iDeCo(個人型確定拠出年金)に加入すると、「厚生年金の受給額が減る」といった話を聞いたことはありませんか。特に掛金の拠出と年金の関係については仕組みが複雑なので、曖昧に覚えている方も多いでしょう。そこで本記事では、厚生年金との関係性を分かりやすくまとめました。

iDeCoに加入しても厚生年金が減ることはない

iDeCoに加入すると厚生年金は減る?受給額を減らさない方法は?
(画像=cassis/stock.adobe.com)

結論から述べると、iDeCoに加入しても厚生年金が減ることはありません。iDeCoの掛金は給料からの天引きではなく、個人資産(貯蓄など)から拠出するため、厚生年金には影響しない仕組みになっています。

しかし、企業型確定拠出年金である企業型DCの場合は、厚生年金が減る可能性があります。

企業型DCに加入すると厚生年金は減る

一方で、企業型確定拠出年金の「企業型DC」に加入すると、厚生年金の受給額は減ってしまいます。ここからは企業型DCと厚生年金の関係性や、受給額が減る理由を解説します。

企業型DCで厚生年金の受給額が減る理由

iDeCoとは違い、企業型DCの掛金は勤め先の給料から天引きされます。このときに「給料が減った」と同じ扱いになるため、厚生年金の受給額は減ってしまいます。どれくらい減るかは個人によりますが、掛金が多いほど受給額の減少幅も大きくなります。

企業型DCで厚生年金の支払いが減る理由

そもそも、企業型DCに加入するとなぜ厚生年金の保険料が減るのでしょうか。この点を理解するには、厚生年金保険料の計算方法を知る必要があります。厚生年金保険料は、標準報酬月額に保険料率を乗じて算出されています。この保険料の計算式は、以下の通りです。

厚生年金保険料=標準報酬月額(※)×18.300% (※)賞与がある場合は「標準賞与額」を用いる。

標準報酬月額とは、1ヵ月の総支給額を28の等級に分けたものです。通常は4~6月の平均支給額の平均で算出し、この標準報酬月額をもとに厚生年金保険料が決められます。

この解説だけでは分かりづらいため、以下では東京都における保険料額表(令和3年度分)の一部を見てみましょう。

等級標準報酬月額報酬月額
(円以上~円未満)
厚生年金保険料
(全額)
厚生年金保険料
(折半額)
17200,000円195,000~210,000円36,600円18,300円
18220,000円210,000~230,000円40,260円20,130円
19240,000円230,000~250,000円43,920円21,960円
20260,000円250,000~270,000円47,580円23,790円
21280,000円270,000~290,000円51,240円25,620円

4~6月の平均支給額(報酬月額)が235,000円の場合は、標準報酬月額が240,000円の19等級にあたります。19等級の厚生年金保険料を見ると、全額は43,920円であるため、被保険者と会社が毎月21,960円ずつ折半することになります。

このように、厚生年金保険料は標準報酬月額が基準となりますが、企業型DCの掛金が給与から天引きされると、その分だけ支給額が減ったものとみなされます。掛金によって標準報酬月額が下がるので、それに伴って厚生年金保険料の支払いも減少します。

企業型DCに加入すると厚生年金はどれくらい減る?

企業型DCに加入すると、実際に厚生年金はどれくらい減るのでしょうか。ここからは2つのパターンに分けて、支払い額・受給額をシミュレーションしていきます。

月収30万円、35歳、60歳で定年、毎月5万円の掛金を拠出(東京都)する場合

まずは、東京都の保険料額表(令和3年分)を参考に、掛金の拠出による厚生年金保険料の変化から見ていきましょう。

等級標準報酬月額報酬月額
(円以上~円未満)
厚生年金保険料
(全額)
厚生年金保険料
(折半額)
20260,000円250,000~270,000円47,580円23,790円
21280,000円270,000~290,000円51,240円25,620円
22300,000円290,000~310,000円54,900円27,450円

