RE100、SBT、温対法など、さまざまな環境用語を理解するために最初に押さえておくべき言葉がGHGプロトコルです。GHGプロトコルの「Scope(スコープ)」と呼ばれる考え方は、現代企業の環境保護活動に求められるスタンスを端的に表しています。
目次
GHGプロトコルとは?
近年、SDGsやカーボンニュートラルの必要性が叫ばれるなか、「Scope(スコープ)」という用語を目にする機会が増えました。この言葉の起源となっているのが、GHG(ジーエイチジー)プロトコルです。
GHGプロトコルの概要は、以下の3点を知ることで理解できます。
- 温室効果ガス排出量の算定・報告に関する世界的基準
- サプライチェーン内の排出量にも目を向けている
- 環境省が基本ガイドラインを公開している
温室効果ガス排出量の算定・報告に関する世界的基準
GHGプロトコルは、温室効果ガス(GHG:Greenhouse Gas)排出量の算定・報告に関する世界的な基準です。GHGに関する取り決め・協定(Protocol)であり、そのまま「GHGプロトコル」と呼ばれています。
GHGプロトコルは、「オープンで包括的なプロセスを通じて、国際的に認められたGHG排出量の算定と報告の基準を開発し、利用の促進を図ること(引用:環境省「温室効果ガス(GHG)プロトコル(~事業者の排出量算定及び報告に関する標準~)」を目的に、2011年10月に策定されました。
策定を担ったのはGHGプロトコルイニシアチブと呼ばれる、世界資源研究所と世界経済人会議により設立された団体です。同団体の活動には各国企業・NGO・政府なども参加しています。
そのため、GHGプロトコルは国際的な協調から生まれた信頼できる基準として、さまざまな環境保護活動の基礎として活用されています。
サプライチェーン内の排出量にも目を向けたもの
GHGプロトコルの最大の特徴は、自社以外が出す温室効果ガス、すなわち「サプライチェーン排出量」にも目を向けていることです。サプライチェーンとは、原料の調達から消費者の手に触れるまで、自社製品の製造から販売にまつわる流れ全般を意味します。
GHGプロトコルでは、後述するScopeにより、原料の仕入れ先や製品の卸先など、自社の上流・下流の温室効果ガス排出量まで検討します。取引先に負担を押し付けて自社はクリーンだと主張することが困難な仕組みです。
それにより社会問題の一つである「グリーンウォッシュ(環境保護活動に取り組んでいるかのように見せかけること)」を防ぎやすいことも、GHGプロトコルが浸透した理由でしょう。
環境省が基本ガイドラインを公開している
前述の通り、GHGプロトコルは海外で誕生したものですが、日本では環境省が「サプライチェーンを通じた温室効果ガス排出量算定に関する 基本ガイドライン」を公開しています。単なる翻訳ではなく、Scopeの考え方を尊重しつつ、日本の実態も踏まえて国内向けに調整されたもので、現在(2023年2月)は、2022年3月に公開されたver2.4が最新です。この記事もその基本ガイドラインに準拠する形でGHGプロトコルの解説を進めています。
環境省 サプライチェーンを通じた温室効果ガス排出量算定に関する 基本ガイドライン ver2.4
GHGプロトコルは3つの「Scope(スコープ)」からなる
GHGプロトコルの根幹となる要素が「Scope(スコープ)」です。GHGプロトコルでは、温室効果ガス排出量を、その出し手や特徴に応じて以下の3つのScopeに分類します。
Scope1:自社の直接排出
Scope2:自社の間接排出
Scope3:他社の排出
上記の分類は「Scope3基準」と呼ばれ、後発の環境関連用語やイニシアチブで採用されています。このScopeの理解こそがGHGプロトコルの主題といっても過言ではありません。
Scope1:自社の直接排出
Scope1は、燃料の消費や工場での生産から発生するものなど、自社が直接的に排出する温室効果ガスです。自社所有の自家用乗用車の走行で生まれる温室効果ガスなどもScope1に分類されます。
注意すべきは、GHGプロトコルにおけるScope1ではグループ会社の活動も一定の割合で自社に含まれる点です。完全な別企業の扱いにはできません。
割合の算出にあたっては「出資比率(株式持分)」もしくは「支配力(財務面あるいは経営面から見た権限の強さ)」が基準とされます。
Scope2:自社の間接排出
Scope2は、自社が購入した熱や電力を使うことで生まれた温室効果ガスの排出量です。例えば、石炭から発電された電気を使った際には、「石炭の燃焼による発電→送電→自社での使用」の過程で生まれる温室効果ガス排出量がScope2とみなされます。
少し複雑ですが、「自社の使用する熱や電力を用意するためにどれだけの温室効果ガスが排出されたか」はScope2には含まれません。上記の石炭の例でいえば、石炭の採掘や運搬にまつわる温室効果ガスはScope2ではなく、次のScope3の一種に分類されます。
