この記事は2022年10月21日に「The Finance」で公開された「【対談】467億円の資金調達でも話題のUPSIDER社に聞く、金融領域におけるユーザーファーストな事業開発とは?」を一部編集し、転載したものです。
2022年10月19日に、467億円という大型資金調達を発表したことでも大きな注目を集めるスタートアップ企業UPSIDER。その著しい成長の背景には、ユーザーファーストを追求したビジネス姿勢がある。金融機関も対応を迫られるデジタル領域でのサービス拡充に、同社のビジネスに対する姿勢や企業文化、サービス立ち上げの経緯は大きなヒントを与えてくれる。
金融機関のシステム開発内製化支援などを手掛けるゆめみの取締役 猪井慎介氏が、UPSIDER共同創業者で、代表取締役を務める水野智規氏にインタビューを行った。
目次
既存金融機関と「協力関係」を構築 法人カード事業にメガバンクも出資
猪井:本日はお時間をいただきありがとうございます。2020年にUPSIDERさんは、主にスタートアップ企業を中心とした成長企業向けに仕入れや決済で使用できる法人向けクレジットカードの発行事業を開始しました。その後、2022年5月には複数の金融機関から150億円の資金調達を達成し、同年7月には3大メガバンクから追加の融資を獲得。さらに2022年10月には467億円の資金調達を発表されるなど、今後もさらなる躍進が期待されますね。
水野:ありがとうございます。サービスのリリースから2年ほどですが、スタートアップだけでなく、大企業も含む多様なユーザー様に当社のサービスを利用いただいています。
当社が提供する法人カード「UPSIDER」は、従来の法人カードと異なり、スタートアップ企業にも潤沢な与信枠を提供している点、そしてSaaS(サース)として、Web上で多様な管理機能を提供している点が大きな特徴です。最近も、カードの利用先を100以上のサービスから選択して制限することができる機能や、稟議承認フローを自由に組むことができる機能、カードごとにメールアドレスを発行し、回収した請求書を決済と容易に紐付けられる機能など、ユーザーのニーズに即した多くの機能をリリースしています。
また2022年4月より、クレディセゾン様と共同で、あらゆる銀行振り込みの請求書を手持ちのクレジットカードで決済することができる新サービス「支払い.com」を開始しました。私は現在、カード事業とこのサービス両方の責任者をしています。
猪井:2つのサービスを合わせて既に数千社のユーザーを抱える中、現在も月に約1,000社のユーザー数が増加しているというのだから驚きです。ただ、ここまで急速な成長だと、金融業界の既存プレーヤーから警戒心を持たれてもおかしくなさそうですが、大手金融機関から融資を受けるなど、パートナーとして関係を構築されていらっしゃるのですね。
水野:金融業界は事業を興すのに非常に多額の資金が必要になります。そこでスタートアップ企業が孤軍奮闘……というのは現実的ではありません。加えて、そもそも金融システムは、決済・金融サービスは各プレーヤーが相互に連携することで成り立っており、私たちは既存の金融機関の皆さまを尊敬しています。当社も「破壊者」「邪魔者」としてではなく、一緒に決済・金融サービスの未来を創る「協力者」となれればと考えています。
と言っても、仲間だと認めてもらうための特別な策はありませんでした。率直に自分たちのやりたいことを説明しただけです。金融機関には優秀で、より良いサービスを作っていきたいと考える方が多くいらっしゃいますが、従来の慣習や業界構造がハードルとなり、なかなか現状を変えられずにいることも多いと伺っています。そうした方々が経験も実績もない我々に賭けてくれたことで、今の当社があり、大変感謝しています。
猪井:当社は、銀行のアプリや証券会社が使っている株取引ツールのアプリなどにおいて、より利便性を向上させるためのUX(ユーザーエクスペリエンス)・UI(ユーザーインターフェース)やサービスデザインの改善のサポート、システム開発の内製化支援などを手掛けています。今おっしゃったように金融機関の方々が現状に問題意識を持っているというのは、私も営業として様々なご担当者様に話を伺って感じるところです。
常に変化を志向することが時代に対応する人材・風土を育てる
水野:ゆめみさんでは、金融機関のDX支援の際、エンジニアの人数や経験など、単に不足しているリソースを提供するだけでなく、顧客の成熟度度合いによっては組織作りやDXに向けた企業文化の醸成までサポートされているとお聞きしました。
金融機関に限らず高品質なデジタルサービスを開発・提供する企業になるためには、組織のあり方や企業文化はとても大切なので、素晴らしいサポートだと思います。
猪井:ありがとうございます。仰る通り、サービスを生み出す組織・環境づくりは非常に重要ですよね。スタートアップ企業の方とお話する中で、ビジネスの規模が大きくなったからといってすぐに新しいメンバーを採用して、組織の人数規模を簡単に増やせるわけではないということはよく伺います。良いサービスを提供するために大切にしている文化や理念が各社にあり、それらに馴染めないメンバーが増えてくると、組織的にも、提供するサービスにおいてもいつしか歪みが生まれる要因となり得ます。
ちなみにUPSIDERさんでは、どのようなカルチャーを大事にされていますか?
