ESG(環境・社会・ガバナンス)への取り組みは、投資先や取引先を選択する上で投資家のみならず、大手企業にとっても企業の持続的成長を見極める視点となりつつある。本企画では、エネルギー・マネジメントを手がける株式会社アクシス・坂本哲代表が、各企業のESG部門担当者に質問を投げかけるスタイルでインタビューを実施。今回は、富士製薬工業株式会社 常務執行役員/経営戦略本部 経営企画部長の佐藤武志氏にお話を伺った。
富士製薬工業株式会社は、1965年に設立された医療用医薬品メーカーだ。女性医療や急性期医療を中心に新薬などを開発・製造・販売している。同社では社長を委員長とする「サステナビリティ委員会」を設置し、持続可能な社会を実現するための課題解決を実践。本稿では環境保全・保護や女性の健康に関する啓発活動の話題を中心に、同社の取り組みや成果、今後目指すべき姿について、対談を通じて紹介する。
(取材・執筆・構成=大正谷成晴)
2019年に富士製薬工業株式会社に入社し、経営企画部長として4期目を迎える。2022年より常務執行役員。富士製薬工業入社以前は、1996年にメガバンクに入行後、日系・外資系投資銀行M&A部門、総合商社医薬品事業部門、地方銀行企画・広報部門での業務を経験。
1996年京都大学法学部卒、2001年ミシガン大学ロースクール修士課程修了。
富士製薬工業株式会社
富士製薬工業株式会社は、「優れた医薬品を通じて、人々の健やかな生活に貢献する」「富士製薬工業の成長は、わたしたちの成長に正比例する」を経営理念とし、人々の痛みや障害の改善・克服に役立つ医薬品の開発、製造、販売を通して社会に貢献すべく事業を展開しています。
重点分野である女性医療領域では、不妊症をはじめ、月経困難症、子宮内膜症、避妊、更年期障害などの女性特有の疾患の新薬およびジェネリック医薬品を数多く取り扱っています。豊富な品ぞろえで幅広い年代の女性の健康をサポートし、女性医療のスペシャリティファーマとして、リーディングカンパニーを目指しています。
1975年生まれ、埼玉県出身。東京都で就職し24歳で独立。情報通信設備構築事業の株式会社アクシスエンジニアリングを設立。その後、37歳で人材派遣会社である株式会社アフェクトを設立。38歳で株式会社アクシスの事業継承のため、家族とともに東京から鳥取へIターン。
株式会社アクシス
エネルギーを通して未来を拓くリーディングカンパニー。1993年9月設立、本社は鳥取県鳥取市。事業内容はシステム開発、ITコンサルティング、インフラ設計構築・運用、超地域密着型生活プラットフォームサービス「Bird(バード)」の運営など、多岐にわたる。
富士製薬工業株式会社の再エネ・脱炭素に対する取り組み
アクシス 坂本氏(以下、社名、敬称略):アクシス代表の坂本です。弊社は鳥取県に本社を構えるIT企業で、首都圏のお客様を中心にソリューションを提供しています。ここ10年は、再生可能エネルギーの見える化にも取り組んでいます。本日はよろしくお願いいたします。
富士製薬工業 佐藤氏(以下、社名、敬称略):富士製薬工業で経営企画部の責任者を務める、佐藤です。弊社では2020年にサステナビリティ委員会を立ち上げ、試行錯誤しながら取り組みを進めています。本日の対談で得た内容を今後の活動に活かしたいと思います。
坂本:最初に、御社のサステナビリティやSDGsに関する取り組みについてお聞かせください。
佐藤:本題に入る前に、価値創造プロセスについてお話しします。弊社の価値創造は、「貢献」と「成長」の循環によって成り立っています。「優れた医薬品を通じて、人々の健やかな生活に貢献する」「富士製薬工業の成長は、わたしたちの成長に正比例する」という2つの経営理念は、「貢献がさらなる成長につながり、さらなる成長がその先の大きな貢献につながる」ことを表す、弊社の価値創造の根幹です。基本的な考えとして、我々が事業を行うには地球や社会の存在が必要であり、社会全体に対する価値提供が事業基盤だと考えています。そこに弊社が持つコアバリューを投入して貢献と成長のサイクルを回し、最終的に社会全体の幸せを実現したいと思います。
