この記事は2023年7月18日に「第一生命経済研究所」で公開された「英国のTPP参加が正式承認」を一部編集し、転載したものです。
16日にニュージーランドで開かれた環太平洋経済連携協定(TPP)の閣僚会合で、英国の参加が正式に承認された。英国の欧州連合(EU)からの離脱後、日本は英国との間で経済連携協定(EPA)を締結しており、英国のTPP参加によって日本のFTA締結国が拡大する訳ではない。日英EPAで関税引き下げの対象となっていなかった米の輸出拡大などが期待されるが、経済面での追加的なプラス効果はそれほど大きくない。ただ、世界各国が戦略的に重視するインド太平洋地域の安定、経済発展、貿易自由化などで、日英間の利害は一致している。資源に乏しい日本にとっては、英国などミドルパワーの国と協力しながら、ルールに基づく自由貿易を推進していくことが重要となる。日本と英国は、民主主義や法の支配といった価値観を共有する重要なパートナであり、英国はソフトパワーに秀でた国としても知られる。英国をTPPに迎えることで、中国に共同で対峙することや、TPPの更なる拡大に弾みがつくことが期待される。世界貿易機関(WTO)の多角的貿易交渉(ドーハ・ラウンド)が行き詰まりを見せるなか、地域の枠組みを超えたTPPの拡大は、市場経済や自由貿易の更なる推進につながる可能性を秘めている。
EU離脱後の英国は、「グローバル・ブリテン」を国家戦略に掲げ、EUの厳しい共通ルールに縛られることなく、より幅広い国や地域と貿易協定を締結することを目指してきた。大英帝国の遺産としての海外領土や関係の深い英連邦(コモンウェルス)諸国をインド太平洋地域に持つ英国は、経済、外交、安全保障の各分野でのプレゼンス拡大を目指している。オーストラリアとニュージーランドとのFTA締結、インドとのFTA交渉開始、新型空母「クイーン・エリザベス」の同地域への派遣、英米豪の軍事同盟オーカス(AUKUS)の締結、地域の友好国である日本と関係強化、そして今回のTPP加盟は、インド太平洋地域への重心シフトを反映したものと言える。この地域の高い成長ポテンシャルを取り込むとともに、EU離脱のメリットを訴えるうえでも重要な成果となる。
米国が離脱し、2018年に11ヵ国で協定が発効して以来、英国は初めての参加国となる。「環太平洋」という名前がついているが、元々、TPPには環太平洋地域の国しか参加できない地理的な縛りはない。英国の場合、環太平洋に海外領土を持っているが、今後、アジア太平洋地域だけでなく、欧州や中南米のより幅広い国がTPP参加を目指す可能性がある。最近では、ウクライナがTPP加盟を正式に申請した。
現在、中国、台湾、エクアドル、コスタリカ、ウルグアイ、ウクライナが参加を申請している。今回の英国の加盟交渉では、農業分野を含めた高い関税撤廃率、電子商取引、投資、サービス、貿易円滑化、労働などで厳しいルールの採用が求められた。今後、参加を希望する国に対しても、こうした原則を曲げず、高い貿易自由化レベルと厳しいルールの採用が求められる。
TPPには中国包囲網という隠れた意味合いもあったが、米国が抜け、その間隙を縫って中国が加盟申請し、アジア太平洋地域での経済連携の動きに揺さぶりを掛けている。TPPが求める厳しい自由貿易の基準を中国が満たすのは困難とみられ、不透明な政府補助金や技術移転の強要などの問題もあり、中国の参加は現実的ではない。同時に、「1つの中国」を標榜する中国からの反発が予想され、台湾の加盟も容易ではない。新規加盟には全ての現加盟国の承認が必要で、中国との外交問題に発展しかねない台湾加盟に及び腰となる加盟国がいたとしても不思議ではない。
米国のバイデン政権は国際協調路線を重視するが、来年には大統領選挙を控えており、有力な支持母体である労働組合からの反発もあり、TPP復帰には消極的だ。離脱した米国の復帰は当面望めそうにないが、英国の参加が呼び水となり、より幅広い国がTPP加盟に傾くことで、米国民の間でTPPに参加しないことによるデメリットの方が大きいという世論が形成されていくことに期待するしかない。