2024年4月を目前に時間外労働の上限規制に関する対応を迫られた建設業界。DXが難しいとされる業界ですが、ゼネコンの清水建設がDXに取り組んでいます。
「DXエバンジェリストが斬り込む!」の第8回目はエバンジェリスト対談です。東芝 デジタルイノベーションテクノロジーセンター チーフエバンジェリストの福本勲氏が、清水建設 NOVARE DXエバンジェリストの及川 洋光氏を迎え、語り合いました。
DXエバンジェリスト
大手航空会社に入社し、情報システム部門のシステムエンジニアとして空港のシステム開発プロジェクトを担当。1999年に大手ICTベンダーに移り、製造業向けソリューションのプロジェクトマネジメントおよびコンサルティングに従事し、50社以上のプロジェクトを担当。エバンジェリストとして、年間約180回のDX講演活動を実施。2021年10月に清水建設に入社し、今年9月より現職。DX推進のリーダーとしてデジタルツインなどの各種プロジェクトを推進中。
アルファコンパス代表
1990年3月、早稲田大学大学院修士課程(機械工学)修了。1990年に東芝に入社後、製造業向けSCM、ERP、CRMなどのソリューション事業立ち上げやマーケティングに携わり、現在はインダストリアルIoT、デジタル事業の企画・マーケティング・エバンジェリスト活動などを担うとともに、オウンドメディア「DiGiTAL CONVENTiON」の編集長を務める。また、企業のデジタル化(DX)の支援と推進を行う株式会社コアコンセプト・テクノロジーのアドバイザーも務めている。主な著書に「デジタル・プラットフォーム解体新書」、「デジタルファースト・ソサエティ」(いずれも共著)がある。主なWebコラム連載に、ビジネス+ITの「第4次産業革命のビジネス実務論」がある。その他Webコラムなどの執筆や講演など多数。
ITベンダーからゼネコンへ 現場に触れて発見した「意外なこと」
——以前はITベンダーにお勤めでしたが、全く違う業界のゼネコンへと転身されました。どのような背景があったのですか。
及川氏(以下、敬称略) 前職のときもエバンジェリストではありました。会社にエバンジェリストの制度があって、試験を受けてエバンジェリストとなり、自分が取り組んだDXについて外部にアピールしていました。ただ、ベンダーとしてお客様のところに行ってDXに取り組むなかで、自分自身の中に疑問が湧いてきたのです。
私はお客様の課題解決や、ありたい姿を実現したいわけですが、自社製品だけでは解決できない場合があります。ただ、自社製品以外も含めた提案は、なかなか難しいですよね。お客様の課題を解決するうえで、どうしても限界があると思いました。
そんなときに、清水建設におけるDX推進リーダーへのオファーがあり、転機が訪れます。清水建設は現場を持っているため、自分が良いと思う方向にDXを進められると思いました。使用する側でもあるので、ベンチャー企業も含むさまざまな会社の製品を選べます。そこが一番良かったところです。さらにエバンジェリストとして、自分の言葉で取り組み内容を外に発信できることも大きかったですね。
福本氏(以下、敬称略) 僕も同じ社内ですが両方の立場を経験しているので、及川さんが言っていることはよくわかります。東芝に入社してまず、デジタルソリューションをやっている部隊に入りました。その後、東芝の分社化に伴って東芝デジタルソリューションズに転籍しました。東芝デジタルソリューションズはベンダーです。そのため、及川さんが富士通に対して仰っていたような立場で自社のソリューションを販売するのが仕事でした。その後、東芝のコーポレート(本体)に転籍して今はDXに関わっているわけですが、こちらはユーザー側の立場です。
——2人ともサポート側とDX推進側の両方を経験されているのですね。具体的に、どのような違いがありますか。
福本 ITベンダーは、自社のソリューションをどれだけ売ったかがKPIです。そのため、自社製のソリューションがなければ、ゼロベースで個別開発するなどして、何とか自分たちでやろうとします。でも、お客様の立場からすると全てをそのベンダーのソリューションでやるのが正解ではない場面もあります。ユーザー側からみれば当たり前のことですが、立場上、わかっていてもできないというジレンマもありますよね。及川さんはどうですか。
及川 いやもう、その通りですね。清水建設は施工現場を持っています。DXを進める現場の生々しい話をダイレクトで聞けるのは大きいですね。どんな課題があるのかも、よくわかります。
また、建設業界の現場に触れてみて予期せぬ発見もありました。意外にも、現場は予想以上にデジタルを進めていたのです。とくに驚いたのが、ベンチャーのソリューションを見事に使いこなしていることでした。建設業には、ビルを建てる建築部門と、高速道路やダムを作る土木部門がありますが、その両方ともがベンチャーの技術を比較的使っているのです。