Scope3:他社の排出
Scope3は、自社活動の上流や下流で取引先が排出した温室効果ガスです。Scope1やScope2と異なり、Scope3はさらに15の下位カテゴリに分類されています。
Scope3カテゴリ | 該当する活動(例) |
---|---|
1 購入した製品・サービス | 原材料の調達、パッケージングの外部委託、消耗品の調達 |
2 資本財 | 生産設備の増設(複数年にわたり建設・製造されている場合には、建設・製造が終了した最終年に計上) |
3 Scope1,2に含まれない 燃料及びエネルギー活動 | 調達している燃料の上流工程(採掘、精製等) 調達している電力の上流工程(発電に使用する燃料の採掘、精製等) |
4 輸送、配送(上流) | 調達物流、横持物流、出荷物流(自社が荷主) |
5 事業から出る廃棄物 | 廃棄物(有価のものは除く)の自社以外での輸送(※1)、処理 |
6 出張 | 従業員の出張 |
7 雇用者の通勤 | 従業員の通勤 |
8 リース資産(上流) | 自社が賃借しているリース資産の稼働 (算定・報告・公表制度では、Scope1,2 に計上するため、該当なしのケースが大半) |
9 輸送、配送(下流) | 出荷輸送(自社が荷主の輸送以降)、倉庫での保管、小売店での販売 |
10 販売した製品の加工 | 事業者による中間製品の加工 |
11 販売した製品の使用 | 使用者による製品の使用 |
12 販売した製品の廃棄 | 使用者による製品の廃棄時の輸送(※2)、処理 |
13 リース資産(下流) | 自社が賃貸事業者として所有し、他者に賃貸しているリース資産の稼働 |
14 フランチャイズ | 自社が主宰するフランチャイズの加盟者のScope1,2 に該当する活動 |
15 投資 | 株式投資、債券投資、プロジェクトファイナンスなどの運用 |
その他(任意) | 従業員や消費者の日常生活 |
この15のカテゴリでは、サプライチェーン内の活動で想定される温室効果ガス排出量が網羅的に指定されています。先ほどの石炭採掘の例は、上記「3 Scope1,2に含まれない燃料及びエネルギー活動」に分類されます。
GHGプロトコルに取り組むべき理由&メリット
続いて、企業がGHGプロトコルに取り組むべき理由と期待できるメリットを見ていきましょう。
削減対象の明確化ができる
GHGプロトコルへの取り組みを通じて、企業は温室効果ガスの排出量をフェーズごとに確認できます。
どのアクションで温室効果ガス排出量が多いのか、削減しやすいポイントはどこかなどが数値として把握できます。結果、直感や印象に左右されない客観的数値に基づく削減行動が取れるようになります。
効果の少ない環境保護活動を行うことは、単に無駄が多いだけでなく、グリーンウォッシュとみなされるリスクを秘めています。削除対象の明確化は、企業が風評被害を避けることにもつながるでしょう。
他社との連携が生まれる
前述の通り、GHGプロトコルでは、自社の行動に加えてサプライチェーン内の温室効果ガス排出量も明らかにできます。そのため、取引先との連携した削減行動も実践しやすくなります。
例えば、自社製品の運搬に関わる温室効果ガス排出量に問題があると判明した場合、GHGプロトコルで算出した数値を根拠に梱包(こんぽう)材の仕入れ先に協業を求めることができます。どのような梱包材が良いか、より良い別の梱包方法はないかなど、共に解決策を探っていけるでしょう。自社単独では不可能な温室効果ガス削減策まで実践できるのが、GHGプロトコルの強みです。
有力なイニシアチブへの参加・賛同ができる
GHGプロトコルへの取り組みは、後述するSBTなどの環境問題に関する有力なイニシアチブへの参加・賛同に役立ちます。GHGプロトコルのScopeは、このようなイニシアチブの基準にも採用されているためです。
また、Scopeを基準に採用していないイニシアチブに対しても、世界的水準であるGHGプロトコルを尊重した企業だとアピールすることは有利に働くでしょう。GHGプロトコルは、自社が環境保護活動に乗り出す際に使用する最初の基準にも適しています。
ステークホルダーへの情報開示が容易になる
ステークホルダーに対して自社の環境保護活動に関する情報開示をしやすくなる点も、GHGプロトコルの魅力です。
後述する事例のように、大企業の中にはScopeごとの温室効果ガス排出量を公式サイトで明示する会社も登場しています。環境保護活動にまつわる情報の開示は、ESG投資につながったり、消費者からの共感・信頼を獲得できたりと、企業活動に有利に働きます。
有力なイニシアチブへ賛同・参加した事実も含めて、GHGプロトコルの活用は「環境保護に積極的な企業である」と受け入れてもらうことに役立つでしょう。
