カーボンニュートラルに対する取り組みが世界規模で進む一方、産業によってはその性質上、CO2の排出量が生来的に多いという課題があります。鉄鋼業もその中に含まれますが、現場ではどのような取り組みが行われているのでしょうか。
100年近い歴史を持つ日本冶金工業は、2050年度までにカーボンニュートラルの目標を掲げ、「都市鉱山」を積極的に活用する方針を打ち出しています。
東芝 デジタルイノベーションテクノロジーセンター チーフエバンジェリストの福本勲氏がDXやESGの最前線をインタビューする本シリーズ。今回は、日本冶金工業取締役の豊田浩氏に話を伺いました。
1984年3月、神戸大学経済学部卒業。同年4月、日本興業銀行(現みずほ銀行)入行後、産業調査部、企業調査部や営業担当を経て、2010年に企業調査部長。2013年、執行役員営業第六部長(エネルギー担当)。2016年、日本経営システム社長。2019年6月、当社入社。2022年6月、当社取締役就任。
アルファコンパス代表
1990年3月、早稲田大学大学院修士課程(機械工学)修了。1990年に東芝に入社後、製造業向けSCM、ERP、CRMなどのソリューション事業立ち上げやマーケティングに携わり、現在はインダストリアルIoT、デジタル事業の企画・マーケティング・エバンジェリスト活動などを担うとともに、オウンドメディア「DiGiTAL CONVENTiON」の編集長を務める。また、企業のデジタル化(DX)の支援と推進を行う株式会社コアコンセプト・テクノロジーのアドバイザーも務めている。主な著書に「デジタル・プラットフォーム解体新書」、「デジタルファースト・ソサエティ」(いずれも共著)がある。主なWebコラム連載に、ビジネス+ITの「第4次産業革命のビジネス実務論」がある。その他Webコラムなどの執筆や講演など多数。
目次
2050年のカーボンニュートラルへ向けて、都市鉱山へと舵を切る
福本氏(以下、敬称略) まずは、御社の沿革についてお話しいただけますか。
豊田氏(以下、敬称略) 当社は1925年の創業で、消火器の製造販売事業からスタートしました。その後、1935年に「18-8ステンレス鋼」の製造を初めて手掛け、以降は日本の成長と期を一にして、社会のさまざまな分野へステンレスを供給し続けてきました。日本で唯一「ニッケル鉱石からフェロニッケルの生産(精錬)」「80種類を超える各種ステンレス鋼の生産」の一貫対応を行っています。
京都・丹後半島の付け根に位置する大江山にニッケル鉱山がありまして、そこでニッケル製錬を行ってフェロニッケルとよばれる中間製品を作り、川崎でステンレスを作るという流れですが、国内のニッケル鉱山には良い純度のものがないため、戦後は基本的に海外からの鉱石を調達しています。なお、大江山と川崎の2ヵ所はそれぞれ、現在の「大江山製造所」「川崎製造所」として稼働を続けています。
福本 海外からとなると、規制もありますね。
豊田 はい。鉱石はニューカレドニアやインドネシアなどから調達していたのですが、インドネシアがニッケル鉱石の輸出を禁止したので、今はニューカレドニアからだけです。とはいえ、海外の鉱石に依存していると、価格競争力や輸送コストなどの面でさまざまな問題が生じますので、大江山製造所は「都市鉱山」へとシフトしています。
当社で「リサイクル原料」と称する、国内で使われた電子材料などを含むニッケルが入っているものを製錬し、リサイクル原料比率で5割を超えるところまで持ってきています。一方、川崎製造所ではステンレスのスクラップを電気炉で溶解・精錬して、炭素燃料に頼らないやり方になっています。この意味では、リサイクル産業という位置付けです。
福本 サーキュラーエコノミーですね。
豊田 まさしくそういうことです。カーボンニュートラルに向けて、さまざまな取り組みを進めています。
福本 御社のカーボンニュートラルの取り組みは、どのようになっているのでしょうか。
豊田 当社は、2013年度を基準年とし、2050年度のカーボンニュートラルを目指しているのですが、このうち2025年度までにスコープ1と2を合わせて46%の削減目標を掲げています。当初は2030年度までに46%の削減を目指していましたが、今年5月に発表した中期経営計画(中計)で2025年度に前倒ししたのです。その中心となるのが、大江山製造所におけるカーボンレスニッケルの製錬です。川崎製造所では高効率の電気炉を導入し、2022年1月から稼働しています。
鉄鋼業界では、これまでの高炉に代わり、電気炉が注目されるようになっています。スコープ1をどうやってゼロにするのかは我々の課題ですね。電力会社とともに、外部エネルギーなど日本全体の取り組みと連動させながらやっていくことになると思います。そういう意味では、鍵は「都市鉱山」の活用です。大江山は製錬においては電気を使わないので、CO2排出がどうしても多くなってしまう面があります。そのため、まずはエネルギー源として石炭からLNGへの転換を図っています。
福本 リサイクル原料の割合は大江山で5割に達しているということですが、今後もまだまだカーボンニュートラルに向けた取り組みを加速していくのでしょうか。
