本記事は、野崎敏彦の著書『水族館のアシカはいくらで買える?』(合同フォレスト)の中から一部を抜粋・編集しています。
家賃補助のある人とない人、不公平では?
- あなたも知ろう「家賃補助制度」
- 住宅政策の主体は国だけでなく自治体がその役割を果たす時代
- 家賃補助制度はさまざまなものが用意されている
- 税金の公平な分配と効率の調整が重要
【現状】実は知られていない? さまざまな家賃補助制度
住民が安心・安全な生活を送るためには、衣食住が必要です。その中で最もお金がかかるのが住居費(建築費または賃貸料)です。
家賃補助は、会社や自治体が賃貸住宅(公営住宅や民営住宅など)に住む人を対象に家賃の一部を支給する仕組みです。このうち、自治体の家賃補助の財源は、住民が納めた税金であり、地方財政と大いに関係があります。
住居については、その保障が憲法に定められています。
憲法25条(生存権の保障)
「全ての国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。国は、すべての生活部面において、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。」
近年の住宅を取り巻く社会や経済情勢の動向として、次のことが挙げられます。
- 少子高齢化
- 居住ニーズの多様化
- ライフスタイルの変化
- ネットワーク社会の到来
- 経済社会の成熟化、低成長化
これらの動向を踏まえると、住宅に関する問題への対応として、地方の視点を無視することができなくなりました。そのため、住宅政策の主体は国のみではなく、地方の主体である自治体がその役割を果たさなければならなくなっています。
家賃補助制度の主なものは、左記の3点です。
- 会社の住宅手当
- 自治体が設けている家賃補助制度
- 特定優良賃貸住宅の家賃補助制度(公的賃貸住宅制度)
特定優良賃貸住宅とは、「特定優良賃貸住宅の供給の促進に関する法律」に基づき、中堅所得者向けに建設された良質な賃貸住宅のことをいいます。専有面積や構造、広さなどの法的基準をクリアしており、ほかの賃貸住宅に比べてグレードが高い場合が多いのです。入居の申し込みにあたっては、収入と入居条件の基準をクリアする必要があります。これらの基準は、各自治体の特定優良賃貸住宅制度によって異なるため、確認が必要です。
ここでは、地方財政に関係する自治体が設けている家賃補助制度と特定優良賃貸住宅の家賃補助制度について説明します。
自治体が設けている家賃補助制度は当初、居住に関して課題のある社会的弱者(低所得者、高齢者、障碍者やシングルマザーなど)の救済措置として支給されていました。近年では、居住している人の家賃負担を減らし、定住を促すことも目的としています。そのため、地域によって補助の内容や対象者、募集要件は、大きく異なります。住んでいる自治体から支払われる家賃補助は、各自治体が独自に設定しているものでさまざまな種類や特徴があります。
都市部では、賃貸住宅の家賃負担が大きいため、負担軽減のためにあらゆる世帯を対象とした助成を行っています。
例えば、東京都千代田区では、「親世帯との近居のために住み替える新婚世帯・子育て世帯(親元近居)」や「子どもの成長などに伴い、広い住宅に住むために区内転居する子育て世帯(区内転居)」を対象とした「次世代育成住宅助成制度」があります。さらに千代田区には、高齢者世帯・障碍者世帯・ひとり親世帯向けの「居住安定支援家賃助成制度」もあります。
また、東京都新宿区では、子育てファミリー世帯向けと学生および勤労単身者向けの「民間賃貸住宅家賃補助制度」があります。加えて、「多世代近居同居助成制度」や「次世代育成転居助成制度」もあります。
一方、過疎化に悩む地方においては、移住促進のための制度が充実している自治体が多くあります。
例えば、岐阜県高山市では、市外からの移住者に対して左記のような条件で家賃補助を行っています。
補助金:月額家賃の3分の1以内で、上限1万5,000円
期 間:最大3年間
対象者:現在、飛騨地域以外に居住しており、高山市の賃貸物件に転入して5年以上の居住予定がある人
