ESGやDXの最前線について、コアコンセプト・テクノロジー(CCT)CTOでKoto Online編集長の田口紀成氏が各企業にインタビューする本シリーズ。第6回となる今回は、生理用品や紙おむつのトップメーカー、ユニ・チャームのESGへの取り組みを紹介します。
同社は、2020年に中長期ESG目標「Kyo-sei Life Vision 2030」を公表し、「共生社会の実現」に向けて全社で取り組んでいます。この目標はどのように生まれ、具体的にどんな取り組みが進められているのでしょうか。執行役員 ESG本部長の上田健次氏にお話を伺いました。
1991年、ユニ・チャーム入社。共振の経営推進室長や排泄ケア研究所長、経営企画部長などを歴任。2020年1月にESG本部長代理、2022年1月より現職。
2002年、明治大学大学院理工学研究科修了後、株式会社インクス入社。自動車部品製造、金属加工業向けの3D CAD/CAMシステム、自律型エージェントシステムの開発などに従事。2009年にコアコンセプト・テクノロジーの設立メンバーとして参画し、3D CAD/CAM/CAEシステム開発、IoT/AIプラットフォーム「Orizuru(オリヅル)」の企画・開発などDXに関する幅広い開発業務を牽引。2014年より理化学研究所客員研究員を兼務し、有機ELデバイスの製造システムの開発及び金属加工のIoTを研究。2015年に取締役CTOに就任後はモノづくり系ITエンジニアとして先端システムの企画・開発に従事しながら、データでマーケティング&営業活動する組織・環境構築を推進。
目次
バラバラだったESG関連部門を一つに統合
田口氏(以下、敬称略) 上田本部長は、2020年からESG本部を率いていらっしゃいます。どのような経緯でESG本部長に就任されたのでしょうか。
上田氏(以下、敬称略) ESG本部長に就任するまでの20年間は、ほぼずっと企画部門で過ごしてきました。特に在籍期間の長かった経営企画室では、主に中期経営計画の立案や主要会議体の運営などに携わりました。その後、経営企画部長だった2019年、ESG(環境・社会・ガバナンス)に関わる業務がいくつもの部門に分散していることに気づき、これらを一つにまとめるべきだと中期経営計画に盛り込みました。当社は社員一人ひとりの主体性やオーナーシップを大切にするべく「計画者=実行者」となるような異動・配置転換を実施しており、私も提案者としてESG関連テーマを担当させてもらえることになりました。
ちなみに、E(環境問題)・S(社会課題)・G(ガバナンス)の機能を一つの部署に統合すべきか否かについて、かなり悩みました。当初はEとSのみを統合し「サステナビリティ推進本部」といった名称にすることも考えました。しかしながら環境問題や社会課題への対応策を進めるには、しっかりとしたガバナンスが欠かせません。このような観点からESG機能を一手に担うESG本部を組成するべきだとの結論に達しました。
田口 上田本部長が経営企画部門で関わっていた頃から、すでに感じていた課題だったのでしょうか。
上田 はい。当社は2003年にCSR部を創設するなど、いち早く環境問題や社会課題に対して積極的に取り組む姿勢を示してきました。また、当社社長の高原は「事業活動そのものが、環境問題や社会課題の解決につながるようにすることが大切だ」と話すなど、社員一人ひとりに「事業を通じて社会に貢献する」ことが浸透していると思います。
ちなみに、当社は「社会的な課題を解決すること」によって事業成長を果たしてきました。それは当社の商品ラインアップにも表れています。例えば、生理は女性が社会的な制約を受ける要因の一つですが、当社の生理用品が性差によるハンデ克服に貢献することができていると思います。また育児や介護についても以前は女性に負担が偏っていましたが、当社がさまざまな商品を提供すると同時に、より良い育児や介護の有り方を発信することによって男性の参画も進みつつあると思います。このように事業展開を通じて社会課題の解決に貢献できる当社は非常に恵まれていると感じています。
