ESG(環境・社会・ガバナンス)への取り組みは、投資先や取引先を選択するうえで投資家のみならず大手企業にとっても企業の持続的成長を見極める視点となってきている。各企業のESG部門担当者にエネルギー・マネジメントを手がける株式会社アクシス・坂本哲代表がイオン株式会社環境・社会貢献部の鈴木隆博氏へ質問を投げかけるスタイルでインタビューを実施した。

千葉県の幕張新都心に本社を構え、小売、ディベロッパー、金融など日本国内外約300(2021年2月末時点)のグループ企業で構成される「イオングループ」を統括するイオン株式会社。総合スーパー「イオン」、ショッピングセンター「イオンモール」などを国内外で約2万店舗出店し営業収益は8兆7,000億円を誇る。(2022年2月末時点)

同社では「持続可能な社会の実現」と「グループの成長」の両立を目指すサステナブル経営を実践し、ESGに対する取り組みも活発だ。本稿では、具体的な施策についてESGに積極的に取り組み、未来を拓こうとする企業の活動や目標、現状の課題などを紹介していく。

(取材・執筆・構成=大正谷成晴)

イオン株式会社
鈴木隆博(すずき たかひろ)
――イオン株式会社 環境・社会貢献部 部長
イオン株式会社に入社後、環境省出向を経て 「イオン脱炭素ビジョン2050」をはじめとするイオングループの中長期環境戦略の策定および推進などに従事。

イオン株式会社
小売(イオンなど)や不動産ディベロッパー(イオンモールやイオンタウンなど)、金融(イオン銀行など)など幅広い事業を統括する企業。「お客さまを原点に平和を追求し、人間を尊重し、地域社会に貢献する」を企業理念とし「グローカル(※)」な企業を目指す。2025年までに食品廃棄物を2015年比で半減などを目標としている。

※グローバルレベルで通用する経営およびローカル(地域)に密着したものを実現すること
坂本 哲(さかもと さとる)
―― 株式会社アクシス代表取締役
1975年6月21日生まれ。埼玉県出身。東京都で就職し24歳で独立。情報通信設備構築事業の株式会社アクシスエンジニアリングを設立。その後、37歳で人材派遣会社である株式会社アフェクトを設立。38歳で株式会社アクシスの事業継承のため家族とともに東京から鳥取にIターン。

株式会社アクシス
エネルギーを通して未来を拓くリーディングカンパニー。1993年9月設立、本社は鳥取県鳥取市。事業内容は、システム開発、ITコンサルティング、インフラ設計構築・運用、超地域密着型生活プラットフォームサービス「バード」運営など多岐にわたる。

イオン株式会社の脱炭素に対する取り組み

アクシス 坂本氏(以下、社名、敬称略):アクシスは、鳥取県に本社を構え再生可能エネルギー(再エネ)の見える化をはじめとするシステム開発や地方創生事業を手がけています。今回は、イオン様のお取り組みをお聞きして有意義な時間にさせていただきたいと思っています。

イオン 鈴木氏(以下、社名、敬称略):本日は、よろしくお願いいたします。イオンは、国内外で2万近い小売店などを運営する企業グループです。さまざまな企業がグループ入りしながら大きくなった歴史があります。私が所属する環境・社会貢献部では、イオンの考え方や方針を示したうえで企業集団として環境負荷を軽減する取り組みを進めるなど、気候変動や脱炭素に対する戦略を策定・推進しています。

坂本:イオン様は「イオン サステナビリティ基本方針」を定め、環境と社会の両側面で地域に根差した活動を展開されています。気候変動に対しても2018年3月に「イオン 脱炭素ビジョン」を発表されました。店舗でのエネルギー使用量の削減による省エネの推進や再エネへの転換を進め、「2025年までに国内の全イオンモールの使用電力を100%再エネにする」といった目標も掲げています。

これらを含め、ESG・脱炭素に対するこれまでの取り組みや成果などについてお聞かせください。

鈴木:環境活動に関する取り組みは、1991年から始まった植樹活動が原点です。世界各地で新店舗がオープンすると地域に自生する樹木をお客様と一緒に植えていてその数は約1,241万本(2022年2月末時点)となりました。これを発端に「お客様とどういった買い物を通じて環境にやさしい行動ができるのか」について長年取り組んできました。