企業型DCへの加入前は22等級ですが、掛金を拠出すると報酬月額が50,000円下がるため、20等級になることが分かります。したがって、厚生年金保険料の減額分は以下のように計算ができます。

<厚生年金保険料の減額分>
22等級の折半額-20等級の折半額=厚生年金保険料の減額分
27,450円-23,790円=1ヵ月あたり3,660円

次に、厚生年金の受給額は「報酬比例年金額+経過的加算+加給年金額」で計算されます。このうち、経過的加算と加給年金額は対象外となる人もいるため、今回は考慮しないものとします。

受給額の中心となる報酬比例年金額については、以下のように計算されています。

2003年3月以前:標準報酬月額の平均額×加入月数×7.5/1,000
2003年4月以降:標準報酬月額の平均額×加入月数×5.769/1,000

2005年に22歳で入社してから月給が変わらないものと仮定して、厚生年金の受給額がどのぐらい変化するのかを計算してみましょう。

<企業型DCに加入しない場合>
標準報酬月額の平均額×加入月数×5.769/1,000=受給額
30万円×(12ヵ月×38年間)×5.769/1,000=年間78.9万円

<企業型DCに加入する場合>
以下は、13年間は企業型DC未加入、25年間は企業型DCに加入で計算。

{(13年間×30万円+25年間×26万円)÷38年間}×加入月数×5.769/1,000=受給額
27.3万円×(12ヵ月×38年間)×5.769/1,000=年間71.8万円

<企業型DCに加入した場合、いくら受給額が減ったのか>
78.9万円―71.8万円=7.1万円

上記の通り、企業型DCに加入したことで受給額は年間7.1万円ほど減りました。

月収50万円、45歳、65歳で定年、毎月5万円の掛金を拠出(東京都)する場合

こちらのパターンも同じ流れで、厚生年金の支払い額・受給額をシミュレーションしてみましょう。まずは、保険料額表から保険料の変化を見ていきます。

等級標準報酬月額報酬月額
(円以上~円未満)
厚生年金保険料(全額)厚生年金保険料(折半額)
25440,000円425,000~455,000円80,520円40,260円
26470,000円455,000~485,000円86,010円43,005円
27500,000円485,000~515,000円91,500円45,750円

<厚生年金保険料の減額分>
27等級の折半額-25等級の折半額=厚生年金保険料の減額分
45,750円-40,260円=1ヵ月あたり5,490円

次に、2005年に20歳で入社してから月給が変わらないものとして、厚生年金の受給額を計算してみます。

<企業型DCに加入しない場合>
標準報酬月額の平均額×加入月数×5.769/1,000=受給額
50万円×480ヵ月(※)×5.769/1,000=年間138.4万円

(※)厚生年金の上限加入月数。

<企業型DCに加入する場合>
以下は、25年間は企業型DC未加入、20年間は企業型DCに加入で計算。

{(25年間×50万円+20年間×44万円)÷45年間}×加入月数×5.769/1,000=受給額
47.3万円×480ヵ月×5.769/1,000=年間130.9万円

<企業型DCに加入した場合、いくら受給額が減ったのか>
138.4万円―130.9万円=7.5万円

こちらのパターンでも、企業型DCへの加入によって受給額が年間7.5万円ほど減りました。

会社員がiDeCoと企業型DCを選ぶ際の基準

会社員が確定拠出年金に加入する場合は、iDeCoと企業型DCのどちらを選べば良いのでしょうか。ここからは、確定拠出年金のタイプを選ぶ基準について解説します。

基準1.企業型DCで運用したい金融商品があるか

企業型DCの対象商品は、会社から委託を受けた金融機関で取り扱われている銘柄です。加入者自身では金融機関を選べないため、運用したい銘柄が見当たらないかもしれません。 商品によってリスクは変わるので、「目当ての銘柄を取引できるか」は事前に確認しておきましょう。

基準2.月収の大きさ

標準報酬月額が65万円を超えると、厚生年金の等級や保険料は変動しなくなります。 そのため、多くの月収を受け取っている方は、掛金上限額が多い企業型DCを選ぶことで節税効果が高まります。 月収から掛金を差し引いたときに等級が下がる場合は、厚生年金の支払い額・受給額が減少します。

