本記事は、船越栄次氏の著書『なぜ、歯ぐきが健康な人ほどいつまでも長生きできるのか』(クロスメディア・パブリッシング)の中から一部を抜粋・編集しています。
歯周病予防のカギは「1日1回、しっかり磨く」
歯周病予防に欠かすことのできないセルフケアの方法、なかでもそのイロハの「イ」である歯磨きの話を中心に、お話ししていきましょう。
本記事お読みいただいているみなさんのなかで、「私は歯をまったく磨きません」という方はいないと思います。
私たちは、子どものころから「歯磨きをしなさい」と繰り返し言われて育ちます。つまり、ほとんどの日本人は歯磨きの習慣があるわけですが、それにもかかわらず、なぜ虫歯や歯周病になってしまうのでしょうか?
「きのうはうっかり磨き忘れて眠ってしまった……」なんてご経験をおもちの人もいるかと思いますが、基本的に毎日磨いているのであれば、心配には及びません。
なぜなら歯周病菌は、付着してから24時間以上が経過してからでないと、悪さをしないからです。
すなわち、「24時間以内に菌や汚れを落とせばいい」ということなら、理論上は1日に最低1回しっかりと磨けていれば、虫歯にも歯周病にもならないということになります。
実際に、歯磨きの回数による効果を調べた調査では、1日に1回よりは2回のほうが効果は上がるものの、それ以上は3回磨こうが4回磨こうが大きな違いはないという結果が出ています。
もちろん、エチケット上は毎食後に磨いたほうがいいことは間違いないですし、私自身も食後は必ず歯磨きをしています。とはいえ、いくら毎食後に磨いても、そこに磨き残しがあれば、歯垢は必ず蓄積していくのです。
つまり、「虫歯・歯周病の予防」ということを第一に考えたときには、磨く頻度以上に、「磨きかた」こそがなにより重要なのです。
この「毎日のセルフケア」でやるべきことは、それほど難しくはありません。
「歯磨きは朝と夜だけ」という人が多いと思いますが、実は、毎朝毎晩ていねいに磨くことはできなくとも、「1日1回しっかり磨く」を徹底すればいいのです。
1日1回の歯磨きでも十分に予防できるだけの効果的な磨きかたを身につけること。これがセルフケアにおける最大のポイントです。
歯ブラシ選びは「毛質」に注目して選ぼう
セルフケアを効果的に行なうには、ブラッシングの方法のみならず歯ブラシや歯磨き粉の選びかたも重要です。
ドラッグストアやスーパーマーケットに行くと、たくさんの歯ブラシがずらりと並んでいますね。ヘッドがコンパクトなもの、毛が硬いもの、柔らかいもの、毛の先が細くなったものと、特徴も実にさまざまです。
このなかから、最も効果的に磨けるタイプを選ぶというのは、なかなか難しいものですね。
歯ブラシを選ぶには、その目的から考えることが大切です。
大きなテーマである「歯周病予防」ということを第一に考えると、歯垢がついてしまっては困る部分が、歯と歯肉の境目です。この磨きにくい部分をしっかりと磨けるようなブラシでなければなりません。
そしてもちろん、歯ぐきを傷めないことも重要です。つまり、歯ぐきを細やかに優しく磨けるソフトさを備えている必要があります。
この2つを叶える歯ブラシを選ぶにあたってチェックしてほしいのが、ブラシの毛質です。
ブラシの毛質は「硬め」「ふつう」「柔らかめ」などと大別され、「硬いほうが磨いた実感がある」という人もいますが、毛の硬いタワシのような歯ブラシでは、歯ぐきを傷つけてしまいます。
結論からいえば、歯ブラシの毛は柔らかいほうが歯周病予防には適しています。具体的には、毛が細くて長いほうがよくしなってくれるので、ブラシが触れたときの感触もよりソフトになり、細かい部分もケアしてくれるわけですね。
「ソフトさ」のためには毛の素材も重要です。
歯ブラシは、一般的にはナイロン製が多いのですが、毛質がよりしなやかなのはポリエステル製です。
ポリエステルはあまり水を吸わないので、よく乾いて衛生的というメリットもあります。さらに耐久性もあるので、ナイロン製よりも長持ちします。
歯ブラシを選ぶときには、そういった材質などもチェックしてみるといいでしょう。
歯ブラシの毛はだいたい2~4列程度で並んでいますが、私自身は基本的に5列くらいのものをおすすめしています。
歯周病予防には、歯ブラシを歯と歯ぐきの境目に当てる「バス法」というブラッシング法が最適ですが、このときに歯ブラシにある程度の幅があったほうが、歯にしっかりブラシが当たってよく磨けるからです。この「バス法」については、のちに詳しくお話ししましょう。
ちなみに、私が普段の診療で患者さんにおすすめしているのが、スイス製の「クラプロックス CS5460」という歯ブラシです。
毛の太さが直径0.1ミリメートルと極細であること、そして植毛数が普通の歯ブラシよりも圧倒的に多いのが、その特徴です。
通常の歯ブラシは毛の本数が400本程度なのに対し、クラプロックスは5460本。実に約13倍もの毛が歯ブラシのヘッドにギュッと詰まっているわけです。この極細の柔らかい毛が高密度でびっしりと生えていることで、歯ぐきに当てたときの感触が非常に優しく、よほど力を入れて磨かないかぎり、歯ぐきを傷つけることはありません。
