ESG(環境・社会・ガバナンス)への取り組みは、投資先や取引先を選択する上で投資家のみならず、大手企業にとっても企業の持続的成長を見極める視点となりつつある。本企画では、エネルギー・マネジメントを手がける株式会社アクシス・坂本哲代表が、各企業のESG部門担当者に質問を投げかけるスタイルでインタビューを実施。今回は、野村不動産ホールディングス株式会社執行役員/サステナビリティ推進部担当の中村篤司氏にお話を伺った。

グループ中核会社である野村不動産株式会社(以下、野村不動産)は、住宅事業や都市開発事業を手がける総合デベロッパー。1957年の創業以来60年以上にわたって事業を展開し、現在は国内のみならずベトナム、タイ、フィリピン、中国、英国でも住宅分譲事業および賃貸事業を行っている。野村不動産ホールディングス株式会社(以下、野村不動産ホールディングス)は2050年のありたい姿として、サステナビリティポリシー「Earth Pride-地球を、つなぐ-」を策定し、2030年までに特に取り組むべき5つのマテリアリティとして「ダイバーシティ&インクルージョン」「人権」「脱炭素」「生物多様性」「サーキュラデザイン」を特定した。本稿では環境・脱炭素のトピックを中心に、同社の施策や成果、今後目指すべき姿について、対談を通じて紹介する。

(取材・執筆・構成=大正谷成晴)

野村不動産ホールディングス株式会社
(画像提供:野村不動産ホールディングス株式会社)
中村 篤司(なかむら とくじ)
――野村不動産ホールディングス株式会社執行役員/コーポレートコミュニケーション部、サステナビリティ推進部担当
1993年野村不動産入社。住宅営業四部長、住宅営業二部長、住宅事業本部企画室長を経て、2018年4月に執行役員 住宅事業本部 市場戦略部、営業推進部担当、兼企画室長。2019年4月より執行役員 住宅事業本部 企画室、市場戦略部、営業推進部、 カスタマーリレーション推進部、契約営業部担当 野村不動産アーバンネット株式会社取締役 (現 野村不動産ソリューションズ㈱)、 株式会社ファーストリビングアシスタンス監査役。2020年4月より執行役員 サステナビリティ推進担当、兼コーポレートコミュニケーション部、 サステナビリティ推進部担当(現職) 野村不動産株式会社執行役員 コーポレートコミュニケーション部、サステナビリティ推進部、 エリアマネジメント部担当 NFパワーサービス株式会社取締役(現職)。2022年4月より現職。

野村不動産ホールディングス株式会社
野村不動産グループは、国内および海外において、住宅事業、都市開発事業、資産運用事業、仲介・CRE事業、運営管理事業などを展開する不動産デベロッパーです。

持ち株会社である野村不動産ホールディングス傘下の20社を超えるグループ会社が、不動産のデベロップメント分野からサービス・マネジメント分野まで幅広い事業を通じて、住まい、働き、集い、憩う人々それぞれの暮らしに対する「個に寄り添う姿勢」を大切にしながら、持続的な価値創造を行っています。
坂本 哲(さかもと さとる)
―― 株式会社アクシス代表取締役
1975年生まれ、埼玉県出身。東京都で就職し24歳で独立。情報通信設備構築事業の株式会社アクシスエンジニアリングを設立。その後、37歳で人材派遣会社である株式会社アフェクトを設立。38歳で株式会社アクシスの事業継承のため、家族とともに東京から鳥取へIターン。

株式会社アクシス
エネルギーを通して未来を拓くリーディングカンパニー。1993年9月設立、本社は鳥取県鳥取市。事業内容はシステム開発、ITコンサルティング、インフラ設計構築・運用、超地域密着型生活プラットフォームサービス「Bird(バード)」の運営など、多岐にわたる。

目次

  1. 野村不動産グループの再エネ・脱炭素に対する取り組み
  2. 脱炭素社会の実現に向けた野村不動産グループのスタンス
  3. 野村不動産グループのエネルギー見える化への取り組み

野村不動産グループの再エネ・脱炭素に対する取り組み

アクシス 坂本氏(以下、社名、敬称略):はじめまして、株式会社アクシスの坂本です。弊社は人口最小県として知られる鳥取県に本社を置くIT企業です。2021年11月末に鹿島建設と資本提携をさせていただき、現在は同社のDXやIT人材の育成などもサポートし、再エネの見える化事業にも取り組んでいます。本日はよろしくお願いします。

