ソフト99コーポレーションは、1954年に設立された自動車用ケミカル用品メーカーです。撥水、親水、防汚などの特性を持つ薄膜をつくる「機能性薄膜造膜技術」をコア技術として、自動車用製品のほか、家庭用製品、建物、構築物へのコーティング製品など取扱いカテゴリーを拡大してきました。
同社は2023年5月、今後3年間の中期経営計画を発表し、デジタル技術の積極的な活用や新規事業の推進を掲げました。その狙いはどこにあるのでしょうか?
コアコンセプト・テクノロジー(CCT)CTOでKoto Online編集長の田口紀成氏が、製造業DXの最前線を各企業にインタビューする本シリーズ。第4回の今回は、ソフト99コーポレーション社長の田中秀明氏に同社の中期経営計画の詳細やデジタル戦略について聞きました。
大学卒業後、外資系のトイレタリー企業を経て、1996年ソフト99コーポレーションへ入社。営業サポート部門、商品開発部門を経て2008年に取締役経営企画室長、2013年に代表取締役となり、現在に至る。
2002年、明治大学大学院理工学研究科修了後、株式会社インクス入社。自動車部品製造、金属加工業向けの3D CAD/CAMシステム、自律型エージェントシステムの開発などに従事。2009年にコアコンセプト・テクノロジーの設立メンバーとして参画し、3D CAD/CAM/CAEシステム開発、IoT/AIプラットフォーム「Orizuru(オリヅル)」の企画・開発などDXに関する幅広い開発業務を牽引。2014年より理化学研究所客員研究員を兼務し、有機ELデバイスの製造システムの開発及び金属加工のIoTを研究。2015年に取締役CTOに就任後はモノづくり系ITエンジニアとして先端システムの企画・開発に従事しながら、データでマーケティング&営業活動する組織・環境構築を推進。
コロナ禍で得た教訓 新中期経営計画の基盤に
田口氏(以下、敬称略) まずは田中社長のご経歴をお聞かせください。
田中氏(以下、敬称略) 1994年にトイレタリー用品を主に扱う会社に入社しました。そこで2年半ほど働いた後、ソフト99コーポレーションに転職しました。当初は販売促進を担当していたのですが、その後商品開発や経営企画を経て2013年に代表取締役に就任し、現在に至ります。
田口 ありがとうございます。5月に発表された中期経営計画の主な内容を教えていただけますか。
田中 はい。その前に前回の第6次中期経営計画について少し触れたいと思います。第6次中期経営計画は新型コロナウイルス感染症の拡大時期と重なり、社内外の環境が大きく変化したため、当初の予定とは異なる動きとなった3年間でした。しかし、計画に固執することなく、今できるベストを尽くそうという姿勢で取り組んだ結果、コロナ禍による特需もあり、2023年3月期の連結売上高は過去最高を更新する結果となりました。
コロナ禍を経て、社会に「定着するもの」と「元に戻るもの」は何なのか、今までの前提が崩れ去った社会で私たちはどのような方向を目指すべきなのか――。これを棚卸しして基盤に据えたのが、今回の第7次中期経営計画です。従来の考え方や行動パターンから脱却し、「成長」ではなく「進化」によって社会課題の解決に貢献する存在となるため、この計画のテーマを「Evolve!! 〜進化せよ!!〜」としました。
この理念を実際の業務に生かすため、従業員一人一人が「私たちはどの方向に進んでいるのか」「何のために目の前の仕事に取り組んでいるのか」ということを意識できるように、新中期経営計画では細部まで具体的に落とし込むことを心がけました。
田口 新中期経営計画の経営ビジョンとして、「心揺さぶられるアナログ的(エモい)価値を提供する」ことが掲げられていますが、どのような考えに基づいているのでしょうか。
田中 私は常々、「仕事のアウトプットの質を高めたいなら、教科書から答えを探すべきではない」と従業員に伝えています。アウトプットにその人らしい“色”、つまり個性を反映させてこそ価値が生まれる、というのが私の仕事に対する考え方です。
そして、この考えを当社全体に広げ、具体的な行動に移すために、当社では「スキル」の意味を再定義しました。私たちが考えるスキルとは、知識と技能の掛け合わせであり、単なる知識量ではありません。知識を仕事で生かし、技能を磨くことで真のスキルが育成されます。若い世代では知識偏重型の方が多い傾向にありますが、すでに世の中にある答えを丸覚えしてアウトプットするのであれば、コンピューターやロボットでも代替可能ということになってしまいます。人間は、より人間らしい仕事をするべきです。