紙おむつリサイクルの実現へ自治体とタッグ
田口 ESGのE(Environment)についてはどのような取り組みをされていますか。
上田 環境問題は当社一社で解決できるものではありません。よって、協力関係にある企業や自治体、消費者の方々と一緒になって取り組むことが大切だと考えています。
当社の商品は、端的に言うと「使い捨て商品」です。究極の衛生管理を志向すると「使い捨て」に行き着きます。しかし、この「使い捨て」には衛生管理と利便性というプラスの側面と同時に、廃棄物問題や天然資源利用という環境問題を伴います。やはり衛生面や利便性を損なうことなく、環境負荷を軽減する取り組みは、トップメーカーの責務として取り組まなければならないと考えていました。そのような中、当社の開発者が「使用済み紙おむつを水平リサイクル」する技術の基礎開発に成功しました。
田口 技術的には、どのように使用済み紙おむつをリサイクルしているのでしょうか。
上田 実は当社だけでなく、さまざまな企業が使用済み紙おむつのリサイクルに取り組んでいます。しかしながら、その多くは低質パルプへのダウンサイクルがほとんどです。そのような中、当社はオゾンを滅菌処理に用いる技術を確立し、再度紙おむつの原材料に利用できる衛生品質と安全性を確保しました。この手法により当社は使用済み紙おむつをリサイクルしています。なお、オゾン処理は滅菌すると同時に繊維を柔らかくし、また漂白効果も高いなど非常に効果の高い処理方法です。しっかりと滅菌されていますので臭いも一切しないのですが、リサイクルしたパルプを用いた紙おむつをご覧になった方は必ず臭いをかがれて「臭わないですね」とおっしゃいます。(笑)
田口 オゾンで処理すると臭いもなくなるのですね。しかし、思わず嗅いでしまう気持ちはわかります(笑)。ちなみに、水平リサイクルということですが、何回ぐらいリサイクルできるのでしょうか。
上田 原則何回でも可能です。とはいえ、パルプの繊維がどうしても短くなってしまいますので、その点は多少影響するかもしれません。
田口 なるほど、リサイクルという点では完璧な循環が生まれるのですね。
上田 技術的には確立していますが、社会実装するには当社一社の力ではどうにもできません。やはり、使用済みの紙おむつをご家庭や介護施設の現場から集めるには、自治体様による廃棄物回収の行政サービスとの協働が欠かせません。この廃棄物回収は人間の体に例えると「静脈」に相当するのですが、これをいかに機能させていくかが、サーキュラーエコノミー(循環型経済)を形成していく上で重要なカギとなります。当社では、紙おむつのリサイクル推進に向けて、鹿児島県志布志市と隣町の大崎町と一緒に、使用済み紙おむつの再資源化技術の実証実験を進めています。
田口 この地域で実施されているのは、なぜでしょうか。
上田 この2市町は20品目を超える細やかな分別回収をされているからです。現地で役所の方とお話をしたところ、役所の方が地域の状況を緻密に把握されていることが分かりました。分別が適切に行われていない場合、役所のご担当の方が地域を訪問し、「こういう理由でリサイクルが必要だから、きちんと分別してください」と説明されるなど、密接な関係を構築されています。
市民・町民の皆さんから使用済み紙おむつを分別回収し、先ほどご紹介した当社独自のリサイクル処理により原材料に戻します。この素材を一部使用した大人用の紙おむつは、鹿児島県の介護施設で実際に使われており、職員の方からは何の遜色もないと伺っております。また、この紙おむつは現在、南九州エリアで販売もされており、当社のリサイクル事業である「RefF(Recycle for the Future:リーフ)」のロゴを付けています。