基準3.転職が多い

企業型DCに加入している方が転職をする場合、運用資産を6ヵ月放置すると国民年金基金連合会に移管されます。期限までに転職先の企業型DCに切り替えれば、この自動移管を防ぐことはできますが、企業型DCの切り替えでは所定の手続きが必要です。

この手続きが面倒に感じる方は、最初からiDeCoに加入することを検討してみましょう。

基準4.手数料の違い

手数料の面から考えると、会社員にとっては企業型DCのほうが最適でしょう。企業型DCでは、加入時手数料や運営管理機関手数料などが原則会社負担なので、支出を抑えながら老後資金を蓄えられます。

基準5.年金の受給額を減らしたくない

前述の通り、企業型DCの掛金によって厚生年金保険料が減ると、将来受け取れる年金が減ってしまいます。年金の受給額を減らしたくない方は、厚生年金に影響しないiDeCoへの加入を検討しましょう。

企業型DCを選ぶメリット・デメリット

最近では、退職金や給与等を前払いで受け取るか、企業型DCに拠出するかを選べる会社もあります。この仕組みは「選択制確定拠出年金(選択制企業型DC)」と呼ばれますが、会社員にはどのようなメリット・デメリットがあるのでしょうか。

企業型DCを選ぶメリット

企業型DCには節税効果があり、以下のタイミングで所得控除や非課税措置を受けられます。

<企業型DCの節税効果>
拠出時:全ての掛金が所得控除の対象になる(※)。
運用時:全ての運用益が非課税になる。
給付時:一時金には退職所得控除、年金には公的年金等控除が適用される。
(※)マッチング拠出を利用して、従業員自身が掛金を負担した場合。

企業型DCには拠出時・運用時・給付時の税制優遇があるため、効率的に資産を形成できる可能性があります。

企業型DCを選ぶデメリット

企業型DCで積み立てた資産は、原則60歳になるまで受給できません。退職金や給与とは違い、自由に使えるお金とはならないので、慎重に利用を検討する必要があります。

また、前述の通り厚生年金の受給額が減ってしまうリスクにも注意が必要です。 加入前には支払い額と受給額をシミュレーションし、どれくらいの金額になるのかを確認しておきましょう。

iDeCoで資産運用を行う際の注意点

ここまで企業型DCのリスクを解説しましたが、iDeCoにも資産運用を行う際の注意点があります。実際には、何に注意したら良いのでしょうか。

注意点1.元本割れのリスクがある

iDeCoの対象商品には、「元本変動型」と「元本確保型」があります。 このうち、元本変動型は投資信託にあたるため、銘柄の選び方によっては元本割れのリスクがあります。定期預金や保険などの元本確保型についても、リターンが少ないと手数料で赤字になることがあるので、運用商品は慎重に選びましょう。

注意点2.職業によって掛金限度額が変わる

iDeCoで拠出できる掛金は、職業によって上限額が異なります。例えば、自営業者の上限額は毎月68,000円ですが、確定給付型や企業型DCに加入している会社員や公務員は毎月12,000円までしか拠出できません。

注意点3.金融機関を選ぶ必要がある

iDeCoでは、加入者個人が利用する金融機関を選ぶ必要があります。金融機関によって取扱銘柄や手数料は異なるため 、加入前には情報収集や比較が欠かせません。金融機関を変更すると移管時手数料がかかってしまう ので、目的に合った口座の開設先を見つけてから加入手続きをしましょう。

企業型DCの加入前には厚生年金の減少幅を確認しよう

iDeCoで厚生年金が減ることはありませんが、企業型DCには将来の受給額が減ってしまう可能性があります。収入によっては受給額が減らない場合もあるので、本記事のようにシミュレーションを行なってみましょう。

※税務の詳細はお近くの税理士や公認会計士にご相談ください。
※本記事は投資に関わる基礎知識を解説することを目的としており、投資を推奨するものではありません。

(提供:Wealth Road