本記事は、野崎敏彦の著書『水族館のアシカはいくらで買える?』(合同フォレスト)の中から一部を抜粋・編集しています。
まちのお金を圧迫する三大事業【道路編】
- あなたも知ろう「道路行政」
- 住民の生活への影響が最も大きいのが道路
- 「事後保全」から「予防保全」への転換が必要
- 道路の役割を再確認
【現状】「無駄な道路」って本当にあるの?
高度成長期を中心として建設されたインフラ資産の老朽化が社会問題となってかなりの年月が経ちました。その中で、住民の生活への影響が最も大きいのが道路です。道路は、人や物資の移動において最も利用される公共施設です。したがって、道路行政は自治体における重要政策の1つであり、その成否が住民生活や地域経済に大きな影響を及ぼします。
道路について見ていきましょう。根拠法(*)に基づいて分類すると、道路には意外に多くの種類があることに気が付きます(表6)。
*:根拠法 ― 制度や政策を実施する場合に、その施行における妥当性の根拠となる法令や法律のこと。
道路が新設されるとき、下記の要素が考慮されます。
- 地域の道路事情
- 地域の公共交通状況
- 人口動態
- 地形
- 天候
- 経済活動
- 観光地の有無
こうしてみると、道路というものは、住民のさまざまな活動に深く関わっていることにあらためて気づかされます。
【問題点】道路を維持補修するお金がない!
道路に関する問題は新設だけではありません。老朽化対策と維持補修のための財源不足が大きな課題です。
自治体において、財政が厳しい状況下で道路事業に多額の費用を捻出することは簡単なことではありません。ほかの事業の予算を削るか、基金を取り崩すことにより、道路事業にお金を回すことができなければ、地方債を発行して資金調達することになります。しかしこれは、将来世代に負担を先送りすることにつながります。
そのような中でも、高度経済成長期を中心に建設された道路の老朽化対策が急がれます。
2012年12月、山梨県の中央自動車道笹子トンネルで天井板の崩落事故が起き、男女9人が犠牲となってしまいました。道路の維持補修は、人々の生命にかかわる喫緊の課題だといえます。それは、自治体が管理する市町村道や農道・林道についても同じです。
また、道路などの公共施設は、「事後保全」から「予防保全」への転換が必要と言われていますが、厳しい財政状況の中、それらはなかなか進展していません。
事後保全とは、何かトラブルが起きてから公共施設を保全することです。そして予防保全とは、決められた期間に決められた保全業務を定期的に行い、トラブルが起きる前に事前に手を入れ、トラブルを回避することです。笹子トンネルの痛ましい事故も、予防保全が十分にできていれば防げたかもしれないといわれています。
【解決策】移動手段以外で道路に期待すること
近年、公共工事、特に道路工事に対する評価が著しく低くなっています。まず、やり玉に挙げられるのが、「無駄な道路」というものです。果たして全く役に立たない道路は、そんなにあちらこちらにあるのでしょうか。
ここでは、道路の可能性や道路に期待できることを考えてみたいと思います。
- 人々の移動ニーズを満たす
- 多くの新たなニーズが掘り起こされる
- 人口流入が進み、人口分布が変化する
過疎化の進行を止める企業立地が誘発される
地域産業への投資が進み、活力が増進する
- 災害が起こったときに復興/復旧路として利用する
- さまざまな地域や町をつなぎ、人々の交流が活性化する
「無駄な道路」という場合、人々の移動という面だけをとらえていると思います。もっと道路の可能性を考えてみてもよいのではないでしょうか。道路に対する考え方の転換が必要だと思います。
人口減少により、道路を利用する人はいまよりも減ると予想されますが、道路をなくすことはできません。「廃棄鉄道」ならぬ「廃棄道路」はあり得ません。
今後は、道路行政にあたり、地域住民との協働による「人」を中心とした地域づくりを仕組みとして組み込んでいくことも必要であると思われます。
まちのお金を圧迫する三大事業【下水道編】
- 下水道事業の位置付けは「地方公営企業」の一形態
- 下水道も道路と同じく老朽化が進行
- 「事後保全」から「予防保全」への転換が必要
- 広域化や共同化、官民連携が進む
【現状】下水道事業の役割と種類
下水道は、必要な水をいつまでもきれいな状態で使うことができるように、汚れた水をきれいにするために生まれた公共施設です。下水道は、住民の安全安心な暮らしと健全な社会活動に必要なインフラです。
下水道の主な役割は、次の3点です。
- 公共用水域の水質保全
