民主化されるDX デジタル人材不足を乗りきる処方箋

DXへの取り組みは依然として、多くの企業にとって大きな課題となっています。その理由としてまず挙げられるのが、デジタル人材の不足です。また、社会が大きく変化を遂げていく中で、企業にとっては従来の事業ドメインを超えた対応が求められるようになっています。こうした課題への対応策の一つとして、新たな業務に必要なスキルを習得するリスキリングが推奨されています。

「民主化されるDX デジタル人材不足を乗りきる処方箋」をテーマに、コアコンセプト・テクノロジー(CCT)CTOでKoto Online編集長の田口紀成氏と、CCTのアドバイザーで東芝 デジタルイノベーションテクノロジーセンター チーフエバンジェリストの福本勲氏が、リコーのIoTソリューション開発センター所長で香川大学情報化推進統合拠点DX推進研究センター特命教授の山田哲氏をゲストに迎え、2023年7月26日にウェビナーを開催しました。本記事では、そのウェビナーのダイジェストをお届けします。

(左から)CCTの田口紀成氏、リコーの山田哲氏、東芝の福本勲氏(2023年7月14日、東京都豊島区のCCT本社で)
(左から)CCTの田口紀成氏、リコーの山田哲氏、東芝の福本勲氏(2023年7月14日、東京都豊島区のCCT本社で)
山田 哲氏
株式会社リコー リコーデジタルサービスビジネスユニット デジタルサービス開発本部 IoTソリューション開発センター 所長
香川大学 情報化推進統合拠点 DX推進研究センター 特命教授

明治大学大学院グローバル・ビジネス研究科修了、経営管理修士(専門職)。2019年に株式会社リコー デジタルサービス開発本部 IoTソリューション開発センター 所⾧、2021年に一般社団法人ifLinkオープンコミュニティ理事に就任。
2023年に香川大学 情報化推進統合拠点 DX推進研究センター 特命教授に就任し、香川大学大学院工学研究科博士後期課程修了。博士(工学)号取得。電子情報通信学会、情報処理学会、教育情報システム学会、組織学会の会員でもある。主な研究対象はイノベーション、共創活動、EUCの活用、リーンスタートアップ手法の活用、開発方法論。
福本 勲氏
株式会社東芝 デジタルイノベーションテクノロジーセンター チーフエバンジェリスト
アルファコンパス代表

1990年3月、早稲田大学大学院修士課程(機械工学)修了。1990年に東芝に入社後、製造業向けSCM、ERP、CRMなどのソリューション事業立ち上げやマーケティングに携わり、現在はインダストリアルIoT、デジタル事業の企画・マーケティング・エバンジェリスト活動などを担うとともに、オウンドメディア「DiGiTAL CONVENTiON」の編集長を務める。また、企業のデジタル化(DX)の支援と推進を行う株式会社コアコンセプト・テクノロジーのアドバイザーも務めている。主な著書に「デジタル・プラットフォーム解体新書」「デジタルファースト・ソサエティ」(いずれも共著)がある。主なWebコラム連載に、ビジネス+ITの「第4次産業革命のビジネス実務論」がある。その他Webコラムなどの執筆や講演など多数。
田口 紀成氏
株式会社コアコンセプト・テクノロジー 取締役CTO兼マーケティング本部長
2002年、明治大学大学院 理工学研究科修了後、株式会社インクス入社。2009年にコアコンセプト・テクノロジーの設立メンバーとして参画し、3D CAD/CAM/CAEシステム開発、IoT/AIプラットフォーム「Orizuru」の企画・開発などDXに関する幅広い開発業務を牽引。2015年に取締役CTOに就任後は、ものづくり系ITエンジニアとして先端システムの企画/開発に従事しながら、データでマーケティング&営業活動する組織/環境構築を推進。

*3人の所属およびプロフィールは2023年7月現在のものです。

目次

  1. DXに真に必要な人材は育成されてきたか
  2. ifLinkが描くユーザー主導の未来
  3. 「個対個」から「エコシステム対エコシステム」の時代へ
  4. リスキリング環境の整備、カギを握る大学
  5. リスキリングは企業の採用戦略も変えうる?