豊田 はい、どんどん進めていきます。エネルギー源を石炭からLNGなどにするとともに、ニッケル鉱石の還元材を石炭から廃プラスチックなどへ転換することも計画しています。
素材産業として、サステナブルな価格設定をしたい
福本 ところで豊田さんは、どのようなご経歴でいらっしゃるのですか。
豊田 私はみずほ銀行出身で、合併前の日本興業銀行時代に入行しました。不思議なご縁で、銀行時代もずっと鉄鋼やエネルギーを担当し、産業調査などの業務で鉄鋼業を長く見てきました。銀行員として、この業界と非常に縁が深かったのです。当社には、2019年6月に入社しました。
福本 銀行のご出身ですが、非財務項目のご担当になられたのですね。
豊田 私自身、経営企画担当としてどのような経営課題を担当するのかを社内で議論しました。入社した後に前回(2020年度)の中計の策定に関わるなかで、当時はサステナビリティに対する社会的な要請が高まっていましたので、上場企業としての責務を歴史ある会社として果たしていこうという流れになり、財務項目、非財務項目を統合した形でのサステナビリティ推進担当の役員となりました。
福本 ESGやサステナビリティについてファイナンスの観点からもご覧になっていると思いますが、どのような特徴があるのでしょうか。
豊田 主原料のニッケルは、ロンドン金属取引所(LME)に連動する市況商品ですので、収益のみならず運転資金をどのように安定化させるかは経営課題の一つです。自社での資金の効率化を図るとともに、リスクをミニマイズしていくことが大切だと思っています。
また、装置産業である鉄鋼業は設備に多額の費用をかける必要があり、レバレッジを効かせなければなりません。そのため、財務の安定性を図るには自己資本を高めていくことが重要になります。今回の中計でもネットD/Eレシオを1.0未満から0.5の間で抑えるようにして、レバレッジを効かせながらもとにかく純資産を積み上げていきたいと考えています。
あとは教科書通りかもしれませんが、キャッシュフローの改善を一つの目標にして、設備投資と人、システムや研究にも資金を回していけるようにしたいですね。
福本 難しい課題ですね。
豊田 難しいです。ただ、幸いにして最近の決算がいいのは、正当な価格、つまりサステナブルな価格設定ができている背景があります。素材業界に共通する話だと思いますが、高度成長期には日本企業はいいものを作っても、それを安く提供することで協力してきた面があります。しかし、今後は脱炭素に向けてお金をかけていかなければなりません。価格転嫁できる部分は転嫁して、社会に役立つ新たな付加価値を生み出していくべきだと思っています。高付加価値で高機能な商品を目指していきたいですね。。
福本 そうしますと、営業キャッシュフローで改善を狙っていくということですね。
豊田 そうですね。
サステナビリティレポートは、社員が自社の取り組みを再認識する機会にもなる
福本 豊田さんが御社に入社されてから、これまでに2回サステナビリティレポートが発行されました。次期レポートも間もなく発表されます。この2年間、どのような変化があったと捉えていらっしゃいますか。
豊田 今年5月に新しい中計を作り、サステナビリティの取り組みと事業をコンバインドした形でレポートに載せられるようにしました。
間もなく発表する2023年版のレポートは、統合報告書にする予定です。今年5月に発表した中計においては、2030年に向かって「ありたい姿」をイメージして策定していますので、財務項目と非財務項目を一つの柱として、統合報告書に載せたいと考えています。
福本 外部へのPRに関しては、社員への浸透も非常に大事ですが、何か工夫されていますか。
豊田 はい。レポートを作って、まずはグループの社員全員に配りました。そのため、最初に作ったサステナビリティレポートは、社内も意識しています。家に持ち帰ってもらい、「うちはこういう会社なんだよ」ということを、社員と社員のご家族の皆さんにも分かってもらいたいと考えました。1号目も2号目も、社員全員に配っています。ペーパーレスが進む中、紙で配るのはどうなのかという議論もありますが、やはり手に取って見ていただきたいものです。
これは社員に対して、我々がやっている事業や現場で日常的に行っているさまざまな取り組みが、SDGsにつながるサステナビリティそのものであることを認識してもらう意味もあります。そのため、最近の経営会議の説明資料には、関連するSDGsの指標マークを付けるようにして、重要課題それぞれに紐付けられるようにしています。「この投資は、どの指標につながるか」といったようにです。
福本 御社の業態はどうしても、いわゆる組み立て産業などに比べてエネルギーの使用量が比較的多くなると思いますので、こうした意識づけは大事なのでしょうね。
豊田 そうですね。そしてこの取り組みはコスト改善にもつながります。カーボンニュートラルを単に「やらされている」と感じながら取り組むのではなく、目指すことによって、我々の企業自体もサステナブルになるし、コスト競争力強化にもなる。さらに社会貢献にもつながるのだという意識も持ってもらいたいと思っています。