- 生活環境の保全
- トイレの水洗化
自治体制度の中で、下水道事業の位置付けは、「地方公営企業」というものの一形態です。
自治体の業務を大きく分類すると、教育や福祉などの一般的な行政と、上下水道や病院、公共交通などの企業活動になります。地方公営企業は企業活動にあたり、税を財源とする一般的な行政活動とは異なり、費用は基本的に利用者の料金収入によって賄われます。
地方公営企業の歴史は古く、水道事業は江戸時代に幕府営あるいは藩営として発達し、明治時代には、電気、ガスや路面電車などが始まりました。
ここで、一般会計と特別会計について説明します。
一般会計とは、市町村税や地方交付税などを財源として教育、福祉、道路整備などの基本的な行政を行うための会計です。一方、特別会計は、特定の目的(下水道、水道、病院など)のための会計です。特別会計を一般会計と分けることで事業や財政の状況を明確化しています。
一般会計やほかの特別会計から下水道特別会計に多額のお金(繰出金)が拠出されています。下水道事業にほかの会計からお金が入ること(繰入金)が多いのは、下水道に雨水と汚水(生活排水)の両方を集めて処理する機能があり、雨水については、利用者のみに負担を求めるのが適当ではないからです。
下水道事業には経営原則があります。その内の1つが、「雨水公費・汚水私費の原則」です。これは、下水道事業に係る経費の負担について、雨水排除は自然現象に起因するものであり、一般にその原因者を特定することが困難であり、また、その利益(受益)が広く市民に及ぶことから、その経費は公費で賄うことになっています。一方、汚水排除は原因者、利益を受ける人(受益者)が明らかなことから、排出量に応じて徴収する下水道使用料収入で賄うという考え方です。
【問題点】多岐にわたる下水道事業の問題
《問題その1》施設や設備の老朽化の進行
下水道も道路と同じく老朽化が進行しており、何らかの対策が必要です。実際に下水道管に起因する道路陥没事故は、2017年度に全国で約3,000件発生しました。
全国に敷設された下水管の総延長は、2020年度末では約49万㎞となります。そのうち、敷設後50年を経過する下水管は、約2.5万㎞と全体の5%ですが、17年後の2037年度には、約15万㎞に増加すると予想されており、これは全体の約31%を占めます。
また、全国に約2,200カ所ある下水処理場についても、使い始めてから(供用開始から)、耐用年数である15年を経過する施設が約2,000カ所(全体の91%)を超えています。処理場においては、機械・電気設備も更新時期を迎えています。
《問題その2》職員の減少
近年、どの自治体も職員数は減少傾向にあります。特に技術系の職員の減少率が高くなっています。下水道職員も例外ではなく、不足しています。そのため、下水道に関するノウハウが継承できず、技術力の低下が進んでいます。
《問題その3》使用料の減少
人口減少により、下水道の使用料も減少し、増大する施設や設備の維持管理費を賄うお金(財源)の不足が生じています。
【解決策】広域化や共同化、官民連携に活路を見出す
《対策その1》広域化・共同化
- 処理施設の統廃合
- 汚泥の集約処理
- 複数市町村の施設の集中管理
- 複数市町村による維持管理業務、事務業務の共同発注
《対策その2》官民連携、民間活用
- 指定管理者制度
- 包括的民間委託
- PPP/PFI
KEY WORD
指定管理者制度
指定管理者制度は、多様化する住民のニーズに効果的、効率的に対応するため公共施設の管理に民間企業のノウハウを活用しながら、行政サービスの向上と経費の削減を図ることを目的に創設された制度です。
これにより、限定されていた公共施設の管理運営を民間事業者も含めた幅広い団体(NPOなど)にも委ねることができるようになりました。包括的民間委託
たとえば、下水道に関するさまざまな業務を異業種などの民間企業が集まった「企業体」に委託し、企業体がそれぞれのノウハウの活用や創意工夫により、効果的、効率的に業務を実施できるようにするものです。業務の種類や対象区域の範囲には、さまざまな形態があります。
PPP(Public Private Partnership)
事業の企画段階から、建設・運営のさまざまな段階で民間事業者が参加する、より幅広い範囲を含んでいます。「官」と「民」がパートナーを組んで事業を行うことです。
民間の立場から事業の採算性や継続性が厳しく吟味されますし、民間の知恵や能力が企画・建設・運営のあらゆる段階で生かされます。PFIと違い、事業の企画段階から民間事業者が参加するなど、より幅広い仕組みがあります。PFI(Private Finance Initiative)
