本記事は、野崎敏彦の著書『水族館のアシカはいくらで買える?』(合同フォレスト)の中から一部を抜粋・編集しています。
水道料金がまちによって8倍も違う理由
- あなたも知ろう「水道事業の安定供給のための施策」
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- 人口減少に合わせたダウンサイジング(余剰施設の削減)
- 水道インフラの老朽化診断を行い、施設整備計画を策定
- 住民が協力して自然環境(山、川、海など)を守る
【現状】水道料金ってどうやって決まるの?
引っ越しをした経験のある方なら、地域によって水道料金が違うことはご存じでしょう。
日本の水道事業は、公営企業として自治体が独自に運営しており、料金水準に大きな地域差があります。
それでは、日本で水道料金が最も安い地域と最も高い地域はどこでしょうか?
全国で最も安いのは山梨県富士河口湖町で835円です。最も高い北海道夕張市は6,841円で、両地域では実に約8倍もの料金格差が生じています(表1、平均的な家庭での使用料20㎥/月換算、水道産業新聞社編集部調べ)。
これほど極端ではなくても、同じ規模の自治体間で1.5倍から2倍程度の料金格差があります。
どうしてこれほどの差が出るのか。読者の皆さんは、水道料金の決定方法をご存じでしょうか?
水道料金の決定方法は、法的には、地方公営企業法の第21条第2項に、「料金は、公正妥当なものでなければならず、かつ、能率的な経営の下における適正な原価を基礎とし、地方公営企業の健全な運営を確保することができるものでなければならない。」と定められています。
ここでいう原価は表2のような費用です。
水道料金は、これらの原価に水道施設の新設や維持補修のための金額を加え、さらに政策的な配慮や社会情勢(物価水準など)を考慮して決定されるのです。その料金については議会での議決を必要とし、また料金改定にあたっては、水道法に基づき、厚生労働大臣の認可(届出)が必要となります。
このようにして決定される水道料金ですが、それぞれの自治体がもつさまざまな事情により、料金に格差が生じます。
たとえば、自治体が条件の良い水利権をもっていれば、水量が豊富にあるなどの理由で、先に示した内訳の「都道府県から水道水を購入する費用」が安くなります。また、水源の水質が良ければ、浄水のための費用は少なくて済み、「取水した水の浄水等にかかる費用」が安くなります。地形に恵まれていれば、ダムやポンプといった施設の設置や運用にかかる費用は少なくて済むことや、人口密度が高ければ、送水のための水道管の一軒あたりの敷設距離が短くなることから、「水道水を送る費用」は安くなるのです。
原価(費用)のほかに、料金決定に関わる水道施設の新設や維持補修費は、水道施設の建設・敷設年次が古いものが多ければ、建て替えや維持補修のための費用が高くなります。
また、水道料金は一般家庭の料金単価を原価よりも低く設定し、大口需要者(民間企業など)の単価を高くして帳尻を合わせるのが基本です。従って、自治体に民間企業などが多ければ、一般家庭の水道料金は安くなります。
【問題点】水道料金収入は減り、施設の更新は増える
料金格差はあるものの、日本の水道事業は現在、比較的安定した水の供給ができています。しかし、今後も水道事業を安定的に継続するためには、いくつかの解決しなければならない問題があります。
ここでは、日本が直面する水道料金収入の減少と施設の大量更新の問題を取り上げます。
まず、水道料金収入の減少問題についてですが、これは、人口の増減に大きく影響を受けます。人口減少は現在も続いており、多くの自治体が直面しています。人口減少が水需要の減少につながり、水道料金収入が減少しているのです。
日本の人口のピークは2010年、1億2,806万人でしたが、以降は減少し続けており、2060年には、2010年に比較して減少数が約4,000万人に達すると推計されています。これに伴い、2000年の水道料金収入は約2兆7,000億円でしたが、2050年には、2兆円以下になると推計されています。
