ロシアがウクライナへの軍事侵攻を決行したことにより、「世界エネルギー戦争」というもうひとつの紛争が現実味を帯びている。
西側諸国が次々と制裁措置を発表し、ウクライナへの支援を拡大する中、すでに主要な国際原油指標が一時は1バレル100ドル(約1万1,553円)を突破するなど、エネルギー価格がさらに上昇する懸念が高まっている。
米・英・EU(欧州連合)、対ロシア政策措置を強化
2022年2月24日に火蓋を切ったロシアのウクライナへの軍事侵攻は、27日現在も激化の一途をたどっている。ウクライナの保健相によると、25日までに子どもを含む民間人と兵士が200人近く死亡したという。国連は15万人以上のウクライナ人が国外に脱出したと発表した。
これまでに西側諸国が打ち出した合同制裁措置は、ロシア5大銀行と主要国有企業13社、プーチン大統領の側近およびその家族、関連法人を対象とする金融制裁だ。26日には、国際銀行間通信協会(SWIFT)からロシアの一部の銀行を排除する措置も追加発表された。ロシアの銀行や国有軍事企業の金融市場へのアクセスを制限し、権力層による欧州での資産隠しを封じ込めることが目的だ。
しかし、ロシアをやり込めようと先陣を切る米国を横目に、欧州諸国は最後まで国際決済網であるSWIFTからのロシア締出しを渋っていた。検討されているエネルギー企業への制裁は、未だ実行されていない。
対欧州 ロシアの切り札は「エネルギー資源」
ロシア最強の切り札は、豊富なエネルギー資源だ。同国は天然ガス埋蔵量で世界1位、石炭埋蔵量で2位、原油埋蔵量で6位を誇る燃料資源国である。輸出量はそれぞれ、世界1位、3位、2位と、世界のエネルギー市場を牛耳っている。
この切り札は、ロシアに天然ガスの供給を依存している欧州にとって、一歩間違えると自国の破滅を招きかねない地雷である。ウクライナ侵攻以前から欧州では深刻な電力不足と価格高騰が発生しており、コロナ禍で逼迫する国民の生活にさらなる負担を課している。
主な要因は、ガス不足と再生可能エネルギーへの過剰投資だ。需要に風力発電量が追いついていないところへ、2021年11月、ドイツがロシアと5年がかりで完成させた天然ガスパイプライン「ノルド・ストリーム2」の承認手続きの一時停止を発表した。それに加え、ロシアからのガス供給延滞が、事態の悪化を招いた。
パイプラインを巡りロシアの影響力が強まることを懸念した動きだったが、それが裏目に出て価格をさらに押し上げた。
WTI先物価格、1バレル100ドル台へ
ロイターによると、特にロシア産ガスの最大の消費国であるドイツは、当初からウクライナの軍備供給に消極的だった。米、英、ポーランドなどが続々とウクライナへ武器を提供する中、代わりにヘルメット5,000個を寄付することで「ウクライナへの連帯」を示そうとして失笑を買った。
現時点において、ロシア以外の国からガスを確保するというオプションは非現実的だ。欧州第2のガス供給国であるノルウェーはすでに最大限のキャパシティで稼働しており、ロシアからの供給不足分を補う余裕はない。オランダや英国、デンマーク、あるいはカタールなどから輸入することは物理的には可能だが、ノルウェー同様、どの国も他国に回す余裕はない。
2月には日本が米国からの打診を受け、輸入している液体化天然ガス(LNG)の一部を欧州に融通する方針を固めた。選択の余地がない欧州は「制裁発動後もエネルギーの大部分を毎日ロシアから輸入し続けている」とウォールストリートジャーナル紙は報じている。
強まる国際世論に後押しされたかのように、2月23日、ドイツは「ノルド・ストリーム2」の承認手続きの無期停止を発表した。EU委員会はこの決断について「ガス価格への影響はない」との楽観的な見解を示した。
しかし、翌日にはウクライナ侵攻によってロシアからの供給が滞る懸念が市場に広まり、原油価格の国際的指標であるWTI(West Texas Intermediate)の先物価格が1バレル100ドル台をつけた。
エネルギー戦争の影響は世界規模
このような混乱の影響を受けるのは、欧州の消費者だけではない。原油生産量で世界1位、埋蔵量で世界10位の米国を筆頭に、各国でエネルギー価格の高騰に起因するインフレが加速している。ウクライナ紛争を巡るエネルギー戦争は、さらなる物価高騰の可能性を高めることを意味する。
その一方で、SWIFTを制裁措置に組み込んだことにより、「大手石油会社など西側のビジネスの利益にも損害を与える可能性がある」と懸念する米元政府関係者もいる。
また、ロシアと世界第2位の経済大国である中国が代替となる決済システムを共同開発し、米ドルを基軸通貨とする国際金融システムを浸食する可能性も指摘されている。そうなれば、将来的に西側の経済制裁の効果を弱めることになりかねない。
ロシアは「最強の切り札」を使うのか?
エネルギー、気候および資源リスク・コンサルティング企業のディレクター、ヘニング・グロイスタイン氏は、「ロシアのガス供給が崩壊した場合、欧州の経済に深刻な打撃を与えるのみならず、世界経済の成長を損なうだろう」との見解を示している。果たしてプーチン大統領は、「最強の切り札」を使うのだろうか。
文・アレン琴子(英国在住のフリーライター)