【問題点】「公平」と「効率」の問題はムズカシイ
家賃補助のような「公共支出(税金投入)」が問題となるとき、最大の難問は「公平」と「効率」をどのように調整するかということです。具体的には、社会的弱者のことを考慮する場合、賃貸住宅の家賃をどれだけ税金(公費)で負担するかという点です。
公平とは、所得分配(徴収した税金の再分配)における公平性のことです。
お金が人々の間でどこまで平等に配分されているかをチェックし、不平等であれば是正します。
最近の脳科学の研究では、平等な社会を望ましいと受け止める仕組みが私たちの脳にあることがわかってきました。公平の追求は、生物学的な根拠に基づいています。
効率とは、経済的効率性のことです。
限られたお金をどのように配分すれば、最も無駄なく活用でき、人々の生活水準を高めることができるかというものです。また、お金の配分にかかるコストをできるだけ抑えることも求められます。
公平と効率の問題に正解はありません。例えば、「高所得の人は、努力した結果、所得が高い。低所得の人は、努力してこなかったからそうなっているのだ。なぜ所得の低い人を税金によって支援しなければならないのか?」という考え方をする人もいます。
努力した人が高い報酬を得ることには基本的に納得できるものの、自分の責任では手に負えない理由によって十分な報酬を得られない人を放置してよいかという問題です。
【解決策】説得力のあるデータと政治的リーダーシップで決まる
公平と効率の問題を解決するには、どうすればよいでしょうか。
《解決策その1》客観的な情報に基づく資料の作成
公平と効率のどちらかを重視しなければならない場合、当然のことながら、この判断は、最終的には各人の根本的な考え(価値観)の問題となり、理屈で解決できるものではありません。公平な社会の理想像は人によって異なりますし、所得格差や貧困の問題と同じく、受け止め方もさまざまです。
しかし、この価値観より導かれる結論に対する客観的な根拠は、必ず提示しなければなりません。ICT(Information and Communications Technology=情報通信技術)の進展により、役所がもつ膨大な情報(ビッグデータ)の処理も可能となりました。計算結果を利用することによって民主的で冷静な話し合いができ、より公正な判断を導き出すことが可能になります。
《解決策その2》政治的リーダーシップの発揮
公平と効率をどのようにバランスさせるかという問題意識をもって地域のさまざまな問題に立ち向かうのが政治の役割です。地域の事情や、公平と効率のバランスを考慮して決断し、住民に十分な説明を尽くすのも、政治の役割です。
実際の家賃補助の最終的決定は、論理的な計算結果ではなく、政治的決定によってなされなければなりません。
公平と効率の問題は、2021年度のコロナワクチンの接種においても発生しました。当時、河野太郎行政改革担当・新型コロナワクチン接種推進担当大臣は、「悪いのは私だ。自治体が思った以上に『公平性』を重視することに気付かなかった」という発言をしました。
公平と効率のバランスの問題はこれからも出てくると思いますが、冷静な議論を重ねることと政治判断で解決するしかありません。
一般社団法人日本行政マネジメントセンター 代表理事
中小企業診断士
1955年名古屋市生まれ。北海道大学理学部数学科卒業後、通信機器大手の沖電気工業に入社。その後、印刷会社、ベンチャーキャピタル、コンサルティングファームなど、異業種6社の企業勤務を経て、2012年、57歳で新地方公会計制度の普及を目指し起業。2015年、公認会計士、税理士、ITのプロ、合意形成コンサルタントなどの専門家を構成員とする一般社団法人日本行政マネジメントセンターを設立、代表理事に就任。自治体やその外郭団体(一部事務組合、広域連合等)など、約50団体と業務契約を結んでいる。新地方公会計制度を応用した公共施設マネジメント、行政評価を多数手がけているが、自治体の総合計画策定に寄与することを通じて、地域活性化に貢献できる事業分野への拡大を目指している。※画像をクリックするとAmazonに飛びます