水野:当社では大きく「BE UPSIDER」と「“WE”PEOPLE」という2つの価値観を掲げており、これが企業文化を表します。
私たちの事業のミッションは、「挑戦者を支える世界的な金融プラットフォームを作る」ことです。根幹にあるのは、お客様を挑戦者としてリスペクトする気持ちです。また、このミッションの達成のためには、自分たち自身も挑戦者となることで、お客様から仲間として認めてもらう必要があります。最初の「BE UPSIDER」は、現状維持など楽な道を選ばず、常に「変化」を求め向上し続ける挑戦者たれ、という価値観です。
そして2つめの「“WE”PEOPLE」は、自分本位にならず、周りと協力するという価値観です。特に私たちは、与信枠をお出しする立場であるため、ともすると上から目線になってしまいがちです。お客様に実績がないと断るのは簡単です。しかし、私たち自身も実績が無い中でサポートをいただき、事業を拡大してきました。そうした恩義を大切にし、顧客とサービス提供者という関係ではなく、挑戦者として同じサイドに立ち、協力して事業を成長させてゆく、そんな意識を大切にしています。
猪井:お話を聞いていて、当社の企業文化との共通点が多く驚きました。当社は「Grow with YUMEMI」というコンセプトを掲げており、自社の成長だけでなく、UPSIDERさん同様に、お客様の事業やステークホルダーなど、我々が関わる企業やその担当者、サービスなどと一緒に成長していきたいという想いがあります。
また変化を追求する企業文化も同じです。当社には「JIKKEN」というカルチャーがあり、“物は試し”の精神で誰でも社内の仕組みや業務プロセスの変更を気軽に提案できる風土があります。
世の中の流れの激しい時代にあるからこそ、変化に対応できる人材・風土を社内に育成することの重要性が際立ちます。ましてやより一層スピード感が求められるスタートアップ企業との取り組みの際にはなおさらです。
水野:他にも組織づくりで意識していることは、優秀な人材が働きやすい環境を整えることです。IT(情報技術)人材の争奪戦が激しくなる一方で、優秀な人は会社・場所に縛られずどうとでも働くことができるようになりました。であれば、会社としてはいかに優秀な人が働きやすい環境を整えられるかという部分の力量が、採用力ひいては開発力に直結してくると思うのです。
課題を定量的に分析し「感情インパクト」に注目する
猪井:ここからはUPSIDERさんのサービス設計について伺っていきたいと考えています。特に、UPSIDERカードではスタートアップ企業のかゆい所に手が届くような、ユーザーファーストのサービス設計が評価されている部分があると思いますが、その原点はどこにあるのでしょうか。
水野:大元を辿れば、私自身が会社経営などを経験していたことから、自らを一つの顧客サンプルとして観察し、スタートアップ企業は十分な与信枠を得にくいなど、成長企業が抱える課題やニーズに関してある程度の見当を付けられたことがあると思います。
その後、「その課題を解決するサービスは本当に需要があるのか」の確証を高めるために、みんなで100社ほどヒアリングに赴きました。とはいえ、自身の仮説を元に話を聞きに行っても、知り合い相手だとこちらの話に合わせた回答をしてくれることも多く、実際のニーズを知ることは難しい。そのため、一回自分の仮説を忘れ、さらに見当はずれな質問をぶつけるなど率直な意見を聞くための工夫を凝らしていました。
そうすると、中心的な課題だろうと考えていた与信枠の問題のほかに、経費精算や会計処理など、財務会計の部分でもスタートアップ企業が「煩雑さ」という課題を抱えていることが分かりました。それを解決する策を模索した末に、スタートアップ企業にもきちんと与信枠を提供する法人カード、SaaS的に財務会計をサポートするサービスが誕生しました。
猪井:本質的なユーザーの声や課題を集めることが最初のポイントだったのですね。なお、多くの方の意見を聞いていくとさまざまな課題が浮き彫りになってくると思います。どのように情報を整理したり、課題の優先度をつけたりされたのでしょうか?
