プライベートバンクの一任勘定は、ハウスビューに基づいた運用が行われる
まず前提として「一任勘定」について補足しておこう。一任勘定とは、金融機関が顧客から有価証券などの売買の一任を受け、以降は顧客の同意なしに運用することだ。もちろん、一任勘定を始める際は顧客と綿密なコミュニケーションを取る必要があるが、一度運用が始まってしまえば、逐一顧客に売買の許可を取る必要はない。そのため、金融機関側は迅速な運用が可能となり、顧客側はコミュニケーションコストやメンテナンスコストを下げられる。マスリテールの世界で言えば「ファンドラップ口座」が一任勘定に該当するだろう。
そして、基本的に各プライベートバンクはそれぞれ「ハウスビュー」(金融機関としての公式な経済・金融市場の見通し)を持っている。プライベートバンクによっては、バンカーがハウスビューを逸脱する提案を行うことを禁止しているところもある。そのため、プライベートバンクの一任勘定は、ハウスビューに基づいた運用が行われることが大半だ。
「Fさんの本業は資産運用業なのに、なぜ自分で売買判断をしないのか」と感じた人もいるかもしれない。しかし山口氏は「Fさんを含めて、海外の超富裕層は『プライベートバンクに預けるなら、そのハウスビューを信用する必要がある。むしろ、そのハウスビューこそが提供価値である』と考えている傾向が強い」と解説する。
Fさんも「いったんは御社のハウスビューを信用するから、この5〜10億円で自由に運用してくれ。成績が良かったら継続するし、悪かったら他社に持って行くよ」というスタンスだ。Fさん自身が行うのは、運用成績の厳格な評価および各社に預ける資産額のアロケーションの調整であり、詳細な運用は専門家に任せている。
半分は分散投資型ファンドを持ち、もう半分で機動的に売買する
それでは、山口氏はFさんに対してどのような提案を行ったのだろうか。山口氏は「Fさんが日本の金融機関に預けていたのは全部で10億円です。私に5億円、他社に5億円でした。私がお話をいただいた時点で、すでに他社で外債投資を行なっており、同じ運用をしても仕方ないだろうということで、私は以下のような方針で運用を進めました」と言う。
<主な運用方針>
・資産の半分は、あるプライベートバンクの基幹ファンド(分散投資型ポートフォリオの一任勘定)を持つ
・この基幹ファンドは原則として売却せず、コア資産として持ち続ける
・もう半分は個別銘柄やファンドなどを組み替えていくことで、ダイナミックにマーケットを追いかける
・具体的には株式の個別銘柄、債券の個別銘柄、ハイイールドファンド、バンクローンファンドなどに投資する
・商品特性に応じて、個別で持つのか、ファンドで持つのかを判断する(例:ハイイールド系は信用リスクが高いので、ポジションを持つ時は原則として個別銘柄ではなくファンドで持つ)
・ハイイールド債券で高い利回りを確保しつつ、変動金利であるバンクローンを持つことで金利変動リスクにも備える
・機動的に売買する部分では単一商品(同じアセットクラスに投資しているもの)しか持たない(バランス型ファンドのような複合資産は持たない)
「コア・サテライト戦略」と呼ぶには少し語弊があるかもしれないが、あるプライベートバンクの基幹ファンドをコア部分として、もう半分を機動的に売買することで、リスクをコントロールする運用方針になっている。「コア部分に関してはプライベートバンクのハウスビューに基づいて運用されるため、実質的に私に求められていたのは、もう半分のリスクコントロールと安定的なリターンでした」と山口氏は解説する。