そのため、当社ではデジタルツールを活用して仕事の効率化を図りながら、できた時間をスキルの獲得や個性を反映したアナログ的な価値の創出に使っていこうとしています。これが「心揺さぶられるアナログ的価値を提供する」という経営ビジョンの根底にある考え方です。
田口 田中社長のお話には大いに同意します。スキルの獲得は非常に重要です。ただし、従業員にスキルを獲得させるためには、実践の機会を提供する必要がありますが、失敗するリスクも考慮しなければなりません。多くの企業が、この点でハードルが高いと感じているのではないでしょうか。実際、当社も同じように悩んでいます。御社ではこの課題にどのように取り組んでいるのでしょうか。
田中 実は、デジタルツールの活用が実践機会の提供にも一役買っています。例えば、これまで受注の際にファックスで送られてきた注文を人手でパソコンに入力する作業があり、ミスが発生していました。そこで、FAXに頼らない受注の仕組みを構築することになったのですが、このプロジェクトを外部に依頼するのではなく、あえて社内のEC運営部隊に任せ、現在取り組んでおります。EC運営のノウハウを生かしながらプロジェクトに取り組むことでスキルを磨けますし、仮に失敗しても組織内のことですから大きなダメージにはならないと考えたのです。このように、当社では従業員に小さな挑戦を積極的にしてもらい、そこでの失敗を通じてスキルを高めてもらうというアプローチをとっています。これを組織文化として根付かせ、重要な価値観にしていきたいと考えています。
田口 今のお話で、コロナ禍でも業績を伸ばす組織がどう作られているか、その一端が垣間見えた気がします。従業員に失敗の機会を与えようとしない企業は非常に多いのですが、デジタルツールの活用にしても、企業の文化そのものを変革しなければならないと感じます。御社には、デジタル領域を牽引していくための専門的な人材はいらっしゃいますか。
田中 情報システム部はありますが、最新の技術やプログラミング言語に精通しているわけではありません。ただ、私の考えとしては、デジタルツールを活用する段階で専任の人財は必ずしも必要ではないと思っています。現在はローコードツールを使用してサイト制作やアプリ開発ができるので、デジタル分野に興味を持った従業員が、普段の仕事の傍らでこれらのツールに触れ、使えるレベルになればよいのではないかと考えています。一気に高度な専門性を持つまでには至らなくても、デジタルツールの活用を通じて、従業員が自主的に学び、挑戦する機会を持つことが大切だと思っています。
田口 確かに、そのスタンスはある部分で非常に正しいと思います。システム開発において、要件定義を決める段階ではITの知識より業務に対する深い理解が重要です。業務を整理し、構造化できる人材をプロジェクトに参加させることが基本となるでしょう。
田中 そうです。私たちは基幹システムを刷新し、マイクロソフトの「Dynamics 365」を導入する予定なのですが、このシステムはエンドユーザーである業務部門の従業員が自由に扱えるようになっており、非常に期待しています。また、社内でのデジタル教育も実施する予定ですが、コンピューターの技術を学ぶだけでなく、統計学やデータ分析、指標の見つけ方が身に付くものにしていきたいと考えています。これらのスキルを磨いた上で、将来的にはシステムをゼロから構築できる人財を育成していくことが次のステップとなるでしょう。
田口 機能も価格も高いDynamics 365を導入されるとは驚きました。御社がチャレンジを恐れない、前向きな組織文化を持っていることが伺えますね。
デジタル活用による保有不動産活性化
田口 新中期経営計画では、洗車用品が定期的に届く「サブス99 LIMITED」というサービスや、宅配便を利用してトランクルームから自由に荷物の出し入れができる「every-two」というサービスなどを注力分野として挙げていますね。これらの取り組みは、事業とデジタルの融合の一例でしょうか。
