日本の製造業における大きな課題の一つは、慢性的な人手不足と、その背景にある急激な人口減少である。長らく日本の「お家芸」であった製造業の伝統を引き継ぎながら、今後の世界で闘っていく方策はあるのか。デジタルをどう活用すれば、イノベーションへと導いていけるのか。
「ものづくりDXのプロが聞く」は、コアコンセプト・テクノロジー 取締役CTO兼マーケティング本部長の田口紀成氏が、製造業および関連業界のリーダーを迎える対談企画。第2回目は、超高精度高速微細加工機で知られる碌々産業代表取締役の海藤 満氏を迎え、ものづくりとデジタルの融合について語り合った。
<対談者紹介>
2002年、明治大学大学院 理工学研究科修了後、株式会社インクス入社。2009年にコアコンセプト・テクノロジーの設立メンバーとして参画し、3D CAD/CAM/CAEシステム開発、IoT/AIプラットフォーム「Orizuru」の企画・開発などDXに関する幅広い開発業務を牽引。2015年に取締役CTOに就任後は、ものづくり系ITエンジニアとして先端システムの企画/開発に従事しながら、データでマーケティング&営業活動する組織/環境構築を推進。
目次
ものづくりが好きな高専生と一緒に、伝えたいことがある
田口(以下、敬称略) 海藤社長は最近、非常に特徴的な取り組みを始めていらっしゃいます。国立高等専門学校(高専)の学生さんや先生方と、ラジオ番組に出演されているのですね。
海藤(以下、敬称略) FM軽井沢で「軽井沢ラジオ大学モノづくり学部」という番組に、第一水曜日と第三水曜日午後7時から出演しています。ものづくりの楽しさや尊さなどを、一般の方に知っていただく番組です。
なぜ高専に着目したかというと、ものづくりが好きな人が高専を選ぶからなんですね。高専は全寮制で5年教育です。その中で実践教育をやっていきます。特に面白いのは、地域の困りごとを見つけ出して、それを解決するための道具作りをするという課外授業でして、先生が一生懸命にサポートしながら、学生に取り組ませていくのです。
それを競う場として、全国ロボットコンテストや高専コンテストなどがあります。挑戦する過程で、イノベーティブな加工の技術の発想力などを育成するような、非常にいい取り組みをしているのですよ。若い人たちは、ものづくりをしながら目をキラキラ輝かせています。そういう人たちにフォーカスすると、例えば同じ年齢の人たちにハッとしてもらえたらなと思っています。
田口 高校生と同じ歳ですよね。
海藤 はい、高専も15歳からの教育です。
田口 その年齢からスタートできれば、大学を選ぶフェーズや社会人になる段階で、自分がどういう道を選んだら良いのか、選択肢が増えますね。我々の多くは、選択肢が広がりきらないうちに就職活動をしています。今回は、こういった点を掘り下げていきたいなと考えております。
海藤 高専を卒業すると短大卒の資格になるのですが、40%の人が大学に編入します。かつ、大学1年から入学する人よりも断然、モチベーションが高くて、企業側からすればそういう学生さんが欲しいのです。
言われたことだけやるのではなくて、自ら考え、困りごとをどんどん見つけて、「これどうですか」というように、提案してくれる人ですね。こうした姿勢は本当の価値、付加価値経営につながっていくと思います。
「効率よく作る」という作業は今や、AIやロボット使えばできてしまうのです。ロボットは休みなく、文句を言わずに働く訳です。そこで人間が必要となる場合は何なのかを逆説で考えると、創造力しかないのですよ。それしかない。今のAIだとそこまでは多分、まだできていませんから。
田口 何も知らないところへ放り込まれて、ただ言われるままに働くという姿勢では、これから先の世の中ではきつくなってくる面があるでしょう。その中でも人間らしい生き方を形作っていくことが必要なのですが、これを社会人になってからやるよりも、高校生と同程度の時期から始められるのは良いですね。
「ストーリー」が、付加価値経営を支える
田口 人間が享受しているものを、ロボットが作ったと知った瞬間にありがたみが失われる傾向があります。そのため、人が時間をかけて手作りしましたよというストーリーがあって、対価を支払う価値があるのだということに、重きが置かれるようになっています。
