「豆乳クッキーダイエット」から始まり「チョコザップ」に至るまで
冨田:はじめに、これまでの事業の変遷についてお聞きしたいんですが、長く会社を経営されてきて、業界のトレンドなどもある中で、それをうまく乗りこなしながら成長されてきたと思います。
RIZAPグループ株式会社 代表取締役社長・瀬戸 健氏(以下、社名・氏名略):うちはもともと「豆乳クッキーダイエット」という商品からスタートして、1年目(2003年)に売上2,400万円、2年目に8億9,000万円、で、3年目に24億円となり、ここで上場(札幌証券取引所アンビシャス)しました。
そして4年目に100億円に到達して、この時使っていた広告宣伝費が69億円で、翌年には300億円を目指そうと。ところが、他社から『ビリーズブートキャンプ』(当時ヒットした動画エクササイズ)や、「豆乳クッキーダイエット」の類似商品がバンバン出てきて、2年で売り上げは10億円になっちゃって。時価総額200億円弱だったのが1年後には4.5億円まで落ちてしまいました。 一番高い時で7,800億円ぐらいまでいったので、2,000倍近いボラティリティがあって。日本で2,000倍ってさすがにないかなと。
冨田:その当時の株をずっと持っていた投資家さんはすごいですね。
瀬戸:ですね(笑)。本当に一番の底でしたし、ビジネスって難しいなと思いました。
冨田:そこからどのようにして復活したのでしょうか。
瀬戸:通販事業で美顔器がヒットしました。それまで3、4万円していた美顔器を980円で販売したんです。その代わり、2,980円の美容ジェルを併せてサブスクで購入していただくという仕組みで、これが成功して。累計400億円ぐらい売れました。
そして、通販が復活して、2012年2月22日にライザップがスタートしてさらに伸ばしていきました。そういった中でフィットネスジムや『ライザップイングリッシュ』(英会話教室)などいろいろな事業を始めました。そこからM&Aでいろいろな企業を買収して、失敗もして、すごいスピードで上がって下がってを経験しました。
冨田:他にも『ライザップゴルフ』(ゴルフスクール)などいろいろと展開されていましたね。その後のコロナ禍も大きな転換点になったのでは?
瀬戸:コロナ禍に突入して、何て言うのかな、需要が生まれた、なくなったではなく、需要の対象が変わったというか。お客様の環境が変わって、目的も変わってきて、市場が大きく変わりました。 でも、それはすごいチャンスで、そういった中で24時間の非対面のフィットネスジムの『チョコザップ』(コンビニジム)の事業を始めました。 コロナ禍で、うまくいかなかった時に店を閉めようとしても違約金がかかってしまって、それでもライザップイングリッシュを営業していたところを『チョコザップ』(スマートライフジム)に転換したりしています。
ですので、すべてゼロからというわけではなく、お客様のニーズに応じて変えていて。場所の活用だけでなく、ライザップイングリッシュはオンラインレッスンを導入したりしています。 ライザップは「リアル」ですけどやっぱり物理的な制約があり、デジタルはそれを超えられる。例えばハイパフォーマーなトレーナーがデジタル上でライブ配信をしたり、非接触の無人店舗でAIカメラなどを使って管理したり、こういったテクノロジーをもっと活用できればと思っています。
冨田:投資家がRIZAPグループさんを見た時に、今のチョコザップを中心とするトラックレコードを追うことと、中長期でRIZAPグループ全体を追っていくという見方があると思うんですよね。
その中で、RIZAPグループさんは時代の流れとともにユーザーの気持ちやライフスタイルを的確におさえて、そこに適したサービスをぶつけて、繰り返し成功している。1つのサービスが大ヒットして1本足打法になりがちなところを、2回目の山、3回目の山を作り続けているのはすごいですし、そこが重要なポイントだと思っています。
たぶんその背景には、ライザップグループのアイデンティティなのか、競争優位性なのか、そういったものがあるのかなと。それは瀬戸さんのマーケットを見る目なのかもしれませんが。