水野:定性的なコメント・意見を、なるべく定量に直して理解するように努めました。定量的な分析というと一般には、課題を解決するサービスの導入で「業務量がどう変化するか」に主眼が置かれると思います。もちろんそれも重視しますが、同時に「その課題が感情的にどの程度ストレスか」も定量化することが、顧客に寄り添うサービスを作る上で大切です。
例えば、経費精算は面倒ですが、いざやってみると30分程度で終わるような作業です。これがシステムの導入で自動化されたとして、業務量で見ればささやかな余裕が出る程度のものかもしれません。ただし、感情インパクト(精神的な負荷)が減ることで、多くの人が考えているよりもずっと大きな効果があると考えています。
これはUI・UXの開発を行うときと共通したポイントです。システム開発ではよく「速さは正義」などと言われますが、ウェブサイトなどでもページの読み込み時間が1秒長くなれば離脱率が1%上がるといったことが多々発生します。
猪井:なるほど。感情インパクトにフォーカスを当てたアプローチというのは非常に興味深いですね。
水野:なお、ヒアリング以外にも、ユーザーファーストのサービス提供に大きく貢献しているポイントがあります。それが、システム開発を内製化していることです。
元々、クレジットカード事業のシステムの中でプロセッシング(決済処理)システムは専門性が高く、当初は海外の企業からパッケージを購入する予定だったのですが、日本向けのシステムが特殊な仕様であることも影響してか一向に進まず、投資家などと協議した結果、自社で開発することになりました。
想定外の内製化でしたが、外部パートナーに委託するよりも開発コストは抑えられている上、開発要件のやり取りにおけるコミュニケーションコストが抑えられるため、機能拡張の自由度が高いなど大きなメリットがありました。結果、加盟店限定機能などユーザーのニーズに合わせた追加機能を柔軟に導入することができました。開発は大変でしたが今となってはやって良かったと思います。
猪井:内製でシステム開発することでユーザー視点の改善・機能拡張をスピーディーに行うことができる点については、我々の顧客にも重要性をお伝えしています。特に自分たちのビジネスにとって重要なコアな領域においては、カスタマイズ性の高さはそのままサービスの優位性に繋がるでしょう。
一方でビジネスが成長していくと、なかなか自分たちで全ての開発を賄うのは難しくなっていきます。そのとき、サブシステムなどの開発は当社のような内製化支援パートナーに任せることで、コア部分の開発に専念する進め方もあります。
顧客とビジネスの「重なる部分」の追求で顧客の成長と業績を連動させる
水野:ちなみに、プロセッシングシステムは日本では珍しい最先端のモデルで自社開発しました。すると優秀なエンジニアがこぞって当社のシステムに興味を持ってくれるという嬉しい産物もありました。
猪井:日本の、特に金融業界においては、まだまだ旧来的なシステムが多く稼働しているなど、なかなか最先端の技術を試しにくい状況もあります。優秀なエンジニアさんほど、フラストレーションがたまりやすい環境かもしれません。それゆえ、モダンな技術を自分たちで選びながら開発を進めていける環境は、優秀なエンジニアさんにとって非常に魅力的に映るでしょう。
顧客サービスの面でも、こうした技術的な制約の影響もあり、お客様が触れる部分に使いづらさが生まれてしまっているケースを多く見かけます。まずは一番重要な、「お客様にどのようなサービスが必要なのか」をイメージし、そこからどんなシステムを作ればいいのか逆算していくのが本来のサービスデザインのあるべき姿ですが、逆転してしまっていますね。
