この記事は2022年11月15日に三菱UFJ信託銀行で公開された「不動産マーケットリサーチレポートvol.216『東京オフィス市場の転換期は近いか』」を一部編集し、転載したものです。


東京オフィス市場
(画像=Monet/stock.adobe.com)

目次

  1. この記事の概要
  2. マーケットの動きに変化
    1. オフィスリーシング市場が活性化
  3. 注目したい市場の動き
    1. 競争力のある物件は空室を順調に消化
    2. ポジティブな理由の移転が増加
    3. 渋谷は回復基調が鮮明
  4. 今後の見通し
  5. オフィスと人的資本経営

この記事の概要

• オフィス需給が緩和し、企業の移転の動きを後押し

• 企業の移転需要の回復が順調であれば、東京のオフィス市場の好転も近いか

• 人的資本経営の観点から改めて注目されるオフィス戦略

マーケットの動きに変化

コロナ禍以降、悪化基調であった東京のオフィス市場だが、足許ではその傾向が鈍化し、拡張移転の件数が増加する等、一部で動向に変化が見られる(図表1・2)。

不動産マーケットリサーチレポート
(画像=三菱UFJ信託銀行)

オフィスリーシング市場が活性化

コロナ前の空室率は史上最低の1%台、賃料も上昇を続け、テナントにとっては増床・移転をしたくても実現が難しく、市場には停滞感も漂っていた。そこへ生じたコロナ禍によって多数の空室が供給され、賃料も値頃感のある水準にまで低下した。

その結果、コスト、立地、ビルスペック等、多様なニーズに対応できる市場環境になったことと、ポストコロナにおける働き方やオフィスのあり方についての各社の方向性が固まり始めたことが相まって、オフィスリーシング市場が活性化しているものと考えられる。

注目したい市場の動き

競争力のある物件は空室を順調に消化

既存ビルの解約や新築ビルの竣工で生じた空室のうち、順調に空室を消化している物件もある。例えば、一棟借テナントによる大型解約が生じた「東京汐留ビルディング」では複数テナントの誘致で空室の埋戻しが進んだ。新築ビルにおいてもテナント誘致が順調な物件がある(図表3)。

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これらの物件は、立地や交通利便性の優位性、環境性能の高さ、最新・快適なオフィス環境、賃貸条件の値頃感等、他の物件と比較して何らかの競争力を有する点が特徴だ。また、オーナーの中には、2023年・2025年の大量供給による需給緩和を懸念し、特に大口の需要に対しては柔軟に交渉に応じ、賃料維持よりも空室消化を優先するケースも出てきている。

このような物件が、定期借家契約の期限満了や建替えに伴う移転ニーズや、縮小・拡張いずれもの移転ニーズを捕捉している。

一方、近隣に競合物件が多い、他の物件と比べ優位性が少ない、賃貸条件がテナントの希望と乖離している、等の物件については、需要回復が本格化していない足許の環境では、空室消化に時間を要している。

ポジティブな理由の移転が増加

さらに移転の中身を見ると、業績不調やリモートワークを理由とした縮小移転ばかりではない。

当社が取引先から移転の相談を受けた案件において、拡張・立地改善・ビルグレードアップといったポジティブな動機が1年前と比較し増加している(図表4)。

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かつてはコストと見做されることが多かったオフィスが、人材確保や従業員のエンゲージメント向上を目的として投資対象として捉え直されていることの証左と言え、特に注目したい動きである(P4 コラム参照)。

渋谷は回復基調が鮮明

当社調査では、渋谷エリアにおいては空室が減少していること、賃料がほぼ底打ちと見られること、半年後は市況が「改善」するとの見通しが多いこと等も確認された(図表5~7)。

理由として、業績好調な IT 系企業等による事業拡大・人員増加を背景とした増床・拡張移転が活発なことや、コロナ前に渋谷で入居先を確保できず恵比寿~五反田等の周辺エリアにオフィスを構えていた企業が、空室が生じ賃料も手頃になった今を好機と捉え、渋谷に移転を進めていること等が挙げられる。

渋谷では、コロナ禍直後にリモートワークを一早く導入し、床を解約した企業が多く空室が増加したが、チームビルディングの進めやすさや人材採用時の優位性の観点から、改めてオフィスの役割を見直したスタートアップ系企業を中心として需要が回復している。

また、他社とコラボレーションを日常的に行う等、同業種同士の繋がりを求め集積が集積を呼ぶ構造になり、渋谷区のIT企業の従業員数が占める割合は都区部平均を上回っている(図表8)。これらは渋谷特有の特徴ではあるが、リアルでのコミュニケーションの場としてオフィスの必要性を再認識する動きが、他の業種やエリアでも起こる可能性も考えられる。

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(画像=三菱UFJ信託銀行)
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今後の見通し

リモートワークの進展で一時はオフィス不要論も沸き起こったが、今後は出社とリモートワークのハイブリッド型勤務が主流になっていくと筆者は考える。

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当社調査によると、今後オフィス面積の増減を予定している企業は全体の約3割で、必ずしも縮小ばかりではない(図表9)。また、オフィス面積の増減を予定する企業の9割が5年以内に対応を実施すると回答しており(図表10)、今後移転に向けた企業の動きがますます具体化していくと見込まれる。

前回の市況悪化期(図表1 黄色部分)に比べると、今回の悪化期(同 赤色部分)は空室率の上昇幅や賃料の下落幅が小さい段階で市場の動きに変化が現れ始めている。

オフィス市場は賃料より空室率が先行することを踏まえると、空室率の上昇に頭打ち感が出てきているため、前回の悪化期より早いタイミングで市況が好転する可能性もある。企業の移転需要の回復が順調であれば、東京のオフィス市場の好転も近いと考えられる。

オフィスと人的資本経営

今回の調査では、企業のオフィス移転において事業縮小やコスト削減等ネガティブな動機がある一方、立地改善やグレードアップ等ポジティブな動機も確認された点に注目したい。

リモートワークの定着でオフィス面積を縮小する企業は一定数あるものの、その分、賃料単価は高くても立地やビルスペックを改善する等、コスト削減のみを目的としているケースばかりではない。

コミュニケーションスペースやWeb会議用ブースの増設、カフェテリアの設置等、オフィスに対して積極的な投資を行っているという声も複数聞かれた。これらの企業は、生産性の向上やコミュニケーションの活性化に加え、優秀な人材の確保、従業員のエンゲージメント向上等を目的として、従業員が働く環境の見直しを進めている。

社会的にSDGsへの取組が求められるようになって以降、企業は入居物件や移転候補物件(オフィスの他、生産・流通拠点等も含む)を環境配慮の観点からも評価するようになっているが、今後は人的資本経営の観点も踏まえ、企業のオフィスに対する行動が変化していくものと考えられる。

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「人材版伊藤レポート2.0」では、人材戦略として5つの共通要素が提唱されている(上図)。人事制度や業務運営の見直しに加え、社外も含めた多様な人材が集まりコミュニケーションを気軽にとれる場所や、業務内容や個々人の働き方に応じ、最大限にその力を発揮できる環境の整備は、「知・経験のダイバーシティ&インクルージョン」「時間や場所にとらわれない働き方」「従業員エンゲージメント」等を支える器として欠かせない。人的資本経営の観点からも、今後オフィスが果たす役割は大きいと考えられる。

黒澤 直子
三菱UFJ信託銀行 不動産コンサルティング部