大手は価格が若干高いかもしれませんが品質が良く、SE力やサポート力、コンサル力なども優れています。なぜ、そんなにベンチャーを採用するのか不思議でしたが、工期が関係しているのですね。ビルは早ければ1年、長くてもだいたい3〜4年で建ちます。そのビルを建てるプロジェクトの中で投資していきます。つまり、システムは最長でも3年ほど持てばいいのです。
これに対して、会社の基幹システムなどはずっと使い続けなければいけないので、安心できる大手にお願いするわけです。品質も良いので、10年20年と使い続けられます。基幹システムにベンチャーを採用して、買った1年後に倒産してしまったら困りますよね。しかし、建設現場はたった3年持てばいいのです。
しかも、営業にやって来るベンチャーの担当者は社長自身です。例えば、ある製品を現場でテストしたところ、不具合があったとします。そこを調整してほしいと伝えると、「わかりました!」と翌日には修正を完了してくれるのです。スピード感が違います。
DXで意味性を追求するのはなぜか
——建設業界では現場ごとに所長がいるので、新しいツールを導入するのは所長の考え方次第だという面があるそうですね。
及川 実際にその通りですね。現場は納期が重要なので、「ツールを私の現場で試す時間はないから、どこかで完成したものを持ってきてくれないか」という考え方が多いです。ただ、所長の中にもデジタルを使いたいという人が一定数います。その人たちが先陣を切ってトライアンドエラーを重ねていて、うまくいったものが徐々に横展開されていく感じです。
——DX推進の具体的な施策を教えていただけますか。
清水建設が考える「デジタルゼネコン」のうち、多くの人が持っているイメージは「ものづくりをデジタルで」なのですが、私が期待されているのはここではありません。私はIT業界出身です。建設の専門家ではないので、施工ノウハウを持っていません。
清水建設に呼ばれた主な理由は、「デジタルな空間・サービスを提供」するためです。現代は在宅勤務なども広がり、ビルが本当に必要なのかという論点も出ています。ビルを建てるビジネスも頑張るのですが、ビルを建てた後の空間サービスで新しいビジネスモデルを作っていこうとしているのです。
建設領域に対し、建設以外の「非建設領域」のビジネスレイヤーを伸ばすことは、中期経営計画にも書いてあります。9月上旬に東京・潮見にオープンした新イノベ―ション拠点、「温故創新の森 NOVARE(ノヴァーレ。以下、NOVARE)」では、空間サービスのデジタル化を推進するリーダーとして取り組んでいます。
——NOVAREについてご紹介いただけますか。
及川 NOVAREには「温故創新の森」という枕詞がつきます。「故(ふる)きを温(たず)ねて新しきを知る」という意味の「温故知新」をもじって、「温故創新」としています。清水建設は、もうすぐ創業220年を迎えます。忘れてはいけない匠の技術が、かなりあるのです。長い歴史の中で築いてきた考え方や匠の技術を常に大切にしながら、新しいイノベーションを創新するという意味を込めました。
「温故創新の森 NOVARE」の英語表記は、「Smart Innovation Ecosystem」になります。
大自然の中で「森」が動植物や土壌、水、大気の循環を促す生態系(Ecosystem)を形成するように、構成する5つの施設がそれぞれ自立かつ連携しあい、ものづくりの原点に立ち返り進取の精神を育む場、国内外の知を結集し新たなイノベーションを創出する場となることを目指しています。
またNOVAREの真ん中には、清水建設の顧問だった渋沢栄一の旧邸も移設しました。ちなみに、旧渋沢邸は当社の二代目清水喜助が手掛けた唯一の現存する建物です。
——御社が進めるDXにおいて、及川さんがこだわっている部分は何でしょうか。
及川 「意味性」ですね。デジタルやDXなどを考えるとき、どうしても生産性の話題になりがちです。デジタルゼネコンの要素である「ものづくりをデジタルで」については、QCDEの工場が重要になります。例えば、どうやってデジタルを活用して、少ない人数で納期に間に合わせるのかを考えなければなりません。製造業における工場も同様ですね。
私が注力している「デジタルな空間・サービスを提供」においては、「利便性」はもちろん「意味性」も追求したいですね。
例えばここに1膳のお箸があるとします。動画でユーチューバーが遠くの山奥に出かけ、こだわりの竹を見つけて作ったお箸だと知ったら、購入する方もいるでしょう。これは「心で買う」ということです。このストーリーが、人の心を動かしているのです。
今いる場所にロボットが飲み物を持って来ても、ただ便利なだけですぐに真似されます。私は意味性を追求することで、清水建設をブランディングしたいのです。デジタルで利便性を追求するだけではなくて、「そこに何の意味があるか」をアピールしていくためのDXをやりたいと思っています。
