設計プロセスで広がる生成AIの活用。プロ人材の育成は課題

オーダーメイドによるAIソリューション「カスタムAI」の開発・提供をビジネス展開する、株式会社Laboro.AI(ラボロ エーアイ)代表取締役CEOの椎橋徹夫氏に、生成AIが製造業に与えるインパクトをテーマにインタビューを行う本連載。

上編では生成AIに対する業界のニーズや活用の方向性についてお聞きしました。続く下編では、生成AIを導入する際のポイントや実装化に向けた展望について話を伺います。

椎橋 徹夫
椎橋 徹夫
株式会社Laboro.AI 代表取締役CEO
米国州立テキサス大学理学部物理学/数学二重専攻卒業。2008年にボストン コンサルティング グループ 東京オフィスに参画。ワシントンDCオフィスへの出向を経て2014年、当時最年少でプリンシパルに昇進。国内外の多数のプロジェクトに携わる。その後、東京大学発AI系のスタートアップ企業に創業4人目のメンバーとして参画。AI事業部の立ち上げをリード。また同年東京大学大学院工学系研究科技術経営戦略学専攻松尾豊研究室グローバル消費インテリジェンス寄付講座ディレクターを兼任。2016年、AIを活用したソリューション開発などを手掛けるLaboro.AIを創業。
株式会社Laboro.AI
2016年4月1日設立のAIスタートアップ企業。機械学習を活用したオーダーメイド型AI「カスタムAI」の開発事業、カスタムAI導入のためのコンサルティング事業を展開。あらゆる産業ビジネスでのイノベーション創出を支援することを使命とし、製造業での導入・活用実績は多数。2023年7月に東京グロース市場に上場。
HP:https://laboro.ai/

目次

  1. 生成AIを導入する際の課題とポイント
  2. 設計段階で起こりうる生成AIのイノベーション
  3. ソリューションデザインの市場価値

生成AIを導入する際の課題とポイント

――製造業で生成AIを導入する際の課題・ポイントはありますか。

椎橋氏(以下敬称略) ChatGPTをはじめ、現在のLLM(大規模言語モデル)は汎用的なモデルです。よって、限られた装置の中で動かすなど、現場に組み込んでいくにはハードルが高いとの見方があり、モデルのサイズを小さくしつつ用途も特化させてコンピュータ上で動くようにしないといけないでしょう。また、装置のデータは機密性が高く、企業側はクラウドに上げることに抵抗感があったり、実際に制約がかかることもあります。ある程度はローカルなサーバで動かせるようにすることも論点の1つです。

AIが事実に基づかない情報を生成する「ハルシネーション」が起きることも課題でしょう。必ずしも正しいことだけが出力されないので、製造現場で間違ったメンテナンスが行われると大変なことになりかねません。正誤を選り分け、出力の品質保証をどのように担保するかは、製造業で議論に挙がりやすいと捉えています。

――これらについて解決策は見えつつありますか。

椎橋 学習領域においてはモデルの小型化、LLMをダウンサイジングしても性能を下げない研究が急ピッチで進んでいます。超汎用性でなく、領域に特化した上で高精度を引き出す取り組みも始まっていて、例えばブルームバーグは金融特化のLLM「BloombergGPT」を発表しました。今後、他業界でも実用化されていくでしょう。

ハルシネーションに関しては、「リトリーバル・オーギュメント・ジェネレーション」といって、LLMにモデル内の知識ではなくファクトのデータベースに答えを探しに行かせ、要約して答える仕組みの活用が始まっています。事実らしい基づき回答するので、あまり嘘は言わないとされています。この研究も進んでいますが、それでも真実かどうかの保証はできず、今後の進展に期待したいところです。また、予め正解・不正解が明確な内容については、ルールベースで学習させておくことでハルシネーションを防ぐなどの工夫もできると思います。

設計段階で起こりうる生成AIのイノベーション

(画像=metamorworks/stock.adobe.com)

――生成AIの活用に向けて、さまざまな取り組みが行われていることがわかりました。その上で、この技術が製造業にどういった変化を与える可能性があるのかお聞かせください。

椎橋 今後は設計の領域でもイノベーションが起きると思っています。製品の設計もそうですし、複雑な工程や構造の設計など、現状は専門家の仕事を生成AIが支援する未来を感じています。例えば、半導体の設計も専門のソフトウェアが進化を支えてきましたが、最近は生成AIを使い同じ面積の中で計算能力が高いチップの設計を出力させる取り組みが始まっています。

一方、囲碁や将棋のAIの例えがわかりやすいのですが、かつては偉人たちの打ち手のデータを学習し、それを真似るようなアプローチで進化してきました。ところが、Google傘下の英AIベンチャーのDeepMindが開発した「AlphaZero」は過去の棋譜などを学習させず、最初からAI同士で対戦・試行錯誤の中で学習することで歴史上なかった打ち手が発見され、囲碁・将棋・チェスなどのゲームで多大な成果を収めています。

今のLLMは人間がこれまでためてきたデータに基づき学習していますが、設計においても人が教えるのではなく、実際にやらせてみて学習するといった組み合わせが、次の飛躍につながると思います。今の生成能力に加え、人がこれまで発見したことを教えるのではなく、AIみずから試行錯誤し新知識を発見することで、大きな成果に到達するのではないかと考えています。

ソリューションデザインの市場価値

――製造業で生成AIの活用が進むとすると活用する人の能力がアウトプットを左右するようになると思います。

椎橋 我々は「テクノロジーとビジネスを、つなぐ。」、「すべての産業に新たな姿をつくる。」をミッションとして掲げ、AIを活用し、幅広い産業や社会でイノベーションを起こすパートナーになることを志向しています。AIのような新しい技術領域ではエンジニアリングや研究など技術側のケイパビリティや人材に焦点が当たりがちな一方、より重要なことは、新技術により社会や産業がどう変わるのか未来像を描き、現場に実装していくことだと考えています。

そこで我々は、技術の理解・開発と事業変革の両軸を見ながら開発すべきAIを設計していくアプローチを、「ソリューションデザイン」と呼んでいます。弊社はクライアントの成長戦略やビジネスの課題に合わせたAIソリューションを開発し、事業変革の伴走支援を行う「カスタムAI」のサービスを提供していますが、これを実現できるソリューションデザイナのチームを持っているのが強みだと思います。

そして、これまで世の中で定義されてこなかったソリューションデザインができる人材は、マーケットの中で価値が高くなり、新しいタイプのプロフェッショナルとして重宝されていくに違いありません。弊社も育成に注力していますし、こういった人材をビジネスシーンで増やすことを検討しています。

――最後に、製造業のDXや生成AIの活用に興味を持つ読者に対して一言お願いします。

椎橋 生成AIというと、業務の負担軽減や効率化をイメージする方が多いと思います。実際にそのような捉え方で製造現場を良くする動きはありますが、生成AIの技術でものづくりが長期的にどう新たな価値を生んでいくことができるのかを考えることも重要だと考えています。Laboro.AIとしては、日本が培ってきたものづくりの変革を、製造業の皆さまと一緒に取り組んでいきたいと思っています。

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