瀬戸:企業として新しい価値を創造していくことはやっぱり楽しみではあります。その上で、いかに利用していただけるものを作れるか。いいものがあっても、結局使ってもらわないと意味がないですよね。ジムもそうですけど、それを誰もが使えるように組み立てていくことが大事で。
今はインフレの時代に入って、生死に関わるもの、生活必需品にお金を投じて、経済的に余裕がない人が増えている。それでスマホを見て時間をつぶしている人が結構いるんですよね。でもそれって、実現したいことのための自己投資など削りたくないところを削ってしまっている状況なんじゃないかなと。実際、マーケットの需要調査などを実施すると、そういう傾向が顕在化しているんですよ。
ただし、そういう調査もお金をかけているかどうかが基本となっていて、興味があるかないかはまた別の話で。興味があるけどそこにお金をかけられないっていう人たちもいる。
冨田:未顧客理解ですね。
瀬戸:そうそう、まさに。 みんなレッドオーシャンを見ちゃうんですよ。チョコザップの市場で言うと、運動に興味があって運動している人がいる。その人たちは運動の知識があって、メリットもわかっているから続ける。ゴルフもそう。続けている人はみんなこだわりを持っていて、自分たちのルールも持っている。ここはレッドオーシャンなんです。
そういう人たちと初心者のギャップが大きくて。初心者に始めてもらうために、金銭的なハードルや心理的なハードルを1つずつつぶしていかないといけないなと。
冨田:なるほど。そういう障壁を取り払ってあげる。背中を押してあげる。
瀬戸:僕は新しいマーケットを作る時、自分たちのルールを持っているような顕在化している人たちの意見をあまり聞かないようにしているんですよ。チョコザップを始めた時も、ライザップ側のアドバイスは一切受けませんでした。
徹底した検証・ヒアリングの原点
冨田:ここまでお話を聞いていて、今後もいろいろな事業を生み出しそうだなと感じました。これまでも様々な経営判断をされてきたと思いますが、決断にあたって重要視しているのはどんなことでしょうか。
瀬戸:ROIですね。その算出のために検証をするんですが、そこで大事になるのがエビデンスです。やっぱりエイヤ!で進めるのは行動力があるんじゃなくて、無謀なだけだと思うんですよ。
実際にテストして、検証して、その根拠となり得るデータがあるかどうか。よく話してますけど、1年前の時点でチョコザップのランディングページを260パターン作って検証して。今はその倍ぐらい作ってると思うんですけど。
冨田:“検証文化”がすごいですね。
瀬戸:チョコザップを始める時に、実は全く違う名前の5つのブランドを出してるんですよ。ライザップの名前も隠して、値段も2,980円から4,980円のいくつかのパターンを用意したり、利用時間による加算などいろいろな形でテストしました。それによってお客様の動きがどうなるのかを検証してデータを蓄積しました。これはもう、豆乳クッキーダイエットの時からずっとやってきてますね。
冨田:ニトリさんなどもよくデータのお話をされていますよね。
瀬戸:そうですね。他社さんでやられているような購入履歴などに加えて、うちはIDでずっと追いかけることができます。ご入会いただいた際にスマートウォッチ、体組成計をお渡ししており、もう100万台以上提供しています。これにより、体重や睡眠記録なども記録することができます。また、店内にAIカメラを設置しており、どのマシーンがどれくらい利用したか分析ができるんです。 食事についてもアプリで写真を撮ることで栄養の解析などができて、体重や体組成などとの相関の分析をすることなどもできます。そういった膨大な数がある因子をデータとして集めて、ずっと追いかけていくことができるんです。
冨田:デジタルとリアルの両方を追える。もともとライザップの方でリアルの濃密なデータがあると思いますし、すごい量のデータを保有されていそうですね。
瀬戸:そうですね。そういうデータをもとにして、お互いへの送客も結構できています。 ライザップで言うともともと人対人のコミュニケーションの良さがあって、それをデジタルでブーストできている感覚ですね。デジタルでデータベース化が進んで、臨機応変に提案ができています。