さらに、リサイクル素材の供給源として、「手ぶら登園」を導入している保育園から使用済みの紙おむつを回収する新たな取り組みを始めました。手ぶら登園とは、保護者が紙おむつを持参せずに子どもを保育園に送ることができる仕組みです。現在、子ども用の紙おむつにリサイクル素材は使用していませんが、将来的にはより大きな設備を導入することで、使用済みの紙おむつをリサイクル材料として扱えるようになりますので、このような取り組みを一層広げていくことを目指しています。
ESG目標策定へ社内外のステークホルダーで投票、意外な結果に
田口 素晴らしい取り組みですね。こうした取り組みを支えている、御社のESG目標についてお聞かせいただけますか。
上田 当社は「Kyo-sei Life Vision 2030 ~For a Diverse, Inclusive, and Sustainable World~」という中長期ESG目標を設定しています。上の図を見ていただければお分かりのように、お皿の上に立方体の箱が載っているような形になっています。この図のお皿の部分を「ユニ・チャーム プリンシプル」と呼んでおり、ガバナンス関連分野の目標を設定しています。具体的には「すべてのステークホルダーから信頼を得られるような公正で透明性の高い企業運営を目指します」と定めています。つまり、公明正大で社員が誇りを持てるような組織であり続けなければならないということです。これがしっかりとした土台として機能することが大切だと考えています。
この土台の上に「社会の健康を守る・支える」「地球の健康を守る・支える」という二つの目標があり、さらに、その上に「私たちの健康を守る・支える」という目標が乗る形になっています。地球の健康や社会の健康がしっかりしないと、お客様の健康を支えることができないと考えているからです。
田口 どのようにして、この形に行き着いたのでしょうか。
上田 策定にあたっては、まずマテリアリティ(重要課題)の分析からスタートしました。ユニ・チャームグループとして特にこだわったのは、社員の意見をきちんと取り入れることです。重要と思われるマテリアリティを50項目リスト化し、社内の最小のマネジメントユニットごとに5項目を選んで投票するよう依頼しました。ただその際に、必ずグループの中で討議するように求めました。
なお、当社は世界80の国・地域で事業を展開しているので、そこで活動している全ての人々の意見を取り入れるために、英語はもちろんのこと、中国語やインドネシア語など多言語に対応して投票できるシステムを作りました。
社内だけでなく、外部のステークホルダーである約50団体にも同様に投票を依頼しました。最終的に20の重要な取り組みテーマに絞り込むことができました。当初は、社内外の意見が大きく異なったらどうしようと懸念していたのですが、実際にはそれほど大きな違いは見られませんでした。
田口 国や文化によって特性が出るのかなと思っていたのですが。
上田 意外と出ませんでした。例えば、「先進国は環境問題に敏感で、新興国はそうではない」といった固定観念があるかもしれませんが、ユニ・チャームグループにおいては全く当てはまりませんでした。このようなステレオタイプ的な考え方は、必ずしも正確ではないのかもしれません。
ユニ・チャームグループとして、社長の高原が常日頃から発信している影響もあるのかもしれませんが、国や地域による濃淡などは出ませんでした。事業としてのサステナビリティを考えると、地球がサステナブルでなければならないし、社会に対する貢献がなければ企業として生き残れないという認識は、どこの国でもみな同じのようですね。
田口 これは、世界中が誤解していることの一つかもしれませんね。
上田 そうですね。ミャンマーのような成長段階にある国や、当社が進出を進めているアフリカの国々の社員も、環境への配慮が重要だという認識を持っています。
社会課題の解決に貢献したいという思いも同様です。インドは典型的で、インドの女性がさらに社会進出を果たせるように、生理用品の「ソフィ」が必要な時に誰でも手に入れられるような環境づくりに社員が尽力してくれているので、ここまで短期間での事業拡大ができたのだと思います。
「GHG排出量可視化プロジェクト」成否のカギは?
