この記事は2022年3月7日に「ニッセイ基礎研究所」で公開された「経済・金融制裁とSWIFT」を一部編集し、転載したものです。
2022年2月21日にロシアはウクライナ東部2地域の独立を承認、24日には軍事侵攻を開始した。ロシアの軍事侵攻は、独立を承認した2地域だけでなくウクライナ全域の軍事施設に及び、現在も続いている。西側諸国はロシアに対する経済・金融制裁を相次いで決めている。
金融制裁にはロシアの一部銀行のSWIFT(国際銀行間通信協会)からの排除も含まれ、これが「金融核兵器」とも呼ばれた*1ために大きなニュースとなった。
筆者は決済関連実務に携わった経験があり、SWIFT電文を利用していたこともある。今回のロシアのウクライナ侵攻については、その制裁措置としてSWIFTが大きく取り沙汰されたので、わずかだが実務に関わった者として筆者の考えを少し共有したい*2。
まず、今回の経済・金融制裁では、経済(貿易)面では半導体などの戦略物資の輸出停止、金融面ではロシアの個人・企業・銀行(中銀含む)の資産凍結などが課されている。その中においてSWIFT通信網からの排除措置はかなり「異色」に見える。
というのも、「戦略物資の輸出停止」や「資産凍結」はその目的に焦点があたっている、あるいは目的が明確であるのに対して、「SWIFT通信網からの排除」は手段に焦点が当たっており、目的が見えにくいからだろう*3。
「戦略物資の輸出停止」では、たとえば軍事用に使われる物資を輸出しないことで経済取引を通じて軍事力を削ごうとしていることがわかる。
「資産凍結」であれば、侵攻に関わった人の資産を使えなくすることで、経済的な被害を負わせることだとわかる。
誰だって、お金があるのに欲しいものが手に入らなければ困るし、せっかく貯めたお金も没収(正確には資産凍結)されれば困る。
特に大きな注目を浴び、筆者自身も経済的な影響が大きいと考えているのが中銀の資産(≒外貨準備)凍結である。
さて、これらの制裁ではあまり手段が注目されることはない。
資産凍結であれば、たとえば、預金の引き出しや送金を受け付けるシステム(ATMなど)や窓口担当者が、Aさんからの依頼は(制裁対象でないので)受け付ける、Bさんからの依頼は(制裁対象なので)拒否するという選別をしているかもしれない。ここでの選別という制裁の実施手段は制裁の実効性を考える上では重要となるが、あまり関心の対象になっていない。
今回は、誰の資産が凍結されるかが重要だった。国の為替安定に大きく寄与する中銀が制裁対象となったことがルーブル暴落を促した。個人の資産凍結だけであれば、影響は小さいと評価されていたかもしれない。
一方、SWIFTについてはなぜ手段が注目されるのだろうか。
最も重要な点は、世界の外国送金インフラのデファクトスタンダード(業界標準)が、西側諸国の管理するインフラである、ということだろう。
SWIFT電文自体は、単なる送金情報のメッセージに過ぎない。しかし、世界ではこのメッセージに基づいて国際決済が行われている。これまでも多く指摘されてきたことではあるが、その意味するところは、制裁の影響が(制裁国・被制裁国だけでなく)第三国まで及ぶ点である。
たとえば、「資産凍結」は、制裁国の中でしか通用しない。
つまり、被制裁対象(ロシアの個人・企業など)からみれば、西側諸国からの制裁対象となっていても、他の国の資産は動かすことができる。したがって、ロシア中銀も外貨準備のうち(現時点で凍結されていない)人民元については利用できる。人民元は中国内の資産であり、日米欧といった他国が凍結することはできない。
一方、SWIFT通信網から排除すれば、ロシア・中国間の通信であってもSWIFT電文は使えない。SWIFTがデファクトスタンダードであるため、制裁を課す国を超えた影響力を発揮する。
ロシアや中国がSPFSやCIPSといった独自の決済通信網を構築してきた背景として、事実上、西側諸国が国際決済に欠かせないインフラを管理しているという影響力を危惧してきた面は大きいだろう。
したがって、仮にロシアの銀行をすべてSWIFT通信網から排除すれば、(他の決済通信手段がなければ)国際決済ができなくなってしまうということになる。したがって、ロシアと海外との預金を介したカネの流れはほとんどなくなってしまう。
もちろん、現時点でも上記のような代替決済通信手段があるため国際決済を完全に止めることは不可能だし、紙幣・貨幣を用いた直接の交換、金や暗号資産を経由した交換を考えると完全な遮断はできないのだが、「短期的」には「ほとんど」の国際決済が遮断されると言ってもよい状況になるとみられる*4。
