事業会社にあるべきIT部門と未来:現場力を武器に三菱マテリアルが目指すデジタル変革のフロンティア

長らく世界を牽引してきた日本の製造業。一方で、DXの趨勢に対応するには、スキルセットやデータの活用不足、伝統的な組織構造など多くの課題があり、これらを克服するための戦略構築が急がれています。そうした中、三菱マテリアル株式会社では2020年4月より、全社デジタル戦略「MMDX(三菱マテリアル・デジタル・ビジネス・トランスフォーメーション)」をスタート。2022年10月には第2フェーズの「MMDX2.0」に移行して、ものづくり領域におけるDX推進に取り組んでいます。

今回、同社CIOの板野則弘氏と株式会社コアコンセプト・テクノロジーCTOの田口紀成による対談が実現。「事業会社にあるべきIT部門と未来」をテーマに、製造業におけるDXに焦点を当てて議論が交わされました。後編となる本記事では、未来のIT部門のあり方について、技術の進化がもたらす変革や、組織・人材の変化などが語られました。

事業会社にあるべきIT部門と未来:現場力を武器に三菱マテリアルが目指すデジタル変革のフロンティア
(左から)コアコンセプト・テクノロジーの田口紀成氏、三菱マテリアルの板野則弘氏(2023年10月19日、三菱マテリアル本社で)

目次

  1. DXの本質は「気づきの種」の提供
  2. 先人の叡智を尊重し、組織の壁を越えた取り組みを
  3. 互いに「戦友」と呼べる協力体制を構築すべき

DXの本質は「気づきの種」の提供

田口:ここまで、IT部門に求められる役割についてお話いただきました。次は、未来のIT部門のあり方にフォーカスします。現代では生成AIのような新技術が台頭しており、実際の変化も起こっています。こうした新たなテクノロジーが登場した際、IT部門がどのように変化し、どう適応していくとお考えでしょうか。

板野:過去を見ると、90年代には1人1台のパソコンが職場に導入され、それによって業務の進め方が劇的に変わりました。紙と鉛筆やワープロからパソコンへと移行し、グループウェアの登場によりコミュニケーションの手段もメールやチャットといった形に進化しています。これらの変化により、業務は以前より楽になったと思いますか?

田口:いいえ。むしろ仕事の量は増え、その質も高度化しています。ITの発展により、業務の内容、ボリューム、質が向上しているため、これに乗り遅れると企業の成長や競争力にも影響が出てしまいます。製造業においては、現場のオペレーターの数が減少しましたが、それに代わって新しい役割が生まれました。

板野:そうですよね。DXの効果は、主に2つに分かれると考えています。一つはITの延長として自動化や効率化が追求されること。そしてもう一つは、劇的に進化するITの活用によって新しい価値が生み出されることです。

DXの本質は、アナログからデジタルへの変換を行い、情報を可視化して多くの人々に「気づきの種」を提供することです。これにより人間は新しいものを生み出し、創造の世界へ進んでいきます。

ITの未来は「すべての技術は人間を幸せにするものである」という原則を基に、人がより高度な仕事をこなす手助けをするべきです。技術が進化しても主役は人であり、ITの役割は人を助けることであると私は考えます。

事業会社にあるべきIT部門と未来:現場力を武器に三菱マテリアルが目指すデジタル変革のフロンティア
「膨大な情報が可視化されて誰もが気づきを得られれば、非常に大きなブレイクスルーになりますね」(CCT 田口氏)

先人の叡智を尊重し、組織の壁を越えた取り組みを

田口:今は一人が複数のスマートフォンを持つ時代となり、情報のやり取りが増えています。情報量の多さ故に、気づきを得づらくなっている側面もあるのではないでしょうか。また、気づきをどのように価値創造へ転換させるかも非常に難しい問題です。この点に関してアイデアはありますか?

板野:新しいものを創造するためには、デザインシンキングや多様な分野との対話を通じたインテグレーションが必要です。現代のITやDXはデジタルの知識だけで解決できない課題が多く、異なる分野の知識と組み合わせることが重要なのです。

私自身、リベラルアーツ、つまり「人類が蓄積してきた叡智」に興味を持ち、それが私の考え方や仕事に大きな影響を与えています。もし私が情報システム部門のことしか知らなかったら、今の私は存在しないでしょう。過去に数え切れないほどの先人たちが積み重ねてきた叡智は、大きな価値があると感じています。

田口:広範囲に経験を持つことに価値がある一方で、特定の分野に深く没入することで得られる経験の価値も大きいと思います。多様な機会を持つことの重要性を感じますね。

板野:リスキルやリカレントという言葉がもてはやされる今の時代、「新しいスキルを身につけなければ仕事ができない」と考える人が多いように感じます。しかし「学び」とは、過去の経験から得られた知識を積み重ねていくプロセスです。新しい知識やスキルはその上に積み上げられるものであるべきです。

人間の脳は死ぬ直前まで進化するという研究結果があるそうです。私たちは最後まで学び続けることができ、過去に学んだことが無駄になることはありません。過去の経験を尊重し、それを踏まえて新しい知識やスキルを積み上げていくことが大切だと思います。

田口:気づきを得るためには、データに触れる機会を増やしていくことも大切ですよね。ビジネスインテリジェンスツールの導入などはその方法の一つですが、ツールを導入するだけでは本質的な問いには答えられないと感じています。このあたりはDX人材育成の話にも回帰する部分ですが、どのようなご意見をお持ちですか?

