多くの企業が利用しているSAP ERPは、2027年にサポートが終了する予定です。その影響により、近年ではSAPエンジニアの不足が危惧されています。理想の人材を獲得・育成したい企業は、業務に求められるスキルや役割を理解しておく必要があります。
目次
SAPエンジニアとは?
SAPエンジニアとは、ドイツのSAP社が提供するERPパッケージを扱うエンジニアです。
SAP社のソフトウェアは世界中の企業から評価されており、その顧客数は2億3,000万を超えています。中でもメイン製品の「SAP ERP」には、国内だけでも2,000社以上の導入実績がありますが、2027年12月での保守サポート終了が予定されています。
<そもそもERPパッケージとは?>
「Enterprise・Resource・Planning(企業・資源・計画)」が語源となっている、経営の最適化を目的にしたソフトウェアのこと。調達や生産、在庫、販売などのさまざまな観点から、企業活動や経営資源を一元管理または分析する機能がある。
2027年が近づくにつれて、多くの企業は新世代の「SAP S/4 HANA」や他社のシステムに移行すると考えられます。この工程にはSAPやERPに関する知識が欠かせないため、SAPエンジニアは急速に不足するかもしれません。
SAPは在庫管理から会計までのモジュールが備わったERP
SAP社の「SAP ERP」は、さまざまな規模・業種が想定されたERPパッケージです。高度な機械学習やクラウドなどによって、経営データの一元管理や分析を可能にしており、主要モジュールとしては以下の4つが搭載されています。
<SAP ERPの主要モジュール>
FI(財務会計):財務諸表や総勘定元帳など、社外向けの資料やデータを作成する。
CO(原価管理):製品原価や収益を分析し、社内向けに報告する機能。
SD(販売管理):見積もりや受注、発注、出荷などを一元管理できる機能。
MM(在庫購買管理):在庫に基づいた自動発注など、受発注を総合的にサポートする機能。
他にもHR(人事管理)やPS(プロジェクト管理)など、SAP ERPにはさまざまな企業活動をサポートする機能が備わっています。経営全体のDX化に役立ちますが、導入範囲が広いほど高度なSAPエンジニアが必要になります。
SAPエンジニアの役割とは?仕事の流れや業務範囲
SAPエンジニアの業務範囲は広く、ソフトウェアの導入や運用管理に加えて、業務プロセスの改善まで担当する場合があります。担当させる業務によって必要なスキルは変わるため、企業側はしっかりと役割を理解することが重要です。
なお、社外からシステム導入をサポートする業者などは、「SAPコンサルタント」と呼ばれています。SAPエンジニアと同じような役割を担いますが、厳密には異なる人材なので注意しましょう。
ERP導入から運用・保守までを担う
一般的なSAPエンジニアは、ERPパッケージの導入計画を立てるところから、システムの運用・保守までが業務範囲になります。
<SAPエンジニアの主な業務範囲>
・現段階の業務プロセスを分析し、システム導入の範囲や機能を設計する
・スケジュールや予算なども含めた導入計画を策定する
・業務プロセスに合わせてシステムをカスタマイズする
・モニタリングをしながらシステムを運用し、必要に応じてアップデートをする
SAP ERPに詳しいだけでは、各社に合った導入計画を立てることはできません。業務プロセスや分析方法を熟知した人材が必要になるため、SAPエンジニアには高度かつ多様なスキルが求められます。
使用者のトレーニングやトラブル対応も業務範囲
SAPエンジニアの業務範囲には、使用する従業員のトレーニングや、トラブルが起きたときの対応も含まれます。
SAP ERPを利用するのは、運用・管理をするエンジニアだけではありません。特に導入範囲を広げたい企業は、現場の作業員にも使い方を教育することが必要です。
また、システム障害が生じたりコストが肥大化したりなど、SAP ERPにもさまざまなトラブルがあります。何らかの問題が見つかった場合は、SAPエンジニアが早急に原因を突き止め、的確に対応することが求められます。
SAPエンジニアに必要な5つのスキル
ここまで解説したように、SAPエンジニアの役割はシステムの導入だけではありません。万全な運用体制を構築する必要があるため、現場での対応力も求められます。
実際にどのようなスキルが必要になるのか、以下で一つずつ見ていきましょう。
1.SAPシステムのみで使用される「ABAP」の知識
SAP社のシステムは、「ABAP(Advanced Business Application Programming)」と呼ばれるプログラミング言語で構築されています。そのため、アドオン開発によってSAPをカスタマイズする場合は、このABAPで実装をしなければなりません。
ABAPはバグが少ないと言われますが、SAP独自のプログラミング言語なので技術者を探すことが難しい可能性があります。習得をしようにも、実装やテストをするにはSAP社の製品が必要です。
類似する言語としては、事務処理で用いられる「COBOL」が挙げられます。ABAPを扱う技術者が見つからない場合は、COBOLエンジニアを育成することも検討してみましょう。
2.バージョンアップ時に必要になる「Java」の知識
