本記事は、ながさき一生氏の著書『魚ビジネス』(クロスメディア・パブリッシング)の中から一部を抜粋・編集しています。

寿司
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なぜ日本の寿司は世界に広まったのか

今やグローバルな魚食となった寿司を主な題材として、魚ビジネスの世界の扉を開いていきます。

寿司には、「鮨」「鮓」などの様々な表記もありますが、もっともオーソドックスなのは「寿司」という表記となります。なお、「寿司」という表記は江戸時代に当て字として生まれました。

現代では、「握りずし」に「稲荷ずし」「巻きずし」「ちらしずし」なども含んだ総称として使われることが多くなっています。

さて、味の良さや様々な魚が楽しめる魅力から、日本でも人気の高い寿司。今や世界中に伝播し、各国に寿司店が立ち並ぶ状況を生み出しています。しかし、世界各地の寿司は、日本のそれとは違う形をしているものも多く存在します。

例えば、アメリカで開発された「カリフォルニアロール」はあまりにも有名で、誰もがご存じでしょう。

カリフォルニアロールが誕生したのは、1963年。ロサンゼルスの寿司レストラン「東京会館」が最初に提供したと言われています。巻き寿司を提供したところ、アメリカ人は黒い食べ物を見慣れていなかったためか、気味悪がって海苔を剥がす人が続出。また、当時のアメリカは生魚を食べる習慣がほとんどありませんでした。

このような状況に対して、海苔の外側にもシャリをつけて、生魚は使わずタラバガニとアボカドで巻き寿司をつくったのが、最初のカリフォルニアロールです。

このほか、世界各地の寿司は個性豊かです。UAEのドバイでは、「ハムール」という独自の魚が寿司ネタになっています。魚とシャリとを合わせたフレンチの前菜があったり、タイの屋台では甘く味付けされたカラフルな寿司が常温で並んでいたりします。このような例は、まだまだあります。

それらを寿司というのかは一旦さておき、なぜ寿司は世界中に広まったのでしょうか。

それを分析した資料がキッコーマン国際食文化研究センターにあります。2011年に行われた「企画展示 地球五大陸をおいしさと健康でむすぶ スシロード。」によれば、寿司が世界に広まった要因は、次のようにまとめられています。

1. 健康に良いから

世界的な健康意識の高まりの中で、長寿大国日本の食が注目されるようになりました。

その中で、寿司もヘルシーで健康に良い食べ物と捉えられるようになりました。

2. 世界中で寿司の食材調達が容易だから

例えば、ベルギーのブリュッセルにある「竹寿司」では、オランダ製の醤油、イギリス製の酢、中国製の海苔、地中海産の寿司ネタが使われています。寿司に必要な食材は、日本に限らず世界中で調達できる状況になっています。

3. 安価で美味しい寿司米が世界に広まったから

海外の寿司ブームはアメリカから起きました。そこには、安価で美味しいカリフォルニア米があったことも影響しています。同じように、イタリアでは「あきたこまち」、スペインではあきたこまちをベースに開発された「みのり」という米が作られ、寿司に使われています。

4. 回転寿司と寿司ロボットの影響

手軽に食べられる回転寿司と、誰でも作れる寿司ロボットが発明されたことで、職人がいなくてもどこでも寿司が作れ、低価格で寿司が食べられるようになりました。回転寿司は、自分の好きなものを目で見て選べるため分かりやすく、好きなネタを好きなだけ食べられます。日本料理の知識がなくても手を出しやすく、寿司の世界的伝播に大いに貢献しています。

これらに加えて、私はさらに、寿司が持つ味の良さはもちろんのこと、その「許容範囲の広さ」が、世界に広まった要因ではないかと考察しています。

例えば、今でこそ、当たり前になったサーモンの寿司は、海外でも人気です。ただ、元々の日本には存在せず、グローバルな交流の中で生まれたものであることをご存じでしょうか。日本人が元々食べていた天然の鮭は、寄生虫がいる関係で生食がされておらず、生のネタは握り寿司になっていなかったのです。

では、サーモンの寿司はどのようにして生まれたのでしょうか。これは、ノルウェーが自国のサーモンを日本に売り込む手段として開発されたと言われています。

ノルウェーサーモンは養殖で管理をされているため、寄生虫リスクが少なく生食ができます。「日本では刺身や寿司ネタになるものは高く売れる」と知っていた当時のノルウェーの担当者は、自国のサーモンを使った寿司を粘り強く売り込みを続けました。その結果、生まれたのがサーモンの寿司なのです。

寿司は歴史の中でも変化を遂げてきましたが、主に魚が使われる「ネタ+酢飯」の「シャリ」で構成されるシンプルな料理です。そして決まりが少なく、様々な文化を許容して取り込みやすい形になっています。

これは、音楽でいうとジャズと似ています。一応、大学時代はジャズ研の部長をしていた端くれ者の私ですが、ジャズも独特のリズムのほかに決まりが少なく、様々な文化を許容して取り込む中で世界中に広まり、進化を続けている音楽です。ジャズは元々アメリカ発祥ですが、すでに一国のものではなくなっています。

さて、先程一旦置いておいた話に戻りましょう。

海外の様々な形の寿司を「それを寿司というのか?」と疑問に思う方もいらっしゃると思います。もちろん、元々の源流である日本の寿司の形やその素晴らしさを伝えていくことは大事でしょう。そして、本来の日本の寿司は、海外では食べたくても食べられない人もおり、そこに高いニーズがあることもその通りでしょう。

しかし、寿司もジャズのように世界中に広まり、一国のものではなくなっています。「グローバルに様々な文化が混ざる中で進化を続ける食べ物」という点に寿司の素晴らしさがあるのではないでしょうか。

そして、魚ビジネスを考える上では、世界中に広まり進化を続ける一大料理「寿司」について知っておくことは重要です。ここからは、さらに話を進めていきましょう。

魚ビジネス
ながさき一生
おさかなコーディネータ
株式会社さかなプロダクション 代表取締役
一般社団法人さかなの会 理事長・代表
東京海洋大学 非常勤講師

1984年、新潟県糸魚川市にある「筒石」という漁村の漁師の家庭で生まれ、家業を手伝いながら育つ。2007年に東京海洋大学を卒業後、築地市場の卸売企業に就職し、水産物流通の現場に携わる。その後、東京海洋大学大学院で魚のブランドや知的財産の研究を行い、修士課程を修了。2006年からは、ゆるい魚好きの集まり「さかなの会」を主宰し、「さかなを捌きまくる会」などの魚に関するイベントをこなす中で、メディアにも多数取り上げられる。2017年に「さかなプロダクション」を創業し独立。食としての魚をわかりやすく解説する中で、ふるさと納税のコンテンツ監修や、ドラマ「ファーストペンギン!」の漁業監修を手がける。水産業を取り巻く状況を良くし、魚のコンテンツを通じて世の中を良くするため、広く、深く、ゆるく、そして仲間たちと仲良く活動している。

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