「落ち着こう、自分。やればできる子なんだから」

チェーンさえあれば鬼に金棒! と意気込んで車から出た。後輪の横にうずくまり、説明書を広げた。

が、吹雪だ。風に紙がバタバタバタバタ煽られて、字なんか読めたものではないのである。そこで両手で説明書を車に押さえつけて、手順を暗記することにした。

自分はもとより誰も知らないが、暗記は得意なのである。小学校のころは、寿限無寿限無(じゅげむじゅげむ)を最後まで言えたのだ。それに「誰でも簡単に装着できる」ようなことが書いてあるだけに、手順は多くない。どちらかというと、こんなんでチェーンを巻けるのかと不安になるくらい文字は少なかった。

一言一句しっかりと暗記して、念の為に口の中で復唱した。

うん、大丈夫、問題なし。説明書をポケットに突っ込んで、チェーンを手にした。

えーと。
…………。
…………。

あれっ、どうするんだっけ?

思い出せなかった。1行も頭に浮かばないとは自分ながら驚いた。強風のせいなのか、雪の精のせいなのか。落ち着こう、自分。やればできる子なんだから。

作戦変更の後、覚悟を決めた

作戦を変更することにした。説明書に頼るのはやめよう。なんだかんだ言っても所詮チェーンにすぎないのだ。じっくりと観察してみよう。どうだ、なんとなく手順が見えてこないかい、と思ったら、ほら、手が勝手に動き出した。

あっちとこっちを繋げばいいに違いない。そっちからこっちへ通すと見せかけてあっちへ繋げるのもいいだろう。本能の命じるままにまかせたら、カタチになったのだった。

素晴らしい、見た目は悪くない。

あえて言えば、10cmくらいチェーンが余っているのが気になる。加えて、全体的にゆるゆるなのも見逃せないポイントだった。それらを改善すべく部分的にチェーンをぐるぐる巻きにして、こっちが緩いからあっちに引っ張ってみたりして、なんとか辻褄を合わせた。

出来上がった作品をしばし眺め、筆者は覚悟を決めたのである。

チェーンを外して、車に戻ることにした。

吹雪のシベリアで夏タイヤ。車中泊という名の遭難かも...【すみません、ボクら、迷子でしょうか?:第6話】
後日、天気のいい日に巻いてみたが、やはり上手く巻けなかった。雪の精は関係ない

これを奇跡と呼ばずに何をミラクルと呼ぶのか

事ここに至ってようやく悟った。運命だか天中殺が導いているのだ、ここで安らかに眠れ、と。

ならば粛々と遭難の準備に…、ではなくて車中泊の準備に取り掛かろう。と、その時、シャンシャンシャンとサンタクロース&トナカイの音が聞こえてきた。後ろから軽やかなリズムで。振り向けば、除雪車がやって来たのである。除雪車の通ったあとには、モーゼが海を割ったがごとく、雪がなかった。

チャンス!

待って、置いてかないでー! と走り出し、除雪車の真後ろにくっついて町まで下ったのだった。

大雪の日に除雪車がやってきて、そのあとには雪がないとは、これを奇跡と呼ばずに何をミラクルと呼ぶのか——。この勢いでスタッドレスタイヤを買おう! と意気込んだが、次回「そんなタイヤはありません!」の巻。

ついてないときはついてないもので……。(第7話へ続く)

■本連載のこれまでの話、著者プロフィールはこちら:https://www.mobilitystory.com/article/author/000028/

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どこもかしこも雪で白いのに、車が汚くなっていくのはなぜ?