エバンジェリストが物語を紡ぎ、人を動かす
福本 DXの目的は、自らの存在価値の未来視点での見直しです。トランスフォーメーションの先を見るのです。及川さんがお仰っていることは、掲げるゴールとして非常によくわかります。
——及川さんのご発想は、どのような経験がもとになっているのでしょうか。
及川 エバンジェリストだからですね。相手の心を動かすには、物語の果たす役割が大きいからですよ。Why(なぜ)、How(どのように)、What(何)の順に語るべきだという「ゴールデンサークル理論」という考え方がありますが、大抵の人はWhatから言ってしまうのです。「このパソコンは、世界最軽量で最速です。デザインもきれいで、ユーザーフレンドリーです。おひとついかがですか」というようにです。
その点、スティーブ・ジョブズはWhyを先に語ったのですね。「我々は、世界を変えたいと思っています。違う考え方に、価値があると思うからです」(Why)。「世界を変える手段は、より美しくデザインされていて簡単に使えて、親しみやすい製品なのです」(How)。「その信念のもと我々はやっと、iPhoneにたどりつきました。皆さま、おひとついかがですか?」(What)。
何のためにアップルがあるのかということから伝えています。この「なぜ」が、物語なのです。「性能がいいですよね」はお客様に刺さりません。だから私はエバンジェリストとして、「なぜ」をストーリーとして語るのです。
福本 いやぁ、すごくわかりますね。
——お二人ともエバンジェリストでいらっしゃいます。エバンジェリストとは「伝道者」の意味がありますね。
福本 及川さんの話には、とても共感します。エバンジェリストとして、どちらの立場からものを見ているか、ということなのですね。モノを売る立場だと機能や性能の話になってしまいがちです。しかし、お客様や市場の立場をふまえると、自分の会社だけで本当にお客様の要望をフルサイズで実現できるのか、よく検討しなければなりません。
NOVAREを清水建設だけでやっていないのは、徹底的に考えた結果なのではないでしょうか。「場」を作って、そこで色々なプレーヤーが動けるようにしています。市場側から見たら、「さすがにゼネコンだけではできないぞ」ということに気づいたからだと思うのです。その視点はとても大事だと感じます。
——こうした気づきを、自分たちの中に引き起こすということですか。
福本 本来、お客様や市場の側に立っているのなら、気づきは自ずと起きると思います。できないのは、立った「ふり」をしているからではないでしょうか。でも、その視点の変化は訓練していないとできないのです。本当に立場や視点が変わっているのかを、常に自分に問い続ける必要があります。だから、結構大変ですよ。自分に嘘をついてはいけないですしね。そして、自分のことは自分が一番よくわかっているものです。
——エバンジェリストには、こうした変化を促す役割も含まれるのでしょうか。
福本 はい。含まれると思います。
及川 私もそう思っています。現在のことを語っても、「知っているよ」で終わってしまいますからね。エバンジェリストとしては、皆がまだ気づいていない理想的な在り方を知らせなければなりません。だから伝道師だと言えるのでしょうか。DXについても将来的に望ましい変化について自らが考え、伝えていくことだと思います。
福本 エバンジェリストの説明として、「自社のプロダクトをわかりやすく紹介する人」みたいな記述がネット上には非常に多いのですが、それだけではダメですよね。
及川 そうですね。私が考えるエバンジェリストの役割は、人をワクワクさせ、驚きを与え、それを見て行動を起こしてもらうことです。ですから、私のプレゼンスタイルは必ず、リアルタイムデモです。ウェビナーでお見せしたデジタルツインもその1つです。
福本 とても良くわかります。デジタルツインは、フィジカル(現実空間)の写像です。そこでは、現実世界ではできないシミュレーションが可能です。デジタル空間で色々な人たちやロボット、植物なども含め、人とコミュニケーションをしていくのがメタバースです。例えばNOVAREでは、このデジタル空間で人と人以外がコミュニケーションをすることによって、新しい価値を創り出すという取り組みを進めているのですよね。
パズルのピースを組み合わせて2024年問題に対処
——DXを組織全体に広げていく上で、現在取り組んでいることは何でしょうか。
及川 企業ですので組織の壁もありますし、デジタルへの取り組みも人によって濃淡があります。そこでまず、組織横断的なイントラサイトを作り、XRやメタバース、デジタルツインなどに関する情報を集約し、導入事例をまとめました。それまでは、情報が組織ごとにバラバラに存在している状態でした。