DXに真に必要な人材は育成されてきたか

田口氏(以下、敬称略) 富士キメラ総研が2023年3月に公表した調査によると、DXへの取り組み状況について、60%を超える企業が目標を下回っているか、評価を行う段階に至っていない状況です。主な課題としては、導入効果の不明確さや必要なスキルを持った人材の不足が挙げられています。山田さんはリコーと香川大学の共同で、DX人材育成のためのリスキリングに関する研究などを行っていますが、こうした状況をどのように見ていらっしゃいますか。

民主化されるDX デジタル人材不足を乗りきる処方箋
民主化されるDX デジタル人材不足を乗りきる処方箋

山田氏(以下、敬称略) DXに関する情報はネット上に星の数ほどありますが、微妙に内容が異なるものや信憑性が疑わしいものも少なくありません。そこで、DXという言葉が何であるのかを改めて考え直すことが重要だと感じています。

DXは単にITを導入するという手段の話ではなくて、その結果として組織が変わる、あるいは新しいビジネスを創出するなど、既存のビジネスがより強固になるような変化をもたらすことが本質です。こう考えた時に、ネットにあふれている情報の多くは「DXが」という文脈で書かれているのですが、実際には「ITが」と言い換えても差し支えないケースが多いようです。

しかしそれでは、真のDXの実現は難しいだろうと思います。本質を理解しなければ、先ほどの調査結果に見られたような問題に直面することは避けられません。

リコー 山田氏
「私が大事にしているのは、「ユーザー主導」というキーワードです。自社の将来像をきちんと見据えながら着実にステップを重ねていくためには、システムのエンドユーザーである企業やその社員が中心となり、つまりユーザー主導でその価値を考えられるようにする必要があるということです。」(リコー 山田氏)

田口 福本さんはどうお考えでしょうか。

福本氏(以下、敬称略) DXの推進において、経営者の方にとって特に重要なことは、自社のパーパスを決めることだと私は考えています。未来における自社の存在意義がどうなっていくのかを、ゼロベースで考える必要があります。そして、目標とする未来像からバックキャスティングをして、デジタルやITをどのように活用するかを決めるべきです。そうでなければ、テクノロジーの導入そのものが目的になってしまい、目先の課題をテクノロジーを用いて解決するといった短期的な視点で行動してしまうことになります。

田口 そのためには、会社のことをよく知り、将来どのような価値を提供する企業になるべきかを把握できる人材が不可欠です。しかし多くの企業では、デジタル領域に詳しく事業にも精通している人材はなかなかいないのではないでしょうか。そういった人材は自然発生的には生まれにくく、意図的に社内で育成する必要があるでしょう。山田さんの研究内容とも重なる部分かと思いますが、山田さんのご見解はいかがでしょうか。

山田 私が大事にしているのは、「ユーザー主導」というキーワードです。自社の将来像をきちんと見据えながら着実にステップを重ねていくためには、システムのエンドユーザーである企業やその社員が中心となり、つまりユーザー主導でその価値を考えられるようにする必要があるということです。

従来は、ITシステムはベンダーがつくるもので、ユーザー企業は要件定義さえ行っておけば、完成品がベンダーから届くという形が主流でした。しかし、今日のように急速に変化する環境では、このような手法で本当に企業が望む未来を実現できるのか疑問に感じています。

自分たちが使うものは、自分たちがしっかりと理解して、自分たちで価値を検証できるようなプロセスを形成し、その中で良いものを作っていくことが必要だと思います。このことが最終的にDXにつながるのではないかと考えています。

民主化されるDX デジタル人材不足を乗りきる処方箋

田口 ここまで、開発プロセスをベンダーに一任するのではなく、ユーザー企業が主導する方が理想だとお話ししてきました。しかし従来、ユーザー企業が要件定義から開発、テストなどの一連の開発行為を自社主導で行うのは、技術的なハードルや専門的な人材の不足といった課題から難しいとされてきました。ところが近年、状況は変わりつつあります。上図のカオスマップが示すように、ノーコードによるDX実装手段が増えてきており、内製化しやすい環境が整ってきているのです。数あるツールの中からどれを選べばよいのかという問題はありますが、多くの選択肢があるというのはこれまでとは全く違う状況と言えるでしょう。ここで、山田さんと福本さん、そして当社も関与している「ifLink(イフリンク)オープンコミュニティ」(*)の取り組みについて話を進めたいと思います。

<ifLinkとは>
ifLinkは、東芝デジタルソリューションズが開発したIoTプラットフォーム。IFとTHENのルールを設定することで、誰でも簡単にIoTデバイスやWebサービスを組み合わせて、便利な機能を実現できるのが特徴。

民主化されるDX デジタル人材不足を乗りきる処方箋
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>>自分でつくれるIoT ifLink

<ifLinkオープンコミュニティとは>

ifLinkオープンコミュニティは、ifLinkの活用を通じて、さまざまな企業・団体に所属する人々がその垣根を超えてオープンに交流しながら「誰もがカンタンにIoTを使える世界」を目指すオープンコミュニティ。