海藤 スイスの高級時計がいい例ですね。日本のクオーツ時計が世界を席巻したことで、スイスの時計メーカーが潰れかけました。けれどもスイス人は、時計機能ではなくて宝飾品として復活させようと考えました。例えばブレゲ。フランス王妃マリー・アントワネットが好んだ時計です。
王妃は幽閉されていた時ですら時計を注文しましたが、断頭台に上げられて、注文時計の完成を見ずに亡くなりました。しかしこのことで、ブレゲのブランドストーリーが作られ、ブレゲを持っていることが大変な価値になりました。
田口 そうなるのですね。「極端の世界」ですね。
海藤 付加価値経営の典型です。日本人も目指した方がいいのではないですか、という方向で、皆を啓蒙しようかなと思っています。昔みたいに大量生産で原価を下げて、たくさんあれば儲かるという時代はもう、終わってしまっていますから。ただし、そのためにはブランドにストーリーがないといけない。ストーリーがちゃんとあることで、付加価値経営が可能になります。
田口 そうですね。
海藤 日本は、人口がどんどん減っていく訳です。GDPで競争しようとしても、間違いなく負けるのです。だからGDPを指標にするのではなくて、営業利益率です。企業で一番大事な指標です。売上ではないのです。営業利益率のパーセンテージを大きくすると、潰れない会社になれます。従業員への還元にもつながるので、そっちにもうシフトしましょうよ、と。
けれども、世間では展示会のJIMTOF(日本国際工作機械見本市)にいくと、ほとんどの出展社は当社以外はスマートファクトリーを目指しましょうと言っているのです。
田口 JIMTOFは、工作機械の分野で世界でも有数の展示会ですね。
海藤 全自動でロボットもAIも入れて、人を排除して、365日24時間全部できますよ、と。でも、台湾系EMSや中国企業などが先行しているので、対抗しようとしも無理。だから、そこではない。
田口 台数を売りたい大企業はどうしても、そういう戦略を取らざるを得ないのですね。まさに、イノベーションのジレンマ。マーケットが変わっていくのに、大企業は対応し切れないのですね。だって大きいものしか、数を売れるものしか商材にできないのですから。
スマートファクトリーに向かうのは、分かる。台数を売りたいのですから。しかしその行き着く先は価値の低いものを安く作る機械となるので、安く売らなければならない。すると、利益はほとんど残らない。その中で、社員1人当たりで割った時に、そんなに残らない訳ですよ。
それよりは、資本主義における富の9割を持っているような人たちに対して、「これが欲しい」と言われるような1品を売ることにこだわった方が、極端なことを言うようですが社員一人あたりの利益、給与が上がっていくのではないかということなのです。
ニッチトップへの道は、スマートファクトリーの対極にある
海藤 日本人は、どんどんものを良くしようと追求する民族なのですね。わかりやすい例としては、マイナスイオンが出るヘアドライヤー。価格は10万円くらいします。
イオンの中にミクロン単位で水分を含ませることで、層になっているキューティクルに、イオンと同時に水分を混入させるのです。それが細かくなるほど、芯のあたりまで水分が浸透するので、髪の毛にハリとツヤが出るのです。
こんなことを追求するのは、世界中でも日本人にしかいません。ヘアドライヤーなんて、電熱機に空気を当てて、髪を乾かせば十分じゃないですか。でも日本人は、それをもうちょっと良くしたい。「うちのカミさんが、ツヤのある髪になりたいと言っているから、イオンを入れちゃえばできるかもしれない」と、どんどん突っ込んで行くのですね。
ただ、ガラパゴスでもあって、一般には売れません。国や地域によっては、買えない人が多いでしょう。しかし、購買層は存在するのですね。こういう方向性を作れるのは日本人の特性なので、そこを進むのがいいと思います。
――このことが、「ニッチトップ」につながるのでしょうか。
海藤 はい。たかがヘアドライヤーなのですが、こういうヘアドライヤーは日本のある企業しか作れない。パナソニックさんが作っていますね。高価なのに、飛ぶように売れている。
