Winnyを開発した天才プログラマーはなぜ逮捕されたのか?何も語らぬ天才に浮かび上がったもう一つの顔。
(画像=Iolite)

時代を先取りしすぎたファイル共有ソフト「Winny」を開発。
しかし、金子氏は「著作権侵害行為を幇助した共犯容疑」に問われ逮捕されてしまう。

かつて日本のインターネットを揺るがしたWinny事件と、天才プログラマー・金子勇氏。

もしこの事件がなければ、現在のインターネット・ブロックチェーン業界を日本が牽引していた未来もあったのかもしれない。

金子勇氏は天才プログラマーとして名を馳せ、2013年に夭折した人物である。後述するWinny(ウィニー)というソフトウェアの開発、そしてWinny事件と呼ばれる日本のネット及びIT史上に残る事件によってその名が広く知られている。

2023年には東出昌大氏主演で金子氏やWinny事件を扱った映画が公開されるなど、現在でも金子氏の才能を惜しむ声は多く、「もしWinny事件による騒動がなければ、そして金子氏が今も存命であったなら日本のIT史は大きく変わったかもしれない」とまでいわれている。

さらに金子氏には、ビットコインの発明者であるサトシナカモトという人物の正体ではないかという説まである。なぜなら、金子氏が発明したWinnyには、ブロックチェーンと類似している点が非常に多いからだ。

また、金子氏であればブロックチェーンを発明したとしても不思議ではない、と考える人が多いのもその理由となっている。もし金子氏がWinny事件に巻き込まれず、今もインターネット業界の最前線で活躍していたら、日本のIT史は大きく違うものになっていただろうと予想されている。

では、金子氏が開発したWinnyとはどのようなソフトウェアだったのだろうか。

Winnyは2002年に開発された、P2Pシステムのファイル共有ソフトである。2000年代初頭は、世界的にインターネット回線の整備が進み、インターネットユーザーたちが大容量のデータファイルを交換・共有する文化が徐々に広まりつつあった時期。

そのような用途に特化したファイル共有ソフトと呼ばれるソフトウェアがいくつも生み出されており、Winnyもその1つとして開発された。

Winnyでは、ネットワークに接続している世界中のコンピューターがファイル転送中継地点として利用される仕組みになっており、誰から誰にデータが転送されているのか、そのデータの発信者は誰なのか、中継地点として利用されているコンピューターにどのようなデータが保存されているのかが判別できない仕組みになっていた。

つまり利用者は匿名化された状態でお互いにデータの送信者・受信者となっていたのだ。

このような仕組みは、見方を変えれば、複数のコンピューターによって稼働しているWinnyという大規模ネットワークを、仮想のファイル保管システムとして利用しているともいえるだろう。その巨大なネットワークは世界中に分散された複数のコンピューターによって維持されている。

また、世界中のコンピューターがデータの送信者・中継地点となることが可能で、Winnyのネットワークは実質的にはダウン(稼働停止)することがないという特徴も持っていた。

Winny以前にもP2Pのソフトウェアは存在したが、実用的なP2Pネットワークとして多くの人に利用されることに成功したのはWinnyが初めてといっても過言ではなかったのだ。

そんなWinnyは、2002年に公開されてからすぐにユーザー数を増やし、先行していた多くのファイル共有システムを超えるほどのユーザーを抱えるようになった。しかしWinnyの普及と共に、社会的問題も巻き起こることとなってしまう。

なぜなら、Winnyに限らず多くのファイル共有システムは音楽や漫画、ポルノ動画といった著作権があるファイルの共有のために利用されることが多かったからである。Winnyでも著作権があるコンテンツが数多くやり取りされ、個人情報などが流出するといった騒ぎも頻繁に発生した。

これが社会的な問題となった結果、2003年にはWinnyにゲームソフトのデータなどをアップロードしたとして2名が逮捕される。そして、翌年にはWinnyを開発した金子氏が「著作権侵害行為を幇助した共犯容疑」に問われ逮捕されてしまったのだ。

しかし金子氏の逮捕については、不当なものであったという主張が現在まで数多くのIT業界関係者からなされている。その逮捕がいかに不当なものであるかをたとえる話として、「高速道路でスピード違反する車があったら、高速道路を作った人を罪に問うのか」というものがある。

現在のインターネットでたとえれば、Twitterに違法画像をアップロードするユーザーがあらわれたという理由で、Twitterの開発者を逮捕するようなもの。いかに異様な理由による逮捕であるかわかるだろう。

さらにこの逮捕は、あらたな技術を生み出さんとする日本中のプログラマー、開発者を萎縮させるものでもあった。

裁判では第一審で金子氏に懲役1年が求刑されたが、控訴し2011年に無罪が確定している。しかし裁判は約7年に及び、さらに金子氏は判決の1年半後に心筋梗塞で死去。

この一連の社会問題と裁判はWinny事件と呼ばれ、画期的な発明を生み出した天才プログラマーの時間を無為に浪費し、さらに日本のインターネット産業の発展を阻害したともいわれている。

誰もが知っての通り、現在のインターネット産業は米国を中心とした海外企業に占拠されている。GoogleやAmazonといった巨大プラットフォームは日本からは生まれず、日本市場は利用者として各プラットフォームに手数料を搾取され続けている。

Winny事件は、どれほど優れたソフトウエアを生み出しても、日本では「出る杭は打たれる」という前例を作ってしまった。2000年以降のインターネット市場において、日本が大きく後れを取ることになった要因の1つであることは間違いないだろう。

最後に、金子氏=サトシナカモト説についても触れておこう。先に紹介した通り、Winnyとブロックチェーンには「インターネットを活用した分散型システム」という共通点がある。

ビットコインのブロックチェーンは、Winnyによって実現した分散型ネットワークに取引履歴を記録する機能を搭載したものともいえるのだ。さらにWinnyとブロックチェーンは同じP2Pの通信方式となっており、暗号化技術を用いている点や開発言語がC++であるといった共通点もある。

また、開発者がサトシナカモトという日本人と思しき名前を名乗っていることなどを考えれば、金子氏がその正体であると推測されることも決して不自然ではないだろう。

このほかにもソフトウェアのバージョン表記の方法が類似していたり、開発者の所有するBTCが全く移転されていないといった点もこの説を補強している。

もちろんブロックチェーン業界には金子氏以外にもサトシナカモト候補と目されている人物が複数存在するが、現在も証拠となるものを世に示した人物は存在しておらず、その正体は明らかになっていない。

金子氏が夭折した今、彼がサトシナカモトなのかを確かめる術はないが、「開発者であることを明かせばいいがかりのような理由で逮捕される」ことを懸念したが故に、その正体を明かさず仮名を用いた可能性もゼロではないだろう。

いずれにしても、金子氏は世界の誰よりも早くP2Pネットワークを活用したシステムの可能性を見出し、実際に発明した人物であることは間違いない。

現在、ブロックチェーンはITの最先端として世界から注目を集めており、P2Pは私たちが日常的に使うさまざまなアプリケーションに用いられている。

金子氏は、2002年の時点でこれらの技術に着目していたのだ。もしWinny事件のような悲劇が起きず、日本がイノベーションを生み出す開発者を正しく評価する国であったなら、ブロックチェーン業界やIT業界において日本が先頭を走っていた未来もあったのだろうか。

Winnyは現在のブロックチェーンにも通じる「大規模なP2Pネットワーク」の構築に成功。その思想と技術はブロックチェーンに受け継がれている。

(提供:Iolite