この記事は2022年11月21日に「第一生命経済研究所」で公開された「インフレ手当による家計所得支援」を一部編集し、転載したものです。


インフレ
(画像=hd3dsh/stock.adobe.com)

インフレ手当の意味

最近になって、いくつかの企業が、「インフレ手当」という一時金を支給している。2022年10月の消費者物価は、総合指数の前年比が3.7%まで高まった(図表1)。これを除く帰属家賃の総合でみると、前年比4.4%という数字になる。

2022年4~10月までの負担増だけで、相当に大きなものになる。企業は、それに対して、従業員の生活支援をする目的でインフレ手当を支給することで、働き手の勤労意欲の向上を促そうとしている。

第一生命経済研究所
(画像=第一生命経済研究所)

こうした民間ベースの家計支援は、翌年度からの賃上げで報いるのでは、何かしら遅すぎる印象があるから、別途行っているのだろう。企業はなるべく負担増に機敏に反応することで、従業員の意識高揚を促せると考えている。

帝国データバンクが2022年11月11~15日に1,248社に実施したアンケート調査はとても興味深い。アンケート対象の6.6%が「支給した」と回答している。さらに、「支給を予定している」(5.7%)と「支給していないが、検討中」(14.1%)を併せると、26.4%にもなる(図表2)。

具体的な支給方法は、66.6%が「一時金」<金額53,700円/人>、36.2%が「月額手当」<月6,500円>とされている(複数回答)。

第一生命経済研究所
(画像=第一生命経済研究所)

おそらく、調査時期から考えて「支給を予定している」企業は、冬のボーナスでインフレ手当を実行するつもりなのだろう。

ところで、仮に6.6%の企業が雇用者全員に年間53,700円を支給していた場合の雇用者報酬額全体への押し上げはどのくらいなのだろうか。2022年9月の雇用者数(含む公務員)が6,070万人だとすると、インフレ手当の支給額は2,151億円となる。これは、2021年度の名目雇用者報酬288.7兆円に対して0.07%になる。これを検討中も含めた26.4%に広げると、8,605億円で、名目雇用者報酬の0.3%になる。それでも、残念ながらマクロ的なインパクトはまだ大きくない。

政策支援が行われるケース

筆者は、このインフレ手当がもっと拡大されていく方法はないかと考えている。インフレ手当に充当した一時金を特別に区分して、それに税制優遇を加える方法である。

仮に、企業の申請によって、インフレ手当として支給した一時金(全額)に対して、すでにある賃上げ促進税制を拡充して、大企業向け30%、中小企業向け40%の税額控除をそのまま適用する。上限12万円(月額手当に換算して12カ月各1万円)を対象にする。

*賃金水準の低い非正規雇用者には1人平均12か月4,000円、賃金水準の高い正規雇用者には1人平均12か月14,000円と職種別に分けると、加重平均して1人平均12か月10,000円になる。

もしも、雇用者6,070万人に、年間12万円のインフレ手当が支給されたとすれば、最大で総額7.3兆円の名目雇用者報酬の増加になる。年率で2022年度に対して雇用者報酬を2.5%も増やせる。このインパクトは、消費者物価上昇による負担増をほぼオフセットできるものだ。

一方、こうした政策を実施するとき、政策コストの問題がついて回る。賃上げ促進税制に準じて、大企業がインフレ手当の30%を税額控除して、中小企業が40%の控除を受けたとする(大企業雇用者:中小企業雇用者=3:7と考える)。法人税の減収は▲2.7兆円にも及ぶ(赤字企業がない前提、事務費も考えない)。

しかし、名目雇用者報酬が7.3兆円ほど増えるとき、所得税・住民税、厚生年金保険料、そして消費段階での消費税の税収が増える(税収には厚生年金保険料も含めて考えている)。限界消費性向を6割にすると、筆者の計算では約2.5兆円は自然増収などで戻ってくる。ほぼ税収中立は守られる。故に、バラマキの批判は当たらない。

賃上げ促進こそ本筋

この政策支援を行うメリットには、多くの企業に賃上げ促進税制を利用してもらう狙いもある。中小企業の中には、制度が用意されていても、それを利用せずにいる企業が相当数あると考えられる。

インフレ手当分の一時金支給額に対して税額控除されるとなれば、多くの企業が初めて賃上げ促進税制を利用することになる。つまり、制度を利用しようとする企業が多くなって、より賃上げが促進されることにもなるだろう。

こうした政策支援が名目賃金をより大きく押し上げることができたならば、その翌年には年金支給額も増えることになるだろう。2022年度は▲0.4%のマイナス改定になってしまった。岸田政権は、高齢者の多い住民税非課税世帯に、2回も給付金を散布することになった。もしも、物価上昇と年金支給額調整の大きなタイムラグがなければ、こうした給付金は要らなかったかもしれない。

また、政府には、こうした一時的なインフレ手当の支援だけではなく、春闘における趨勢的なベースアップを支援することが望まれる。

第一生命経済研究所 経済調査部 首席エコノミスト 熊野 英生