なお、通信網からの物理的な排除という副産物として、先の例のように「制裁対象か否かを人が選別して判断する方法」と違い、選別時に間違ったり、見逃したり、あるいは悪意をもって恣意的に制裁対象のお金を動かしてしまうというミスや不法行為が減らせるだろう。
カネの動きを遮断するということは、国際取引の動きが遮断されるということに等しい。国際取引はカネとカネの交換(為替取引)かカネとモノの交換(実需取引)でなされる(モノとモノの交換や交換ではない贈与・移転は少ない)。一方のカネが動かなければ、もう一方のカネもモノも動かない。したがって国際間の取引は止まることになる。
つまり、
ということになる。
したがって、「国際取引の停止(しかも第三国を含む)」といえば制裁としての目的もある程度明確になり、わかりやすいと思われる。
ただし、昔と異なり、代替手段の選択肢が広がり、SWIFTを利用しない国際決済手段がある。その意味で「SWIFT決済網からの排除」と「国際決済の手段を封じる」とのズレは大きくなっている。
さて、今回のSWIFT制裁は、その対象がロシアの一部の銀行にとどまる*5。
西側諸国としても止めたくない国際取引がある。ドイツを中心とした欧州のエネルギー輸入はその代表だろう。特に最大手のズベルバンクと国営ガス会社参加のガスプロムバンクが対象にならなかったことは大きく報じられた。制裁を課されてない銀行についてはSWIFTを利用した国際決済は継続でき、したがって国際取引が維持される。
SWIFTから排除された前例としては、イランや北朝鮮があり、そのため、これらの国は経済的に大きな影響を被っている。SWIFTを使えず、国際取引に制約が課されることはグローバル化した世界のなかで経済活動をする上で大きな足かせとなる*6。
ただし、制裁を課す側が国際取引の継続を望んでいる場合は、当然ながら厳しい措置は取れない。今回のSWIFT制裁は、ロシアとの経済・金融の結びつきが深いEUを含めた西側諸国が協調して講じたという意味で象徴的な意味は大きい。しかし、SWIFT制裁の対象がかなり限定的であったことは欧州とロシアとの切っても切れない関係への苦悩も示しているように思われる。
*1:たとえば、POLITICO, France not opposed in principle to cutting Russia from SWIFT: Bruno Le Maire, 2022-2-25(22年3月7日アクセス)
*2:筆者は、為替取引の顧客として金融機関への外国送金指図としてMT103やMT202などを打電していた立場である(顧客がSWIFTを打電するのはかなり珍しいケースと思われる)。SWIFT通信網からの排除で重要となるのは銀行間決済や貿易信用決済(本稿でいうところのモノとカネの交換)だが、これらの業務には直接携わっていないことは注記しておきたい。
*3:もちろん大きな目的はロシアの軍事侵攻を止めることだが、ここでは経済・金融制裁の各措置の目的と手段について述べている。
*4:したがって、SWIFTが事故やサイバー攻撃で使えなくなると全世界で国際決済がほとんどストップしてしまうため、影響は甚大といえる。筆者の肌感覚であるが、BCP業務継続計画の観点でもSWIFTが長期間停止することを想定したバックアッププランはほとんどないのでは、と感じている。もちろんSWIFTは「止まらない」ことを標榜している。
*5:VTBバンク、オトクリティ銀行、ノビコムバンク、プロムスビャジバンク、バンクロシア、ソブコムバンク、VEBバンクの7行とその子会社、3月12日から実施。Council of the EU, Russia’s military aggression against Ukraine: EU bans certain Russian banks from SWIFT system and introduces further restrictions, 2 March 2022(22年3月7日アクセス)
*6:なお、SWIFTの利用有無とは関係なくイランや北朝鮮関連の取引が制限されている点には留意。たとえば日本では外為法でイラン、北朝鮮関連の取引規制が規定されている。
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高山 武士(たかやま たけし)
ニッセイ基礎研究所 経済研究部 准主任研究員
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