰かの支出が誰かの所得となる。支出の裏付けのない所得は存在しない。企業と政府の合わせた支出をする力が拡大してはじめて、家計に所得が回ることになる。新自由主義によって企業と政府の合わせた支出をする力が弱くなってしまい、家計に所得が回らなくなってしまった。

新しい資本主義で企業と政府の合わせた支出をする力を回復し、家計に所得を回すことを実現することが岸田内閣の目標となる。

家計に所得を回すためには企業と政府の合わせた支出をする力が必要

家計に所得を回すために必要となる「企業と政府の合わせた支出をする力」は、どのように確認できるのか?

企業の支出をする力は企業貯蓄率で確認する。貯蓄率が上がることは支出をする力が弱くなり、貯蓄率が下がることは支出をする力が強くなることを意味する。

政府の支出をする力は財政収支で確認する。赤字が減ると支出をする力が弱くなり、赤字が増えると支出をする力が強くなることを意味する。

企業貯蓄率と財政収支を足して「ネットの資金需要」にすれば、企業と政府を合わせた支出をする力が確認できることになる。マイナスであれば支出が強く、プラスであれば支出が弱いことを意味する。

新自由主義のマクロ経済政策では、企業の支出を大きく拡大させることに失敗し、企業貯蓄率はプラスのままであった。消費税率を引き上げるなど、財政政策も緊縮的であったため、ネットの資金需要が消滅をしてしまった。

企業と政府の支出をする力が消滅したことで、家計に所得が回らなくなり、中間層まで疲弊してしまった。家計の実力が衰えたことが需要をさらに縮小させ、それが企業の投資行動をさらに弱くする悪循環となった。新自由主義の失敗である。

新型コロナウィルス感染拡大による経済活動の抑制に対処するために、財政支出は大きく拡大してきた。ネットの資金需要は復活し、家計に所得が回る力も回復した。この膨らむ力が景気とマーケットを支えてきた。

しかし、コロナに対応する財政支出は一時的であるため、今後は、新しい資本主義のマクロ経済政策でネットの資金需要を持続的に強い状態にする必要がある。

▽リフレ・サイクルと家計に所得を回す力を示すネットの資金需要(企業貯蓄率+財政収支)

リフレ・サイクルと家計に所得を回す力を示すネットの資金需要(企業貯蓄率+財政収支)
(画像=出所:内閣府、日銀、Refinitiv、岡三証券、作成:岡三証券)

財政政策が緊縮から拡大に転じる力となる自民党の財政政策検討本部の提言

ネットの資金需要を強い状態に維持し、家計に所得を回す「新しい資本主義」の目標を実現するため、財政政策は拡大を続けることになるだろう。

2021年11月に安倍元首相と高市政務調査会長の下、自民党に財政政策検討本部が設立された。「財政出動の是非について多角的に検討し、実体経済に即した財政政策の在り方を多角的に議論し、日本を再び成長軌道に戻すための提言をまとめることが同本部設置の目的である」としている。

財政支出は、民間の効率的な活動を阻害するので、小さな政府にすべきだというのが新自由主義の考え方であった。「新しい資本主義」では、経済・社会システムの安定と発展のため、政府の役割は重要であり、財政支出の拡大(大きな政府)が必要であるという考え方に転じる。

格差の是正のため、困窮世帯への支援の拡大が必要だ。グリーンやデジタル、先端科学技術、そして経済安全保障などへの投資は、民間の力だけでは困難で、政府も成長投資を拡大する必要がある。

春には財政政策検討本部が提言をまとめ、財政政策がこれまでの緊縮的なものから積極的なものに転換し、岸田内閣の「新しい資本主義」は家計に所得を回すという目標への動きを推進していくことになるだろう。

