2022年11月14日に「The Finance」で公開された「企業不祥事にみる問題社員の特徴 ~昨今の企業不祥事を惹起させている新しいタイプの人たちの正体~」を一部編集し、転載したものです。
昨今の企業不祥事の特徴として、その主導的役割を果たす社員あるいは実行者に、「マイルドサイコパス社員」「MBI型社員」と呼ばれる社員が登場している。この新しいタイプの社員属性の存在を理解することは企業不祥事の未然防止に有用である。本稿では昨今の企業不祥事の特徴と彼らは一体何者なのかについて、社会心理学や犯罪心理学といった学術的観点も交えながら解説する。
昨今の企業不祥事の特徴
まず初めに「企業不祥事」の類型を整理しておきたい。企業不祥事は、個人的不正と組織的不正に大別され、それぞれが意図的な不正と非意図的な不正に整理される。下表は企業不祥事の類型を具体例で整理して示したものである。
個人的 | 組織的 | |
意図的 | 個人的で意図的な企業不祥事等 着服・横領等のホワイトカラー犯罪(*1) |
組織的で意図的な企業不祥事等 改ざん・隠蔽等 |
非意図的 | 個人的で意図せざる企業不祥事等 作業ミス等による局所的事故等 |
組織的で意図せざる企業不祥事等 大規模な組織事故等 |
* 脚注
(*1) White Collar Crime:合法的組織活動に従事する者が、組織の利益目的実現の為に業務機構を活用し、あるいは私利私欲の為に自己の組織上の地位、役割、社会的信用を利用して犯す違法行為
本稿では、昨今、第三者委員会による調査、マスコミ報道、自社ホームページでの謝罪文掲載、経営陣の記者会見にまで発展することが多くなった、組織的かつ意図的な企業不祥事を取り上げることとする。
昨今の第三者委員会による調査にまで発展する企業不祥事では、昭和や平成の企業不祥事と比較すると、その特性、不正タイプ、主導的役割を果たす者・実行者といった3つの点で違いが見られている。下表は、昨今の企業不祥事に見られる3つの特徴を整理したものである。
特性 | 類型 | ムシ型 (ポテトチップス型(*2)/フルーツ型(*3)) |
カビ型 (企業風土型(*4)) |
---|---|---|---|
目的 | 個人の利益 | 組織の利益 | |
頻度 | 単発的 | 継続的・恒常的/ 時間的・人的拡がり |
|
対処法 | 個人に厳しい処分を課す (殺虫剤の散布) |
根本原因となっている構造的要因を除去 (汚れ・湿気) |
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不正タイプ | 盗む不正(*5) (刑法犯系) |
誤魔化しの不正(*6) (企業が一体となって顧客を騙す行為であり ステークホルダーに対する信用を毀損する行為系) |
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主導的役割を 果たす者・実行者 |
忠誠心の高い社員 生活が困窮している社員 |
マイルドサイコパス社員 MBI型社員 |
* 脚注
(*2)会社のためと思って始めた不適切な処理が病みつきになるポテトチップス型不正
(*3)ローリスクだと思って不正を意識していない偽装事件に見られるフルーツ型不正
(*4)組織の統制環境に起因する企業風土型不正
(*5)「個人的違反」ともいう:社員が自分自身の個人的利得を企図して起こる違反行動
(*6)「組織的違反」ともいう:社員が所属組織の体面維持などを企図して起こる違反行動
なぜ内部統制が整備されているはずの大企業でこうも企業不祥事が起こるのか。近時の企業不祥事における第三者委員会の調査報告書を読み解くと、その根本原因として、「企業風土(組織風土)」のあり方に言及しているケースが多く見られている。
内部統制というハードコントロールを企業風土(組織風土)というソフトコントロールが支配してしまっているといえる。その教訓や示唆として、以下の4点が挙げられよう。
- 正式なコンプライアンス・リスク管理態勢や内部統制の仕組みがあっても、それを整備・運用するのは人の行動である
- 「企業(組織)風土」が人の行動に強く影響して、事実上、ガバナンスや内部統制の出来栄えや実効性を左右する
- 指揮命令系統の整備や規定の明確化といった体制強化は「個人的違反」には有効であるが「組織的違反」には全く効果がない
- 企業における組織不祥事には、具体的な個別の原因とは別に、属人風土(属人思考)という企業風土(組織風土)の問題があることが社会心理学で実証されている
なお、企業不祥事の根本原因として言及されることの多い「企業風土(組織風土)」という概念であるが、「企業文化」の概念と混同しているケースが少なくないので、これらの異同について一度整理しておきたい。下表は企業文化と企業風土(組織風土)の異同を整理したものである。
Corporate Culture |
Organizational Climate |
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---|---|---|
概念 | 企業価値向上運動 | 企業体質・組織体質 |
定義 | 時代を反映する創造的で自由な価値観 (意図的に確立すべきもの) |
