この記事は2024年9月13日に「きんざいOnline:週刊金融財政事情」で公開された「迷走する政策運営で高まるメキシコペソの下落リスク」を一部編集し、転載したものです。


迷走する政策運営で高まるメキシコペソの下落リスク
(画像=Skórzewiak/stock.adobe.com)

メキシコはここ数年、米国景気の堅調さを追い風に景気拡大が続いている。そうした中で、メキシコペソも、実質金利(政策金利-インフレ率)の高さという“投資妙味”による資金流入の動きを反映して上昇局面が続いていた。しかし足元では、一転してペソ安の動きを強めるなど状況は一変している(図表)。

メキシコでは、6月に実施された大統領選で、ロペス・オブラドール現政権を支える与党「国家再生運動」(モレナ)から出馬したシェインバウム氏が事前の予想どおり勝利し、10月にも次期政権が発足する。同時に実施された議会上下院選でも、モレナを中心とする与党連合は、憲法改正が可能となる議席数まで積み増すなど、大勝利を収めた。

一方、ロペス・オブラドール政権は選挙での党勢拡大に向け、計20項目の憲法改正案を公表したが、金融市場においては年金制度改革による給付額の大幅増が財政悪化を招くことが警戒された。さらに、同政権は選挙後に選挙制度改革やエネルギー改革、国家警備隊の再編といった改革に着手する動きを見せた。しかし、いずれも最高裁判所がその内容を憲法違反と判断するなど、司法府が「壁」となった。

そこで、ロペス・オブラドール大統領は、議会上下院選での改選議員により新たな議会が招集される9月を念頭に、憲法改正実現を見据えた司法制度改革を前進させた。具体的には、最高裁判事の数を削減し、行政府と立法府、司法府が推薦した各10人、計30人から国民投票で選出する方式を採る。仮にこの改革が実現すれば、三権分立の原則がなし崩しになり、ロペス・オブラドール大統領にとっての「壁」が取り除かれる格好となる。次期政権発足前に、ロペス・オブラドール大統領が司法改革を積極的に進める背景には、次期政権下での院政化を狙っているとの見方もあるほどだ。

他方、現政権のこうした動きに対して、メキシコ駐在の米国大使やカナダ大使が相次いで警戒感を示したことから、ロペス・オブラドール大統領は内政干渉を理由に両大使館との関係停止を発表する事態に発展している。米国とカナダとの関係悪化は、2026年に迫る米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)の見直し協議に少なからず影響を与えると懸念される。

メキシコ中央銀行は8月8日、コロナ禍以降2回目となる利下げ(11%→10.75%)実施を決定したが、政策委員5人のうち賛成が3人、反対(据え置き)が2人と判断は分かれた。同中銀は、足元の動きを反映し、今年のインフレ率見通しを上方修正させており、政策運営の迷走ぶりがインフレにつながっているとも考えられる。今後、ペソ相場が一段と調整すれば、インフレの加速を招き、再利上げの可能性も高い。

迷走する政策運営で高まるメキシコペソの下落リスク
(画像=きんざいOnline)

第一生命経済研究所 経済調査部 主席エコノミスト/西濵 徹
週刊金融財政事情 2024年9月17日号