本記事は、船越栄次氏の著書『なぜ、歯ぐきが健康な人ほどいつまでも長生きできるのか』(クロスメディア・パブリッシング)の中から一部を抜粋・編集しています。

歯茎,歯
(画像=Sirichai Puangsuwan/stock.adobe.com)

「国民の8割が歯周病」の実態

歯周病のメカニズムを詳しく解説していきましょう。

歯周病は、糖尿病や高血圧と並んで、生活習慣病のひとつに挙げられています。

読者のみなさんのなかにも糖尿病や高血圧に悩む方がおられるかもしれませんが、実はこのなかで歯周病は突出して罹患率が高く、まさに日本人を悩ます国民病となっているのです。

歯周病は、軽いものも含めると、30代以上の実に8割が罹患している病気です。

歯周病の初期症状のひとつに「歯肉の出血」がありますが、2016年に実施された厚生労働省の「歯科疾患実態調査」によれば、あらゆる年齢層の約4割に歯肉の出血が認められています(図1)。

なぜ、歯ぐきが健康な人ほどいつまでも長生きできるのか
(画像=なぜ、歯ぐきが健康な人ほどいつまでも長生きできるのか)

同時に同調査では、歯周病がより進んでいる状態を示す「4ミリ以上の歯周ポケット」を有する人があらゆる年齢層で見られるということも明らかになりました。高齢になるほどその割合は高くなり、45歳以上では実に過半数を占めているという実情です(図1)。

1989年から、当時の厚生省と日本歯科医師会とで「8020(ハチ・マル・ニイ・マル)運動」の推進が始まりました。これは「80歳になっても、20本以上自分の歯を保とう」という趣旨の運動で、以降国は国民の歯の喪失防止を積極的に推し進めています。

こうした背景から、最近では「高齢になったら入れ歯」というケースは減少し、高齢でも自分の歯をもつ方が増えています(図2)。しかしこれは、同時に歯周病患者も増加傾向にあることを意味しているのです。

なぜ、歯ぐきが健康な人ほどいつまでも長生きできるのか
(画像=なぜ、歯ぐきが健康な人ほどいつまでも長生きできるのか)

エジプトのミイラも歯周病だった!?

それでは、歯周病が現代人特有の病気なのかというと、必ずしもそうとはいえません。

人類と歯周病の付き合いは非常に古く、古代エジプトの時代にまでさかのぼります。実際にある調査では、エジプトのピラミッドに眠るミイラの口の中に、明らかな歯周病の痕跡が見つかっています。

この調査によれば、ミイラの顎の骨のレントゲン写真には、歯を支えている歯槽骨という骨が、歯周病によって溶けているさまが写し出されています。

「歯のトラブル」と聞いて、多くの方が思い出すのは虫歯かもしれませんが、ミイラの口の中に虫歯の痕跡はほとんど見られなかったのです。

なぜ古代人は歯周病にはかかっているのに、虫歯にはほとんどかからなかったのでしょうか?

私は、それは当時の人々の食生活が大きく関係していると考えています。

当時の人々は、大麦と古代小麦でつくったパンを主食として、タマネギやニンニクなどの野菜類、ナツメヤシやイチジクなどの果物類、ソラマメやヒヨコマメなどの豆類を栽培して摂取していました。外国からもリンゴやオリーブ、スイカなどが輸入され、特に王侯貴族はなかなかバラエティに富んだ食事をしていたようです。

このころにはすでに料理に火を使う習慣が確立していたようですが、現代のようにしっかり火を通していなかったように思われます。十分に火を通せば肉や野菜は柔らかくなりますが、あまり火を通していない硬い状態の食事が多かったのではないか。それは、ミイラの歯の表面、すなわち上の歯と下の歯がぶつかる「咬合面」が非常にすり減っていることからも推測できます。

古代エジプト人の顎の骨は、現代人に比べてよく発達しているといわれています。ミイラの口の中には、親知らずも含めて32本の歯がきっちりと生えそろっていますが、この発達した顎で歯がすり減るほど硬いものをしっかり噛んで食べていたことで、上下の歯の咬合面についた細菌が自然に取れて、そこに歯垢がこびりつくこともなかった。だから虫歯にかかりにくかったのではないかと考えられます。

ところが、咬合面と違って歯の周りについた歯垢は、いくら力強く咀嚼したとしても容易には取れません。もちろん当時は、現代のように日常的に歯を磨く習慣もありません。そのため、歯の周りにこびりついた歯垢はそのまま放置され、歯周病が進行して骨を溶かしていったのでしょう。

このようなことから古代エジプトでは、虫歯患者よりも歯周病患者が多かったのではないかと思われます。

歯周病は「サイレント・ディジーズ(静かなる病気)」

人類と歯周病との付き合いは虫歯よりもずっと長いのですが、歯周病が本格的に治療の対象となるのは、虫歯よりもずっとあとのことです。

虫歯は痛みをともなうために、早くから「痛い歯を抜く」というかたちで治療が行なわれてきました。いまから約100年前にはすでに、歯に詰めものを施す治療も始まっています。

それに対して歯周病は、100年前には「いちどかかると治らないもの」と見なされており、治療らしい治療はほとんど行なわれていませんでした。

その大きな要因は、歯周病という病気が、よほど進行してからでないと目立った自覚症状が現れない「サイレント・ディジーズ」であることです。

「サイレント・ディジーズ」とは、日本語で「静かなる病気」あるいは「沈黙の病気」などと訳されますが、まさにその言葉どおり、かかっていてもつらい症状に悩まされることがほとんどありません。そのため、なにもせずに放置されてしまうことが多いのです。

歯周病というサイレント・ディジーズをそのまま放置してしまうと、歯の寿命が短くなり、周囲にある健康な歯にまで悪い影響が及びます。さらには、口の中だけではなく、全身のさまざまな病気の発症や悪化を招くのです。

くわえて、歯周病は虫歯に比べて進行のスピードが非常に遅く、その変化に気づきにくいというのも、治療が難しい要因のひとつです。

一般的に、歯周病菌は体が健康で抵抗力があるときにはそれほど活動しません。ところが風邪などを引いて体調を崩したり、精神的なストレスがかかったりして体の抵抗力が落ちると、活発に活動を始め、歯肉の出血などの自覚症状が現れます。

歯周病は、この活動期と静止期を繰り返しながら、ゆっくりと時間をかけてじわりじわりと進行します。そして気づいたときには、手の施しようのない深刻な事態に陥ってしまうのです。

なぜ、歯ぐきが健康な人ほどいつまでも長生きできるのか
船越栄次
船越歯科医院院長。専門は歯周病治療とインプラント治療。1971年九州歯科大学卒業。
同大学卒業後、米国タフツ大学歯学部大学院歯周病科に留学、歯周病専門医を取得。インディアナ大学歯学部にて准教授として教鞭を執る傍ら、同大学院を卒業、学位取得。帰国後、福岡市で船越歯科医院を開業。歯科診療にあたりながら、42年以上にわたり、国内の開業医を対象にした歯周病治療とインプラント治療の卒後研修会を主宰している。歯周病治療とインプラント治療のパイオニア的存在。

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