田中 そうですね。まだ試験段階ですが、非常に新しい取り組みです。サブス99 LIMITEDは、EC事業から派生したサブスクリプションサービスで、毎月定額で最大8回まで洗車用品の「フクピカ」をお届けします。当社の「車をきれいにする」という価値を提供することで、お客様の洗車の頻度や車を大切に使うという意識を高めることを目指しています。現在、約100人のユーザーにご登録いただき、試験運用を行っています。
物品サブスクリプションの課題は、商品の転売によって商品の価値が下がることです。そこで、転売を防ぐためにフリマアプリなどでは価値が出にくい専売用の商品を開発しました。2022年12月のサービス開始から半年ほど経ちましたが、転売目的のユーザーが離れればサービスの質は向上していくでしょう。
every-twoは、各主要都市にある営業拠点の倉庫を活用した配送サービス付きのトランクルームサービスです。以前の当社は、各倉庫で卸売会社の配送車が商品をピックアップするというビジネスモデルを採用していましたが、現在は物流センターに集約していることから、空きスペースが生まれました。トランクルームとして貸し出しもしていたのですが、せっかく私たちがやるなら何か新しいことができないかと、お客様が現地に足を運ばずに宅急便で荷物を預けたり引き取ったりできるサービスを立ち上げることにしました。顧客の獲得はこれからですが、将来的には地域創生の一助になるビジネスとして展開していきたいと考えています。
田口 詳しく聞かせていただけますか。
田中 地方にはさびれてしまったシャッター商店街がたくさんあります。そこで、商店だったスペースをトランクルームとして貸し出し、かつて商店で商売をされていた高齢者の方々に荷受けや荷出しのお手伝いをしてもらうことで、お金をお支払いしたいと考えています。
私たちのビジネスは、車を必要としない都市部よりも、移動に車が必要な地方の方がビジネス環境としては好ましいのです。コロナ禍でリモートワークやワーケーションが普及したことは、地域創生にとってプラスの変化だと思っています。新中期経営計画には盛り込んでいませんが、都市一極集中を脱却し、地方の活性化に取り組むことは重要なテーマの一つとなっています。
田口 とても可能性がありますし、プロモーション次第で大きく成長しそうなビジネスだと感じました。今後はサービスの拡大も視野に入れているのですか。
田中 そうですね。これも人事総務部のメンバーが不動産の活用の一環として立ち上げたサービスで、担当者がプログラムの書き方を学びながら外部のコーダーと共に仕組みを作り上げたものです。本業との兼ね合いもあり、現在は一時休止していますが、サービス拡大の可能性も含めて、再開のタイミングを検討しています。トランクルームのキャパシティがなければ広がらないビジネスですから、自社倉庫の運用で可能性が見えたら、遊休資産の活用を考えている方々を集めて具体化していきたいと考えています。
田口 新しい価値の創出のために、デジタル技術の活用に積極的に取り組んでいるのですね。
田中 その通りです。現状はデジタイゼーションの段階でDXにはまだ少し距離がありますが、将来的にはDXにつながる可能性を見出しています。私たちが積極的にデジタル化を進めている例として、企業向けクラウドサービスの「どらあぷ for Biz」も挙げることができます。これを使うと、部署や支店ごとの給油やカーメンテナンス、ドライバーのアルコールチェック情報まで管理することができます。2023年12月からアルコールチェック検知器の使用が義務化されますが、営業所に立ち寄らずにアルコールチェックが行える仕組みを実装しています。今年4月には、CO2排出量の管理機能も新たに追加しました。
田口 サービス化やDXに至りそうなアイデアにいくつも取り組まれていますが、これらはどのような経緯でスタートしたのでしょうか。
田中 消費財メーカーだからこそ思うことなのですが、私たちは「デジタルは在庫を抱えず、効率の良いビジネスを可能にする」という認識を持っています。人件費は必要ですが、基本的には売上が利益に直結します。経営効率を高めていくためにはデジタルビジネスの創出が必要だと強く感じていますし、現場でも常に話題に上がっています。「これなら収益化が可能かもしれない」という従業員からのアイデアも含め、多方面から意見が寄せられています。
田口 ボトムアップで動き始めるビジネス環境がある上に、従業員の意識の高さや柔軟性も素晴らしいと感じます。では、意思決定のプロセスはどのようになっているのでしょうか。
