本記事は、西崎 努氏の著書『やってはいけない資産運用』(アスコム)の中から一部を抜粋・編集しています。
金融取引トラブルのほとんどはシニア世代がらみ
金融取引をめぐるトラブルで、特に注意が必要なのが60歳以上の世代です。これは偏見ではなく、実際に起きているトラブルの多さに基づいています。
「証券・金融商品あっせん相談センター」(略称FINMAC、フィンマック)という機関をご存知でしょうか。フィンマックは、法律に基づく中立的な機関(ADR)であり、金融トラブルに関する訴えがあった場合に、弁護士などで構成される紛争解決委員から和解案を提示するなどして、裁判外の方法で解決を図ります。
このフィンマックでは、四半期ごとに紛争解決手続(あっせん)の事案を公表しており、現場でどのようなトラブルが発生しているのかを知ることができます。
事案の内容を見てみると、トラブルになる商品としては「EB債」などの仕組債が半数以上を占め、次いで新興国通貨がらみの普通社債などが続きます。
そしてトラブルに関わっているのはほとんどが60代以上の高齢者で、若い世代は非常にまれです。
フィンマックが公表しているトラブルの原因としては、「説明義務違反」をめぐって争いになっているケースが多くあります。
金融商品取引法では、顧客(一般投資家)を保護するために、銀行や証券会社などの金融業者に対して、顧客の知識、経験、財産の状況および投資等の目的に照らして不適当と認められる勧誘を行ってはならないと義務付けられています。これを「適合性の原則」といいます。要するに顧客の金融知識や投資目的、保有資産に合わせて勧誘しないとダメ、という当然のルールです。
この「適合性の原則」をめぐって争うということは、ルールが守られていなかった、つまり顧客からすると「十分な説明を受けていなかった」「思ったような商品ではなかった」と訴えているということです。
この場合、ほとんどの顧客が営業担当者に提案されるがままに投資を開始していて、損失が出てきたときになってはじめて、購入した商品のリスクや仕組みを詳しく知った、ということが多く、ある意味「騙された」と感じてトラブルに発展しています。
大切な資産を信頼して任せられる相手は、年齢とともに重要度が増していきます。自分が忙しいときでも、判断力が落ちてきても、しっかり資産管理してくれる担当者が、継続して的確にフォローしてくれる状態が理想です。しかし、はたして金融機関の担当者は、理想の相手でしょうか? 大手金融機関では転勤や異動がありますが、顧客にとっては担当がコロコロ変わるのは不安でしかありません。
もちろん「付き合いの長い金融機関がすすめてくれるから」「担当者が熱心に話を聞いてくれたから」という理由で運用を任せたり、お付き合いで取引をしたりという理由も理解はできます。人付き合いをしていれば情もわきます。
しかし、そうして相手任せの運用をした結果、「そんな話は聞いていなかった」「そんな商品とは知らなかった」とトラブルに陥ることもあるのです。事実、相場の大きな下落の度に、多大な損失を抱えてしまった方を私はたくさん目にしてきました。こんな現実があることも知っておいてほしいと切に願います。
そうなる前にぜひ、ご自分の大切な資産をどうやったらうまく活かすことができるのか、守れるのかを考えていただきたいと思います。
シニア世代にトラブルが多い3つの理由
ところで、なぜシニア世代の投資をめぐってこれほどトラブルが多いのでしょうか? いろいろなケースを見聞きし、ご相談をいただいてきた私の経験から、そこには大きく3つの理由があるように思います。
第1に、金融機関から提案される金融商品や金融サービスが年々複雑な仕組みになってきていること。単純に「株式」や「債券」「保険」といったくくりでは捉えられなくなっていて、どんな仕組みで利益が出るのか、あるいは損失を被るのか、理解するのが非常に難しくなっています。個別にどのような設計、仕組み、条件になっているのかをきちんと調べ、リスクとリターンの関係を分析してみないと、本当に自分の希望やニーズに合ったものかどうかが判断できません。
第2に、顧客側の知識不足、準備不足がなかなか解消されないことです。
最近でこそ、国をあげて貯蓄から投資へと促したり、NISAやiDeCoを広く推奨したりして「資産形成」という言葉が一般に浸透してきました。少しずつ学校でも金融教育が導入されてきています。しかし一般にシニアと呼ばれる世代では、十分に金融リテラシー(金融や経済に関する知識や判断力)を身につけられる機会が少なく、お金の使い方が貯蓄に偏っていたことは否めません。そのため投資や運用には「難しい」「怖い」「素人がやるものではない」といったイメージを持つ人も少なくないでしょう。
金融商品には株式、債券、保険だけでなくさまざまな種類があり、それらをすべて自分で調べて理解するのは至難の業です。今ではインターネットで検索すれば多くの情報が手に入りますが、70代、80代ともなると、ネット検索自体が馴染まない人も多いでしょう。そのためつい金融機関の窓口を頼り、「長年取引のある金融機関の担当者がすすめるのだから大丈夫だろう」と丸投げしたくなります。ところが、そこに落とし穴が待ち構えているのです。
第3に、銀行や証券会社などの金融機関の担当者も、運用のプロではなく、販売のプロであることが挙げられます。担当者は商品についてよくわからないか、あるいは薄々「この商品・サービスは必ずしもこのお客様のためになっていない」「今のタイミングは投資をするべきではない」「もっと時間をかけて少しずつ投資していくべき」と気づきながらすすめていることがあります。
金融機関が顧客にすすめる商品やサービスは、担当者レベルで自由に選べるわけではありません。正確には会社から予算化された販売ノルマに応じてサービス展開をしなければ評価されず、会社員としては低評価の扱いとなります。会社として、あるいは支店として「今期はこれを売っていこう」「今月の販売手数料〇千万円とるぞ!」といった計画や目標が設定されているのが普通です。そうした計画、目標にどれだけ貢献したかで担当者の社内評価やボーナス、今後の会社人生が違ってきます。ある意味、会社員の掟として会社の指示に従うのはごく自然なことです。
彼らにとって、数千万円という退職金や、コツコツ貯めてきた貯蓄を持つシニア世代は超優良顧客。悪くいえば営業ターゲットです。
いかがでしょうか。年々ややこしくなる商品、窓口や担当者に頼りがちなシニア世代、多額の資産を持ち営業のターゲットになりやすいシニア世代。この3つが重なり、シニア世代の間で「やってはいけない資産運用」が猛威を振るっているのです。
シニア世代の安定運用の意向と裏腹にハイリスクな投資に偏ってしまって、相場の下落で大損する。リスクは抑えていても運用コストの高い商品やサービスでジワジワと費用がかさんで資産を減らす。そんな提案がいまだにまかり通っています。
これは個人の資産運用提案に関わる金融業の営業員(本支店のセールスなど)なら知らない人のほうが少ない話ですから、問題の根は深いと言わざるを得ません。
顧客であるシニア世代も、景気や相場が好調な間は「うまくいっているな」と気にも留めませんが、株価の大きな調整などの混乱が続くと、途端に不安に襲われます。
そして、定期的に送られてくる運用報告をあらためてよく見ると、資産が全然増えていなかったり、むしろ目減りしたりしていることに気づくのです。
慌てて担当者に問い合わせても「とりあえず様子を見ましょう」といった返事しかなかったり、これまでの担当者が転勤していなくなったりしていると、ますます不安は大きくなります。
その段階まできてはじめて、担当者以外の専門家に意見を聞いて確かめたいと思い始め、私たちのような金融機関から独立したアドバイザーに相談にくるのです。