野村不動産ホールディングス 中村氏(以下、社名、敬称略):野村不動産ホールディングスの中村です。弊社グループは東京都新宿区に本社を構える社員数約8,000人の総合不動産会社で、住宅のイメージが強いかもしれませんが、現在はオフィス・商業・ホテル分野等も手がけ、海外にも進出しています。私は2020年4月からグループ全体のサステナビリティ推進担当を拝命しています。以前はCSRの名のもと委員会形式で取り組みを進めていましたが、よりスピード感を持たせるため、専任の部門が設置され、現在のサステナビリティ推進部となりました。以降、足元を固めるとともに、具体的な取組みも開始しています。今日はお役に立てる話ができれば幸いです。

坂本:最初に、ESGや脱炭素に対する御社の取り組みや成果、今後の課題についてお聞かせください。

中村:環境面では「脱炭素」「生物多様性」「サーキュラデザイン」などのマテリアリティを特定していますが、これら3つは一つひとつが独立しているのではなく、一体だと考えています。最大の目的はCO2排出をいかに減らして脱炭素を図るかですが、生物多様性とサーキュラデザインとは切っても切れない関係だと考えております。

脱炭素については、サステナビリティ推進部が設置されて以降、まずRE100への加盟、SBT(Science Based Targets)の認定取得、TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)への賛同を進めるなど、外形的なところを整えてきました。

現状は各部門が再エネの活用や脱炭素に向けて、具体的な取り組みも加速させています。CO2の排出量削減については、新型コロナウイルス感染症の影響で社会全体が停滞していた状況下ということもありますが、実際の施策についても順調に進捗しています。2022年4月には向こう9年間の成長を打ち出した中長期経営計画を策定し、事業を拡大させながらCO2の削減も両立させることを明示しました。特に不動産開発分野においては、建物における省エネ・低炭素・および再エネの活用を軸にしながら、生物多様性やサーキュラデザインの実現も含め、グループ全体でのCO2排出量削減に取り組んでいる最中です。

再エネというと、日本ではどうしても太陽光発電施設への投資にフォーカスされがちです。それを否定しませんし我々も実践しますが、そこで重視しているのは事業との関連性です。事業と無関係の場所で、自然環境に大きな負荷をかけて設備を造るのではなく、事業領域の中で形にしていかなければなりません。そのような方針を掲げた中での成果の1つとして、弊社グループが開発する物流倉庫の屋根を使った太陽光発電設備の設置を行っています。1棟で都市圏にメガソーラークラスの太陽光発電所に匹敵する発電規模を確保しており、新規で開発する物流施設には原則設置する方針としています。

▽太陽光発電設備を設置した物流施設「Landport青梅ⅠⅡⅢ」

野村不動産ホールディングス株式会社
(画像:野村不動産ホールディングス株式会社)

また、2022年5月には、首都圏を中心に展開している分譲戸建シリーズ「プラウドシーズン」に、東京電力エナジーパートナーが提供する家庭用向けオンサイトPPAモデルによるサービス「エネカリプラス」を導入すると発表しました。年間300戸に設置することで、首都圏の住宅地において合計出力1MW級のメガソーラーと同程度の太陽光発電設備が生まれることになります。
今後販売する杉並区や稲城市の物件で本格的に始動することが決まっています。

▽バーチャルメガソーラーの仕組み

野村不動産ホールディングス株式会社
(画像:野村不動産ホールディングス株式会社)

先行して、昨年11月より発売を開始した「プラウドシーズン横浜三ツ境(神奈川県横浜市)」および「プラウドシーズン南柏サウスアベニュー(千葉県柏市)」の合計75区画でも、東京電力グループのTEPCOホームテックの太陽光発電システム「エネカリ」を採用しました。1棟あたり平均3㎾の出力、年間3,000kwh(3MWh)の推定発電量が見込まれ、CO2削減量は1棟当たり1.5トン/年、2つのプラウドシーズン75棟を合計すると、年間110トン以上のCO2削減につながると試算しています。今後は東京都などで太陽光パネルの設置義務化が始まりますが、こうした施策により対応していきます。ただし、これらの取り組みだけでは弊社グループ全体の再エネ需要量には到底届きません。そのために今後、環境価値をどのように確保していくかは重要な課題です。

▽プラウドシーズン横浜三ツ境イメージパース

野村不動産ホールディングス株式会社
(画像:野村不動産ホールディングス株式会社)

