本記事は、ながさき一生氏の著書『魚ビジネス』(クロスメディア・パブリッシング)の中から一部を抜粋・編集しています。

ウニ
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ウニから学ぶ寿司の世界観

私は、漁師の家庭に生まれ育ち、長い間、魚と関わってきました。そんな私が、寿司の世界の話を伺う時にいつも感じるのが、「寿司の世界と魚の世界は違う」ということです。寿司という料理の本質を探るため、説明していきましょう。

私は仕事柄、全国各地の産地を訪ねていますが、三陸に伺った際に食べたウニの味が忘れられません。いただいたのは、キタムラサキウニ。とれたてを漁師さんからいただくことができました。ウニを割ると可食部が詰まっていて、それはそれは甘くて、臭みやエグみは一切なく、格別なものでした。

このような経験をした後、とある寿司通の方が、「どこどこのメーカーのウニは最高峰だ」といった話をしていました。これに対して私は、「いや、どう考えても三陸のウニのように、産地に行って食べた方が最高峰だろう」と最初は思いました。

しかし、寿司についての理解を深めていくと、どうやらそういうことではないようです。

ウニは特に鮮度が大事な水産品で、みるみるうちに品質が変わっていきます。ちなみに、あの可食部は生殖器で、卵巣もしくは精巣です。組織が脆く、放っておくと溶け、酸化が進み、臭いがキツくなってきます。それを防ぐために、塩水やミョウバンが使われます。

このうち、寿司ネタに多く使われるのはミョウバンが使われたウニになります。塩水のウニは元々日持ちせず、処理にも時間が掛かり、開けると一気に使わないとなりません。このことから寿司には非効率です。

ミョウバンは、添加物のイメージが強く、嫌がる人もいるかもしれませんが、毒性はほとんどありません。サツマイモのアク抜きや漬物にも使われるものです。

ウニに添加することで、ミョウバンの苦味や独特の臭いで味が悪くなると思われがちですが、それは使い方次第です。ミョウバンの効かせ方が上手いと、嫌な部分は気にならず美味しいウニを長く楽しめるようになります。

このようなこともあり、寿司の世界で価値が高いのは、「ミョウバンを上手く効かせたウニ」になっています。産地の新鮮なウニでもなく、塩水ウニでもないのです。この点に、魚の世界とは違う寿司独特の世界観が詰まっているように私は感じています。

それは、「寿司は、様々な食材を世界各地から一箇所に集めて味を追求するもの」だということです。

一貫一貫が小さく、一食の中で様々なネタを楽しむのが本来の寿司の形です。ネタを集める際に鮮度が落ちて生じてしまう生臭さは、酢飯で中和して補います。

そして、人口も多く需要の高い都市部に流通した際に寿司で美味しくいただける素材には高い価値がつきます。こうして、ミョウバンを上手く効かせたウニの価値を生んでいるのです。

これが、純粋な魚の場合は状況が違います。

純粋なそれぞれの魚の味を追求するならば、産地に行って食べるのが一番です。様々に集める必要はありません。

近年、日本海側のズワイガニが1杯あたり数十万円になることもありますが、提供方法は現地の旅館などで食べるというものが主です。

ところが、寿司はそうなりません。そもそも産地のキンキンの魚は、シャリとは合いにくいところがあります。酢飯によって臭みを中和する必要もありません。また、腕がものをいう寿司の技術は、人が集まる都市部に集約されていきます。

寿司は、追求をするならば都市部で食べる食べ物といえます。そして、お店の雰囲気や器なども含めた総合芸術に昇華させています。世界のセレブたちにもウケる要因の1つは、このような寿司の独特な世界観にあるのではないでしょうか。

魚ビジネス
ながさき一生
おさかなコーディネータ
株式会社さかなプロダクション 代表取締役
一般社団法人さかなの会 理事長・代表
東京海洋大学 非常勤講師

1984年、新潟県糸魚川市にある「筒石」という漁村の漁師の家庭で生まれ、家業を手伝いながら育つ。2007年に東京海洋大学を卒業後、築地市場の卸売企業に就職し、水産物流通の現場に携わる。その後、東京海洋大学大学院で魚のブランドや知的財産の研究を行い、修士課程を修了。2006年からは、ゆるい魚好きの集まり「さかなの会」を主宰し、「さかなを捌きまくる会」などの魚に関するイベントをこなす中で、メディアにも多数取り上げられる。2017年に「さかなプロダクション」を創業し独立。食としての魚をわかりやすく解説する中で、ふるさと納税のコンテンツ監修や、ドラマ「ファーストペンギン!」の漁業監修を手がける。水産業を取り巻く状況を良くし、魚のコンテンツを通じて世の中を良くするため、広く、深く、ゆるく、そして仲間たちと仲良く活動している。

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