▽富士製薬工業の価値創造プロセス
弊社事業のコアバリューの一つが女性医療領域における価値提供で、50年近くにわたり医療用医薬品の提供を続けています。女性の社会進出を後押しするということもありますが、さらに申し上げると女性が自分らしく生きる、人生の局面で健康上の悩みを持った際に自由な選択ができることをサポートすることが目的です。これに資することで私たちの事業も成長するということを踏まえ、2020年5月に策定した中期経営計画と同時に公表した「2030年ビジョン」では、2029年9月末までに到達したい、ありたい姿の一つに「世界の女性のwell-beingの向上に貢献している」を掲げています。
SDGsの位置付けですが、CSR委員会を解消して社長を委員長とするサステナビリティ委員会ができたのは3期前。中期経営計画においても、9つの重要戦略の一つとしてサステナビリティを掲げました。現在はそこにおける活動をサステナビリティ委員会と、経営企画部に設置したサステナビリティ推進課が進めている状況です。
坂本:こうした一連の取り組みの中で、マテリアリティも特定していらっしゃると思います。
佐藤:中期経営計画を議論する中で社長や役員、社員、株主、取引先から弊社が取り組むべき課題についてヒアリングを実施し、最終的には18のマテリアリティを特定しました。
▽富士製薬工業のマテリアリティとSDGs
坂本:その中で、環境についてはどのような取り組みを進めていらっしゃいますか。
佐藤:工場や物流倉庫、研究所がある富山エリアを中心に省エネ推進委員会があり、省エネ政策を進めてきましたが、同エリアでISO14001の環境認証を取得したことに合わせて環境委員会に衣替えし、工場長を委員長として環境への取り組みを強化しています。気候変動への対応についてはリスク管理委員会が中心となり、TCFD対応を部門横断プロジェクトとして進め、2022年のコーポレートガバナンス報告書で開示しました。
カーボンニュートラルは、今まさに力を入れ始めた領域です。これまでは医薬品の安定供給体制の構築を優先していましたが、ようやく環境負荷の軽減にも着手しました。直近では北陸電力とのオフサイトPPA契約による太陽光発電所の建設を皮切りに、2030年までに富山工場の電力使用量の50%を再エネに切り替え、2050年にはカーボンニュートラル実現を目標に据えています。なお、タイにある子会社OLIC(OLIC(Thailand) Limited)は屋根に太陽光発電設備を導入することを決定し、今まさに足場を作っているところです。また、寒冷地以外では営業車にハイブリッド車を導入しています。
坂本:カーボンニュートラルを進める中で、従業員への周知や取引先への対応はどのように行われていますか。
佐藤:従業員に向けては、中期経営計画の推進状況などについての説明会を年2回実施しています。ただし、現場でモノを開発・製造する中でのサステナビリティやESGは二の次になる恐れもあるため、現場に行ってしっかり話すことも考えています。取引先からも質問を受けることはありますが、サプライチェーンに対しては調達ガイドラインを示した上で取引を行っています。
富士製薬工業株式会社の女性の健康に関する取り組み
坂本:御社は女性のwell-beingの向上に向けて積極的に取り組まれているとのことですが、具体的な取り組みについてお聞かせください。
佐藤:これまでも、女性に健康に関する啓発活動には力を入れてきました。前年度には営業本部にあった啓発活動機能を、会社全体の活動であるという理由で経営企画部に移管し、さらに発展させているところです。頭痛や腹痛があれば内科にかかりますが、女性特有の疾患について婦人科を受診することや、研修を受けたり、自身の症状を確認したりするカルチャーは、日本ではまだ定着していません。女性には「我慢する」という風潮がありますが、ひょっとしたら病気かもしれませんし、病気でないなら安心ですから、産婦人科医による診断を受けることを推奨しています。
