ESG(環境・社会・ガバナンス)は、投資家だけでなく大手企業にとっても投資先や取引先を選択するうえで企業の持続的成長を見る重要視点になってきている。本特集では、各企業のESG部門担当者にエネルギー・マネジメントを手がける株式会社アクシスの坂本哲代表が質問。ESGにより未来を拓こうとする企業の活動や目標、現状の課題などを専門家である坂本氏の視点を交えて紹介する。

第一三共株式会社は、2005年に三共株式会社と第一製薬株式会社が経営統合して生まれた日本屈指の製薬会社だ。製薬業界と聞くと環境問題や地球の持続可能性との関わりが薄いと捉える生活者も少なくない。しかし同社は「全社、全グループ、一人も取り残さずSDGs、ESGの課題に取り組む」という強い意志のもと、創出するべき社会的価値を設定している。

今回は、医療から世界を変えようと挑戦し続ける同社の具体的取り組みや今後の展開について第一三共株式会社常務執行役員総務本部長CISOの古田弘信氏へインタビュー形式でうかがった。

(取材・執筆・構成=丸山夏名美)

第一三共株式会社
(写真=第一三共株式会社)
古田 弘信(ふるた ひろのぶ)
――第一三共株式会社 常務執行役員 総務本部長 CISO※
※Chief Information Security Officerの略、情報管理最高責任者。
1984年、第一製薬株式会社へ入社。経営企画室で6 年間勤務した後、人事部で組織戦略や人事制度、企業年金制度改革などを担当。2005 年には経営統合推進部で経営統合にも携わる。2014 年に総務・調達部長、2017 年に執行役員 人事部長、2019 年に執行役員 総務本部長に就任。2020 年4月より常務執行役員 総務本部長として人事、総務、法務、サステナビリティ推進を担当する。

第一三共株式会社
医療用医薬品をメイン事業とする国内大手製薬会社。2005年、三共株式会社と第一製薬株式会社の共同持株会社として現商号となる第一三共株式会社を設立。2020年には、英国アストラゼネカ社と提携してがん分野の開拓を図っている。

サステナビリティへの取り組みとしては、2019年度に8つのマテリアリティを定め、2020年度にはマテリアリティごとにKPIを設定。グローバルマネジメント体制のもとでESG経営やSDGsに取り組む。
坂本 哲(さかもと さとる)
―― 株式会社アクシス代表取締役社長
1975年6月21日生まれ。埼玉県出身。東京都にて就職し、24歳で独立。情報通信設備構築事業の株式会社アクシスエンジニアリングを設立。その後、37歳で人材派遣会社である株式会社アフェクトを設立。38歳の時、株式会社アクシスの事業継承のため家族と共に東京から鳥取にIターン。

株式会社アクシス
エネルギーを通して未来を拓くリーディングカンパニー。1993年9月設立、本社は鳥取県鳥取市。事業内容は、システム開発、ITコンサルティング、インフラ設計構築・運用、超地域密着型生活プラットフォームサービス「バード」運営など多岐にわたる。

目次

  1. 第一三共株式会社のSDGs、ESGの取り組み
  2. 第一三共株式会社の「地域との関わりの中での取り組み」
  3. 消費エネルギーの「見える化」の意義と取り組み
  4. 第一三共株式会社のESGにおける今後の展開
  5. 第一三共株式会社の可能性と応援するうえでの魅力

第一三共株式会社のSDGs、ESGの取り組み

アクシス 坂本氏(以下、社名、敬称略):SDGsやESGに積極的に取り組んでおられますが、具体的な取り組みや社内での意義について、簡単にお聞かせください。

第一三共 古田氏(以下、社名、敬称略):当社グループのパーパス(存在意義)は「世界中の人々の健康で豊かな生活に貢献する」ことです。これはグループ社員共通の思いであり、原点です。2021年4月に第5期中期経営計画と同時に発表した2030年ビジョン「サステナブルな社会の発展に貢献する先進的グローバルヘルスケアカンパニー」の実現に向けて、革新的な医療品の創出、環境経営の推進を始めとするSDGsへの取り組みなど、当社に期待される社会課題の解決を目指し、われわれの強みであるサイエンス&テクノロジーに基づき、イノベーティブなソリューション提供に挑戦し続ける企業を目指しています。

