この記事は2023年2月7日に三菱UFJ信託銀行で公開された「DX時代の企業不動産(CRE5.0)『第4回 DX時代のオフィスに求められる役割』」を一部編集し、転載したものです。


オフィス
(画像=Julia Vadi/stock.adobe.com)

目次

  1. この記事の概要
  2. DXは、働き方とオフィスを変え、企業価値を高める
  3. ABWはDX時代にふさわしい形態
  4. パンデミックを契機にオフィスの最適解への模索が続く
  5. 顧客とは共創、働き方はハイブリッド
  6. DX時代のオフィスが発揮すべき機能
    1. 1.価値創造
    2. 2.エンゲージメント向上
    3. 3.環境や社会への貢献
  7. サードプレイスオフィスとの組み合わせ
  8. まとめ~オフィスは人的資本が価値を生むための器

この記事の概要

• DXは、働き方とオフィスを変え、企業価値を高める
• パンデミックを契機にABW等のオフィスの最適解への模索が続く
• サードプレイスオフィスとの組み合わせも進む

DXは、働き方とオフィスを変え、企業価値を高める

企業のDX戦略には、企業の「外」と「内」の二方向があります。一つは企業外部(顧客)に向けての戦略で、デジタル技術を活用して顧客企業(to B)に対して新しいソリューションを、あるいは消費者(to C)に対して新しいサービスを提供することです。もう一つは企業内部に向けてのもので、新しいサービスや商品を生み出すために、組織や働き方を変えていくことです。

そして、この内部に向けてのDXにオフィスは特に大きな影響力を持ち、企業の間で新しいオフィスのあり方を検討して再構築する動きが増えてきています。本稿では、DX時代のオフィスに求められる役割を整理し、考察します。(*1)


*1:デジタル空間とリアル空間が高度に融合へと向かう社会の中での、企業不動産の変化や戦略的な重要性を、本シリーズでは CRE5.0 と名付けている。第1回レポート参照。

ABWはDX時代にふさわしい形態

オフィスにABW(ActivityBasedWorking)を導入する企業が増えています。ABWとは働き手が業務内容に応じて最適な環境や場所、時間を自ら選択できるというものです。オフィスには固定席がなく、ミーティング用、共同作業用、個人集中用など目的に応じたスペースが多彩に造り込まれています。そして、ABWを導入する企業の多くはサテライトオフィスを合わせて導入することが多く、この場合には、オフィス・自宅に限定されず、第三の場所を含めて、効率よく仕事ができる場所を選ぶことも可能です。

DX時代のオフィスに求められる役割
(画像=三菱UFJ信託銀行)

ABW導入のためには、上司や仕事仲間と物理的に離れていても、必要な情報がストレスなく、授受・共有できる仕組みを作ることが前提になります。組織上のユニットが、いつも集まって仕事をする必要があったのは、物理的な近接から得られる情報が必要であったからで、これに代わるか近い環境があれば、ライン上の組織を超えたメンバーが席を並べで仕事をする光景も定着します。

ABWは、デジタル空間を介して、ドキュメントのみならず、音声や画像を複数名で共有できるようになり、実用性が高まりました。そして、自律的な働き方、コミュニケーション、組織の柔軟化などを促し、企業風土の改善にも大きく貢献しています。

一方、ABWが機能するために留意しなければならないのは、高度なITを導入するだけでは不十分であることです。働き手がこれまでの考え方や習慣を変えるために、運用面のサポートが不可欠となります。人事制度やマネジメント手法の変更を伴うこともあります。

パンデミックを契機にオフィスの最適解への模索が続く

ABWはリモートワークと相性が良いことから、コロナ禍でリモートワークを開始した企業にとっては、移行しやすくなっています。

実際のところ、多くの企業は、ABWを採用するか否かにかかわらず、新しいオフィスのあり方を模索しているかに見えます。弊社のアンケート調査によれば、各企業が想定する出社率は、今後は全体的には回復していくと見られますが、程度にはばらつきが見られます(図表2)。

DX時代のオフィスに求められる役割
(画像=三菱UFJ信託銀行)

出社率が新しい水準に向かう中で、オフィスの床面積を減らす考えの企業が2割ほどあるものの、6割の企業は変更を考えておらず、1割の企業は増床しようとしています(図表3)。

DX時代のオフィスに求められる役割
(画像=三菱UFJ信託銀行)

オフィスの使用面積を増減するにしても変えないにしても、リモートワークを存続するのであれば、それにふさわしい形態のオフィスが望まれます。ABWの採用も含め、オフィス再構築の検討が、多くの企業で進むでしょう。

顧客とは共創、働き方はハイブリッド

デジタル事業を手掛ける大手企業では、オフィス改革を、明示的にDX戦略の一環として位置付ける動きが複数あります。

例えば、顧客と対話して共に製品やサービスを作り上げていくこと(共創(*2))が、いっそう重視されるようになっています。これは、デジタル技術は、顧客企業の中に埋もれている資源や情報を結び付けて新しい活用方法を生み出すときに強みを発揮することが多く、事業者と顧客による共創のプロセスを通じて埋もれた情報等を発掘できるからです。その効果を得られやすくするように、従来の応接室や会議室とは異なる、「共創スペース」を設けることが増えています。事業者と顧客が対等な目線で自由に意見を出し合えるオープンな雰囲気を持ち、アイデアをすぐにデジタル上で共有・加工できる仕組みも備えられています。