長い間、企業独自に根付いた 明文化されていない価値観 (無意図的に形成されたもの) |
特長 | *変化を厭わない組織 *お互いを称え合う組織 *リスクを取って挑戦する組織 |
|
参考 | [保険監督者国際機構(IAIS)] 「保険会社が自社の活動を行う方法を特徴付ける保険会社の規範(norms)、価値観(values)、態度(attitudes)、行動(behaviours)の一式である」 [G30] 「銀行カルチャーは、行動を形作る価値観と行動を提供し、銀行への信頼と、内外の主要な利害関係者との間での銀行の評判の向上に貢献するメカニズムである」 |
[コンプライアンス・リスク管理基本方針(金融庁 2018年10月)] <経営の根幹をなすものであることに関する着眼点 (3)企業文化> 「企業文化の問題は、業績が悪化した場合に顕在化することが多いが、実は業績の悪化前から企業文化の問題が顕在化しており、好調な業績ゆえに覆い隠されていたにすぎず、業績の悪化を機に問題が表面化するという場合もある。」 (「企業文化」を「企業風土(組織風土)」に読み替える) |
企業不祥事の根本原因として言及される、いわゆる「悪しき」企業風土(組織風土)はカビ型不正とも称されるように、長年にわたり醸成され、あるいは根付いてしまうものである。しかしながら、実は企業不祥事の温床となるその悪しき風土をつくりだし、企業不祥事の主導的役割を果たしたり、あるいは実行者になる社員の存在が、社会心理学や犯罪心理学において「マイルドサイコパス社員」「MBI型社員」として取り上げられている。以下、この2つのタイプの社員属性について解説する。
マイルドサイコパス社員の特徴
まず世間一般的に知られている「サイコパス」の特徴は、犯罪心理学上の定義として、主に次の3点が挙げられる。
- 人当たりが良く、優しい言葉をかけ、魅力的な人柄。しかし、よくよく付き合うと、言葉だけが上滑りしていて、感情自体は薄っぺらい
- 映画や本の世界だけでなく、私たちの身近にも存在する。人口の1%~数%は存在すると言われている。
- 対人関係の特性で軽薄さ、病的に嘘をつく傾向、無責任さ、性的放縦さ、短期的な婚姻関係等、情緒面の特性で残酷さ、共感性欠如、感情の浅薄さ、ライフスタイルの特性で現実的かつ長期的目標の欠如、衝動性、刺激希求性等、反社会性の特性で少年時の非行、反社会的行動の多様さ等、がある
一方、企業不祥事の温床となるその悪しき風土をつくりだし、企業不祥事の主導的役割を果たしたり、あるいは実行者となりうる「マイルドサイコパス社員」とは次のような特徴を有している。
- 職場のサイコパス、企業サイコパス、ビジネスサイコパス、組織サイコパスとも呼ばれる(組織の指導的役割の立場にいる社員の4%を占めると言われている)
- 指導的な地位に昇進したとき、その地位や立場を背景にして、部下や仲間に対してハラスメント行為をしたり、不正や企業犯罪に関与する
- 犯罪的サイコパスほどの反社会性はないが、企業や組織内において、そのサイコパス的特性ゆえに対人的な問題を生じさせ、ひいては、組織全体に悪影響を及ぼす
- 彼らは、他者の権利や尊厳を考慮せず、自己の利益のみに関心があり、平気で嘘をついたり、冷酷な仕打ちをしたりする。失敗を他人のせいにし、些細なことで怒りを爆発させ、攻撃的な言動を取る
- 一方、表面的で魅力があり、一見強いリーダーシップを発揮することができるうえ、コミュニケーションやプレゼンの能力にも優れているため、リーダーの素質があると誤解され、能力に相応しくない地位を獲得することがある
- そして、一旦その地位に就くと、サイコパス特性ゆえに、部下への指導やチームワーク、あるいは組織全体の意思決定にも重大な悪影響を及ぼす。その結果として、部下の精神的苦痛、モチベーション低下、離職などの問題を引き起こすこともあれば、自分の地位を悪用した不正に手を染めることもある
如何であろうか。企業不祥事の第三者委員会報告書を読んでも、まさに「マイルドサイコパス社員」の特徴に当てはまるような社員、特に所属部門長や役員クラスの上級管理職が多々登場し、責任を追及されている事例が少なくない。
MBI型社員の特徴
また、「マイルドサイコパス社員」と並んで、企業不祥事の温床となるその悪しき風土をつくりだし、企業不祥事の主導的役割を果たしたり、あるいは実行者となりうるのが「MBI型社員」なる社員属性タイプである。
まず一般的な「MBI型マネジメント」について解説する。その基本的考え方は次の3点である。
- 脅しによる管理型マネジメントを「MBI型マネジメント」という
- MBI(Management by Intimidation)とは、恐怖心に基づいて人々を管理、統治すること。
- コストは上がり、生産性は落ち、収益は下がる。社員の勤労意欲や組織の倫理環境に悪影響を及ぼす。
これらを踏まえた「MBI型社員」の特徴は以下が挙げられる。
- 脅しの使用
業績を上げるよう脅すが、最大限の力を発揮できるよう鼓舞することはしない - 無力な監視機関
取締役会メンバーに、自分の言動を疑問視しないよう恣意的に働きかける - コミュニケーションの検閲