SAP ERPのベースはABAPですが、世界的に有名な「Java」にも対応しています。ABAPでの対応が難しい要件については、Javaを使って実装することが求められます。
Javaエンジニアは比較的多いとされますが、ABAPも扱える人材となると獲得や育成は難しいかもしれません。どうしても見つからない場合は、各言語の担当者を分けたり、特定の業務を外注したりといった工夫が必要です。
3.バージョンごとの資格試験もある「SAPモジュール」の知識
SAP ERPで必要なデータを収集するには、マスターデータの登録やシステムのパラメータ設定が必要です。つまり、搭載された機能を使いこなす必要があるため、SAPエンジニアにはモジュールの知識が欠かせません。
エンジニアの知識レベルを判断する指標としては、SAP社によるコンサルタント資格があります。2023年6月現在では147の認定資格があり(※周辺システムや関連言語を含む)、各資格は3つのレベルに分けられています。
<SAP認定コンサルタント資格のレベル>
1.アソシエイト認定
SAPソリューションの基礎的な知識やスキルが求められる、中級レベルにあたる資格。
2.スペシャリスト認定
各モジュールに焦点を当てて、より具体的な機能や役割に関する知識が問われる資格。
3.プロフェッショナル認定
SAPをビジネスに活用するスキルなど、より実務的かつ高度な知識が問われる資格。
いずれも専門分野から出題されるため、容易に取得できる資格ではありません。取得を目指す環境づくりが難しい場合は、SAP社が提供する学習ソリューションの利用を考えましょう。
<SAP社の学習ソリューション>
ラーニングサイト:無料で基礎的な知識や最新トピックを学べるウェブサイト。
ラーニングクラス:専門家による集中トレーニングを受けられるサービス。
SAP Blended Learning Academy:自習やライブ指導を含むトレーニングプログラム。
SAP Learning Hub SAP:専門家主導で行われる実践トレーニング。
なお、SAPの初心者に向けては、クイズの正解によって達成記録がつく「初級レベル」も用意されています(※資格の認定はない)。
4.グローバル化に対応するための英語力
グローバル化を目指す場合は、海外企業とコミュニケーションを図るための英語力も求められます。それ以外にもSAPエンジニアは英語と触れ合う機会が多く、以下のシーンでも基本的なスキルが必要になります。
<英語力が求められるシーン>
・海外のクライアントとの交渉や相談
・SAP ERPのエラーメッセージが表示されたとき
・インストールやアップグレードに関する資料を読むとき
・SAP社にトラブル対応を依頼するとき
・海外のメディアで情報収集をするとき
さらにSAP認定コンサルタント資格でも、試験監督とのコミュニケーションは全て英語です。製品情報も英語表記なので、基礎的な知識やスキルをつける段階から英語力が求められるでしょう。
5.上流工程(要件定義など)で求められる「マネジメント力」
SAPエンジニアの役割は、業務プロセスに関する課題を洗い出し、その課題を解決する導入環境を作ることです。どのような機能を実装するかなど、各企業に合った要件定義をする必要があるため、知識を土台としたマネジメント力も求められるでしょう。
また、DX化のような大きなプロジェクトでは、タスクや進捗の管理能力も必要です。
SAPエンジニアに将来性はある?グローバル化に欠かせない人材
ERPには多様なシステムがある中で、SAPエンジニアに将来性はあるのでしょうか。SAP社が世界中の企業から評価されている現状を見ると、SAPエンジニアはグローバル化に欠かせない人材と言えます。
ここからは近年の求人情報や企業の動向をもとに、SAPエンジニアの将来性を考察します。
すでに高収入の求人掲載が多いSAPエンジニア
国内の求人情報を見ると、すでにSAPエンジニアは多くの企業から求められていることが分かります。
サービス名 | 全体の求人数 | 年収700万円超の求人数 |
---|---|---|
indeed | 36,202件 | 5,516件 |
求人ボックス | 7,493件 | 4,455件 |
リクナビNEXT | 43件 | 12件 |
中でもIndeedや求人ボックスは掲載数が多く、年収700万円超の求人情報も数千件に上りました。
また、フリーランスと企業をつなぐクラウドソーシングサービスにも、SAP関連のプロジェクトや案件は掲載されています。
「2027年問題」でSAPエンジニアの需要は増加へ
SAPエンジニアの需要が多い要因としては、SAP ERPのサポート終了が挙げられます。2027年末が近づくにつれて、同システムからの移行に追われる企業が増えるため、SAPエンジニアの需要はますます伸びると考えられます。
また、グローバル化を目指す国内企業が、海外のトレンドに合わせてSAPを導入する可能性もあります。このような経営戦略を進める企業では、英語力やコミュニケーション能力を備えたSAPエンジニアが欠かせません。
SAP社はすでに新世代のシステムを提供しているため、予定通りにSAP ERPのサポートが終了しても、ベンダーとしての需要は続くと予想されます。このような状況を考えると、SAPエンジニアはグローバル化を目指す企業の取り合いになるかもしれません。
SAPエンジニアの社内育成はできるのか?