田口 御社では、「GHG(温室効果ガス)排出量可視化プロジェクト」も積極的に進めています。具体的な内容をお聞かせください。
上田 当社はこれまで、製造拠点ごとの排出量などについては係数データを基に概算で報告してきました。しかし、消費者の方により環境負荷の少ないものを選んでいただくためには、商品ごとのカーボンフットプリント値を明示すべきだと考えるようになりました。
このような転換は、ある開発担当者からの意見がきっかけでした。「僕は自分が担当しているこの商品の排出量に興味があるのであって、製造拠点の大きな数字だけを示されてもピンとこない」と言うのです。
実際、当社のGHG排出量の約9割は、スコープ3のカテゴリー1「資材購買」と、カテゴリー12「使用後の廃棄」が占めています。そのため、資材を切り替えた時にその結果がすぐにビビッドに反映されるような方法でなければ、社員の改善努力をしっかりと反映することができません。このため、我々は各商品のカーボンフットプリントを把握できる方向へとシフトしました。
ただ、従来は排出量を算出する際に係数データを使っていたのですが、どうしても粗いという問題がありました。そこで当社ではサプライヤー様にご協力を要請し、資材ごとの排出量を入手することにしました。その結果、約9割のサプライヤー様から国内で使用している資材のデータを提供していただくことができました。
田口 デジタル技術を効果的に活用されていますね。
上田 デジタルは結局のところ、手段に過ぎません。目指すべきゴールが定まっていなければ、単にDXという言葉ばかりが先行するのかもしれません。実現したいことが明確であれば、「こういうことができるようにしてください」と専門家に依頼すればよいのです。当プロジェクトについては目指すゴールがはっきりしていたので、当初の計画を8ヵ月で完了し、今年から試験的に算出を進めています。
田口 8ヵ月ですか。随分スピーディに実現されたと思いますが、何か特別な工夫はありましたか。
上田 現場に詳しい人材をプロジェクトに入れることでしょうか。例えば、当社商品の生産工程についてよく分かっている人材が挙げられます。また、サプライヤー様から資材別のデータをいただくにあたっては、日頃から窓口として対応している購買のプロフェッショナルの社員をプロジェクトに任命しました。このような人選が良い結果を生んだと考えています。
田口 サプライヤー様と対話する上で、どのような心がけをされていたのでしょうか。
上田 奇策は何もなくて、「これはやらなければいけないことだと思うので、一緒にやりませんか」とお声がけさせていただきました。当社のサプライヤー様には化学製造業の大手企業が多く、逆に我々よりも早い段階で「脱炭素」を謳っているくらいでした。ただし、コストとの兼ね合いや、どこまで本音で一緒の夢を共有できるのかという面はあります。夢を目標の段階にまで、きちんと具体化することがとても大事なのではないでしょうか。
「社会のお悩みごとの解決」これからも
田口 施策を進めていく上での課題や、今後の展望をお聞かせください。
上田 非財務的な要素が財務的な効果として表れるまでにはどうしても時間がかかります。このタイムラグをいかに短縮するか、もしくは非財務的な要素を重視する新たな事業を先行して推進していくのかは、大きな課題の一つです。
また、「環境に良いからこの商品を買う」という、環境がプレミアムとなる時代は過去のものとなりました。むしろ今は、「環境にマイナス影響を与えそうだ」「社会課題の解決に対して頓着がなさそうだ」と思われた瞬間に、消費者の選択肢から外されてしまう時代です。そうなると復活は非常に難しいと捉えています。これからは「守り」の側面をしっかりと考慮する必要があると思っています。
製品別のカーボンフットプリントはもちろん、プラスチックの使用や生物多様性といったさまざまな課題を完全にゼロにすることは難しいですが、少なくともきちんとしたトレーサビリティを担保し、全てを公表しているという誠実な姿勢を示すことが重要です。消費者に対する信頼を獲得し続ける体制を構築することが必要だと考えています。
当社が大きく成長してきた時期は、社会課題を大きく解決する商品やサービスを提供したタイミングと重なります。社会のお悩みごとをどう解決するのかというスタンスは、当社にとって非常に重要であると捉えています。
商品とサービスを融合させながら、これからも新たな提案をしていきたいと考えています。妊活をサポートする新サービスや、大事な家族の一員であるペット向け商品の拡充もその一環です。また、南半球を中心とするアフリカ大陸など、これまで十分に対応できていなかった地域に対し、積極的な進出を続ける予定です。当社は、全ての人が衛生的で、かつ文化的な暮らしができるように、社会に貢献できる企業でありたいと思っています。
田口 ありがとうございました。貴重なお話を伺えて大変勉強になりました。
【関連リンク】
ユニ・チャーム株式会社 https://www.unicharm.co.jp/ja/home.html
株式会社コアコンセプト・テクノロジー https://www.cct-inc.co.jp/