民主化されるDX デジタル人材不足を乗りきる処方箋

>>ifLink【IoTプラットフォーム】オープンコミュニティ

*山田哲氏は、ifLinkオープンコミュニティの理事を務めています。コアコンセプト・テクノロジーは、ifLinkオープンコミュニティの会員企業です。

福本 一般的なソフトウェアソリューションでは、「こうなったら(if=条件)」、「こうなりますよ(then=アクション)」と、ifとthenを一緒に組み合わせたものを提供します。でも、ユーザーの視点から見ると、提供側(ベンダー)からは考えられないようなifとthenの組み合わせが生まれる可能性があります。

田口 確かに、思いがけない組み合わせがあるかもしれませんね。

福本 ならば、あえてifとthenを分けてIoTを提供しようと東芝は考えました。また、東芝の会議室の中だけで考えるのではなくて、さまざまな方に集まっていただいて、社会課題を解決していく方法を皆で検討しようと、ifLinkオープンコミュニティを設立したのです。

田口 大企業がオープンコミュニティを設立するというのは、非常に驚きでした。しかし、私もいちエンジニアとして考えると、ITの世界はオープンソースに支えられていると言っても過言ではないので、こうした動きが大企業から出てきたことは興味深く感じました。

福本 デバイスからウェブサービスまで全てを1社で提供し、さらにさまざまなユーザーの課題や未来像を考えるというのは、現実的には困難でしょう。

山田 私がifLinkの活動で一番共感したのは、「IoTを民主化するぞ」というビジョンです。この言葉に結構、グッときまして。従来、IoTを用いたシステムの開発はプロフェッショナルの領域と捉えられていた中で、エンドユーザーでも開発できる、それこそ小中高生でも開発できるという考え方に心を打たれました。

もう一つ着目しているのが、ifとthenを分けるというアイデアです。これは最終的に、MVP(Minimum Viable Product:実用最小限の製品)の開発につながると考えています。いきなり重厚長大で完璧なシステムをユーザー主導で開発するのはまず無理です。ユーザー主導で開発するということは、今までベンダー企業がやっていたことと同じことをやるのではなくて、ユーザーが自分で欲しいものを、ミニマムで見つけることを最優先に取り組むことを意味します。その際にifLinkを活用すると、ifとthenを分けるというアイデアを使って、シンプルながらもユーザーのニーズに対応できるシステムを開発できるのです。

民主化されるDX デジタル人材不足を乗りきる処方箋
「東芝の会議室の中だけで考えるのではなくて、さまざまな方に集まっていただいて、社会課題を解決していく方法を皆で検討しようと、ifLinkオープンコミュニティを設立したのです。」(東芝 福本氏)

福本 ユーザー主導による決定がとても大事になってきますし、ユーザーがトライ&エラーできるきっかけになるといいですね。

山田 はい。MVP開発に見られるように、いきなり完璧なものを目指す時代は終わりを迎えたと感じています。先ほどのカオスマップに示されているように、ノーコードのサービスを利用して小さく始め、すぐに結果を確認するという取り組み方が賢明と思っています。速く作れる武器があるわけですから、真にユーザーが必要としているものを探す部分に時間をかける方がシンプルだと考えています。

例えば、従来なら1年間の開発期間を要する製品があったとします。通常、最初の1ヵ月で企画案の作成や要件定義を行い、残りの11ヵ月を開発に費やすという流れが一般的でした。それでは真にユーザーに必要な機能を探す時間は全体の12分の1に過ぎません。でも、ノーコードやローコードを利用すれば、時間の使い方を逆にすることも可能です。11ヵ月かけてユーザーが本当に必要なものを探して要件定義を行い、最後の1ヵ月で開発することも可能になってきます。

技術が進歩してきており、これをうまく活用することで、以前は困難だったことも可能になるかもしれません。このような認識そのものを変えていくことも、ユーザー主導の考え方の中に入っています。

「個対個」から「エコシステム対エコシステム」の時代へ

田口 ユーザーのニーズについての情報を得る機会が重要なのではないかと、我々も仕事を通じて感じています。これまでユーザーは、ベンダーに対してパワーポイントや資料で示す形で要望を伝えていましたが、ノーコードやローコードの環境を使うことで、「こういうものが欲しい」という要望を具体的に示すことが可能になります。要件定義のあり方からして変わり得るでしょう。ノーコードやローコードツールを使うことで、ifとthenを最小単位として自分で設定することができるのです。

