本記事は、澤上篤人氏の著書『暴落相場とインフレ 本番はこれからだ』(明日香出版社)の中から一部を抜粋・編集しています

コスト・プッシュ型のインフレ

景気後退リスクで「投資離れが加速」は本当?インフレ下の資産運用動向
(画像=freshidea/stock.adobe.com)

インフレには、2種類ある。

ひとつは、景気がやたら良くて人々の購買意欲が強く、モノの値段がどんどん上がっていくタイプ。これを、デマンド・プル型といって、需要の爆発的拡大が物価を押し上げていく。

このタイプのインフレは、どこかで自然と収まっていくもの。価格があまりに高くなりすぎると、買いを見送る人が増えてきて、価格の上昇が自然と抑えられてしまう。経済では普通の現象である。また、需要の爆発をみて供給力を増加させようとする動きが高まり、どこかで供給体制が追いついてくる。それで、インフレもいつの間にか鎮静化していく。

一方、生産や供給サイドでのコスト上昇がもたらすインフレは、コスト・プッシュ型といって案外と長く続くタイプだ。また、一部でのコスト上昇が他の生産供給分野へも、やはりコスト上昇要因として連鎖していく。

供給サイドからのコスト上昇圧力は、景気の良し悪しや需要の大きさとかには、お構いなしで襲ってくる。当然のことながら、人々の生活を圧迫する

それが、賃金上昇圧力にもつながっていく。賃金上昇というコスト増が、さらなるコスト・プッシュ・インフレを煽ることにもなる

昨年(2021年)あたりから、じわじわと世界中で台頭してきているインフレは、間違いなくコスト・プッシュ型である。

一部には、米国などで旺盛な需要の高まりによるインフレもみられる。これは、コロナ禍の反動で消費者の需要が急激に高まっているといった面が強い。

それで、インフレも来年には収まっていくだろうといった予測が、米国ではさかんに語られているわけだ。その楽観から、いまは米FRBが利上げに走ってはいるものの、それも来年には打ち止めになるといった観測さえ呼んでいる。

おそらく、そう甘くはないだろう。

世界的なコスト・プッシュ・インフレは米国といえども例外なしに襲ってくる。つまり、米国はもちろんのこと、世界の金利上昇は続く。

では、いま世界を襲ってきているコスト・プッシュには、いったいどんな背景があるのだろう? それらを、ひとつひとつ洗いだしてみようと思うが、どれも相当に根が深いと理解してもらえよう。

トップバッターは、エネルギー価格の高騰だ。そこからはじめよう。

エネルギー問題

ロシア軍がウクライナへ侵攻(2022年2月24日)してから、早くも半年になる。いまだ戦闘は続いており、どのような決着となるかは定かではない。

その間に、石油や天然ガスなどのエネルギー価格は急騰した。軍事侵攻をはじめたロシアに対し、西側諸国が結束して前代未聞のスケールで経済制裁を科した。それに反応して、原油や天然ガスの国際価格が急上昇に入った。

経済制裁の中には、ロシアからの原油や天然ガスの輸入停止も含まれている。それをみて、北海油田の原油価格指標であるブレントや、米国のWTI(ウェスト・テキサス・インターミディエイト)が示す原油先物価格が急騰した。

EU加盟のヨーロッパ諸国は大なり小なり、ロシアのエネルギー資源に依存している。とりわけ、ドイツ・イタリア・ハンガリーはロシアから大量の石油や天然ガスの供給を受けている。

天然ガスでいうと、ヨーロッパは年間消費量の40〜50%をロシア産ガスに依存しているとのこと。

それらの輸入を、EU諸国は大幅に削減するというのだ。たとえば、ドイツは年内にロシアからの天然ガス輸入を完全にストップすると発表している。

EU諸国などが、ロシア産の原油や天然ガスの購入を削った分は、他で手当てしなければならない。それで、世界のエネルギー需給は一挙にタイトになった。

同時に、ドイツでは環境問題などで休止する方向に位置付けてきた石炭火力発電も、再稼働やむなしとなってきた。EUに加盟しているハンガリーは、EUの方針に例外的ケースとして、ロシア産の天然ガス輸入の継続を模索している。