GHGプロトコルと関連用語の違い
GHGプロトコルには、混同されがちな関連用語がいくつかあります。その違いを見ていきましょう。
RE100との違い
RE100(Renewable Energy 100%)は、企業の消費電力にまつわるイニシアチブです。「企業が自らの事業の使用電力を100%再エネで賄うこと(引用:環境省「環境省RE100の取組)」を目標としており、2018年6月に環境省が世界で初めて公的機関としてのアンバサダーになるなど、日本が力を入れているイニシアチブとして知られています。
GHGプロトコルとの違いは、RE100は温室効果ガスではなく電力(エネルギー)が主題である点です。環境保護を目指す内容であることは共通していますが、アプローチが異なります。
パリ協定との違い
パリ協定は、2015年に国連会議(国連気候変動枠組条約締約国会議:COP)で誕生した、地球温暖化を防ぐための国際的な枠組み(目標)です。2020年以降の気候変動について定められており、「京都議定書」の後継にあたります。
GHGプロトコルが環境保護活動の指針(報告や算定の基準)であるのに対して、パリ協定は純粋な目標です。具体的には「世界的な平均気温上昇を産業革命以前に比べて2度より十分低く保つとともに、1.5度に抑える努力を追求すること(引用:資源エネルギー庁「今さら聞けない「パリ協定」)」を目指しており、すべての国がこの目標を達成することを求めています。
SBTとの違い
SBT(Science-Based Targets:科学的根拠に基づく目標)は、前述のパリ協定から誕生した温室効果ガス削減の目標・イニシアチブです。
参加企業には、申請年の5年~10年先に「パリ協定の基準である2度(もしくは1.5度)以下の気温上昇に則した量の温室効果ガス排出量削減を達成すること」が求められています。この排出量の算定・報告の形式に、GHGプロトコルのScopeが活用されています。
温対法(地球温暖化対策の推進に関する法律)との違い
温対法(地球温暖化対策の推進に関する法律)は、その名の通り地球温暖化に対する対策を進めるための日本の法律です。
施行は1998年で、社会情勢に応じて改正が進められ、直近では2022年にも脱炭素社会の実現をサポートする方向で変更が加えられました。法文では国や地方公共団体、事業者や国民の責務に関する言及があります。
GHGプロトコルは法律ではないため、温対法とは立場が異なります。また、温室効果ガスの排出量の計算方法や取り扱い方法など、実務における専門的な部分にも差異があります。
ISO14064との違い
ISO14064は、GHGプロトコルを参考に誕生した温室効果ガスの排出量算定・報告のための国際規格です。厳密には「国際的に統一なGHG算定のルール、検証のルール、検証機関に対する要求事項に関する枠組みを提供するもの(引用:環境省「温室効果ガス排出量の算定と検証について(ISO14064, 14065関連)」)」と位置付けられています。
ISO14064は3つのパートで構成されており、それぞれの内容は以下の通りです。
ISO14064-1:組織(企業や工場等)におけるGHG算定のルールを定めたもの
ISO14064-2:プロジェクトによる排出削減・吸収量算定のルールを定めたもの
ISO14064-3:GHG算定の妥当性確認・検証に関するルールを定めたもの
(引用:環境省「温室効果ガス排出量の算定と検証について(ISO14064, 14065関連)」)
すなわち、GHGプロトコルを補佐するための存在(使用者によって計算に差異が出にくくするためのもの)がISO14064です。
LCA(ライフサイクルアセスメント)との違い
LCA(Life Cycle Assessment:ライフサイクルアセスメント)は、原料調達から消費者による使用後の廃棄・リサイクルまで、製品の一生の中で生じる環境負荷を測定する手法です。ISO14040~ISO14043にて分析や解釈の規格が定められています。GHGプロトコルのサプライチェーン排出量の概念と思想が似ており、両者とも自社以外が生じさせた環境負荷にも目を向けています。
最大の違いは、測定する要素の数です。GHGプロトコルは温室効果ガスについての指針ですが、LCAではオゾン生成量・酸性化・水消費量といったより広範な要素を測定します。
GHGプロトコルによる「サプライチェーン排出量」算定の流れ
では、環境省の基本ガイドラインも参考に、GHGプロトコルでサプライチェーン排出量を算定する際の流れを見ていきましょう。算定は、大きく以下の4つのSTEPで行われます。
STEP1:算定目的を設定する
STEP2:算定対象範囲を設定する
STEP3:Scope3(カテゴリ)を分類する
STEP4:データの収集および計算
