目的や状況に合わせて最適な算定方法を選ぼう
バリュエーションの方法にはさまざまなものがあり、今回紹介したマルチプル法はM&Aの初期段階などに適している。ただし、経営状態や市場環境によっては使用が適さないケースもあるため、インカム・アプローチやコスト・アプローチの仕組みも理解しておくことが重要だ。
また、最後の計算例で紹介したように、どの財務情報をベースにするかによっても企業価値は変動する。計算結果によってM&Aの交渉や経営戦略の方向性は変わってくるので、各算定方法の特性はしっかりと理解しておきたい。
マルチプル法のよくある質問集
マルチプル法には複数の計算方法があり、どの方法を選ぶのかによって企業価値は変わってくる。そのため、正しい計算方法や仕組みを理解しておかないと、誤った結果が出てしまうこともある。
ここからはマルチプル法のよくある質問集をまとめたので、必要な基礎知識をしっかりと押さえていこう。
Q1.「マルチプル」とはどういう意味?
マルチプル(multiple)は、「複数の」や「多数の」を意味する形容詞である。ただし、ビジネスシーンでは名詞にあたる「倍数」の意味で用いられることが多い。
企業価値の算出法には「マルチプル法」と呼ばれるものがあり、これは類似会社のマルチプル(※企業価値が財務指標の何倍であるかを示したもの)をもとに企業価値を計算する方法である。マルチプル法は仕組みがシンプルであり、類似会社と自社の財務データがあれば企業価値を簡単に計算できる。
Q2.EBITDAマルチプルは何倍が目安?
EBITDAマルチプル(倍率)の目安は、その企業が目指している方向性や業種、地域などによって異なる。M&Aによる会社売却では2~10倍程度が目安とされており、EBITDAマルチプルが高いほど買い手はつきやすい。
M&Aの買い手側に回る場合は、希望するEBITDAマルチプルを仲介会社などに伝えておくと、企業価値の高い企業を選びやすくなる。
Q3.買収マルチプルとは?
買収マルチプルとは、類似会社の財務データをもとに企業価値を算出する方法である。「マルチプル法」と同じ意味であり、評価アプローチの中では「マーケット・アプローチ」に該当する。
買収マルチプルは仕組みが分かりやすい反面、類似会社の選定に時間がかかることもある。また、計算結果に反映されない個別要素もあるので、万能な評価アプローチではない。
Q4.売上マルチプルとは?
売上マルチプルとは、類似会社の売上高倍率をもとに企業価値を計算する手法である。正確にはPSR(株価売上高倍率)と呼ばれており、「株式の時価総額÷売上高」の式で算出される。
現在の売上高が強く反映されるため、売上マルチプルはベンチャーなどの企業価値算定に用いられることが多い。
Q5.PSRマルチプルとは?
PSR(Price to Sales Ratio)マルチプルとは、「株式の時価総額÷売上高」の式で企業価値を計算する手法である。売上マルチプルと同義であり、日本語では「株価売上高倍率」と訳されている。
売上高が同等の場合は、PSRが高い企業ほど割高であることを意味する。
Q6.非上場企業のマルチプルはどれくらい?
非上場企業のEV/EBITDA倍率は、2~5倍が目安とされている。ただし、会社規模や業種、地域などによって平均値は異なるため、あくまで目安として捉えておきたい。
なお、株式が市場に流通している上場企業は、非上場企業よりもEV/EBITDA倍率が高い傾向(6~7倍が平均値)にある。
Q7.マルチプルの算出方法・出し方は?
マルチプルの算出方法は、基準とする財務指標によって異なる。例えば、PBR(株価純資産倍率)を基準とする場合は「株式の時価総額÷簿価純資産額」、PER(株価収益率) では「株式の時価総額÷当期純利益」の式で倍率を計算する。
なお、M&Aでよく用いられるEV/EBITDA倍率は、「(株式の時価総額+純有利子負債)÷(営業利益+減価償却費)」の式で算出できる。
Q8.M&Aの買収費用はどれくらいが目安?
中小企業の買収費用は、「営業利益3年~5年+時価換算した純資産」が目安とされている。ただし、実際には企業価値算定やデューデリジェンスをもとに決められるため、必ずしも相場通りの金額になるわけではない。
非上場企業の企業価値については、マルチプル法による算定が一般的である。