自民党の政権公約の成長投資のメニュー

成長投資とは、日本に強みある技術分野を更に強化し、新分野も含めて研究成果の有効活用と国際競争力の強化に向けた戦略的支援を行うこと。

  • 小型衛星コンステレーション等の衛星・ロケット新技術の開発や、政府調達を通じたベンチャー支援などにより、宇宙産業の倍増を目指す
  • 宇宙・海洋資源、G空間、バイオ、コンテンツなど、新たな産業フロンティアを官民挙げて切り拓く
  • 日本に強みがあるロボット、マテリアル、半導体、量子(基礎理論・基盤技術)、電磁波、電子顕微鏡、核磁気共鳴装置、アニメ・ゲームなど多様な分野につき、技術成果の有効活用、人材育成、国際競争力強化に向けた戦略的支援を行う
  • 産学官におけるAIの活用による生産性の向上や高付加価値な財・サービスの創出、5Gの全国展開、6Gの研究開発と社会実装を推進する
  • 国産量子コンピュータの開発に取り組むとともに、量子暗号通信、量子計測・センシング、量子マテリアル、量子シミュレーションなどの技術領域を支援する
  • 2030年度温室効果ガス46%削減、2050年カーボンニュートラル実現に向け、企業や国民が挑戦しやすい環境をつくるため、2兆円基金、投資促進税制、規制改革など、あらゆる政策を総動員する
  • カーボンニュートラルによる環境と経済の好循環実現のため、エネルギー効率の向上、安全が確認された原子力発電所の再稼働や自動車の電動化の推進、蓄電池、水素、SMR(小型モジュール炉)の地下立地、合成燃料等のカーボンリサイクル技術など、クリーン・エネルギーへの投資を積極的に後押しする
  • 究極のクリーン・エネルギーである核融合(ウランとプルトニウムが不要で、高レベル放射性廃棄物が出ない高効率発電)開発を国を挙げて推進し、次世代の安定供給電源の柱として実用化を目指す
  • 日本に世界・アジアの国際金融ハブとしての国際金融都市を確立するべく、海外金融機関や専門人材の受け入れ環境整備を加速させ、コーポレート・ガバナンス改革、取引所の市場構造改革、金融分野のデジタル化の推進などを通じて、資本市場の魅力向上を図る。公平・公正・透明な金融市場への適正化を図り、金融商品に対する信頼確保に努める
  • 未来の成長を生み出す民間投資を喚起するため、現下のゼロ金利環境を最大限に活かし、財政投融資を積極的に活用する
  • オープンイノベーションへの税制優遇、研究開発への投資、政府調達など、スタートアップへの徹底的な支援を行う
  • インフラの老朽化対策、地域の移動を支える地域交通や都市を結ぶ高速交通のネットワークの維持・活性化、地域での連携・協働の支援に取り組む

政権公約の成長投資メニューの周りには官民一体となった資金が集まるだろう

2021年の衆議院選挙以来自民党の政権公約には、上記の政府が資金を投入すべき成長投資のメニューが存在する。

年内にはこの成長投資のメニューに予算を付ける新たな経済対策が実施され、「新しい資本主義」が分配だけではなく成長も重視をしていることをマーケットはようやく感じることになるだろう。そして、政府の成長投資が呼び水となり、民間の投資活動も拡大していくことが期待される。

その結果、企業と政府の合わせた支出をする力であるネットの資金需要が拡大し、家計に所得が回るようになれば、需要も回復し、企業は収益を上げやすくなる環境となり、さらなる投資の拡大につながる可能性がある。これが「新しい資本主義」の「成長と分配」の好循環の姿だ。

田キャノンの政策ウォッチ

1月第三次産業活動指数、1月機械受注、3月日金融政策銀決定会合の予想

2022年3月15日に経済産業省が発表する1月第3次産業活動指数は前月比マイナス1.1%と予想する。5カ月ぶりに減少するだろう。

新型コロナウイルス感染症の影響を受けやすい同指数は、1月のオミクロン株の感染拡大により、サービス産業活動が全体的に抑制されたと思われる。

先行きを見通すと、感染症の警戒感があることや旅行や観光関連の回復はまだ期待できないため、感染拡大防止のためのスポーツ・文化イベントの延期が本格化する前の2020年2月の水準まで回復するにはまだ時間がかかるだろう。

3月17日に内閣府が発表する1月機械受注(船舶・電力を除く民需)は前月比マイナス3.1%と予想する。4カ月ぶりに減少するだろう。

オミクロン株の拡大により設備投資を控える姿勢が強まり、接触型のサービス業を中心に受注が減少し、機械受注は減少する可能性がある。先行きを見通すと、10〜12月期が堅調だったことから、企業の設備投資マインドは強い。

しかし、昨年から続くサプライチェーンと感染拡大の問題に加えて、新たに浮上したロシア・ウクライナ問題が終息が見えてこない限り、機械受注は回復しづらいだろう。

17日、18日の日銀金融政策決定会合では、現状維持を予想する。コアCPI(生鮮食品を除く消費者物価)前年比が0%台で推移しているため、金融政策を変更する理由はない。

生産が停滞していることや、ロシア・ウクライナ問題とエネルギー価格の上昇を受けて、景気判断を下方修正するだろう。

民間の信用が拡大できる環境かを示す信用サイクルが腰折れれば、景気後退に陥るリスクとなる。その場合、日銀はマイナス金利政策を深掘りして更なる緩和に踏み切るだろう。


会田 卓司
岡三証券 チーフエコノミスト
田 未来
岡三証券 エコノミスト

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