田口 ただ、パナソニックさんの企業価値はそれほど高くないのです。ヘアドライヤーだけを作っている訳ではないからです。コングロマリット・ディスカウントになってしまっていて、とても価値の高いもの作っているのにも関わらず、価値が評価されてないのですね。
しかしここを切り離して、ニッチトップになったとしたら、企業価値が全然違ってくるのです。こうした価値の作り方は本来できるのですよ。ただ、大企業になってしまっていますから。
――難しいですね。
田口 そうです。ヘアドライヤーだけを売ったところで、パナソニックという大企業は維持できないのですね。
日本企業で長く続いている企業はいずれも、大企業ではありませんよね。興味深いことに。碌々産業さんも、日露戦争の頃からですから120年。極端なことを言えば、お金を払う人に対して適切な価値を届けてきた企業さんであるということですね。必ずしも、価値を作ってきている訳ではなくて、求められるセンスに対して答えられるものを提供しているという感じですよね。
――この感性が、人間ならではであると。
海藤 そうです、人間にしかないですよね。だから、そういう人を発掘するのと育成するのが極めて大事だということ。それから、日本の企業は95%ぐらいが中堅・中小企業です。つまり、小さい企業です。小さい企業にスマートファクトリーやれと言ったところで、資金的にまず無理ですよ。
ということは、ニッチトップしかやれることがないのですよ。ニッチトップで生まれた付加価値をデジタルデータに換えることができれば、スマートファクトリーに投入できるのです。こうした人を、当社では「マシニングアーティスト」と呼んでいます。
技術とデータを融合できる感性の持ち主が、マシニングアーティスト
――マシニングアーティストについて、簡単にご説明いただけますか。
海藤 マシニングアーティストは、当社で求める技術者のありかたです。近代的なツールを、自分にとっての補助ツールとして使いこなすことで、従来は数年を要した作業を短期間のうちにできるようになります。
さらに、データ分析を組み合わせることで様々な加工シーンに合わせた解析を行って、技術を数値化することができる人です。こうした人材を育成することがイノベーションを生み出す。日本の復活や発展に欠かせないと、これしかないと僕は思っています。普及活動の一環として、独自に定めた認定基準も設けています。
こうした水準に見合う人材を、若い世代からものづくりの業界に呼び寄せることがとても重要になってきます。ものづくりの楽しさを教えるために、文部科学省や経済産業省がと一緒になって小さいうちからものづくりの課外授業をたくさん行えば、ものづくりが好きな子が増えて将来、ものづくり産業に入ってきてくれる。そして感性が鋭ければ、付加価値の高いものが作れるようになって、日本はハッピーになる。
――御社は、インナーブランディングに重きを置いています。
海藤 はい、付加価値を生むために重要です。僕は一応、社長として目標を設定するわけですよね。こういう機械を作りたい、と。だけどあまりにも目標が高いと、社員は「何言ってんだい」となるのです。社長がいくら高い目標を掲げても、社員がそれを理解しないと。作るのは社員ですから。
けれども、目標を達成するなかで付加価値が生まれるし、そうすれば会社も生き延びられる。社員が、自分たちにも還元されると理解できるようになると、やる気になって、できなかったことができるようになるのですよ。そのロジックがちゃんと理解できるかどうかが、ポイントだと思います。
――何回も何回も、伝えるのでしょうね。
海藤 1万回くらいは言わないと、伝わらないでしょうね。
――ニッチトップを目指す中で、こうしたロジックがつながるときがあるのでしょうか。
海藤 あります、必ずです。気づきがあって、そうすると自分が走れるようになっていくと思います。それをひたすら、続ける。それが経営者の役割。ただ、何か書いたものを一度渡せば理解すると、勘違いしている経営者は多いですね。
――でも、ここの高みにつながることを、高専の学生さんのように10代からできるとしたら、素晴らしいことですね。
