近年、経済産業省は時に「電力需給逼迫(ひっぱく)警報」を発令することがあります。そこからは全国的な節電への対応意識が高まっている傾向が見て取れます。そのため資源エネルギー庁は、電力需給における「需要に対する予備率」の見通しを発表しています。
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これを見ると、ある年の東京の予備率は、7月は 3.3%、8月は4.2%、9月は4.4%となっています。これらの数値が表しているものは、10年に1度あるかないかという異例の暑さや寒さを想定した場合の需要に対して、安定供給できる必要最低限の数値に近づいているという事です。安定供給に必要な予備率は、最低でも3%の確保となっています。2023年の夏季(7月〜9月)に関して東京の場合は、安定供給の最低ラインに近い3%〜4%台と予測されています。
電力不足は、日本総研の「経済・政策レポート」によると、原子力発電所の稼働停止や火力発電の供給能力低下が大きな要因と判断している状況です。国際貿易投資研究所(ITI)による「世界経済評論IMPACT」では、首相や経済産業相の2023年の夏季と冬季に7基の原子力発電を再稼働するという発言が記されています。発言の真意は不明ですが、今後は電力不足を念頭に考えなければなりません。
そこで注目されるのが2017年より始まっているネガワット取引です。ネガワット取引は、電力消費者が節電して余剰となった電力で取引します。
今回は、ネガワット取引の仕組みについて解説します。ネガワットを知る上で理解が必要となるアグリゲーターやVPP、DRなどの意味も説明していきます。
ネガワット取引の概念
従来の電力システムは、需要に対して供給を行う仕組みが一般的でした。しかし、東日本大震災による電力需給のひっ迫を経験したことで、電力の需給バランスを意識したエネルギー管理の必要性が高くなってきました。
近年、再生可能エネルギーとして太陽光発電や風力発電を導入する事業者も増えてきましたが、天候など自然環境の変化に左右されるため、供給量の制御まで管理できない課題が発覚しています。そこで需要家(電気・ガス・水道などを利用する消費者)側では、分散型のエネルギーリソースを活用した供給量の調整に向く動きも見えています。
分散型エネルギーリソースの需給に活用する手段のひとつ
ネガワットは、分散型エネルギーリソースの需給に活用する手段としても考えられます。
分散型エネルギーリソース | ・コージェネレーション(熱電供給):天然ガスや石油、LPガスなどを燃料に発電し廃熱も同時に回収する仕組み
・コージェネレーション採用システム:太陽光発電や家庭用蓄電池など |
蓄電池:充電を行ってくり返し使用する2次電池のこと | |
電気自動車(EV):充電したバッテリーから供給された電流で電動モーターを回転させて走行する自動車 | |
ネガワット(節電により余剰となった電力):需要家が節約することで余剰となった電力と発電を同等にあつかう考え方 |
分散型エネルギーリソースとして登場してくるネガワットは、ネガティブ(負)と電力(ワット)をつなぎ合わせた造語として使われました。そのネガティブワットを短縮してネガワットと呼ばれています。ネガワットの対義語には、ポジティブ(正)な電力(ワット)となるポジワット(またはメガワット)があります。ポジワットは、節電とは真逆の電力を消費することです。
資源エネルギー庁によるネガワットの定義
資源エネルギー庁の公開している「政策について」によると、新エネルギーシステムの政策としてネガワット取引を次のように定義しています。
ネガワット取引は、アグリゲーターなどと交わす事前契約を基準にした、電気のピーク需要のタイミングで節電するインセンティブ型の「下げDR(ディマンド・リスポンス)」のことです。
アグリゲーター
ネガワット取引を知る上で重要な役割を持つのがアグリゲーターです。アグリゲーターは、需要家と電力会社の間で、電力需給を管理する立場の事業者をあらわします。需要家のエネルギーを最大限に調整する特定卸供給事業者です。別の表現では、電力の需給バランスを調整する司令塔の役割を持っています。先述した分散型エネルギーリソースの項で触れたように、エネルギーリソースの需給バランスのカギを握っている事業者がアグリゲーターです。
アグリゲーターは、IoT技術を活用して需要家が節電により生み出した余剰電力を束ねて(アグリゲーション)、遠隔から統合管理します。節電により余剰となった電力がネガワットと呼ばれ、ネガワットを活用した取引がネガワット取引です。アグリゲーターには、2つの役割があります。
アグリゲーターの役割 | 役割の内容 |
アグリゲート(束ねる)する | 需要家ごとのエネルギーリソースをアグリゲートと電力需要の調整
|
依頼 | 需要家の状況に沿って下げDRの依頼を実行需要家の設備規模や状況に沿ってDRを最適化
|
アグリゲーターは、2種類に分けられそれぞれの特徴を持ってエネルギーリソースを制御します。
