画像認識AIを活用して、介護施設の入居者や医療機関の患者の転倒を事前に検知する見守りシステム『まもあい(mamoAI)』。転倒事故の予防と再発防止を目指し、2023年12月からMVP版(テスト製品)の提供を開始しています。
『まもあい』は、医療・介護の現場にどのような価値を提供し、システムを通じてどのような未来を実現したいのか。株式会社シーエーシー(以下、CAC)でサービスプロデューサーを務め、『まもあい』のプロダクトオーナーであるJoyce Fam(ジョイス・ファム)が語る。
2014年に株式会社シーエーシーに入社後、グローバル製薬企業向けインフラシステムの構築プロジェクトに配属され、顧客の各海外拠点間のファシリテーションを担当した。2016年に海外の協業先のAIやロボティクス製品を取り扱う部門、2019年には自社開発したAI技術のソリューションを担当する部門に異動し、日本市場でのAI活用の企画、事業立ち上げ、ビジネス展開に携わった。2022年より新規事業開発本部に籍を置き、介護施設や医療機関向けの見守りシステム『まもあい』のプロダクトオーナーとしてサービスの企画、開発、事業拡大を推進する。
――これまでの経歴、現在の業務内容について教えてください。
ジョイス 私は2014年に新卒でCACに入社し、最初はインフラシステム構築の開発チームに配属されました。3年目になるときに、CACが今までのシステム開発だけではなく新しい技術を取り入れて日本市場に何か出せないかと模索し、AI&ロボティクスビジネス部という新しい部署を立ち上げました。CACグループが投資した海外のスタートアップが保有する技術を日本市場に投入する事業などを行う部署で、私もそこに異動し、スタートアップとの協業や事業の立ち上げなどを経験しました。
AI&ロボティクスビジネス部で3年ほど仕事をした後、異動したのがR&Dの部署です。海外のスタートアップの技術を取り入れるだけではなく、社内でその技術を用いた事業を立ち上げるために設立された部署です。そこでは開発した技術やシステムをお客さまが使えるようにしたり、営業したりしていました。その後、2022年に新たに立ち上がった新規事業開発本部に異動し、現在に至ります。
――プロダクトオーナーを務める『まもあい』の概要や機能について教えてください。
ジョイス 『まもあい』は、医療や介護の現場での転倒事故を事前に検知する見守りシステムです。カメラで撮影した画像から人を認識し、AIを用いてその人の動きを推定します。転倒・転落につながると予測される姿勢を検知すると、アラートがスタッフのモバイル端末に送られる仕組みです。
これまでのシステムでは、床に敷くマットやベッドの横にセンサーが取り付けられていました。このセンサーを踏んだり触ったりするとアラートが出る仕組みで、離れた場所にいるスタッフは現場の状況がわからないため、アラートを受信すると急いで見に行かなければなりません。行ってみるとただ寝返りで触っただけという誤検知や、逆にセンサーに触れた後にすでに転倒していて防止につながらないといったことも多く、現場の皆さんは課題を感じていました。
これに対して『まもあい』は、カメラで撮影された画像を使って人の動きを推定するため、転倒の手前の姿勢を検知してアラートを出すことができます。同時に現場の状況を映した画像も送ることで、現場に行く前に誤検知なのか、危ないからすぐに向かわなければいけないのかを遠くにいながら判断することが可能です。
――なるほど。これまで一般的に使われていた仕組みに比べ、より正確に、早く状況を知ることができるんですね。
ジョイス そうなんです。この機能は、転倒を未然に防ぐだけではなく、現場で働くスタッフの業務負担を軽くすることも期待できます。
また、アラートが出る前後数分間の動画はエビデンスとして録画・保存されます。医療や介護の現場で転倒事故が起きるとレポートを書く必要があり、今までのセンサー方式では転倒した状況や転倒した原因がわからず、転倒された方に聞くかスタッフが想像するかしかありませんでした。『まもあい』を使うことで転倒した状況を確認し、再発防止に向けてより効果のある対策が可能となります。
――『まもあい』を作ろうと考えたきっかけは、どのような経緯からだったのですか。
ジョイス 『まもあい』は、当社がゼロから考えて作ったものではありません。当社は元々、画像から人の骨格を認識して、その人がどういう姿勢をとっているのかを判断できる技術を開発していました。それでR&Dの部署で仕事をしていた当時、その技術についていろいろな場所に行って紹介したところ、ある病院の医師の先生から、「この技術を転倒防止に使えないのか」というお話をいただきました。
このときは、先生がおっしゃるような転倒防止に当社の技術が使えるのかどうか、まだわかりませんでした。そのため、まず転倒を事前に検知することがそもそも可能なのかを調べてみようということになり、先生と一緒にデータを取りながら事前検証を行ったんです。ただ事前検証の間にコロナ禍もあって、何度か中断しながら2年ほど続けました。