なお現時点では、後述する「排出原単位」を使った方法が主流ですが、一次データを使うべきだとする風潮も強まりつつあります。2024年3月に環境省が一次データを尊重する新たな方針を公開するともいわれており、今後の情報のキャッチアップが必要です。
STEP1:算定目的を設定する
GHGプロトコルの活用にあたってまず行うべきは、算定目的の設定です。サプライチェーン排出量の全体像を確認したいのか、ステークホルダーへの情報公開目的なのかなど主目的を定めましょう。
例えば、「全体像の確認であれば数値精度よりもカバー率にこだわる」「情報公開目的なら信頼性をアピールするために第三者機関に依頼する」など、目的により力を入れるべきポイントは変わります。算定目的と留意点の例は環境省のガイドパンフレット(p7)でも公開されています。自社がもっとも当てはまるものはどれか、事前に検討してみてください。
STEP2:算定対象範囲を確認する
目的の次は、GHGプロトコルによる算定対象の範囲をあらためて確認します。理解しておくべき範囲は以下の通りです。
温室効果ガス:エネルギー起源CO2、一酸化二窒素、メタンなど対象となる温室効果ガスの種類
組織的範囲:自社グループ会社(部門・事業所。割合も含む)、Scope3に該当する事業者名
地理的範囲:国内のみならず海外も対象
時間的範囲:1年間の事業活動に係るサプライチェーン排出(※ただし、Scope3事業者の年度は異なる可能性あり)
(出典:環境省「サプライチェーン排出量算定の考え方」を参考に作成)
すなわち、この後のデータ収集のために「どこからどこまでの温室効果ガス排出量の情報が必要なのか」を明らかにする手順となります。
STEP3:Scope3(カテゴリ)を分類する
続いて、現時点で想定し得るScope3の排出について、前述の15カテゴリのいずれがふさわしいか分類します。
自社への輸送であれば「4 輸送、配送(上流)」、自社からの輸送であれば「9輸送、配送(下流)」など、ひと口に「Scope3」といってもそのカテゴリは複雑です。
高精度なデータ収集と計算を進めるためには、GHGプロトコルのカテゴリ分けを明確に理解しておく必要があります。こちらも環境省のガイドラインやパンフレットにて目安例が公開されています。
STEP4:データの収集および計算
カテゴリの分類後は、いよいよデータの収集と計算です。取引先に排出量の情報を求め、自社情報と合わせてScopeやカテゴリ別の総量を計算します。
しかし実際には、取引先から情報提供を受けることが困難な場合もあるでしょう。そのような時には、環境省の公開する「排出原単位」により、「この燃料を使ったこの行為なら1トンあたり○○キロの温室効果ガスが出ているはず」などと推定することが可能です。
環境省 排出原単位データベース
排出原単位と自社の情報(例:取引量や取引金額)を組み合わせることで、取引先の排出量を予想できます。ただし前述の通り、より信頼性を高めるために一次データを採用すべきという風潮もあり、今後の動向に注意は必要です。
GHGプロトコルによる算定結果の企業の報告例
最後に、GHGプロトコルの算定結果を公表している企業の事例を紹介します。
大鵬薬品
「チオビタ」や「ソルマック」などの栄養ドリンクで有名な大鵬薬品は、 2015年からGHGプロトコルのScope3基準に基づき、温室効果ガスの排出量を算定しています。以下の通り、公式サイトにてカラフルな図表付きで各Scopeの排出量を公開済みです。
あわせて、Web会議の推進による出張の削減、容器・包装の工夫など、自社の環境保護への取り組みもアピールしています。
旭化成グループ
マテリアル・住宅・ヘルスケアの3分野を展開する旭化成グループもGHGプロトコルへの取り組みに積極的な企業です。カーボンニュートラルへのコミットと自社方針を公開しており、2050年までに400万トンもの温室効果ガス排出量を削減すると目標を掲げています。
公式ページでは、棒グラフや円グラフを用いて視覚的にわかりやすい形でサプライチェーン排出量を公開しています。このような、最終的に相手の可読性を考慮した形で公開することも、GHGプロトコルの活用で忘れずに覚えておきたいポイントです。
GHGプロトコルへの取り組みは現代企業にとって喫緊の課題
この記事では、GHGプロトコルについて、概要と関連用語との違い、取り組むべき理由とメリット、算出の流れや企業事例などを紹介しました。
GHGプロトコルに登場する「Scope」の概念は、ほかの環境関連の言葉を理解するうえで非常に重要です。自社のみならず、取引先の温室効果ガス排出量(Scope3)にまで目を向けた概念だと覚えておきましょう。
2030年が達成期限のSDGsも注目される中、企業にとってGHGプロトコルへの取り組みは必須ともいえる課題です。「自然を軽視する企業」といったような風評被害を受けないために、速やかな活動が求められています。
(提供:Koto Online)