多くの企業でみられる組織のサイロ化です。
さらに、技術を具体的にどのように使っているかなどの細かい情報は、現場に聞く必要があります。例えばドローンを導入した場合、日中か夜間の使用なのかで条件が大きく異なります。現場でしかわからない情報を得るために、社内SNSを立ち上げてコミュニティを作り、現場間で情報交換できるプラットフォームを構築しました。
——DXの成果を最大限にするには、どのような組織や風土が必要なのでしょうか。
及川 3つあります。まず1つ目として、リーダーが必要です。ただし、本当にDXを推進したいという熱い想いがある人で、実質的にデジタルリーダーとして引っ張っていける方です。肩書きや年齢ではありません。2つ目に、失敗を恐れない企業風土が挙げられます。DXはアジャイル形式なので、失敗は当たり前です。3つ目として、外部登用が挙げられます。外から来た人は、話を聞いてもらいやすい面もあります。
福本 新しいことや変化に前向きに対応するには、文化とか風土が大切になってきますよね。これを変えられるのは経営層です。
及川 当社の場合は、トップが「デジタルゼネコン」を目指すという方向性を示していますが、現場がついていく上でまだ課題があります。そのため、「1か0か」で考えるのではなく、0.1でもやりたいという人がいるのなら、そのコミュニティを社内SNSで作ってあげようと思いました。結構盛り上がっていますよ。「いいね」が付いたら、やっぱりうれしいじゃないですか。今は、ボトムダウンの仕組みづくりを地道にやっている感じですね。
——DX人材の育成は、どのように行っていきますか。
及川 今まさに検討中です。方向性は、大きく2つあります。1つは全社員のデジタルリテラシーを上げることです。ChatGPTの登場でまた状況が変わっています。
もう1つは、DXを進めるリーダーの育成です。テクニカルな面を学んでもらう人や、デジタル化を推進する変革のリーダーですね。未来に向けてビジネスモデルをどのように変えていこうと考えるような人たちは、例えばデジタルアカデミーのような社内組織で育てる必要があるかもしれません。
ただ、人材育成はどうしても時間がかかるので、即戦力という意味では、外部登用も検討したほうがいいと個人的には思っています。
福本 おそらく、1人で全てをできる人はいないので、チーム編成要件は大事ですね。これとこれができる人はいるけれど、この要素が足りないという場合があります。育成か外部登用か見極めが必要になってくるでしょうね。
及川 その通りですね。年配の人だけでは新しいデジタル技術の習得は難しいかもしれません。その一方で、若い人が会社の「ありたい姿」を描けるかというと、これまでのことをよく知らないので限界があります。
私はパズルのピースのようなものだと思っています。全ての能力(ピース)を持っている、万能なスーパーマンはいないのです。DXを進める上では、福本さんが仰るとおり、その個人の能力(ピース)のかけ合わせ、「チーミング」がとても大事だと思います。人それぞれに能力があるので、その能力をかけ合わせた「チーミング」でDXを進めて、「2024年問題」を解決して行きたいです。
——読者の皆さま、とくに製造業など他業種でもDXに取り組んでいる人たちに向けてメッセージをいただけないでしょうか。
及川 私のこれまでの道のりは、少しも順風満帆ではありません。前職のときから、未来的なことばかりやっていました。当時は、周りに見せても「すごいね。それで?」で終わりでした。
現場は、目先の課題解決を優先してデジタル化を進める傾向にあります。品質が一番大事なので、新しい技術を採用できないこともあります。これは当然のことであり間違っていないです。
しかし、デジタルを活用して、ビジネスモデルを変えていくDXを進められるかと言うとそうでないかもしれません。だからと言って、新しいデジタル技術を活用し、生産性を向上したり、ビジネスモデルを変えて行きたいと社内で提案しても、結果的に「事例はあるの?」「うまく行く保証は?」「どれだけの利益になるの?」などと言われて、話が止まりめげそうになる人もいるかもしれません。
これは私の実体験でもありますが、机上論ではなく、小さな成果でも良いので、「目に見える成果」をコツコツと積み重ねることが重要だと思っています。結果として、この小さな目に見える成果が少しずつ認められ、DXの推進に大きな追い風が吹いてくると思います。みなさん、是非、NOVAREで一緒にイノベーションをしましょう。
福本 NOVAREにはぜひ行ってみたいですね。及川さんのさらなるご活躍を楽しみにしています。貴重なお話をありがとうございました。
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