▽イオンモール上尾での植樹活動

2020年イオンモール上尾_植樹.JPG
(画像=イオン株式会社)

店舗に関しても数・規模があるからこそエネルギー消費量や環境負荷は大きく、低減方法について常に考えてきた歴史があります。そうしたなか日本だけではなくグローバルな視点で見たときに私たちの方向感や水準を国際レベルに持っていくために、「イオン 脱炭素ビジョン」を2018年に策定することになりました。

「店舗」「商品・物流」「お客様とともに」の3つの視点で省エネ・創エネの両面から店舗で排出する温室効果ガス(CO2等)を総量でゼロにする取り組みをグループ総出で進めています。一方、私たちは「どういった削減のアプローチができるのか」「どのように再エネを調達するのか」について議論を重ねてきました。

しかしこの3年ほど、世の中はもっと早く動いていて求められる水準も大きく変化してきています。従来のスピード感では遅いことから2021年7月、2025年までに国内の全イオンモール、さらに2030年までに国内で運営するその他のショッピングセンターおよび総合スーパーで使用する使用する電力について100%再エネ化する目標も明らかにしました。

お客様とともに地域全体で脱炭素社会の実現に向かう点では、脱炭素型住宅の新築・住宅リフォームや電気自動車(EV)の購入など脱炭素型ライフスタイルをサポートする商品や金融サービスを展開も強化。地域で作られた再エネを地域で融通し合う「再エネの地産地消」にも取り組みとしては、太陽光発電設備とEVの両方をお持ちのお客様の余剰再エネを活用するサービスを2022年度から開始します。

これは、ご家庭で発電した再エネをお客様のEVに充電した状態でお越しいただきイオンの商業施設の敷地内に設置したV2H(Vehicle to Home:EVなどの電力を建物の電力供給源として利用する充放電設備)を介して放電していただくと電力量に応じてイオンポイントを進呈するというもの。実証実験を行ったイオンモール堺鉄砲町(大阪府)からスタートし関西エリアから順次拡大する計画です。

坂本:電力の確保について他にもお考えはありますか?

鈴木:低圧のバルクで集めてオフサイトのPPAで運んだり店舗内にオンサイトで作ったりすることに主眼を置いていますが、それだけですべてを賄うことはできません。そのためソーラーシェアリングなどの導入も検討しています。ただし配慮しないといけないのは、トレーサビリティと同じで「私たちが使う電力はどこから由来しているか」をしっかりと見極めることです。

太陽光発電といっても森林を伐採して無理やり開発したものでは意味がないため、電力の由来はこだわるポイントとなります。

▽イオン藤井寺ショッピングセンターのPPA

イオン藤井寺ショッピングセンターPPA.JPG
(画像=イオン株式会社)

坂本:大規模な二酸化炭素排出量の削減計画ですが、現時点での成果をお聞かせください。

鈴木:2010年を基準年とすると直近で14%を削減しています。グループの成長規模と照らし合わせると、それなりの効果を示すことができました。ただし先に挙げた目標に対しては、従前のアプローチだけでは届きません。もう一歩アクセルを踏んで進めることを、まさにいまグループ内で議論しパートナー企業様とも協議させていただいています。

坂本:運営店舗の規模感や電力の使用量、取引先を含むサプライチェーン全体を捉えると非常にインパクトが大きい取り組みだと思います。

鈴木:社内だけを見るとこの数年で環境意識は高まり、商品開発や販売などそれぞれの立場で環境負荷を下げようとする動きが増えてきました。今後は、サプライチェーンやお客様、お取引様と一緒に広げていきたいと考えています。

▽質問に答えた鈴木氏

イオン株式会社
(写真=イオン株式会社)

坂本:脱炭素への意識向上を図るため、社内ではどういったことを行っていますか?