ことほど左様に、ウクライナ問題のしわ寄せで、エネルギー源の確保にEUはじめ世界は右往左往している。

しかし、実のところ、エネルギー価格の急騰問題は、ロシア軍によるウクライナ侵攻が発端ではないのだ。

地球温暖化と異常気象

この10年ほどで、世界の地球環境に対する意識と警戒感は急速に高まってきた。なにしろ地球温暖化による異常気象で、世界中あちこちが甚大な被害に見舞わているからだ。

異常乾燥による山火事の多発、集中豪雨や線状降水帯豪雨による川の氾濫や、堤防の決壊などの被害が、どんどん大きくなってきている。それも、予期せぬ地域にまで被害は及んできだした。

この状態を放置できない。なんとしても、地球温暖化にブレーキをかけなければと、世界は動きだしている。

もともとは、1997年に定められた「京都議定書13」が契機だった。それが2015年に定められた「パリ協定」につながっていった。

13:気候変動枠組条約第3回締約国会議(COP3)で採択された、気候変動への国際的な取り組みを定めた条約。先進国の温室効果ガスの排出量を1990年比で5.2%、日本は6%減少させることを目標として掲げ、その達成が義務付けられた。

パリ協定は、国連の気候変動枠組条約締約国会議(通称COP)において、驚くほど短期間で合意された。パリ協定の発効にはふたつの条件が設けられた。すなわち、「55カ国以上が参加すること」と「世界の総排出量のうち、55%以上をカバーする国が批准すること」だ。

通常、こういった取り決めが批准されるまでには、各国間の利害調整などで、ウンザリするほど時間がかかる。

ところが、パリ協定は2016年11月4日に発効となった。それだけ、世界各国の地球温暖化に対する関心も意識も高くなっているわけだ。

世界各国は、いろいろな国内事情を抱えながらも、パリ協定に沿って動きだしている。そのひとつが、脱化石燃料という方向でのエネルギー転換である。

地球温暖化で常にやり玉に挙げられる石炭火力はもちろんのこと、石油や天然ガスによる発電などは、一刻も早く廃止あるいはゼロ同然にまで削減すべきであると勧告された。

その掛け声や良しだが、世界の現状がまだ遠く及ばずである。現に、世界各地で石炭火力発電がどんどん導入されている。また、石炭火力による発電量も過去最高を記録するほどに増加している(図表2参照)。

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(画像=『暴落相場とインフレ 本番はこれからだ』より)

早い話、巨大な人口を抱える中国やインドでも、石炭火力発電はいまだに主力電源である。新興国や途上国に至っては、燃料コストが圧倒的に安い石炭火力に電力エネルギーの大半を頼っている。

それどころか、太陽光発電や風力発電など再生可能エネルギーを全電力供給の50%近くにまで上昇させているドイツでさえも、まだ一部で石炭火力に頼っているのだ。それが、2021年には20%強も増加した(図表3参照)。

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(画像=『暴落相場とインフレ 本番はこれからだ』より)

脱原発を早々と宣言した再生エネルギー活用優等生のドイツだが、先に書いたように、ロシアからの天然ガスや石炭火力発電に頼っているのだ。それが、世界の脱化石燃料の現実である。

地球温暖化にブレーキをかけなければと世界は一致しているものの、ことエネルギー源の確保となると背に腹はかえられずである。CO2の削減といっても、そう簡単には進められない課題である。

原発はどうか?