坂本:不動産業界はCO2排出の中でも、Scope3が最も多いとお聞きしましたが、いかがでしょうか。

中村:弊社グループの場合、Scope1、2が1割で、Scope3が9割を占めます。これを削減するには我々だけではなく、パートナーである建設・施工会社にも協力を仰ぎ、ともに進める必要があります。時間軸も決まっていますから、悠長に構えているわけにいきません。

坂本:生物多様性やサーキュラデザインについての取り組みについても教えていただけますか。

中村:22年11月に発表した「森を、つなぐ」東京プロジェクトがそれにあたります。東京都西多摩郡奥多摩町が保有する同町内の約130haの森林について、弊社グループが取得させていただきました。森林を保有することで「循環する森づくり」を行うとともに、地元の産業・雇用の創出などにも微力ながら貢献していく取組みにしたいと考えています。

▽東京都奥多摩の「つなぐ森」

野村不動産ホールディングス株式会社
(画像:野村不動産ホールディングス株式会社)

▽「つなぐ森」伐採の様子

野村不動産ホールディングス株式会社
(画像:野村不動産ホールディングス株式会社)

日本では、CO2吸収量の少ない高齢木が増えています。また、このような高齢木は、現在森から出せない状態になっています。伐採期を迎えた木を新しい木に植え替えて循環させないと、日本の森林は元気になりません。日本は世界3番目の森林大国であるといわれているにもかかわらず、外国産材の輸入が多いため、国産材の活用を進めることで社会課題の解決に貢献したいと考えています。日本のゼネコンには木造建築の技術がありますが、我々デベロッパーが一緒になって、コンクリートと鉄だけではなく、低炭素な木質化建物を積極的に推進していくことが重要です。実際に、野村不動産ではこれまで大規模マンションの共用部やオフィスでも一部施設の木造・木質化を進めておりますが、このような取組みはお客様からも高く評価されています。結果、森林が本来持っている機能であるCO2吸収や災害の軽減、そして生物多様性にもつながり、循環する森になっていきます。

▽木材を使用したマンション

野村不動産ホールディングス株式会社
(画像:野村不動産ホールディングス株式会社)

▽木材を使用したオフィス

野村不動産ホールディングス株式会社
(画像:野村不動産ホールディングス株式会社)

坂本:ZEBやZEHの普及にも取り組んでおられると伺っていますが、具体的にはどのようなことに取り組んでおられるのでしょうか。

中村:弊社グループはBEI値(省エネルギー性能指標)に着目しています。CO2削減目標の達成にむけたBEI値の年間目標を掲げ、役員の報酬に連動させることにしました。ZEB、ZEHの普及を通じて省エネ性能を高めていくことも大切です。野村不動産は業界では珍しく自社内に建築部門を擁し、当部の立ち上げ前から省エネ性能の高い住まい、オフィスづくりにこだわって取り組んできました。先進的に取り組んでいると自負しており、床空調システムにより住戸全体を快適な温度に保ち、一般的な個別冷暖房よりも省エネに繋がる「床快full(ゆかいふる)」を導入する等、お客様の快適性と環境配慮を両立する商品の採用等も行っています。

▽床快full(ゆかいふる)の仕組み

野村不動産ホールディングス株式会社
(画像:野村不動産ホールディングス株式会社)

脱炭素社会の実現に向けた野村不動産グループのスタンス

坂本:近年はDXやIoTが進み、スマートシティのような構想も現実味を帯びてきました。そのような未来において、御社は脱炭素社会をどのようにイメージしていらっしゃいますか。

中村:実現に向けたところからお話しすると、高い意識を持っていても単独の取り組みでは大きなうねりになりません。時間軸が定められているからこそ、パートナーとともに取り組んでいくものだと考えています。

弊社グループは不動産開発にとどまらず、不動産開発の関連サービスやマネジメントの提供を通じて、豊かなまちづくりと豊かな暮らしの提供を目指してきました。先ほど申し上げた建物の木質化にも通じますが、明確な意志を持って脱炭素社会の実現にも貢献したいと考えていますし、貢献できると信じています。建物の省エネ化や低炭素化はいうまでもなく、事業に必要な電源を再生可能エネルギー由来のものにシフトさせ、効率的に使っていくことも重要です。そのようにして、脱炭素社会の実現を目指します。

坂本:御社はサステナビリティや脱炭素に関する情報を積極的に公開されていますが、脱炭素社会の実現に向けた情報公開やプロモーションをする際に心がけておられる点はありますでしょうか。