福本 これからの時代、お客様視点のトータルなサービスを実現するためには、モノからコトへのシフトが非常に大事です。企業や業界、さらには国や地域が一体となり、サイバー空間の中に価値共創の仕組みがつくられていくと考えています。それこそが、ifLinkも含むプラットフォームだと思います。サイバー空間におけるエコシステムとして機能するためには、セキュリティーの法整備など、さまざまな条件や課題をクリアしていかなければなりません。

そうした視点から考えると、「コトづくり」を実現するには、もはや一企業だけでは難しいと思うのです。ゆえに、企業はプラットフォーム・エコシステムといった場を形成して仲間を集めるか、もしくは既存のプラットフォームに参加するしかなくなります。こうした動きが進んでいくと、競争の形も「個対個」から「エコシステム対エコシステム」へと変わるでしょう。

CCT 田口氏
「これまでユーザーは、ベンダーに対してパワーポイントや資料で示す形で要望を伝えていましたが、ノーコードやローコードの環境を使うことで、「こういうものが欲しい」という要望を具体的に示すことが可能になります。」(CCT 田口氏)

田口 なるほど。エコシステムも一つではないので、“群”のようにまとまりが出てくるということですね。確かに、今はノーコードやローコードを提供する組織が群雄割拠の状態ですが、相性の良い組織同士でくっつくようになると、確かにその可能性はありそうですね。

福本 この観点から、4月に開催された「ハノーバーメッセ2023」を訪れた際に得た知見を3つにまとめましたので、ご覧ください。

民主化されるDX デジタル人材不足を乗りきる処方箋

昨今の欧州では、デジタル・プロダクト・パスポート(DPP:Digital Product Passport)(*)の導入や、サーキュラーエコノミーの推進のために、設計情報などをデジタルで管理するトレーサビリティ機能の法的整備が進んでいます。当然ながら、これらの取り組みは一企業だけでは難しく、エコシステム化が進むことが予想されます。

さらに、人間のスキルを必要とする仕事も変遷していくでしょう。デジタル化により一部の仕事は自動化される一方で、新たな仕事も生まれます。新しい仕事にシフトしていくためには、継続的な教育が不可欠です。ドイツでは、労働組合や学界、政府などが均等な教育機会を提供し続けることに積極的に関与するべきだとの議論がなされています。個々の戦略よりもエコシステムで競う時代において、この動きは不可逆的に進み、止まることはないでしょう。

*デジタルプロダクトパスポート(Digital Product Passport)とは、製品のライフサイクル全体にわたるデータをデジタル形式で提供する概念を指します。この情報には製品の原材料、製造過程、使用方法、リサイクル方法などが含まれ、サステナビリティ(持続可能性)や循環経済を推進するための重要なツールと考えられています。

リスキリング環境の整備、カギを握る大学

田口 大きな変化に対応するためには、絶えず学び続けることが求められますね。

福本 従来、企業は自社の業務に特化したトレーニングを提供してきましたが、“エデュケーション”にはあまり取り組んできませんでした。社会経験を経たからこそ、初めて理解できる学問もあるはずです。社会経験と教育が繰り返し行われることが重要ではないでしょうか。

田口 つまり、今は教育から社会経験の順番になっていますが、そうとは限らないということですね。

山田 多くの企業の人材育成やスキルアップの取り組みは、個人の頑張りに依存した仕組みになっていると言わざるを得ないような状況です。積極的に取り組んでいる企業でさえ、無料のオンライン教材を提供する程度で、それで終わりということが少なくありません。

企業の戦略に応じた学びの場を提供し、「我々の会社は戦略的にこういう事業に変えていきたいから、そのために必要なスキルセットを身につけてください」と伝えられているかと言えば、現状では難しいと思われます。

リスキリングには、下図のように5つの要素が必要であると考えていますが、これらを満たすようなリスキリング環境を整えている企業はまだまだ少ないと感じています。

民主化されるDX デジタル人材不足を乗りきる処方箋

田口 具体的に、どのような難しさがあるのでしょうか。

山田 5つの要素の中で私が特に重視しているのが「大学との連携」なのですが、まず大学自身が、自分たちが持っている授業のコンテンツが社会人にも有用であることを気づいて活用できていないのではと感じています。企業の側から見れば、実際には宝の山にほかなりません。例えば、ITの活用はDXを推進し、エコシステムへの参加を可能にするパスポートとも言える必要なスキルセットになっているので、工学部の授業のコンテンツが文系出身の社会人の役に立つかもしれません。

しかし、大学はしばしば工学部の授業を大学生のためだけのコンテンツであるとみなしています。そうではなくて、社会人向けにも提供できるようにしたらどうだろう、とちょっと気づいてくださるだけでも、社会人のリスキリング環境は整ってくるのではないかと思います。

田口 大学は学生の獲得に必死になっている面がありますが、社会人を意識してもいいですよね。

山田 そうなのです。先ほど福本さんがおっしゃっていたように、大学を卒業した時点で身につけているスキルだけでは、社会人として生き残るのは難しいでしょう。多くの人が、必要なスキルを磨くために再び大学で学ぶ流れになってきています。若者だけでなく我々のような社会人世代も学生であるとの認識を基に、大学は教育コンテンツを用意していくことが望ましいでしょう。企業もそれをうまく活用することで、産学でのリスキリングやリカレント教育が可能になると私は考えています。

リスキリングは企業の採用戦略も変えうる?