リソースアグリゲーター | 需要家とVPPサービスの契約を直接交わす特定卸供給事業者 |
アグリゲーションコーディネーター | リソースアグリゲーターによる制御でアグリゲーションされた電力を一般送配電事業者や小売り事業者と直接取引する特定卸供給事業者 |
アグリゲーターは、どちらかに限定されるわけではなく、どちらの要素も持っている場合もあります。
DR(ディマンド・リスポンス)
DRは、需要家が節電した余剰エネルギーを制御して、電力需要のパターンを変化させる行為に該当します。DRの制御は、2つのパターンで変化を判断します。
- 上げDR:需要を創出すること
- 下げDR:需要を抑制すること
先ほども触れたネガワット取引は、インセンティブ型の下げDRです。インセンティブ型は、事業者の要請により需要を抑える役割を持っています。電気料金の設定に組み込まれる型が電力料金型です。
電力広域的運営推進機関が2022年10月に公開している「ネガワット取引(直接協議スキーム)に関する説明会」では、「上げDR(電力料金型)」を定義しています。電力料金型のDRは、ピーク時に電気料金を値上げします。その行為により各家庭や事業者は、電力需要の抑制を受ける仕組みです。その仕組みから次のメリット・デメリットが考えられます。
- メリット:比較的簡単に取り組めるため広範囲で適用可能
- デメリット:需要家の反応次第になるため効果が不確実
VPP(バーチャル・パワー・プラント)
VPPは、需要家側の提供する余剰電力とは別に、電力設備に接続されている発電システムや蓄電システムの保有者がアグリゲーションしているプランとのことです。別な表現では、仮想空間上の発電所同等の機能を持つプラントとも言えます。つまり、需要家やリソースエネルギーを資源とする事業者を、仮想空間上で取引できるシステムともいえます。VPP・DRの参加対象者は、事業者や一般家庭需要家です。
ネガワット取引の流れ
資源エネルギー庁が公開している「政策について」では、ネガワット取引の流れを次のように解説しています。
ネガワット取引の流れ | ||
依頼の流れ | 電力会社からアグリゲーターなどへ | 依頼を受ける |
アグリゲーターなどから需要家へ | 需要家に依頼する | |
電気の流れ | 需要家からアグリゲーターなどへ | 需要家から需要抑制量をアグリゲートする |
アグリゲーターなどから電力会社へ | 電力会社へ需要抑制量を提供する | |
報酬の流れ | 電力会社からアグリゲーターへ | 電力会社から報酬をもらう |
アグリゲーターから需要家などへ | 需要家に報酬を支払う |
※アグリゲーター(特定卸供給事業者)などと表現する理由は電力会社がアグリゲーターを兼務する可能性もあるから
- 電力会社:一般送配電事業者・小売り電気事業者
- 需要家:企業。家庭
ネガワット取引は、需要家の需要を抑制することで得る電力量(節電)が取引の対象です。その電力量を需要家が発電した電力量と同等の価値と判断します。この取引の特徴から取引の流れが成り立っています。
ネガワット取引のメリット
ネガワット取引のメリットは、アグリゲーターと交わした契約により確実に効果を得られる点が考えられます。ENECHANGE株式会社の運営する「エネチェンジ」では、電力事業者が保有する発電設備をネガワット取引で代替できることにより電力設備の適性が図れると示しています。
電力設備の適正化は、温室効果ガスの削減や電力料金の引き下げにも貢献すると考えられるからです。一般社団法人日本卸電力取引所(JEPX)における取引が活性化してくれば、取引量の増加は市場価格の適正な下げを期待できます。
ネガワット取引により得られる需要家のメリット
ネガワット取引がもたらすメリットは、需要家にとって電気料金を抑えられるだけではありません。他にも節電のメリットがあります。資源エネルギー庁の公開している「政策について」で紹介している需要家のメリットは次のとおりです。
種類 | 概要 | |
kW(容量)報酬 | 特徴 | 下げDR(需要を抑制)は、契約で決められた時期・時間帯であればいつでもDR発動が可能 |
考慮事項 | DR発動に対応できる体制づくりが必要 | |
メリット | 実際のDR発動の有無に関係なく需要抑制可能な容量(kW)を基準とした報酬が支払われる | |
kWh(電力量)報酬 | メリット | 下げDRを基準に削減された電力量(kWh)から算出されて報酬が支払われる |
ネガワット取引は、需要家にとって容量と電力量の2つの面でメリットを得られます。その際、ネガワット取引ではアグリゲーターを介在させているため、両者間の契約によって報酬が決まる点に注意が必要です。
ネガワット取引のデメリット
ネガワット取引は、事業者にとって手間が掛かることがデメリットです。手間が掛かるため、小口の需要家との取引が困難になる可能性があります。