ここで注意していただきたいことが、歯ぐきは年齢によってだんだん変化しますので、歯ブラシもそれに合わせてときどき見直していくことが必要だということです。
若いうちは歯ぐきが丈夫なので、どんな歯ブラシを使ってもさほど問題はありません。しかし、加齢にともなって歯ぐきは薄く、弱くなっていきます。硬い歯ブラシではこのように弱った歯ぐきを優しく磨くことはできません。
「硬めの歯ブラシのほうが好き」という人でも、歳をとって硬い毛質のブラシを使っていると、いつか痛みが出るでしょう。それこそが歯ブラシを見直す時期が来たというサインであり、もう少し柔らかいものに変えるべきタイミングなのです。
電動歯ブラシを活用するのも、ひとつの手です。
最近は電動歯ブラシがかなり進化していて、かつてのようにモーターで動くのではなく、1分間に2万~4万回という微細な振動の音波によって歯垢を落とす「音波ブラシ」といったものも登場しました。
この音波ブラシには、細菌を除去するだけではなく音波の振動によって細菌を弱体化させる効果もあり、ブラッシングの効果をより高めてくれることが期待できます。私自身はクラデン社のハイドロソニックを愛用していますし、患者さんにも推奨しています。
歯磨き粉を選ぶポイントは「フッ素濃度の高さ」
歯ブラシと同様、歯磨き粉もたくさんの製品が並んでいますが、選ぶときにぜひポイントとしてほしいのが、「フッ素濃度」です。
フッ素に虫歯予防の効果があることは、すでに広く知られていることですが、それはフッ素がもつ優れた抗菌作用が関係しています。
フッ素には、口の中の細菌を弱体化させて増殖をおさえる働きがあるのです。
さらにフッ素は、歯の表面のエナメル質に作用することから、歯を強くする作用もあります。
エナメル質は「ハイドロキシアパタイト」という結晶でできていますが、この結晶には酸に弱いという弱点があります。このため、歯についた虫歯菌が酸を放出すると、歯の表面が溶かされて虫歯になるのです。
フッ素は、このハイドロキシアパタイトという結晶を、酸に強い「フルオロアパタイト」という別の結晶に置き換えてくれます。これによって、歯の表面がより丈夫になり、虫歯になりにくくなるのです。
つまり、フッ素濃度の高い歯磨き粉を使う目的は「歯周病予防」というより、どちらかというと「虫歯予防」にあるわけです。
口の中にはたくさんの細菌が棲みついていること、それらの細菌が共生してバランスが保たれていることは、すでに述べたとおりです。
気をつけなければならないのが、歯周病予防によって歯周病菌が減ると、そのバランスに変動が起き、逆に虫歯菌が増える可能性があるということです。
すなわち、歯周病予防と併せて、フッ素濃度の高い歯磨き粉を使って虫歯予防を積極的に行なっていくことが、口の中全体の健康を維持するために大切なのです。
そもそも、フッ素というのは特殊な化学物質ではなく、自然界に存在するとても身近な物質です。
たとえば肉や魚、野菜など、私たちが日常的に口にしている食物中にもフッ素が含まれていますし、水道水や母乳にもわずかに含まれています。
フッ素に歯を強くする作用があるということは、1940年代にアメリカで行なわれた研究によって明らかにされました。
この研究において、「飲み水にフッ素がたくさん含まれている地域ほど虫歯が少ない」ということが着目され、アメリカではこれを機に、水道水にフッ素が配合されるようになりました。
さらにフッ素濃度の高い歯磨き粉も広く普及したことで、アメリカでは虫歯の患者は大幅に減少したのです。
ところが、その後の健康志向の高まりによって人々が飲み水を購入するようになると、水道水からのフッ素の摂取が減り、虫歯が再び増加してきました。
そこで、最近ではフッ素を錠剤で摂取し、虫歯を予防しようとするムーブメントが起こっています。
日本はどうかというと、フッ素の水道水への添加こそ行なわれていませんが、フッ素の効果についてはすでに認められており、2017年には厚生労働省によって、歯磨き粉のフッ素の配合量の上限が1,000ppmから1,500ppmへと引き上げられました。
最近は市販の歯磨き粉でも、フッ素濃度が高いものが多く出回っていて、市販されている歯磨き粉で最もフッ素濃度が高いのは、1,450ppmあたりです。
購入するときには、この数字をチェックして選んでみてくださいね。
フッ素入りの歯磨き粉をより効果的に使うためのコツは、歯磨き粉をたっぷり使うこと。
そして歯磨き後のうがいを軽めに済ませることです。
これによって口の中にフッ素が残り、予防効果が上がるのです。
同大学卒業後、米国タフツ大学歯学部大学院歯周病科に留学、歯周病専門医を取得。インディアナ大学歯学部にて准教授として教鞭を執る傍ら、同大学院を卒業、学位取得。帰国後、福岡市で船越歯科医院を開業。歯科診療にあたりながら、42年以上にわたり、国内の開業医を対象にした歯周病治療とインプラント治療の卒後研修会を主宰している。歯周病治療とインプラント治療のパイオニア的存在。※画像をクリックするとAmazonに飛びます