組織に対して公然と率直な意見を述べることを好まない、都合の悪い考えを述べる社員を叱責する - 自己中心主義
自分自身やお気に入りの部下にとって都合のよい決断を下す - 揺るぎない権力
自分の権力に抵抗したり、異議を唱える社員を排除する - 透明性の欠如
直接的もしくは間接的に影響のある人以外には見えにくいマネジメントをする - 説明責任の欠如
説明責任を果たさない、成功すれば自分の手柄にし失敗すれば他人を非難する - 問題のある雇用慣習
人事ポリシーを無視し、依怙贔屓や縁故主義に頼る - 多様性の欠如
多様性の尊重は唱えるが実践しない、多様性の美徳は称賛する、多様性が信じられると錯覚するイベントを好む - ダブルスタンダード
他人には許されない言動が容認される、私利私欲、気まぐれや思いつきのためなら規則を曲げる - 独立した価値観の蔑視
内部/外部監査人、その他の独立した審査機関を公然と蔑視する - 先見の明のないマネジメント
現状維持を好み、波風を立てたり、既存の枠からはみ出したりする者を嫌う - 知らぬ存ぜぬ
内部告発者や悪い知らせの使者を心底憎む、「知らなかった」「気づかなかった」というのが定番の口癖
如何であろうか。この「MBI型社員」も先述した「マイルドサイコパス社員」同様、読者の周辺に所属部門長や役員クラスの上級管理職として少なからず存在しているのではないだろうか。
企業不祥事を防止するための新たな着眼点
企業の信用を著しく毀損させる企業不祥事の発生を防止するためには、第三者委員会報告書で数多く見られる根本原因である、風通しのよい企業風土(組織風土)の醸成、倫理コンプライアンス教育の徹底、コンプライアンス・リスク管理態勢の強化、あるいは企業風土監査の実施などが挙げられるが、本稿で取り上げてきた「マイルドサイコパス社員」「MBI型社員」の存在を認識し、このような属性の社員の排除あるいは対応も忘れてはならない。
筆者が特に必要と考えるのは、管理職や役員の登用場面に際して、新卒採用や中途採用と同様、性格診断テスト等を行い、その役職に相応しい人財としての資質・適性を見極めて登用することである。一般的に、管理職や役員の登用は、それまでの功績やリーダーシップ性に偏った評価目線となっており、昇格後のフォローアップ等において、その役職に応じたマネジメントのあり方や心構えが教育・研修として実施されるケースがほとんどではないだろうか。
例えば、管理職・役員の登用場面において、海外の一部の企業でも活用されている「Business Integrity Scan」(*7)による診断テストを活用し、「マイルドサイコパス社員」「MBI型社員」としての因子が内在していないことを確かめ、当該役職に相応しい資質・適性ある登用を試みてみるのも一考の余地があると考える。
* 脚注
(*7)Business Integrity Scan:サイコパス研究の専門家である心理学者Dr.Robert D.Hareが考案したもの。対人因子・感情因子・生活様式因子・反社会性因子から構成されたテストであり、具体的には、操作性・非倫理性・冷酷性・無感情性・責任欠如・目的欠如・脅迫性・粗暴性に関連する質問で構成されている。
[参考文献]
「カビ型不正と企業のコンプライアンス」(郷原総合コンプライアンス法律事務所)
「不正を意識した統制環境への取組み ~企業風土や統制環境に対する不正対応・内部統制・監査活動の再検討~」(日本公認不正検査士協会)
「職業倫理と組織の心理学~組織不正が生じる心理学的な原因~」(日本不正検査士協会)
「不正撲滅への挑戦~これまでのコンプライアンス体制強化がなぜ実を結ばないのか~」(BERC/ACFE不正調査研究会)
「組織の社会技術_1.組織健全化のための社会心理学/3.属人思考の心理学」(新曜社)
「入門 犯罪心理学」(ちくま新書)
「サイコパスの真実」(ちくま新書)
「犯罪学理論にみる従業員不正の心理」(ビジネス法務)
「脅しによる管理/上司に対する恐怖心に起因する行為」(Management By Intimidation/Fraud From The Factor Of Fear/Slemo D.Warigou, Betsy Bowers)
「In Toshiba’s scandal, blame samurai code」(Steve C. Morang, CFE,CIA,CRMA, president of ACFE’s San Francisco)
「The Hare Psychopathy Checklist – Revised(PCL-R)」(Dr.Robert D.Hare 1990)
「Assessing Corporate Culture:A Proactive Approach to Deter Misconduct」(AFC:ANTI-FRAUD COLLABORATION 2020)
「Auditing Culture」(IIA:The Institute of Internal Auditors 2019)
執行役員ディレクター
大手監査法人、監査法人系コンサルティング会社及び保険会社での勤務経験を有する。金融機関におけるガバナンス、リスクマネジメント、コンプライアンス、内部監査、内部統制、不正防止、金融監督検査行政に精通。