▽マテリアリティを通じた社会的価値の創出

古田:環境問題やダイバーシティの推進・人権尊重は、全人類が解決すべき社会課題です。企業として、これらの課題にどこまで取り組めるのか、本気度が試されていると思います。ゴール設定して取り組み、その取り組みを社外へ発信するだけでなく、この考えを社内に深く浸透させ、グループ社員全員でSDGs、ESGの課題に取り組むことが必要となります。

坂本:SDGsやESGの取り組みについてより具体的な事例をお聞かせください。

古田:事業に関わるマテリアリティと事業基盤に関わるマテリアリティの両面から、目指すべき企業像に向け、バックキャスト思考で課題を特定し、取り組んでいます。弊社グループの価値創造の根幹である「革新的な医薬品の創出」は、取り組むべき最重要課題であり、強み(サイエンス&テクノロジー)を発揮することのできる分野で、重点領域のがんを始めとするアンメットメディカルニーズに応える研究開発に取り組んでいます。
また、どんなにすばらしい医薬品を生み出しても患者さんにお届けできなくては意味がありません。高品質な医薬品の安定供給を図り、世界各国・地域に広くお届けできるよう、医療アクセスの拡大を図ります。

医療アクセスの拡大への取り組みとしては、医療保険制度や医療インフラの未整備、医療関係者の人材不足など、さまざまな要因により医療へのアクセスが制限されている多くの開発途上国における地域医療基盤強化にも取り組んできました。

「環境経営の推進」としては、「脱炭素社会」「サーキュラーエコノミー」「自然共生社会」の実現に向け、バリューチェーン全体で環境負荷の低減に向けた様々な取り組みにチャレンジしています。「医薬品業界は環境への影響が大きくないのでは?」と思われる方もいらっしゃいます。しかしどんな企業も規模の大小は関係なく企業全体が本気になって取り組むべき課題です。そのため環境経営の推進については、業界内、国内でかなりハイレベルな目標を先進的に掲げています。

例えばパリ協定が求める2℃目標に整合した2030年度までの長期目標として「CO2排出量の2015年度比27%削減」を2016年度に設定。その結果、日本で2番目にSBT(Science Based Targets:パリ協定が求める水準と整合した5~15年先を目標年として企業が設定する温室効果ガス排出削減目標)の承認を得ることができました。さらに、2021年のグラスゴー気候合意を受け「1.5℃目標」に整合した目標として、2015年度比2025年度42%減、2030年度63%減へと変更しています。

具体的には、第一三共ケミカルファーマ株式会社小名浜工場(福島県いわき市)で医薬品業界かつ自家消費型として国内最大級となる3.3メガワットの太陽光発電を導入。ドイツのパッフェンホーフェン工場でも太陽光発電の稼働が始まり、CO2排出量削減を加速させるなど取り組みの幅を広げています。さらに、RE100(企業の再生可能エネルギー100%を推進するイニシアチブ)に加盟し2030年度での目標達成を目指しています。
多くの企業が対応に困っている温室効果ガス排出量のScope3(事業者の活動に関連する他社の間接排出)の対応についても、2022年度にビジネスパートナーへのエンゲージ目標を設定し、1.5℃目標に整合したCO2削減目標の設定を働きかけていく方針です。また、機関投資家・金融機関が重視している気候変動については、TCFDの提言に沿ってシナリオ分析を行い、リスク・機会に対する財務影響などについてバリューレポートで開示しています。

坂本:SDGsやESGの社内への意識の浸透のために行っていることがあればお聞かせください。

古田:CEOキャラバンを実施し、ESG経営について、直接的コミュニケーションによりグループ社員への浸透を行っています。また、SDGsの社内浸透施策の一つとして、社内ポータルにおいて、「サスNavi」サイトを立ち上げ、SDGs関連の社内の情報発信や社員による活動の紹介を随時行っています。

▽全社員向けの「サスNavi」

第一三共株式会社

第一三共株式会社の「地域との関わりの中での取り組み」

坂本:SDGsやESGの活動に取り組まれるなかで、「地域との関わりの中での取り組み」を重要な要素の1つとして掲げていらっしゃいますが、その具体的な内容について、お聞かせください。