国や自治体が基本的な事業計画をつくって公募し、これに民間事業者が入札します。
公共施設の建設、維持管理や運営に民間の資金、経営能力および技術的能力を導入し、国や自治体が直接実施するよりも効率的かつ効果的に公共サービスを提供する仕組みです。
このほか、収入を減らさない対策も取られています。
- 使用料金の適正化(水道事業と同じく、原価計算をやり直す)
- 負担金の未納/滞納処理
- 下水汚泥を火力発電所で燃料化
下水道事業においては、浄化槽の見直しも必要だと思います。
浄化槽とは、公共下水道が整備されていない地域で設置され、汚水や雑排水を浄化処理して放流するための施設です。現在では技術革新により高機能化しており、環境面でも問題はなくなりました。
汚水処理については、汚水を管路で下水処理場に集めて処理する公共下水道や農業集落排水処理施設と、各家庭で個別に処理する合併浄化槽などがあり、自治体は各汚水処理の特性を勘案して、最適な手法を選択し、その区域(下水道か、浄化槽か)を設定します。各都道府県は、区域を設定する市町村と連携して、区域の見直しを行っています。
人口密度の低い農村部では、公共下水道と下水処理場を造るよりも、各家庭に合併浄化槽を設置するほうが、はるかに割安となります。また、かつての国の事業仕分けにおいて、自治体の人口が5万人以下になると下水道のコストが高くなり、浄化槽のほうが優位だと指摘されました。
まちのお金を圧迫する三大事業【病院編】
- あなたも知ろう「公立・公的病院の役割」
- 公立・公的病院の役割は、民間では対応が困難な医療を提供すること
- 公立・公的病院のうちの約90%が赤字(診療報酬で見た場合)
- 病院事業の主要収入の約80%が診療報酬。黒字化が難しい
【現状】経営難が続く公立・公的病院
公立・公的病院の経営は厳しく、そのうちの約60%が赤字です。ここでいう公立病院とは自治体が母体となる病院であり、公的病院とは公的機関(例えば、日本赤十字社)が母体となる病院です。
自治体が母体となる公立病院事業は特別会計であり、一般会計やほかの特別会計からの多額の繰入金があります。この繰入金を除いて診療報酬だけで見ると、約90%の経営が赤字といわれています。
公立・公的病院の役割は、採算性や特殊性の面から、民間の医療機関では対応が困難である、次のような医療の提供です。
- 地域の民間医療機関では限界のある高度・先進医療の提供(がん治療など)
- 不採算や特殊部門(救急、小児、周産期、精神、災害時対応など)に関わる医療の提供
- 民間の医療機関の立地が困難な過疎地(山間僻地、離島など)における一般医療の提供
病院が提供する内容については、病床機能・医療機能で分類すると表7のようになります。
現状では、高度急性期と急性期病床が約70%と過剰です。今後、住民の高齢化に伴って必要数が増える回復期、慢性期病床への転換が遅れています。高齢者が望んでいるリハビリテーション向けの病床は、約20.4万床不足しています。これは、高度急性期、急性期のほうが診療報酬が高く、公立・公的病院の経営上の問題もあるからで、それが回復期、慢性期への転換を難しくしています。
厚生労働省は2019年、全国1,455の公立・公的病院のうち、診療実績が乏しく再編・統合が必要と判断した424の病院名を公表しました。424病院は、全体の29.1%にあたり、ベッド数が比較的少ない病院が多かったといわれています。
この公表の狙いは、高齢化により膨張する医療費を抑制することだといわれています。
【問題点】負の連鎖と不可能な価額改定
公立・公的病院の問題点は、財政難(資金的困難)と医師不足(人的困難)です。この2つが相まって公立・公的病院では次のような負の連鎖が生じています。
財政難と医師不足
↓
医師の過剰労働の増大
↓
激務が続くことによる医師の退職
↓
診療科の閉鎖
↓
来院・入院患者の減少
↓
さらなる病院財政の悪化
↓
医療サービスの提供が困難となる
診療報酬は、日本においては、中央社会保険医療協議会(中医協)と厚生労働省が決定するものであり、公立・公的病院が決めることはできませんので価額改定はできません。
この決められた価額を「公定価額」といいます。
病院事業の主要な収入のうち、約80%が診療報酬です。日本の医療制度において、病院経営は公定価額が安価に抑えられているため、経営努力以前に制度的環境から、黒字化させることが非常に困難なのです。
【解決策】こうすれば経営難が打開できる!