板野:ITの人にビジネスドメインの知識を教えるのが良いのか、逆にビジネスの人に技術知識を持たせるのが良いのか、という議論が昔からあります。ドメイン知識を持ってないデータサイエンティストは、ビッグデータの分析結果がどうしてそうなったのかを説明できない。だからビジネストランスレーターのような「技術とビジネスの両方を理解した人が必要だ」といわれます。

しかし、二つの分野を極めたスペシャリストを育てるには、時間がかかります。その前に、今すぐ出来る施策として、ビジネス、現場、データサイエンスといった各分野のスペシャリストが組んで一緒に仕事をすることを検討してはいかがでしょうか。組織の壁を取り払い、スペシャリスト同士が集まることで新しいものが生まれやすくなります。必要な人材を一人ひとりを育てることは大切ですが、バディを組ませればいいんですよ。

田口:確かに、組織の壁が果たしてどのような意味を持つのか、疑問に思うこともありますね。チームで協力することが大切だと私も思います。

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「アウェアネスは人間だけのもの。新しいことに結びつけて創造できるかどうかは人次第です」(三菱マテリアル 板野氏)

互いに「戦友」と呼べる協力体制を構築すべき

板野:前職でこんな経験をしました。回転機器に振動センサーを取り付け、データサイエンティストによる解析を進めていた際、長年の経験を持つ現場の人がトレンドデータを見て「3日後に機器が止まる」と予測しました。根拠を聞くと「波形を見ればわかる」と。3日後、その通りになりました。データサイエンティストたちが複雑な解析を試みている中、現場の経験と勘が的確な予測をもたらしたのです。

田口:それは興味深いお話ですね。ただ、感覚的に物事を捉える定性的アプローチがある一方で、データアナリストはそれを定量化してアプローチしなければならず、この境界線は非常に大きいと感じます。そのギャップを埋めることも重要になってきますね。

板野:そうですね。しかしそれ以前に、組織の枠組みがそれを妨げていることがもったいないと感じます。データサイエンティストは現場に出て、様々なスペシャリストと対話することが大切です。「越境」というキーワードは、DXの成功には不可欠なものだと思います。

田口:組織の形態は、その人々が目的に沿って最適な方法で動くためのものであるべきで、IT部門もさまざまな現場の専門家と協力し、新しい気づきを得る仕組みを築くことで、バリューを創出できるということですよね。

板野:その通りです。私は最後に、二つのポイントを強調したいと思います。まず、事業会社の情報システム部門には、日常業務に触れることで、業務知識やドメイン知識を広く習得できるという利点があります。そうした経験の場を増やすべきだというのが一点。

次に、外部のSIerやコンサルタントが、事業会社の情報システム部門と同じ立場で「戦友」として協力し合うことの重要性です。単なる「お客さん」の関係ではなく、お互いが同じ立場で提案、実装、運用を進めていく。それぞれが得意な分野で協力し合い、共に前進することが重要です。

とくに今の時代、多角的な視点で、世界全体の動向を把握することが求められています。プロジェクトが間違った方向に行きそうなときは、外部のパートナーが世の中のトレンドを踏まえて「それはやめた方がいい」とアドバイスをくれる。それが真の戦友なのです。

お互いが言いたいことを言い合える関係で協力し、世の中のトレンドに合ったプロジェクトを進めていくことが大切というわけです。ここはIT部門の未来のあり方を語る上で、ぜひ強調しておきたいですね。

事業会社にあるべきIT部門と未来:現場力を武器に三菱マテリアルが目指すデジタル変革のフロンティア
対談後もIT部門の未来について話に花を咲かせるお二人

<対談者紹介>

板野 則弘氏
三菱マテリアル株式会社
CIO システム戦略部長

1989年に三菱化成(現三菱ケミカル)に入社し、水島事業所で生産技術エンジニアとしてキャリアをスタート。プラント自動化や機器設計など多岐にわたるプロジェクトを担当。1996年からは3年間、米国サンフランシスコベイエリアでの駐在を経験。帰国後の2000年には、情報システム部でEビジネスによるIT活用推進に従事。その後9年間、情報システム部長として部門を牽引し、2017年より三菱ケミカルのDX推進プロジェクトリーダーも務める。2021年4月に三菱マテリアル株式会社へ転職し、CIO(最高情報責任者)に就任。
田口 紀成氏
株式会社コアコンセプト・テクノロジー
取締役CTO

2002年、明治大学大学院 理工学研究科修了後、株式会社インクス入社。製造業向けの3D CAD/CAMシステムの開発に従事。2009年、当社設立メンバーとして参画し、2012年、当社執行役員に就任。2014年より理化学研究所客員研究員を兼務し、有機ELデバイス製造システムの開発や、金属加工のIoT化研究に従事。2015年、当社取締役CTOに就任。

(提供:Koto Online