ようやく実用化が見えてきたころ、私を含めた担当者全員が新規事業開発本部に異動になりました。そして事前検証した結果やその後について先生とご相談させていただき、その病院単体に向けた開発ではなく、広く一般に向けたCACのプロダクトとして開発を進め、現在の『まもあい』が誕生しました。
――事前検証を経て、プロダクトを立ち上げることが決まったときはどんなお気持ちでしたか。
ジョイス 自分としては、『まもあい』はやる意義があると思っていたので、うれしかったですね。
でも実は、画像から人の動きを検知するシステムはすでに市場にいくつかあり、私たちの技術が本当に使えるものになるのか、ビジネスとして成り立つのか、確信を持てない時期もありました。ですが、事前検証を行ったときに、病院の医師や看護師、職員たちにお話を聞く中で、他社が提供しているシステムは導入が難しく、導入しやすい新しいシステムを必要としているという意見をたくさんいただいたんです。
他社のシステムは高額で、高速通信を必要とするものもあり、費用をそれほどかけられない病院や古い施設にはなかなか手が出しづらいという問題がありました。一方で、どこも人手不足で、特に夜間は厳しい状況です。転倒事故は死亡につながることもあり、少ない人員でも対応に手を抜くことはできません。現場の皆さんの負担は大きく、そうした問題を解決する必要性があると強く感じました。
――医療や介護に携わる方たちからは、事前検証を行なった際にどのような意見が出ていますか。
ジョイス 多くの仕事を抱えながら、アラートが鳴るたびに急いで現場へ向かわなければならない現状は、心身ともに疲弊してしまいます。このような状況で働いている看護師や介護士から、病院と共同で事前検証を行ったときに「身体的にも心理的にもすごく負担が軽くなる」と言っていただきました。
――苦労して事前検証までこぎつけて、現場の人に評価いただけるとうれしいですね。ジョイスさんご自身はエンジニアではない中で、プロダクトオーナーとしてエンジニアの皆さんと一緒にAIを用いたシステムの開発を進めることに不安はありませんでしたか。
ジョイス 不安なことは、たくさんあります。以前にR&Dの部署でAIにずっと関わってきたので、ベースの知識はあるのですが、やはりわからないことも多くあります。そんなときに支えとなったのは、これまで仕事をしてきた中で培ってきた人脈です。自分一人ではわからないことだらけなので、あの人に聞けば何とかしてくれるという、心強い存在に助けてもらい、今に至ります。自分一人だけだったら、良いサービスを作りだすことはできません。『まもあい』も多くのサポートがあって実現しています。
――間もなく、実際の現場に『まもあい』が導入され、使われ始める段階です。改めてどんなお気持ちですか。
ジョイス やはり、早くシステムを入れて、使い始めていただきたいという想いがありますね。特に最初から一緒に作り上げてきた病院の方たちからは、毎年のように「いつ導入できますか」と声をかけていただいていました。それに応えたくても、技術的に追い付けていない、まだ実用化できないという状況があり、一刻も早く『まもあい』を完成させて、お客さまをサポートしたいと考えています。
――今後の『まもあい』の展開として、何か検討していることはありますか。
ジョイス 現状、『まもあい』が対応しているのはベッドの周りだけです。将来的には、その対象範囲を少しずつ広げて、例えば部屋全体、それから自宅での介護などにも応用できるようにしていけないかと思っています。
転倒が問題となっているのは、医療や介護の現場だけではありません。『まもあい』を横展開して、例えば建設現場や製造業の工場などでも使えるかもしれません。いずれにしても、すぐに実現するのは難しいのですが、それでも今後より多くの方のお役にたてればうれしいですね。
――『まもあい』に限らず、ジョイスさんにとって新しいサービスを世の中に届けることは、どのような意味を持っていますか。
ジョイス 新しいサービスを出すことよりも、社会の課題を解決することに価値があると思っています。私たちCACが持つ技術やノウハウを使って世の中の課題を一つひとつ解決していくことに、仕事の楽しさややりがいを感じています。
――最後に、今回のインタビューにあたり、フリップボードを用意しています。今後のジョイスさんの『まもあい』に対する意気込み、想いをこちらに書いていただけますか。
ジョイス 私はマレーシア出身で、自分の国にいたときには高齢化や介護という課題について、あまり感じたことがありませんでした。日本に来てから、毎日のようにそうした問題について耳にする機会が増え、改めて考えると、他国に先がけて高齢化社会になっている日本の課題は、近い将来、世界が直面するものなのではと思っています。
自分は現在、この日本にいてCACが持つ技術で高齢化社会の課題解決に取り組んでおり、今やっていることは今後、他の国にも活用できるはずです。身に付けた語学力や、CACが持つ海外のグループ会社を活かし、日本の医療・介護の現場で課題を解決した経験を、世界に広めていきたいと思っています。
(提供:CAC Innovation Hub)