筆者が考える公立・公的病院運営の打開策は次のとおりです。
《打開策その1》地域医療連携
地域医療連携とは、地域の医療機関が自らの施設の実情や地域の医療状況に応じて、医療機能の分担と専門化を進め、医療機関同士が相互に円滑な連携を図ることです。持っている機能を互いに有効活用することにより、患者が地域において継続的で適切な医療を受けられるようにします。
《打開策その2》オンライン診療
国の規制改革推進会議がまとめた報告書では、オンライン診療の普及・拡大に向けて、対面より低い診療報酬の見直しや、診療上の優位性を厚生労働省の指針に明記するように求めました。
一方で日本医師会は、顔色や匂いを含め、対面診療でなければ得られない情報があると主張するなど、オンライン診療の拡大に慎重で、医療のオンライン化を巡る応酬が続いています。
日本医師会は、オンラインでは十分な診療が行えず、正しい判断ができないと主張していますが、米国や中国ではすでに実現しています。特に中国では、携帯電話やスマートフォンで医師に24時間アクセスでき、緊急事態なら専門家を紹介するという優れた仕組みが機能しています。これは、忙しい人や遠方から通院している人に有用です。
《打開策その3》小さな取り組みを地道に積み重ね、経営改善を図る
報酬(収入)や経費(支出)について、小さなことを積み重ね、医師をはじめ全職員が一丸となって経営改善を図ることにより、財政難を克服することですここでは、「打開策その3」により、財政難や医師不足の中で経営再建に成功した公立病院の事例を紹介します。
三重県松阪市の松阪市民病院は、1989年度に赤字に転落し、以降、毎年の赤字額は3〜10億円に達し、長年経営再建に取り組んでいました。医師も減り、産婦人科の分娩中止や精神科の常勤医不在という事態に直面しましたが、2009年度に20年ぶりに黒字化に成功しました。
医師不足の折、医師の負担を増やす業務改革は難しい状況でしたので、医師の業務改革は先送りし、まず医師以外の業務改革から取り組みました。診療報酬体系には、医師の医療行為以外にも診療報酬を認める項目があります。そこに活路を見出したのです。
具体的には、例えば次の2点がありました。
- 薬剤師が入院患者に服薬指導すれば、薬剤管理指導料を請求できる
- 管理栄養士が入院患者に栄養指導を行えば、入院栄養食事指導料が請求できる
当初は小さなことでしたが、全職員が協力し、地道に数々の取り組みを積み重ねることにより経営改善につなげ、見事黒字化に成功しました。
公立・公的病院に勤務する医師の処遇改善、いわゆる働き方改革はぜひとも実行する必要があります。非常に厳しい勤務状況の中、命を守るという医師の極めて強い使命感と責任感で持ちこたえている病院が多いのが現状です。
医師以外の職業に携わっている人も、自分の仕事に対して責任をもって働いています。ただし多くの人は、仕事をする上で大きなミスをしても、人が死ぬという最悪の事態に陥ることはあまりありません。
住民の健康と安心のために公立・公的病院は欠かせません。人命に直結するその改革は待ったなしです。医療体制を維持するため、住民はどの程度の負担ならば許容できるのか? そしてそのために受けられなくなる行政サービスはないのか? 自治体の構成員でもある住民はこれらのことを真剣に考え、積極的に話し合いに参加する時期に来ています。
一般社団法人日本行政マネジメントセンター 代表理事
中小企業診断士
1955年名古屋市生まれ。北海道大学理学部数学科卒業後、通信機器大手の沖電気工業に入社。その後、印刷会社、ベンチャーキャピタル、コンサルティングファームなど、異業種6社の企業勤務を経て、2012年、57歳で新地方公会計制度の普及を目指し起業。2015年、公認会計士、税理士、ITのプロ、合意形成コンサルタントなどの専門家を構成員とする一般社団法人日本行政マネジメントセンターを設立、代表理事に就任。自治体やその外郭団体(一部事務組合、広域連合等)など、約50団体と業務契約を結んでいる。新地方公会計制度を応用した公共施設マネジメント、行政評価を多数手がけているが、自治体の総合計画策定に寄与することを通じて、地域活性化に貢献できる事業分野への拡大を目指している。※画像をクリックするとAmazonに飛びます