中村:情報開示については、ここ2年ほどでそれなりの評価をいただけるようになりました。それ自体はありがたいのですが、冷静に俯瞰して評価すると、まだ足りないと認識しています。例えば、弊社グループはウェブページでサステナビリティレポートを開示していますが、これは投資家様向けにESGの文脈で整理したものですが、今後は社員も含めもっと多くの方にご理解いただけるレポートに変えたいと考えています。すでに取り組みは始めております。

坂本:Z世代以降はサステナビリティに対する関心が高く、企業の取り組みを知りたい人も増えているようです。

中村:ステークホルダー全般に情報開示を広げる中で、重要な対象の一つはZ世代というか、これから弊社グループの仲間になっていただける方たちです。取り組みを知ることで将来一緒に働く仲間になってくれるとありがたいですし、別の立ち位置となって、よい共創先となっていただけるかもしれません。

野村不動産グループのエネルギー見える化への取り組み

坂本:脱炭素を実現するには、電気やガスなどの使用量を表示・共有するエネルギーの見える化が必須といわれていますが、御社ではどのようなことに取り組まれていますか。

中村:現状では可視化を通じて、来年度、再来年度の予測を立てられるレベルになってきました。ただし、物流倉庫や戸建ての再エネ活用がさらに加速すると、全体でどのような状況になっているのか把握し、タイムリーに予測することが極めて重要になりますが、それには到達していません。トレーサビリティの重要性は痛感していますから、これから取り組みを進めたいと思います。

坂本:多くの拠点がある中で、全拠点の使用電力を集計されていると思いますが、現状はどのように集計をされているのでしょうか。

中村:各部門がマンパワーで集計している状態です。情報開示を進める中で電力使用量の把握は重要ですが、現場に負担をかけているのはよろしくありません。「サステナビリティな取り組みと事業を両立させる」と言っておきながら、これではおかしいと思います。なるべく現場の負担が軽減できるよう、施策を練っているところです。

坂本:先ほど、Scope3の集計が今後のテーマになると伺いました。大手企業は独自で集計・開示されていると思いますが、中小企業は難しい部分があると考えています。御社では、どのように対応されていくのか方針をお教えいただけますでしょうか。

中村:非常に重要なことです。サステナビリティ全般を通じて考えているのは、できる会社だけができている状態ではいけませんし、一方的に「やってください」という姿勢でもサステナビリティな取り組みにならず、ついてこられない企業も出てくると思います。大切なのは、規模の大小にかかわらず社会全体で再現性を担保できることであり、皆様が一緒に取り組めることです。国やさまざまな団体はCO2の集計方法やScope3の評価方法などを考えていますが、事業規模が大きい団体に寄せたものであってはいけません。弊社グループとしても、サプライチェーンの皆様が実践できるような手法で進めたいと思います。

坂本:オフィスや商業施設の場合は、ビル全体が再エネになっていないとテナントで再エネを調達できないと思います。オフィスや商業施設も手掛けられていますが、今後どのように対応されていかれるのでしょうか。

中村:弊社グループは国内賃貸保有資産について、供給電力をすべて再エネにシフトすると決めました。基本的にはテナント様に転嫁するのではなく、我々にとって必要なコストとして導入すると発表しています。その先ですが、現在現在浜松町ビルディング(東京都港区芝浦)の建て替え事業として、オフィス・ホテル・商業施設・住宅を含むツインタワー(S棟・N棟)を建設する大規模複合開発「芝浦プロジェクト」を進めています。

▽芝浦プロジェクト

野村不動産ホールディングス株式会社
(画像:野村不動産ホールディングス株式会社)

2025年2月にはS棟が竣工し、弊社および野村不動産の本社も新宿から移転、グループ本社とする予定です。本プロジェクトでは街区全体でカーボンニュートラルを実現することを目指しており、結果テナント様が使用する電力はすべて再エネ化が必要です。このようなことにも、しっかり取り組んでいきます。

坂本:ありがとうございます。最後の質問です。近年は多くの機関・個人投資家がESG投資に関心を寄せ、この観点で投資先を見極めています。その観点で御社を応援することの魅力や、注目すべき点をお聞かせください。

中村:ESGの取り組みそのものをしっかりと事業に関連付けること、そして全体ストーリーや戦略性をもって取り組むことが大変重要だと考えておりますので、そのような点を評価していただけるように推進していきます。

坂本:おっしゃるとおり、本業とかけ離れた施策では、持続性を担保できません。本日お聞きした事例は、すべて事業とリンクしていて筋道が通っていると感じ、私としても勉強になりました。ありがとうございました。