鈴木:いくつかありますが、仕組みのなかに落とし込んだ社員教育を行っています。例えば、例年であればイオングループは、3,500~4,000名の新入社員を採用していますが、2年前から「サステナビリティチャレンジ」という企画を実施しています。この企画は、入社前に私たちの取り組みをレクチャーしながら新入社員がそれぞれの活動にチャレンジして報告するというものです。成果は、グループ入社式で共有しています。

入社後に環境に対してどういった取り組みをしたいかなどアイデアも募集しています。新入社員は、私たち以上に生活者に近い立場なので消費者視点のアイデアがたくさん寄せられ驚かせられるばかりです。入社のタイミングでこういった体験があり、その後の研修においても環境教育は念入りに行っています。植樹、育樹活動についても機会があれば全員が経験します。

グループに入社後1年間でさまざまな活動に触れることができるので、自然に意識は芽生えますし、それを見た先輩・上司も巻き込まれる相乗効果が生まれています。

イオン株式会社が考える脱炭素経営の社会・未来像

坂本:DXやIoTが進みスマートシティ構想も現実味を帯びてきました。そういった来るべき脱炭素社会のイメージをお聞かせください。

▽質問した坂本氏

株式会社アクシス
(画像=株式会社アクシス)

鈴木:脱炭素社会は、単純に考えるとカーボンが減った社会を想像するかもしれません。しかし私たちのような小売業からするといかにサステナブルなお客様の暮らしを提案していくのか……そういったところがあると思います。そのときに今も課題として感じているのが活動の正しさ、これまでしてきたことが科学的に良い影響与えているのかといった点です。

また、お客様がどのように参画して、どういう削減貢献ができているのかなど、活動の目的から成果まで多くの人を巻き込んでいくストーリーを描き切れていません。より多くのお客様が脱炭素に向けた活動に共感し、参画していただく地域が広がっていくことが脱炭素社会の実現につながると考えています。

脱炭素とエネルギーの話は密接につながりますが、私たちの店舗が省エネ・再エネを進めるだけではなく先ほど申し上げた通り地域の再エネを活用するなど地域資源を活かす発想も求められます。そのためには、地域のレジリエンスを高め、地域を守るためのエネルギー政策を考えていくことが極めて大切です。

一方で現在も店頭で資源を回収していますが、例えば地域のなかでイオンが資源を回収する拠点になるなどお客様の暮らしやエネルギー、資源循環など環境改善に向けた取り組みが地域のなかで回ることが、目指すべき社会の姿です。

坂本:イオン様は、ESGやサステナビリティに関する取り組みをホームページで公開するなど情報公開にも積極的です。一方で消費者に向けてはいかがですか?

鈴木:誰に向けたコミュニケーションなのかにより、その内容や媒体は変わると思います。例えばお客様に対しては、ともに取り組みを進めていくことをイオンは大事にしていますが、そのための情報公開はどうかというと十分とはいえません。

ある商品があったとしてそれがどこからどう作られ店舗に運ばれ、どうやってお客様に提供し、食べた後はどうなるのか……など一連をきちんとお伝えできるコミュニケーションが本来は必要です。現状は、商品をスキャンすると産地情報がわかるなど知りたい方に対して限定的な情報は提供しています。しかし、そこまで興味がない人に対してもわかりやすい形で表現するのが、まずは入り口だと思います。

「これは環境に配慮した商品なんだ」と理解したうえで手を伸ばしていただくことに私たちはもっと丁寧に説明しないといけません。

坂本:消費者側にも脱炭素に対する意識向上を図るために、具体的な施策や方針はあるのでしょうか。

鈴木:いくつか手段はありますが、例えばWAONを活用するなど1つのサービスをご利用いただきながら脱炭素に向かっていることは、好事例になると思います。あるいは、環境に配慮した認証を取得している商品をいかに手に取っていただけるようにするかなども手段の一つです。すでに訴求はしていますが、インセンティブを付与するのかどうかは、検討しているところです。

すでに取り組んでいるものとして、環境省の「食とくらしの『グリーンライフ・ポイント』推進事業」があります。これは、イオンモールでプラスチック製カトラリーの受け取りを辞退するなど消費者の環境配慮行動に対してポイントを付与するものです。ただし、すでに環境配慮行動をしている人だけでなく、まだ行動を起こしていない人や、新しい環境配慮行動に対するインセンティブも必要と考えています。