田中 現段階では、部門長の決済で済むものが多いですね。事業化し、拡大フェーズに移ると、サーバへの投資などコスト面の問題が出てくると思いますが、マネタイズが進みコストを上回るようになれば、利益率が低くても一つのビジネスとして成立します。現状では、まだ無料で販促物を配っているという感覚です。
私たちがこのような挑戦をできるのは、何よりも創業からの製造業としてのビジネスのキャパシティがあるからです。余裕があるうちに次の一手を打っておかなければ、状況が厳しくなった時には動けなくなります。先代がソフト99をここまで成長させてくれたことは、本当に感謝すべきことです。
田口 本業で築かれてきた強固な土台が新たな挑戦を可能にしているというわけですね。
20年に及ぶ環境対策 大切にしてきた価値観とは
田口 ESGについてもお話をお聞かせください。御社ではESGの取り組みをどのように位置付けていますか。
田中 私たち消費財メーカーは20年ほど前から、特に環境に関しては意識を高く持って取り組んでいます。当社は化学薬品を扱うため、環境への影響をできる限り抑えるという考えを持って事業を推進してきました。ですから、ESGは新しい概念ではなく、既存の取り組みをどのように発展させていくか、という視点で捉えています。
1990年代に環境ホルモンが大きな話題になった際、当社もすぐに水質汚染の原因となるノニルフェノール(工業用洗剤の原料)の使用を停止し、化学薬品を詳細に分析して有害性を含むものの排除を進めてきました。さらに、EC事業では配送商品のプラスチック包装を減らす工夫を行い、再配達の削減につながるポストイン可能なパッケージを開発しました。ECというデジタルを介したビジネスでも、アナログな価値を生み出していると言えるでしょう。
さらに、当社は「車をきれいにする」という価値を通じて事業を展開していますが、これは物を大切に長く使うという、日本古来の価値観やSDGsにつながるものです。環境性能が優れた新製品に交換する前に、現在使用しているものを大切に使うことが、真の環境への配慮ではないかと感じています。
海外展開と同時に伝えたい日本の「もったいない精神」
田口 ソフト99コーポレーションの今後の展開について教えてください。
田中 デジタル活用は挑戦や実験の場として続ける一方、本業のファインケミカル事業では海外展開の強化を、ポーラスマテリアル事業では医療分野の強化を目指していきます。国内市場では、サービスを深化させつつ新たな付加価値の創造を考えていますが、事業を拡大するには、やはり海外へ進出する必要があります。
中国は一大市場で、上海には製品の販売と品質・商標を管理するグループ会社もあるのですが、その後に拡大していったのは東南アジアです。中進国であり、日本車へのロイヤリティが高い地域が私たちのターゲットとなることが多いのですね。その次のインドやアラブ諸国では、これまでの戦略が通用しないので、慎重に取り組みたいと考えています。一方、EU圏ではクールジャパンという概念が広く受け入れられており、売上が伸びてきています。
コロナ禍でサプライチェーンが寸断されたことを考えると、今後の展開において、全てを日本で製造して輸出するという選択肢はありません。海外市場の規模が成長してきたので、現地でライセンスを取得し、製造可能なものは積極的に手がけていきたいと考えています。
田口 車の移動距離が長い国は、経済発展と人口増加が見込まれ、成長が期待できるといいますね。一台の車を長く大切に使いたいという方は一定数いらっしゃるでしょうし、御社は海外でも認知されています。日本車が重宝されている中東地域とは相性が良さそうですね。
田中 私たちも、中東でのビジネスの可能性に期待しています。その先のアフリカも、舗装率が上がれば大きな可能性があります。同時に、物を大切にする日本の精神性や、「もったいない」という価値観をどのように伝え、実践してもらうかは重要な課題と考えています。また、私たちの事業の主な柱はファインケミカルとポーラスマテリアルですが、これらと並ぶ新たな事業領域を見つけていきたいと思います。
田口 本日は貴重なお話をお聞かせいただき、ありがとうございました。
【関連リンク】
ソフト99コーポレーション株式会社 https://www.soft99.co.jp/
株式会社コアコンセプト・テクノロジー https://www.cct-inc.co.jp/