水道料金収入が減少すれば、当然のことながら、先に示した費用の支払いができず、事業として赤字になり、安定した水の供給ができなくなってしまいます。
次に、このような人口減少に伴う水道料金収入減少の中、施設の大量更新が必要となっています。近年、耐用年数を超えた水道管の破裂事故が各地で毎年発生し、住民に不安を与えています。
例えば2020年1月、横浜市で水道管が破裂し、周辺3区の約3万世帯に一時的な断水や水道の蛇口から濁水が出るなどの被害がありました。日本のほかの地域でも同様のことが起きる可能性は非常に高いのです。多くの自治体は、耐用年数が40年に達した水道管を多く有し、改修が追いついていません。
日本の水道事業は1960年代から高度経済成長期にかけて膨大な投資を行い、ほぼ皆水道(普及率約98%)という状況を達成しました。半面、その時期に建設・敷設された浄水場や水道管などが一斉に老朽化し、現在それらを更新する必要に迫られています。
ほかのインフラ資産(道路や下水道など)と同様、これからすさまじい大量更新事業が待ち構える時代に入っているのです。これは世界の国々のどこも経験したことがなく、日本が世界で初めて経験する極めて深刻な事態といえます。
【解決策】ダウンサイジングと自然環境の保全
人口減少にともない、社会が縮小し続ける時代には、それに見合うように施設をダウンサイジング(縮小)して費用を抑えなければ、水道事業を安定して継続していくことはできないでしょう。
余剰な施設を削減することで固定費や維持管理費などの費用も減少し、施設の利用効率が上がります。現在、全国の水道事業の施設利用率の平均は約60%となっています。約40%の施設が1円の利益も生まない無駄な施設となっているのです。
また、ダウンサイジングを推進するためには、施設の長期的な更新計画を立てる必要があります。どこを整備し、どこを整備しないかを決め、優先順位を付けて計画を実行していかなければなりません。
その手順としては、まずは老朽化診断を行い、施設整備計画を策定します。
施設整備計画から費用を積み上げて支出計画を策定し、この費用をまかなうことができる料金を設定して収入計画を策定します。この支出計画と収入計画を合わせたものが財政計画となります。
筆者が住んでいる名古屋市は、『名古屋市上下水道経営プラン2028』を策定し、広報紙「広報なごや」に掲載しました。プランの中には、7つの具体的な施策が策定されています。その中には、上下水道事業の10年間の財政計画もあります。
ところで、日本の水道環境は、世界的に見てどのような状況にあるのでしょうか?
日本の水道事業は普及率において、世界でもトップクラスであり、人が住んでいる地域のほとんどに水道が行き渡りました。
また、水質基準も同じく世界のトップクラスを誇っています。日本は、「水道水をそのまま飲める」9カ国のうちの1つです(内訳は、日本/アイスランド/ノルウェー/フィンランド/デンマーク/ドイツ/オーストリア/アイルランド/南アフリカ。国土交通省「日本の水資源の現況」平成30年度版より)
このような良好な水環境を守るために、生活者である住民が協力できることも多くあります。自然環境(山、川、海など)を守ることで、水源の確保や水質向上を図ることができ、それが水道事業の費用を抑え、安定した水の供給につながるのです。
一般社団法人日本行政マネジメントセンター 代表理事
中小企業診断士
1955年名古屋市生まれ。北海道大学理学部数学科卒業後、通信機器大手の沖電気工業に入社。その後、印刷会社、ベンチャーキャピタル、コンサルティングファームなど、異業種6社の企業勤務を経て、2012年、57歳で新地方公会計制度の普及を目指し起業。2015年、公認会計士、税理士、ITのプロ、合意形成コンサルタントなどの専門家を構成員とする一般社団法人日本行政マネジメントセンターを設立、代表理事に就任。自治体やその外郭団体(一部事務組合、広域連合等)など、約50団体と業務契約を結んでいる。新地方公会計制度を応用した公共施設マネジメント、行政評価を多数手がけているが、自治体の総合計画策定に寄与することを通じて、地域活性化に貢献できる事業分野への拡大を目指している。※画像をクリックするとAmazonに飛びます