この記事は2022年6月3日に「きんざいOnline:週刊金融財政事情」で公開された「脱ロシア依存と財源確保で揺れる排出量取引市場」を一部編集し、転載したものです。
気候変動対応が欧州経済に与える影響について考えたい。
欧州委員会は2022年5月18日、2,100億ユーロ(約28兆8,800億円)規模の新たなエネルギー計画「REPowerEU」を公表した。
これは、ロシア産エネルギーへの依存を解消してエネルギー価格の上昇に対処することを目的とし、かつ、現実とのバランスで若干停滞気味になっているグリーン化の加速を目指すものだ。
具体的には、(1)省エネの向上、(2)エネルギー輸入の多様化、(3)欧州におけるクリーンエネルギーの加速──という三つの骨子の下、資金を特定セクターへの追加投資に振り向け、2030年のEU圏の再生可能エネルギー比率を、現在の32%から45%に引き上げる目標が掲げられている。
この計画にEU圏の経済効果押し上げを期待する声もあるが、これは新規の大規模な財政刺激を伴うものではない。プロジェクト資金は、復興基金「次世代の欧州連合(NGEU)」の下で、現在割り当てられていない約2,250億ユーロの融資枠で賄うことになる。
すなわち、基本的にはEU基金からの流用資金で補強されるため、このプロジェクトがEUの経済成長率を大幅に押し上げることはなさそうだ。EU圏の成長率について、当社では2022年、2023年をそれぞれ2.8%、2.7%と予想しているが、そこから先は横ばいが続く見通しだ。もっとも、財政ルールが弛緩しかねない状況にあるEUにあって、賢明な計画ともいえる。
ただし、新たな財源を検討する動きもある。それが、EU域内排出量取引制度(EU-ETS)から提案されている200億ユーロの収入だ。この財源は、EU-ETSの余剰排出枠の一部を売却することで賄うことが検討されている。
現行の価格で、200億ユーロは約2億5,000万トンの排出枠に相当するが、この売却によって、EU-ETSで取引される排出枠価格(図表)が変動しやすくなることには注意が必要であろう。財源を作るために余剰排出枠を売却することで、排出枠価格が低下し、企業が払う環境汚染防止コストを割安にしかねない。
他方、EUは脱ロシア依存を含む新たな戦略の下、石炭燃焼量が従来の計画よりも5%程度増える見通しだ。追加的な排出をカバーするためには排出枠を利用する必要があるため、これがEU排出枠需要を押し上げるだろう。結果として、REPowerEU計画の下で行われる追加的排出枠の売却に伴う排出枠価格下落を相殺できる可能性が高い。
需給の両面に影響を与える結果、排出枠価格の大幅な変動は避けられるだろうが、カーボンプライシングが世界の潮流になりつつあるなか、気候変動対策による経済動向の変化に注目したい。
BNPパリバ証券 チーフクレジットストラテジスト/中空 麻奈
週刊金融財政事情 2022年6月7日号