この記事は2024年7月26日に「きんざいOnline:週刊金融財政事情」で公開された「FRBの金融政策や米大統領選による逆イールド解消の行方」を一部編集し、転載したものです。
米債のイールドカーブは足元でスティープ化(傾斜化)が進み、7月には一時、2年金利と30年金利の逆イールド状態が解消する場面もあった。これを受けて逆イールドが解消に向かうとの見方もあるが、筆者は本格的な逆イールド解消には時間を要するとみる。
7月のスティープ化の背景としては、①米連邦準備制度理事会(FRB)の利下げ開始が本格的に視野に入り始めたこと、②米大統領選でトランプ氏優勢との見方が強まっていること──が考えられる。このうち①については、利下げが開始されれば(筆者は9月の利下げ開始を見込んでいる)、中短期金利の低下を通じたイールドカーブのスティープ化は連想されやすい。
一方、今局面では中短期金利にある程度連動して長期金利も低下する可能性に留意したい。米国では、いわゆる中立金利の上昇観測が台頭しており、そのことが長期金利が高止まりする一因になっている。この見方の背景には「実際に政策金利を5%超まで引き上げても、景気が大きく抑制されていない」ことがある。
このため、FRBが利下げを開始でき、かつ利下げをしても景気やインフレが大きく加速しないことが確認されれば、中立金利の上昇観測も下火になるだろう。過去よりも現在の方が中短期金利と長期金利の連動性が相対的に高い(図表)のも、「目先の政策金利」と「中立金利上昇の有無」に対する観測がリンクしているためとみられる。
②については、トランプ氏の内政政策は減税や移民排斥などインフレ加速方向のインパクトを持つものが多いため、期待インフレの上昇から長期金利に上昇要因となる。一方、トランプ氏がFRBに利下げを促す可能性が意識され、中短期金利の低下要因となるため、スティープ化要因とみなされやすい。
しかし、トランプ氏の政策(特に移民排斥)の実現性や、実際にインフレに与えるインパクトの大きさには疑問を挟む余地もある。また、外交政策まで視野に入れれば、ウクライナへの支援縮小が戦争の早期終結につながる可能性があり、このことはインフレ抑制要因となり得る。
もっとも、大統領選でトランプ氏が優勢であることは以前から報じられており、市場はトランプ勝利の可能性をある程度織り込んでいるとみられる。このため、トランプ氏の勝利確率が高まるだけで、追加されるスティープ化圧力は限定的だろう。ただし、バイデン大統領は選挙戦撤退を表明し、ハリス副大統領が民主党の後継候補になっており、選挙戦自体の不透明さも増している。
従って、逆イールドの本格的な解消は当面先といえそうだ。具体的には、政策金利が少なくとも3%台まで引き下げられてからになるだろう。
みずほ証券 チーフ債券ストラテジスト/丹治 倫敦
週刊金融財政事情 2024年7月30日号