また、メインオフィスは、メンバーとの協働や交流、あるいは集中作業など、働き手の期待や目的をかなえるために利用する施設と位置付けています。企業によっては、従来使用していたオフィスの面積を大幅に縮小し、原則は在宅かサテライトオフィスでの勤務としながら、必要に応じて出社する「ハイブリッドワーク」のためのオフィスを新設しています。

「共創スペース」や「ハイブリッドワーク」は、IT企業にて先行している面はあります。しかし、DXの狙い(*3)には、顧客や社会に新しい価値を提供し、そのために自らもふさわしい組織へと変革を遂げるという、どの企業にも当てはまる要素が含まれています。この動きは、業種を問わず広がっていくことでしょう。


*2: 協創と表すこともあるが、本稿では共創で統一
*3: DXとは、「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること」(経済産業省、令和 2 年「DX推進指標」とそのガイダンス)。

DX時代のオフィスが発揮すべき機能

オフィスでは、新しく導入される設備や機器も、デジタル技術の進歩と切り離せない関係にあり、それもDXの流れとして目を引くものです。しかし、企業戦略として考えるにあたっては、多くの働き手がデジタル空間を介して仕事を行う時代に、リアル空間にあるメインオフィスが発揮すべき機能は何かについて整理することが、重要となるでしょう。その機能には、価値創造とエンゲージメント向上が挙げられます。そして、付随して環境や社会への貢献があります(図表4)。

DX時代のオフィスに求められる役割
(画像=三菱UFJ信託銀行)

1.価値創造

企業が持続的に新しい価値を創造し続けていくために、オフィスはその種をまき、出てきた芽を育む場であることが理想です。今後は、物理的に離れた人とのコミュニケーションがいっそう取りやすくなっていくはずです。しかし、フェイス・トゥ・フェイスが望まれる場面はなくならないでしょう。

また、閃きはオフィスの中で生まれるとは限りませんが、閃きを形にして実行に移すためには、他の人の助けが必要です。多様な働き手がリアルな空間を共有し、コラボレーションする仕掛けを、オフィスの中に造り込むことが重要になります。

2.エンゲージメント向上

オフィスがリアル空間を提供する建物として、働き手の帰属意識や仕事の意欲を高める効果が注目されています。このような意識や意欲を、エンゲージメントと呼びます。メインオフィスにおいて、交流が活発になるスペースを増やし、士気を高めるような快適な環境を整備することにより、働き手のエンゲージメントが向上し、企業全体の成果にも貢献することになります。

また、採用の面でも優秀な人材を集める効果が期待できます。そして、新規に採用された働き手は、リアルなオフィス空間に身を置くことで、企業の理念や文化をダイレクトに感じ取り、エンゲージメントを高めていきやすくなります。

3.環境や社会への貢献

企業にとって、「サステナビリティ」を確保することは重要なテーマです。オフィスビルのあり方でも環境や社会へ貢献することが求められます。例えば、カーボンニュートラルに取り組むのであれば、環境認証を取得したビルに入居することは、実際の省エネ等の効果に加えて、企業の姿勢を社会に分かりやすく示すことになります。また、防災、防犯、休息など、外部の人々に開かれた一定の機能を提供することで、地域の人々の生活や活動にも貢献できます。

サードプレイスオフィスとの組み合わせ

最後に、働く場所(ワークプレイス)を働き手の立場から整理してみましょう。私たちの自宅は活動の出発点でありファーストプレイスとなります。従来は、働く場所=メインオフィスであり、オフィスはセカンドプレイス、それ以外の居心地の良い場所がサードプレイスと呼ばれていました。しかし、近年、オフィス以外のサードプレイスで働くという選択肢が広がり、その場所がサードプレイスオフィスと呼ばれるようになっています。また、在宅勤務の普及でファーストプレイスも働く場所となっています。

サードプレイスオフィスは、企業が単独でサテライトオフィスとして設置する場合がありますが、一定の規模に満たない場合は、第三者と共同で使用するシェアオフィスを利用することもあります。シェアオフィスは、第三者に情報が漏れないよう、個室化などの工夫がされています。しかし、あえて第三者との交流やコラボレーションを促進するように設計されたものもあり、シェアオフィスと区別してコワーキングスペースと呼ばれることがあります。コワーキングスペースでは、顧客やパートナーと共創して新しい事業を創り出す際にその機能を発揮します。

この他に、公共スペースに設置された時間貸ボックスや、仕事に対応したリゾート地のホテル利用プラン(ワーケーション)なども、サードプレイスオフィスの一種に位置付けられます。

シェアオフィスなどは、賃貸借契約によらずに利用契約であるものが多いため、状況に応じて柔軟に利用変更するなど、機動的な利用が可能です。企業は、メインオフィスを本当に必要な機能に絞り込んで再構築する一方で、サードプレイスオフィスやファーストプレイスの利用を組み合わせていくようになります。

DX時代のオフィスに求められる役割
(画像=三菱UFJ信託銀行)

まとめ~オフィスは人的資本が価値を生むための器

オフィスの中で、デジタル技術は日常では事務の効率化・スピードアップに加え、円滑なコミュニケーションに役立っています。これもDXの一部ではありますが、本稿で考えるDX戦略の本質ではありません。いま、働き手について、価値を生み出す人的資本として位置付ける考えが広まっています。働き手のエンゲージメントを高め、個人および組織として高い価値を生み出すための器としてオフィスを構築していくことが、DX時代のオフィス戦略であると言えます。

なお、今回触れなかった、デジタル空間とオフィスビルのリアル空間がどのように融合していくのかについては、あらためて考察することとします。

大溝 日出夫
三菱UFJ信託銀行 不動産コンサルティング部