田口 学び続けることは必要ですね。自分がどうなりたいのかというオプションとして、幅を広げやすくなりますね。

山田 採用においても多様性が生まれることでしょう。優れた大学を卒業し、特定の学問を深く修めた人材だけを採用するのではなく、むしろ絶えず学び続ける力を採用基準の一つとすることで、採用に対する考え方が変わるかもしれません。

田口 多くの企業でDX人材の不足が問題となっていますが、新人採用への偏重がその一因かもしれません。リスキリングの取り組みを始めることで、企業内の人材構成やスキルのバランスは変化していくでしょう。

山田 おっしゃる通りです。ただし、学ぶ環境を与えるだけでも結果が出ないのですね。結果が出るためには、スキルを実践する環境を作ることと、学習した努力に対して報いてあげることが重要です。この二つが伴わなければ、ただ学んだだけになってしまうのです。

民主化されるDX デジタル人材不足を乗りきる処方箋

福本 知識として持っているだけではダメだと。

山田 はい。社会人のリスキリングでは、単に学ぶことを目指すのではなく、実際に成果を出すことが重要です。そのためには、学んだ知識を実践できる環境を整え、努力に対して報いを与える仕組みを会社が作るべきです。

田口 リコーでは、その一環として産学官連携を通じたリスキリングに取り組まれているとのことです。山田さんは、先ほど大学との連携がリスキリングにおいて重要だとお話しされましたが、自治体ともさらに深い連携の余地があるかもしれません。例えば、税制優遇などの協力を得ることも考えられます。自治体にとってもメリットは大きいでしょう。

民主化されるDX デジタル人材不足を乗りきる処方箋

山田 確かにその側面もあると気付かされました。私がこのフレームを考えたのは、DXの進展については大企業よりも地方の中小企業の方が問題が深刻だと考えているからです。また、地方では人口減少と高齢化が進んでおり、自治体そのものの体制を維持することが厳しい状況にある中、私たちが提案するフレームで解決する可能性があると見ています。共創のような形で、お互いが持っている良いエッセンスを最大限に活用できればと考えているところです。

田口 悩ましいのは、中小企業の多くが「デジタルに投資している場合ではない」という現状です。

山田 福本さんも先ほど言及されていましたが、一つの企業だけでなく、自治体や地域の企業が集結し、共通の課題解決を図ることで、コスト的な問題を緩和できるかもしれないと思っています。

田口 最後に、本ウェビナー恒例となりますが、お二人から次世代へのメッセージをいただきたいと思います。

福本 産業構造の転換が、どんどん求められています。これまでは主に製造や物流など、モノづくりのサプライチェーン内のパートナーとビシネスを進めることがほとんどだったと思いますが、地球環境にも配慮する必要がある現代において、従来とは異なるセクターとの連携が可能な新しいエコシステムが必要です。経営層の皆さんにも強い意志を持って関与していただき、本格的に進めていく企業が増えていくことを願っています。

山田 私はいつも、「HOW」を考えるよりも、「WHY」と「WHAT」を考えられるようになってほしいと話しています。製造業で働く人たちは、HOW(どのように)を実行することに長けていますが、「モノからコトへ」の転換を目指そうとすると、WHY(何のために行うのか)、WHAT(何を目指すべきか)という視点が重要になると考えています。このような「HOW(どのように)」の前段となる「WHY(なぜ)」や「WHAT(何を)」になるところを考え、実行に移す能力が今後さらに求められると思います。こうしたことを、学び続けるという枠組みの中で実現していけるといいのかなと思っています。

田口 貴重なお話をありがとうございました。

民主化されるDX デジタル人材不足を乗りきる処方箋

【関連リンク】
株式会社リコー https://www.ricoh.co.jp/
一般社団法人ifLinkオープンコミュニティ https://iflink.jp/whats.html
国立大学法人香川大学 https://www.kagawa-u.ac.jp/
株式会社東芝 https://www.global.toshiba/jp/top.html
株式会社コアコンセプト・テクノロジー https://www.cct-inc.co.jp/