福島第一原発の事故もあって、日本の原発政策は迷走状態を続けている。原発事故から11年たったが、その間というもの、日本は既存の原発の安全性確認と再稼働に向けての地元調整に終始してきた。

原発を含めたエネルギー戦略の抜本的見直しとか、再生エネルギーの活用をどう高めていくかの議論は皆無に近かった。その間にも、ドイツはもちろんのこと米国や中国では、太陽光発電や風力発電の設置が驚異的なスピードで進められた。

ひとり日本だけが原発にこだわり、なんの手も打てないまま、今般の世界的なエネルギー危機を迎えている。それどころか、原発の稼働が大きく落ち込んだままの状態が続いている分、天然ガスつまりLNG(液化天然ガス)発電など化石燃料による電力供給の割合がむしろ増加している。

つまり日本はこの11年間というもの、脱化石燃料の動きに逆行してきたわけだ。1997年に京都議定書を締結して、世界に冠たる環境先進国であるべき日本が、エネルギー無策と原発迷走に終始しているのは、どうにもいただけない。

その原発だが、中国はじめ新興国での導入意欲は強い。なによりも、現時点ではウラン燃料の調達がそれほど難しくないし、発電コストも低い14。それが大きな利点となっている。

14:経済産業省「原発コストを考える」によれば、原発の発電コストは1kWhあたり10.1円。火力発電のコストは、石炭を使った場合が12.3円、天然ガスを使った場合が13.7円、石油を使った場合が30.6〜43.4円。再生可能エネルギーは、風力(陸上に設置した風力発電の場合)が21.6円、太陽光(メガソーラーの場合)が24.2円。

ただ、新興国などでの原発利用の歴史は、まだそう長くない。いずれは、放射性廃棄物や使用済み核燃料の処理さらには廃炉の問題で、どの国も頭を悩まされることになろう。

原発は、ずっと低コストの電源だといわれてきた。だが、使用済み核燃料の処理や廃炉の費用などを加算して総合的に評価すると、必ずしも低コストではないということが、いまや一般常識となってきている。

新興国はじめ世界各国で原発の利用が進めば進むほど、頭痛のタネとなってくるのが、放射性廃棄物や使用済み核燃料の処理問題である。いずれは、別の環境問題となっていこう。

そこで登場してきたのが、次世代原発15といわれるタイプである。現在の主流よりもはるかに小型で建設コストも安い。また、一番のネックだった炉心の冷却にそう神経をつかわないで済むという。米国や原発大国フランスで早期の実用化を目指している。

15:小型モジュール炉(SMR)、高温ガス炉(HTGR)などがある。

一方、夢の原発といわれてきた高速増殖炉16の開発は遅々として進んでいない。これだと、使用済み核燃料の処理が、ずいぶんと楽になるのだが。

16:高速増殖炉は、発電しながら消費した以上の核燃料を生成できる「夢の原子炉」と言われた。「高速」の中性子を利用してプルトニウムを増殖する。使用済み燃料の再処理と燃料の増殖をうまく循環させれば、理論的には自前で原発の燃料を作りだせる。事故が続いた「もんじゅ」(福井県敦賀市)は2016 年に廃炉が決定した。

そんな中、原発ではなく核融合による発電の実用化が、そろそろ視野に入ってきたようだ。核融合であれば放射性物質はほとんど発生せず、炉も一瞬で止められる。したがって、原発よりはるかに安全で安心である。

なによりも、核融合の燃料は海水から採取する重水素と三重水素である。日本のように海に囲まれた国では、ほとんど無限に燃料を手に入れられる。

その核融合も実用化までには、最短でもあと10年はかかる。その間のエネルギーをどうするかは、資源小国日本のみならず、世界にとっても大きな課題である。

暴落相場とインフレ 本番はこれからだ
澤上篤人(さわかみ・あつと)
さわかみホールディングス代表取締役、さわかみ投信創業者。1971年から74年までスイス・キャピタル・インターナショナルにてアナリスト兼ファンドアドバイザー。その後79年から96年までピクテ・ジャパン代表を務める。96年にさわかみ投資顧問(現さわかみ投信)を設立。販売会社を介さない直販にこだわり、長期投資の志を共にできる顧客を対象に、長期保有型の本格派投信「さわかみファンド」を99年に設定した。同社の投信はこの1本のみで、純資産は約3,300億円、顧客数は11万7,000人を超え、日本における長期投資のパイオニアとして熱い支持を集めている。著書多数。『日経マネー』で2000年9月号から連載執筆中。

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