福本 それから、ESGの面では実行しているだけではなくて、実際に行っているさまざまな取り組みを見えるようにしておかないとスコアが上がらない部分がありますね。
豊田 おっしゃる通りです。私どもはこういった部分があまり得意ではなかったので、広報を立ち上げて、今年の4月からは部署名にIRを付けて進めているところです。製造業の性質上、本社機能は小規模という面があり、サステナビリティの取り組みを進めるためのスタッフが十分に揃えられるわけではないのですが、一方でコンパクトだからこその強みもあります。
例えば、研究と装置の観点では川崎製造所の構内に技術研究所があるので、両者が一体になっていて、現場を見渡すことができます。また、社内でESGを進めるための「サステナビリティ推進会議」においては、社長と各部門長が近い距離で議論できる体制も整えています。
ただ、ESGのうち、「G(ガバナンス)」は当然のこととして、また「E(環境)」も取り組みを進めていますが、「S(社会)」の部分が難しいと感じています。
福本 グローバルサプライチェーンがあると、見えないところにリスクがある場合もありますね。そこをどこまで見えるようにするかが、大事なのかもしれませんね。
豊田 人権方針やサプライチェーン全体についての人権デュー・ディリジェンスも含めて、課題ですね。
2025年の創業100年に向けて、原料・製品・人の多様性を図りたい
福本 まもなく次の報告書が出る時期かと思います。次期報告書からは統合報告書になるそうですが、どのような内容になるのでしょうか。可能な範囲でお聞かせください。
豊田 まさに中計を作った年なので、報告書に中計の項目を織り込むことが非常に重要だと考えました。中計においては、カーボンニュートラルで掲げる目標について当初の2030年までに46%の削減を目指していたところを、2025年に早めました。スピードアップしたというメッセージを出したいと思っています。
今、大きな設備投資を三つ、進めています。次の統合報告書にはこうした取り組みと、今回発表した中計でイメージした「ありたい姿」、つまり中長期で目指す企業価値向上についても伝えたいと考えています。そのうえで、「欲しい材料が冶金にある」ということを、よりわかりやすく伝えることを意識しました。社員の言葉も盛り込みたいと思い、若手含めた多数のスタッフが編集に取り組んでいます。
福本 エネルギーコストも上がっていますが、事業環境については、どのように認識されていますか。
豊田 大江山のカーボンレスニッケル製錬によって、海外からのニッケル鉱石の調達をとにかく減らしていきます。グローバルのサプライチェーンの影響をできるだけ受けないように、究極はゼロにしたいというぐらいのイメージを持って取り組んでいます。
電力コストもばかになりません。当社は東京電力管内では、有数の大口電力消費者だと思います。電力会社さんもカーボンレスを進めなければならないのは同じですから、今回の設備投資で導入した電気炉で、省電力において機能を発揮してくれると期待しています。大江山ではLNGに切り替えつつありますが、いずれにしてもエネルギー会社との連携のなかで進めていくことになるでしょう。
――ほかに、ESGを進めていく上での課題はどんなことがあるでしょうか。
豊田 人に関する問題と、それにまつわる機械の自動化とシステム化ですね。鉄鋼業の世界は24時間稼働であるうえ、現場は灼熱です。川崎の電気炉の設備投資においては、操業に関わる作業を操作室で行えるようにしました。つまり、過酷な作業現場から人を解放しつつ、自動化をして人の手のかかることを減らしていかないと、サステナブルにならないという発想に立とうとしています。
福本 日本のものづくりは、現場で10年かけて職人を育てていますからね。あとは、デジタルを使うなどして見えるようにしてあげて、技術が人から人へと移るにしても、10年かかっていたのを1年ですむようにしなければなりませんね。
豊田 そうです。まさしく「見える化」ですよね。
福本 今後の、ESGの展望をお聞かせください。
豊田 今回の中計でも書いているように、当社は2025年で100周年を迎えます。ここを越えて、今後どのような会社にしていくかについては、若い人と議論していきたいと思っています。当社が生き延びてきた理由は、技術を大切にして常に最先端の設備を取り入れて、次につながる投資をしてきたからです。
この規模の会社でこれだけの製品を、ワンプロセスで作るというのは、匠の極みです。手前味噌ですが素晴らしいと思います。当社の社長(久保田尚志 代表取締役)が常に言っている、多様性――これはさまざまな意味の多様性で、原料の多様性と、製品の多様性と、それから人の多様性も求めていきたいと思っています。
福本 貴重なお話をありがとうございました。
【関連リンク】
日本冶金工業株式会社 https://www.nyk.co.jp/
株式会社東芝 https://www.global.toshiba/jp/top.html
株式会社コアコンセプト・テクノロジー https://www.cct-inc.co.jp/
(提供:Koto Online)