古田:弊社は、全国各地に営業拠点があるため、日頃から地域の発展を意識した、地域密着型の活動を行っています。刻々と変化する医療環境に合わせた情報提供や、各地域の医療関係者の皆さまを繋ぐ活動によって、地域医療への貢献を目指しています。コロナ禍では、リモートワークが社会的に浸透・定着しましたが、弊社では、コロナ以前からリモートワークを推進してきました。首都圏や地方など、地域に関係なく導入を推進してきた結果、今では場所の制限なくリモートワークが実現しています。こういった取り組みも一つの地方創生実現のためのアクションだと考えています。
今後は、例えば雇用の創出など、各地域に価値を還元することを意識した経営も行っていきたいと考えています。
また、社員の社会貢献活動を推進する目的で、社内向けに「第一三共グループボランティアウェブ」を開設し、地域に根差した社会貢献についても、さまざまなボランティアを行っています。

消費エネルギーの「見える化」の意義と取り組み

坂本:カーボンニュートラルに向けた取り組みのなかでは、エネルギーをどのようにどれだけ使用しているか把握するエネルギーの「見える化」が重要となってくると思います。この「見える化」について御社の取り組みをお聞かせください。

古田:弊社でもエネルギーの見える化に取り組み、どのくらい温室効果ガスを削減できているのか実感できることが重要と考えています。特に太陽光発電を導入した小名浜工場では、工場入口や社員食堂内に発電モニターを設置し「見える化」を図っており、社員がCO2削減効果を実感できるなど環境意識啓発にも繋がっています。このよう「見える化」を行うことで、社員が環境問題を自分事として捉え、そのことが環境負荷低減に向けた様々な活動にも発展しています。

第一三共株式会社のESGにおける今後の展開

坂本:御社が描いておられる未来像について、SDGsやESGの視点で御社の役割としてどのようなものがあるとお考えですか。

古田:弊社グループの強みは「革新的な医薬品の創出」にあります。しかし、中長期的な視点で社会から求められることや世界的な流れを考え、生活者の皆さまへの提供価値として、MaaS(※)と同様に、HaaS(ハース:Healthcare as a Service)という考え方のもと事業やサービスを展開していく方針です。

※Mobility as a Serviceの略。ユーザーの移動ニーズに対応して複数の公共交通やそれ以外の移動サービスを最適に組み合わせて検索・予約・決済等を一括で行うサービス。移動の利便性向上や地域の課題解決に貢献する

HaaSは、人が生まれてから亡くなるまでの一人ひとりのライフジャーニーに対して健康領域および医療領域の企業・団体やデータプロバイダー・IT企業等が協業して価値を提供するという考えです。つまり1社単独ではなく、多くの皆さまとの連携を強化しなくてはなりません。

▽トータルケアエコシステム

HaaSについては、多くの医療関連企業がメッセージとして出しているので目新しいものではないかもしれません。しかし弊社グループの強みである、革新的な医薬品や多様なモダリティ(低分子や抗体等のさまざまな薬物分子の種類)、これまで培った高度なデータ分析機能を強化し、サステナブルな社会の実現に貢献できる会社を目指しています。

第一三共株式会社の可能性と応援するうえでの魅力

坂本:SDGs、ESGに対する取組みに関して、投資家をはじめ社会の興味関心が高まっています。そのような背景の中で、投資家をはじめとするステークスホルダーの皆さまへのメッセージをお願いします。

古田:2005年に三共株式会社と第一製薬株式会社が経営統合して以来、まだ中期経営計画の達成ができていません。そのためまずは、2025年の中期目標を達成して皆さまからの信頼を得たいと考えています。近年は、時価総額の増加、がん領域での世界的に評価される新薬開発など、社会から一定の期待をいただいており、実績が伴うよう、ESG経営を推進し全社一丸となって努める所存です。
本業での実績を上げるなかでもSDGsやESGへの意識と活動は、非常に重要な役割を担うと考えています。SDGsやESGは、弊社グループのパーパスと結びついており、社員全員が本業とともに取り組むべき課題です。パーパスの実現に向け、社会からの要請や事業成長の追求といった、社内外の観点をあわせみて改善に向けた課題を特定し、サイエンス&テクノロジーの強みを生かせるESG経営を、SDGsの視点を持って、推進していきます。

弊社は、トータルケアエコシステムに全力で取り組んでいきますので今後もどうぞよろしくお願いいたします。