高度なSAPエンジニアを獲得するには、高待遇での募集が必要になると考えられます。資金力の限られた中小企業には厳しい状況ですが、採用を諦めて社内育成をすることは難しいのでしょうか。
もし社内育成に成功すれば、その人材が長く働き続けるだけではなく、SAPエンジニアの育成環境も整います。実際にはどのような育成方法があるのか、中小企業がとれる選択肢を考えてみましょう。
SAP未経験者がスキルを習得する方法
情報系の基礎知識を備えている人材であれば、以下のようなトレーニングで必要なスキルを習得できるかもしれません。
習得が必要なスキル | トレーニングの例 |
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ABAPの知識 | ・書籍やセミナーを活用する ・SAP社による公式のトレーニングを利用する ・ウェブサイトで情報収集をする |
Javaの知識 | ・レベルに合った書籍を読む ・資格の取得を目指す(Oracle認定Javaプログラマなど) ・プログラミングスクールに通う |
SAPモジュールの知識 | ・参考書や専門書を読む ・SAP社の学習ソリューションを利用する ・ベンダー研修に参加する |
英語力 | ・英語の書籍やメディアを読む ・英語のニュースを見る癖をつける ・英語学習サービスを利用する |
マネジメント力 | ・顧客や経営者の視点で物事を考える ・積極的にコミュニケーションの機会を増やす ・チーム全体のスケジュールを常に意識する |
さまざまなトレーニングがありますが、プログラミング言語などの専門性が高いスキルは、習得までに長期間を要します。例えば、専門機関によるABAP研修を見てみると、基礎部分だけでも数十日のカリキュラムが組まれています。
また、英語力やマネジメント力については、現場経験が求められることもあるでしょう。全てのスキルを同時進行で習得するのは難しいため、育成する人材は慎重に決める必要があります。
外注やクラウドソーシングも一つの選択肢に
育成環境の整備や、目ぼしい人材を見つけることが難しい場合は、外注・クラウドソーシングも選択肢になります。正社員を雇用するケースに比べると、それほど難易度は高くないかもしれません。
外注やクラウドソーシングでは、前述のSAPコンサルタントやフリーランスがターゲットになります。費用はかかりますが、実績が豊富なコンサルタント会社や、高度なフリーランスが見つかれば、システム運用や移行を安心して任せられるでしょう。
ただし、外注やクラウドソーシングを利用する場合は、以下のデメリットも意識する必要があります。
主なメリット | 主なデメリット |
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・即戦力の人材を確保しやすい ・社内の負担が減り、本業に集中できる ・社外の情報やノウハウを吸収できる | ・業務を任せられるのは契約期間中のみ ・社内にノウハウが蓄積しない ・適した人材が見つからないこともある |
特にフリーランスは、実績やスキルの判断が難しいと言われます。情報漏えいのリスクもあるので、外注先は十分な情報収集をしてから選びましょう。
SAPエンジニアの人材計画は外注も含めて考えよう
DX化やグローバル化を目指す企業にとって、SAPエンジニアは重要性の高い人材です。特にSAP ERPのサポートが終了する2027年前後には、獲得競争が激化すると考えられます。
社内育成をする方法はありますが、多くの専門知識が求められることを考えると、未経験からの育成は現実的ではありません。どうしても適任者が見つからない場合は、専門のコンサルタント会社などへの外注を検討してみましょう。