イオン店頭では、日用消耗品や食品などの容器や商品パッケージをステンレスやガラスなど、耐久性の高いものに変えくり返し利用する「Loop(ループ)」商品の取り扱いにも力を入れています。こういった実際のプロダクツのなかで、お客様に体験していただく機会を増やすことが重要だと考えています。

▽イオンスタイル幕張新都心店における「LOOP」への取り組み

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(画像=イオン株式会社)

イオン株式会社のエネルギーの見える化への取り組み

坂本:省エネ、脱炭素を進めるには、電力やガスなどエネルギーの使用量を数値として表示・共有する「エネルギーの見える化」が必須です。当社は、電力トレーサビリティシステムを通じたエネルギーの見える化に取り組んでいますがイオン様はいかがでしょうか?

鈴木:イオンには、多くのグループ企業があります。これまでは、各社が社内のシステムを使いエネルギーの使用量を把握していました。これは、多少アナログな仕組みでエクセルに入力して管理するなどある意味不完全なシステムを運用してきたと言わざるを得ません。ただし直近では、よりタイムリーに活動量を把握するためにある会社のシステムを導入し始めています。

イオンの店舗は、地域の防災拠点に指定されるなど買い物以外の役割も担っています。安心して店舗をご利用いただくためには、施設の安全性を高めどういったエネルギーをどれだけ使っているのか、あるいは設備の導入状況を整理・管理することが必要です。エネルギーに関しては、使用量や再エネの調達など各店舗の情報を高精度で一元管理したいということで今回のシステムの導入に踏み切りました。

これにより現場の管理レベルが上がることも期待しています。有事の際の店舗ごとに状況や対応について対症療法的ではなく計画的に話を進められるでしょうから、そのためにも今回の見える化は必要な情報だと考えています。

坂本:スコープ3に該当するサプライチェーンのエネルギー使用量のデータは、どのような形で収集するのでしょうか。

鈴木:これまでは、ある程度の金額ベースで算出していましたが、2021年からは実態把握に向けて私たちのプライベートブランドのサプライヤーに対してヒアリングをスタートしました。各社の削減計画など施策についてコミュニケーションを取っています。しかし製造委託先様の事業規模はさまざまですから「どの商品カテゴリーなのか」「規模として削減するか」など協議を進めているところです。

ナショナルブランドの大手食品メーカーは、自社で取り組みを始めていますから協働して進めることができるでしょう。物流などそれ以外のサプライチェーンも含めると幅広い話になり、まずは私たちが直接管理できるプライベートブランドを対象に取り組みを加速させているところです。

坂本:海外店舗のデータ収集は、どのようになっていますか?

鈴木:日本と同様、アナログ的からデジタルな仕組みに移行しているところです。ただし各国で制約があるので国ごとに削減アプローチを考えたり、優先順位を決めたりして取り組みたいと考えています。

坂本:ESGやサステナビリティ、脱炭素は、多くの機関・個人投資家も興味を抱いている分野です。最後にそういった観点でイオン様を応援する魅力をお教えください。

鈴木:私たちが最も大事にしているのは、店舗をご利用いただくお客様です。日々の暮らしのなかできちんと安全安心なものをこれからもお届けするのが使命だと思っています。そのためにも気候変動に対するリスクや機会を評価し安定して食料を供給するためのサプライチェーンの構築や店舗のレジリエンスを高めるための設備投資や開発を日々進化させて事業活動を行っています。

一方、地域単位でさまざまな活動もしていて過去30年間の植樹の結果、森が生まれ生物が集うようになったなど成果も出てきました。投資家の方々には、最新の取り組みだけではなくこういったことにも関心を持っていただきたいと思っています。

坂本:多くの企業は、自社の省エネや脱炭素がテーマですが、イオン様はサプライチェーンや消費者のところまで目を向けるなど脱炭素への取り組みは先進的です。とてもすばらしいと感じました。ありがとうございます。