水野:まったくその通りです。
猪井:先の話のように、金融機関のシステム担当の中には、こうしたユーザー起点のシステム開発をどうにか導入しようと模索されている方も多くいます。しかし、他部署の理解が得られなかったり、採算性の観点で必要性が理解されなかったりすることも多いのです。
そこで当社では、ワークショップなどを通じて、ユーザー起点のシステム開発の重要性を金融機関の色々な部署・階層の方々に周知する取り組みを行っています。ビジネスの観点とユーザーの観点には「重なる部分」があるので、その点を探していくことでユーザー目線を追求しながら、サービスの成長と自社ビジネスの業績拡大が可能になることをお伝えさせてもらっています。
水野:これはあくまで私の意見ですが、そもそも金融は「顧客の将来を信頼して資金をお預けし、その成長をパートナーとして支えた対価として報酬を得る」ビジネスですから、「重なる部分」の追求は基本ながらいちばん大切な視点ですね。
そしてこれは先に述べたゆめみさん・UPSIDERの両社に共通していた企業文化そのものでもあります。当社でも「“WE”PEOPLE」の価値観を反映し、KPI (重要業績評価指標)に「顧客の成長」を要素として取り入れていますので、事業設計の部分から猪井さんがおっしゃった「重なる部分」を追求しています。
ただ、ここで一点注意が必要です。近年「カスタマーサクセス(CS)」という言葉が浸透し、ユーザー目線のビジネスモデルが広まってきましたが、「解約率が低い=顧客の役に立っている」などと短絡的に解釈してしまうと、本質を見失ってしまうと考えています。たとえば、サービスの退会手続きだけやたら煩雑になってちっともユーザーのためになっていない、などという事態が起きてしまいます。
サービスが本当に顧客の役に立っているのかの判断はつい数字の議論に溺れがちになりますが、もう一段深い観察が必要になるということは常に念頭に置かなければいけないと思います。
特定のユーザーに“刺さる”サービスを社内レジスタンスの精神で完成させる
猪井:最後に、既存の金融機関が今後ユーザー視点のサービスや新規事業を興そうと考えたとき、どんなアドバイスがあるか伺えますでしょうか。
水野:個人的な考えですが、様々な人の声を取り入れすぎて、極端にマーケット規模や全体の顧客目線を意識したサービスを作るよりも、ある特定のユーザーに熱望されるサービスを考えることが、“刺さる”サービスを作る第一歩ではないかと思います。そしてもう一つ、「論理的に進めていくだけではサービスの開発はできない」ことも頭に置いておいていただきたいポイントです。
往年の電機メーカーや自動車メーカーを振り返れば、「社内レジスタンス」のように上司などから隠れて、個人がいち会社員・いち生活者として考案し、具現化させた製品が大ヒットした例も多くあります。実は当社の「支払い.com」もそうして作られたサービスです。
そうした個人の開発意欲に、ゆめみさんのような外部の専門家がサポート役として加われば、本当に面白いサービスがどんどん出てくると楽しみにしています。当社も負けじと、「世界的な決済プラットフォームの構築」に向けて海外展開など挑戦を続けていきたいと考えています。
猪井:UPSIDERさんのように何かを変えようと熱い気持ちを持って挑戦する方々は個人的な思いとして、とても応援したくなります。デザインやITの力を駆使しつつ、組織の合意形成やDX文化の醸成なども含めた課題突破の手助けを、今後も金融機関の皆様に提供していきたいと考えています。
株式会社 UPSIDER
株式会社ゆめみ