この記事は2022年7月19日に「第一生命経済研究所」で公開された「コロナ禍で「パワーカップル」が増加する訳」を一部編集し、転載したものです。
(*)本稿はリベラルタイム(2022年7月号)への寄稿を基に作成。
はじめに
総務省「令和 2年労働力調査」によると、2020 年の共働き世帯数は総世帯数の3割。共働き世帯では、妻の年収が高いほど夫も高年収の割合が高まる傾向がある。そして、夫婦ともに700万円以上の年収を得ている世帯をパワーカップルと定義すると、その世帯数は2017年に25万世帯だったが、2020年は34万世帯と増加している。
そこで本稿では、日本では2020年1月に初めて新型コロナウイルスの感染者が確認されて以降、コロナ禍によって日本経済は低迷したにもかかわらず、なぜ高収入のパワーカップルが増えているのかについて分析・解説する。
男女格差の縮小がパワーカップルを増やす
まずは、男女の所得格差の縮小とパワーカップルの増加の関係について解説する。日本における2人以上世帯の所得上位20%の世帯(高所得世帯)と下位20%の世帯(低所得世帯)の所得格差を見ると、2000年代後半から2012年頃までは、概ね低下傾向にあった。しかし、アベノミクスが起動し、極端な円高・株安が是正されたと考えられる2013年以降は、一転して世帯間の所得格差は広がるトレンドにあり、現在に至っていることがわかる。
世帯間の所得格差がこの時期に拡大し始めた理由は、もちろん「パワーカップル」の増加と無縁ではない。むしろ、2人以上世帯の所得格差拡大の背景には、男女間の給料格差の縮小の結果もたらされた「パワーカップル」の増加があると考えられる。
以前は、妻の収入が増えれば、夫の収入が少なくても家計全体では収入が増える一方、夫の収入に余裕がある妻は働く必要性が低下するため、家計間の格差は縮まるのではと考える向きもあった。しかし、現実には女性の進学率の上昇や社会進出が進み、男女の給料に差がなくなればなくなるほどパワーカップルが増え、高所得と低所得の2人以上世帯の所得格差が広がる傾向にあると言える。
コロナ禍でもパワーカップルが増えた背景
さらに、コロナ禍によって日本経済は低迷したにもかかわらず、高収入のパワーカップルの増加が進行しており、社会の在り方をも変えようとしている可能性がある。そして、コロナ禍でもこうした高収入のパワーカップルが増えている背景には、大きく3つの要因が考えられる。
(1)コロナショックによる非接触化の進展により主に接触型業務の対個人サービス業や流通業などへの影響が大きかった一方で、それ以外の業種への悪影響は比較的軽微だった。
(2)コロナショックにより、相対的に所得の低い非正規労働者の雇用機会が減少した一方で、相対的に所得水準の高い正規労働者への影響は限定的だった。
(3)オンライン化・EC化の進展などによる情報通信業や対事業所サービス業などを中心とした雇用・所得環境が逆に好転したこと等により若年層の所得が増加した。
中でも、コロナ禍で対個人サービス業や流通業など対人接触を伴う業種で雇用・所得環境は大きく悪化したが、それ以外の業種での悪影響は比較的軽微であり、就業者の平均年齢が低い傾向にあるいくつかの業種では、むしろコロナ後でも雇用・所得環境を好転させていることが大きいといえよう。
特に顕著なのが、リモートワークの進展などに伴い需要が拡大する情報通信業や対事業所サービス業などである。
これら業種や職種において、雇用・所得環境がコロナショック後に逆に好転したのは、コロナショックに伴う非接触化の進展が大きく関係している。コロナショック後は感染拡大防止のために新しい生活様式が求められるようになり、オフィスの縮小やテレワーク等が推奨されてきた。
そのため、ビジネス環境の変化やデジタル化に関連する分野では、逆にコロナ化で需要が拡大し、雇用・所得環境も好転していることがパワーカップルの増加に寄与していることが予想される。
また、情報通信業にしても対事業所サービス業にしても、従業員の平均年齢が低めであることはよく知られている。そして、特に15歳~34歳とされる若年労働力人口が減少傾向にあることや、新規学卒者の離職率の高まりなどにより若年層では特に労働市場の流動性が高まっていることなどから、若年労働者の賃金が上昇傾向にあることもパワーカップルの増加に寄与していよう。
実際、直近2021年の年齢階層別に見た賃金変化率を見ると、全体では賃金が小幅低下する中で、30代前半より若い労働者の賃金が軒並み上昇傾向にあることがわかる。
このように、いわゆる結婚適齢期の若年労働者の賃金が相対的に伸びており、かつこれからもデジタル化に適応したこうした若年人材のニーズが高まることが予想されよう。しかし一方で、今後も若年層の労働力人口は減少することが人口動態的に確実である。
となれば、今後も若年労働者の労働需給のひっ迫傾向が続き、男女の賃金格差がさらに縮まることになれば、パワーカップルの増加がさらに勢いを増す可能性すらあるだろう。
「パワーカップル増加」と「世帯所得格差の拡大」の関係
そして、こうしたパワーカップルの増加に対する示唆が絵空事ではないことは、過去のデータが証明している。
というのも、男女別の賃金格差と2人以上の高所得世帯の所得額の相関関係を分析すると、両者の間の正の相関関係が確認できるからである。
特に、男女別の賃金格差が高所得世帯の実収入のどれくらいを説明できるかを表す値である決定係数(R2)が0.6624であることからすれば、高所得世帯の所得増加要因の約66%は、男女の賃金格差縮小の要因により説明できることになる。
つまり、女性の賃金が男性の賃金に近づけば近づくほど、2人以上の高所得世帯の収入が増えることは、実際の統計データのうえでも十分に確認できるといえよう。
女性の社会進出が進んで男女間の賃金格差が縮まる流れは、今後も長く続くと見込まれている。よって、「パワーカップル」はこれからもますます増加することが予想される。そして、そもそも結婚や家庭内における男女の関係など変化を前提として女性の社会進出が進んでいる状況にあるが、「パワーカップル」の増加が触媒となってさらに大きな変革をもたらすかもしれない。