本記事は、小杉俊哉氏の著書『リーダーのように組織で働く』(クロスメディア・パブリッシング(インプレス))の中から一部を抜粋・編集しています。

人材
(画像=taa22 / stock.adobe.com)

自律的に働く人材の問題点!?

さて、組織にとってのデメリットで、管理職からも一般社員からも必ず出てくるものがある。自律意識が高くなると自分勝手に動くので統制が取れなくなる。会社を辞めてしまう。これは、本当にそうなのだろうか?

1.自律的に働く社員は自分勝手で言うことを聞かない?

たしかに、キャリアを自ら考え自律的に働く社員に、従来型のマネジメントで上から押さえつけるようなやり方は通用しないだろう。だから、彼らをいかに束ねリードしていくか、というトレーニングを管理職層に行う必要がある。今までのマネジメントスタイルより概して上司の負荷は増えるので、人事によるサポートも必要になるだろう。そのような投資をしなければならないデメリットはある。

しかし、考えてみていただきたい。自らキャリア形成を行い、自律的に働く人、とはどのような人物像を思い浮かべるだろうか。

それは「プロフェッショナル」と名のつく人だ。

たとえば、プロ経営者、プロのコンサルタント、プロ野球選手、プロサッカー選手……我々個人事業主もその中に入る。

たとえばプロ野球選手。彼らは球団と契約して働いているが、ドラフトで一位指名され高額の契約金を支払われて入団しても、数年で芽が出なければ、もしくは怪我で活躍できなければ、戦力外通告される非常に厳しい世界で働いているのだ。

逆に、レギュラーの座を得てタイトルを取るなど活躍すると、大リーグへの移籍の道が開けたりあるいは、フリーエージェントの権利を得て、他球団に移籍する可能性もある。

さて、そのような彼らが、この球団は今年限りだからといって、監督のサインや、コーチの指示を無視して自分勝手なプレーをするだろうか。答えは、否だろう。他球団が欲するような優れたプレーヤーほど、チームプレー指向が強いのではないだろうか。それは、勝利後のヒーローインタビューを聞いていればわかるはずだ。自身の勝利よりも、ホームランよりも、チームの勝利への貢献を強調しているはずだ。それは決してきれいごとではない。何よりもチームへの貢献が自身の市場価値を上げることを熟知しているからそうなるのだ。サッカーや他の団体スポーツもどれも同じだ。

さて、ビジネスパーソンとは全く事情が異なる、別世界の話だと思うだろうか?

2.自律的に働く人材は会社を辞めてしまう?

自律的に働く社員はさっさと会社を見限ってより条件のよいところへと転職してしまう。確かに、より高い地位、収入を得るために転職するということは日本企業に勤める社員の間でも普通に行われるようになった。実際に人材市場が巨大産業となっており、転職というのはまったくもって特別なことではなくなった。これが、この30年の大きな変化とも言えるだろう。

さて、問題はその転職の理由が、自律意識を持ったからなのか、ということだ。企業が社員に対してキャリア自律を促し、その結果社員の自律意識が高まったために、人材流出を招くのだろうか? 研修時に毎回、転職経験のある人たちに、前職が自律的なキャリア形成に取り組んでいたために辞めたのかどうかを聞いているが、皆無だ。

企業がキャリア自律を推進しようがしまいが、人は入れ替わりする、つまり人材の流動化は進んでいるのだ。むしろ、企業が積極的に社員にキャリアの主体を移し、そのサポートをするということで、優秀な社員は自律的に働きやすくなり、辞めなくなるということもあるのではないだろうか。

人材の普遍的なスキル・能力を高めるような投資は、人材流出を招くか? という問いに対して、INSEAD教授チャールズ・ガルニックらはこのように述べている。

「組織が普遍的な投資を行うと、組織への信頼が回復し、より高いレベルのコミットメントとなる。自分で将来を切り開く力を自覚させ、プロとしての自律意識を醸成することが可能。
人類学者マルセル・モースは『与えれば感謝される』と言っている。利他的な行為は、互恵的利他主義であり、社内に模倣される。なぜなら『人は真似をする動物』だからだ。ただし、逆にコミットメントの行き過ぎには注意が必要だ。」

以前、積水ハウスと共同研究を行い、キャリア自律研修受講者の受講前後2年間と非受講者の同じ時期の退職率を比較したところ、キャリア自律研修受講者は明らかに下がり、自律的キャリア形成につながるとされる社内外のネットワーキング行動などを行う率も上がっていた。また、研修受講者の研修前後の組織従順意識、早期退職・転職意識もほとんど変化がなかった。これにより、社内のキャリア自律を強調するような研修を導入したら退職率が上がるのではないか、という懸念が社内で払拭された。(「『キャリア自律』を核とした組織風土改革」人材育成学会第6回年次大会論文集 2008参考)

それどころか、毎回「実は会社を辞めようか迷っていたが、研修を受けてみて、今辞めても自身の現在の力では社外で思うようなキャリアを作れないことを実感した。会社でまだやるべきことがいくらでもあることに気付かされた。将来辞めるにしても、それまでは今の仕事でしっかり力を付けて自分を磨いていきたい」というような感想が研修ファリシテイターである筆者に直接、あるいは受講後感想で必ず届く。

キャリア自律を推進する会社の取り組みが、逆に社員としてこの会社に留まろうというリテンション率を上げている、という一般の認識とは真逆の結果が出ているのだ。

研修を受ける前は辞めることを考えていた人が、実際に自律的に働くようになった結果、そのまま長く会社で働いている、という報告も多数受けている。なぜか?それは、自分の思うような働き方が出来るようになり、辞める理由がなくなったからだ。

リーダーのように組織で働く
小杉俊哉(こすぎ・としや)
合同会社THS経営組織研究所 代表社員/ 慶應義塾大学SFC研究所 上席所員/ 慶應義塾大学大学院理工学研究科 非常勤講師/ ビジネス・ブレークスルー大学大学院 経営学研究科 客員教授/ 早稲田大学法学部卒業後、NEC入社。/ マサチューセッツ工科大学(MIT)スローン経営大学院修士課程修了。/ マッキンゼー・アンド・カンパニー、ユニデン人事総務部長、アップルコンピュータ(現アップル)人事総務本部長を経て独立。 慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科准教授、立命館大学大学院テクノロジー・マネジメント研究科客員教授、慶應義塾大学大学院理工学研究科特任教授を歴任。 ふくおかフィナンシャルグループ・福岡銀行、ニッコーなどの社外取締役・社外監査役を兼任。 著書に、『リーダーシップ3.0』(祥伝社)、『起業家のように企業で働く』、『職業としてのプロ経営者』(以上 クロスメディア・パブリッシング)、など多数。Voicy 小杉俊哉の「キャリア自律のすゝめ」配信中。

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