2018年7月からは、思春期から更年期まで幅広い年代の女性の健康支援を目的とするスマートフォン専用アプリ「LiLuLa(リルラ)」の運営を始めました。製薬会社がアプリを提供するのは珍しいのですが、産婦人科医監修のもと、女性にとって大切な生理や更年期、それに関連したテーマについて情報を提供しています。インターネットなどで得られる情報の中にはエビデンスを伴わないものもあるため正しい情報提供を心がけ、2020年2月以降はアプリで配信している情報をインターネットでも閲覧できるようにしました。有料のプレミアム会員制や広告は一切なく、完全無料でお使いいただけますし、ダウンロードした方のみが参加できるセミナーなども開催しています。
▽女性の健康支援を目的とするスマートフォン専用アプリ「LiLuLa(リルラ)」
一方、啓発活動はメディアとタイアップして行うことが多く、同業他社とも協力しながら産婦人科受診勧奨や低用量ピルの理解浸透、更年期症状や障害の啓発など、女性の健康に関するセミナー・イベントを開催・協賛しています。
富士製薬工業株式会社のエネルギー見える化への取り組み
坂本:省エネ・脱炭素を推進するには、電力やガスなどの使用量を数値として表示・共有する「エネルギーの見える化」が必須といわれていますが、御社ではどのようなことに取り組まれていますか。
佐藤:弊社で多くの電力を使用しているのは富山工場ですが、取り組み自体は近くにある研究開発センターが先行しています。ここではCO2削減ポテンシャル診断を実施し、診断結果をもとに2021年3月には環境・健康・安全を一体的に管理・運営するためのEHSマネジメントシステムを導入しました。富山工場は2023年に新製剤棟が稼働開始し、第5製剤棟でもラインの切り替えなどがあり、これらを踏まえてシステムを導入し、消費エネルギーの見える化とCO2削減を促進させたいと思います。医薬品事業は赤字だからといって簡単に撤退できるものではなく、また食品などと違って国が薬価を毎年見直します。そのため、必要なものを必要な分だけ必要な時に届ける安定供給体制のための負担コストの削減と言いますか、エネルギーの見える化を通じた効率化、生産性の向上にも努めるつもりです。
本社や営業、工場などにおけるエネルギーの見える化はできていますが、どこに削減の余地があり、どういった施策ができるかといった全社的な議論はこれからです。まずは、富山工場から始めようと考えています。
坂本:今後はサプライチェーン上のCO2排出量も把握するScope3の集計が課題となりますが、どのように対応されるのか方針をお教えいただけますでしょうか。
佐藤:Scope3に関しては、これからです。しっかり見据えて取り組まないといといけませんし、社内リソースだけで難しい部分もありますから、外部にも協力を仰ぎながら進めたいと思います。
坂本:近年は、多くの機関・個人投資家がESG投資に関心を寄せています。この観点で御社を応援することの魅力や、注目すべき点をお聞かせください。
佐藤:ESGの観点で投資をする方は増えていて、IRの中でも接する機会が出てきました。基本的に製薬会社はESGの「S」に対してソリューションを提供する会社と見られていますが、その中でも弊社は女性のwell-being向上を掲げており、女性の人生や仕事、生活における課題を解決するための活動を積極的に展開しています。その辺りをご覧いただき、ご支援いただけると嬉しいです。ESGというと、事業そのものがESGというのはサステナビリティ本来の考え方であり、手前味噌ですが、弊社はそのど真ん中を行く会社だと捉えていただけますと幸いです。
坂本:御社の事業自体がESGに貢献していることがわかりました。本日はありがとうございました。