ネガワット取引によるDRへの参加は、必ずしも大きな報酬が見込めるわけではありません。その理由は、DRの設備規模が小さければ得られる報酬も想定した報酬額に到達しないからです。また、DRの節電要請に応じられなければ、報酬の減額も考えられます。その点も把握しておきましょう。
ネガワット取引の今後
ネガワット取引は、電力会社と需要家の間で実行される取引ではありません。電力会社と需要家の間に第三者のアグリゲーターが間に入ることで取引をする対象範囲が広がります。資源エネルギー庁の公開している「ネガワット取引の現状と今後」によると、海外のネガワット取引の状況は2016年の時点で、米国PJM(北東部3州)の取引量で1,300万kWとなる500億円を超える規模とのことです。
国内のネガワット取引は、市場規模の予想で2030年に100億円規模と予想されています。この見解は、富士経済研究所の「デマンドレスポンス関連市場調査」の予測ですが、社会情勢の変化の影響による見通しでは定かではありません。
ネガワット取引の類型について
ネガワット取引には、いくつかの種類とタイプがあります。電力広域的運営推進機関の「ネガワット取引(直接協議スキーム)に関する説明会」によると、ネガワット取引の類型種類は以下のとおりです。
類型 | 仕組み | 取引の流れ |
類型1① | 小売り事業者が電力需給の同時同量達成を目的として自社の契約する需要家の需要削減量をコントロールする仕組み | 発電所⇔小売り事業者⇔アグリゲーター⇔需要家 |
類型1② | 小売り事業者が電力需給の同時同量達成を目的として他社と契約する需要家の需要削減量をコントロールする仕組み | 他社小売り事業者⇔アグリゲーター⇔需要家 |
類型2① | 系統運用者(送電設備ごとに接続容量の上限があることから、申し込み順で容量が制限される系統で契約する事業者)が需要削減量のコントロールを調整力にする仕組み | 系統運用者⇔アグリゲーター⇔小売り事業者⇔需要家 |
類型1②の仕組みにもとづいた取引市場は、ネガワット取引市場として2017年より始まっています。
ネガワット取引3つの取引スキーム
ネガワット取引には、取引の形態が異なることで取引スキームも3つに分けられます。2017年のネガワット取引市場が始まったことから、以下の3つの取引スキームが実施されました。
- 直接協議
- 確定数量契約
- 第三者仲介
それぞれのスキームは、2020年4月に北陸電力送配電株式会社が公開している「需要抑制量調整供給説明資料」で次のように示しています。
直接協議
直接協議は、ネガワット市場の開始から先行して実施されているスキームです。取引の仕組みは次の構成になっています。
- 小売り事業者とネガワット事業者間でネガワット調整金契約をもとに「直接協議」
- ネガワット事業者は需要家との間でネガワット契約
- 需要家は小売り事業者との間で受給契約
直接協議は、上記の契約関係で成り立っているスキームです。売上補填額の適切性の確保を目的とします。
確定数量契約
確定数量契約は、小売り事業者とネガワット事業者間で協議の省略ができる契約です。取引は、次の仕組みで成り立っています。
- 小売り事業者は需要家と事前に定めた電気供給量で「確定数量契約」
- ネガワット事業者は需要家との間でネガワット契約
確定数量契約は、先ほどの直接協議の契約のない2方向の契約が特徴です。事前に定めた電気供給量で契約するため、ネガワットの自由な利用ができます。
第三者仲介
第三者仲介は、協議の手続きを第三者が行うスキームです。取引は、関わる関係者が増えてきます。
- 小売り事業者と第三者の間で契約・手続きを仲介
- 小売り事業者と一般社団法人日本卸電力取引所(JEPX)の間でネガワット調整金清算を実施
- 一般社団法人日本卸電力取引所とネガワット事業者の間でネガワット調整金清算を実施
- 第三者とネガワット事業者の間で契約手続きなどを仲介
- ネガワット事業者と需要家の間でネガワット契約
- 需要家と小売り事業者の間で受給契約
第三者仲介は、次の目的を持って実施します。
- 補填額の教義や契約手続きなどを不要にするため
- 取引に匿名性を持たせるため
ネガワット取引の仕組みを理解して適切なエネルギー管理を目指そう
ネガワット取引の今後は、需給調整や容量市場の動向で変化することが予測されています。2021年4月より開設された需給調整市場では、エリアを超えた広域的調整力でコントロールされる見通しです。これら市場の開設は、投資の促進と経済的な供給力確保を目的としています。
ネガワット取引の今後の拡大が予測される中、電力使用量や供給要請などの遠隔検針ではIoT技術を活用したスマート通信の仕組みが必要となるでしょう。各電力会社のスマートメーターの導入とともに、製造業の生産現場もスマート化が求められます。
自社開発資源のコスト管理は、膨大なデータ管理を容易にする時代です。製造業には、デジタル技術が進化しているなか、遠隔検針の業務効率化を図る電力会社の歩調に合わせた取り組みが求められます。