海藤 そうですよ。ただ、いま問題になっているのは、高専出身者が入っても辞めてしまうのだそうです。「周りの連中のレベルが低い」と。技術レベルのことではなくて、意識のレベルが低過ぎてしまって、かえって自分が浮いてしまうと。それで3年程度で辞めてしまう人がいるそうです。
田口 もったいないですね。高専は、積極的に選んで行く学校ですよね。志の高い人が行くので、そのまま卒業して就職するとなると、確かに周りとのギャップは生じるかもしれませんが、育て続けたいですよね。私はそういう人たちに、経営者を目指してほしいのです。早期に、経験を通じて教えられる企業は、もっとあってもいいのではないかと思っています。
言葉を決めると、マーケットができる
――「マシニングアーティスト」に代表されるように、海藤社長はさまざまな概念や言葉を作られていますね。
海藤 勝手に作っているだけのですよ(笑)。
田口 立場上、いろいろな経営者の方とお会いするのですが、自分で言葉を生み出し、かつ発信していくような方は、実際にはそれほど多くないのです。
言葉が一人歩きして、ブランドが作られていくというのは、まさにコピーライティングですよね。でも現実には、割とぼんやりした、当たり障りのない言葉にも落ち着くケースが多いですね。海藤社長のように、自分の言葉を圧倒的な勢いで出せる人は、どこでその能力を培ってきたのでしょうか。とても気になります。
海藤 ワンワードで全てを理解させるというのが、とにかく大事ですね。頭の良い人ほど、理屈でバーッと書くわけですよ、何十行も。でも、それを読むと理解が分散してしまいます。
むしろ、的確なワンワードのキャッチコピーを作るのは、面白いですよ。やった、こんな言葉ができた!と言い続けると、本当にそのマーケットが本当にできちゃうというのを体験しているので。皆それをやればいいなと思います。
田口 碌々産業さんが展開する微細加工機は、私は前から存在していたものだと思っていましたが、違うのですよ。
海藤 96年にメガという機械を作った時に、「微細加工機」という言葉を創り出しました。それを言い続けたら、微細加工工業会もできたし 微細加工EXPOもできた。競合他社も微細加工機というようになりました。
――「元祖」でいらっしゃるのですね。それで市場まで作ってしまった。
海藤 言葉ができると、市場できる。だからキャッチコピーとかネーミングとは結局、カテゴリーを作ることなんですよ。「微細」とはいっても、それまでも超精密の加工は色々とあったのです。そこにきちんと微細という枠を作って、規格化企画化をしたということなのです。その枠の中に、市場ができたということになる。突き詰めると、本当のマーケットができるということになるのですね。
田口 すごいですね。言葉を決めるとマーケットができる。言葉を生み出して認知が広まり、キャズムを越えた時にたぶん、マーケットができているのだと思います。
――ところで、JIMTOFでは御社以外はスマート工場だということでした。では御社は、何をしていると捉えたらいいのでしょうか。
海藤 ウチは、感性に響く機械づくり。マシニングアーティストの感性を喚び起こす機械作り。
田口 展示会は普通、商品などが並んでいるイメージがあると思います。しかし何か違うのですよ、碌々産業さんのブースは。全体が黒いのです。そして赤いじゅうたんが敷いてあって、ちょっとした宝石店に入ったみたいなイメージ。相手をしてくれる社員さんは、黒い装いなのです。
海藤 そうです、赤いポケットチーフを入れて。機械も展示してあるのですが、メインは微細加工のサンプル。キラキラで、ピカピカ。それを見たお客様が、「これができるのなら…。俺の悩み、こんなのあるんだけど」とおっしゃって、そこでご商談が始まります。
――お客様をインスパイアするのですね。海藤社長はまるで、プロデューサーのようですね。
田口 そうですね。
海藤 アートディレクターって言ってほしかったな(笑)。
田口 今日はためになる楽しいをお話をたくさんありがとうございました。
【関連リンク】
碌々産業株式会社 http://www.roku-roku.co.jp/
株式会社コアコンセプト・テクノロジー https://www.cct-inc.co.jp/
(提供:Koto Online)