リアルの良さとデジタルの良さ、どちらが良い悪いではなく、うまく組み合わせることで自動化できたり、省人化できたり、効率化を図ることができたりします。あと組み合わせで言えば、チョコザップでは「フレンドリー会員」さんという、掃除などの店舗運営をお手伝いしていただく代わりに会費を割引するという制度があって。その会員さんがもう1万人を超えてるんですよ。 セルフメンテナンスについてもメンテナンスをしていただいたらギフト券をプレゼントする、といったサービスもあったりして。
冨田:圧倒的にコストパフォーマンスがいいですし、生態系が成り立っていますね。
瀬戸:行ったついでに、というのがすごくいいと思うんですよね。やっぱり移動もコストがかかりますから。行って手伝って、その代わり割引があって、ある意味金銭的なリターンがあるわけで。
冨田:会員さんというだけでなく、一緒に店舗を作っていくコミュニティのような感覚もあるかもしれないですね。
瀬戸:そういった面もあります。でも生産性を上げる、という観点よりも、助け合っていく、サステナビリティのような感じですかね。その場に居合わせたことでの時間のシェアリングエコノミーのような形で時間を提供していただき、有効活用していく。
冨田:自治体との連携で人口が少ないエリアにも出店されたそうですけど、オペレーションまですべて対応されていたらコストが見合わないなと。でも、おっしゃるような考え方であればそれも可能になると。
瀬戸:そうなんです。いくら家賃の低いエリアでも人件費についてはそこまで安くならないですし、3交代制だと大きな金額になります。その運営コストを売上だけでは賄えないので、コストを下げるしかない。そこでフレンドリー会員のような仕組み作りだったり、自動化、省人化などに取り組んでいます。
冨田:よく理解できました。先ほどの大量の検証も価格設定もビジネスモデル作りも、すべて最初にお話されていたROIが根底にあって成り立っているんだと思いますし、それがRIZAPグループの経営の真髄なんだと感じました。
瀬戸:それらはある意味、市場調査みたいなものなんですよね。出している商品も別に完成しているわけではなくて、顧客の声を聞いたり、プロトタイプを作ったり、やっぱり作って見せないとわからないですから。そういうアジャイル的に成り立っている時代なんだと思います。
冨田:それでチョコザップにカラオケをつけたり、美容機器を置いたり、どれぐらい利用されるかを見て、ニーズがあるならもっと力を入れていく。
瀬戸:そうなんですよ。実験的に数店舗出して失敗しても失うものは限られてますし、それも検証を活かして、500店舗、1,000店舗となっていくことを考えると、とてつもなく安いコストですから。
例えばカラオケなんかはプラス何千円となると利用者はグッと減ると思うんですよ。その点、追加料金なしというのは強いですよね。潜在需要があってやりたかったけどやれなかった人たちが利用してくれているんです。
冨田:それはすごい。そういうところもRIZAPグループさんが長期的なヒットを生んでいる理由なんだと思います。 瀬戸さんは他の経営者とは違うもの、違う視点を持っていますよね。データ重視についてもそうですけど、いい意味で“ぶっ飛んでる”なと。
瀬戸:ぶっ飛びすぎているとよく言われます(笑)。
冨田:ユーザーさんの感覚や時代の変化に対しての解像度がものすごく高い。
瀬戸:そこは意識しています。独りよがりにならないように、お客様が求めているものを作っていきたい。でないと、ただのガラクタになっちゃいますから。
だから、チョコザップは100万人以上の方々に利用していただいて、こう使ってるとか、こう変われたとか、そういうコメントをいただいて自分たちの自己肯定感にもつながりますし、何が役に立つかという視点になると、やっぱりプロダクトアウトではなくマーケットインの発想になると思うんですよ。
だから会社を作った時、健康的な豆腐を作ろうとしてめちゃくちゃ研究しました。いろいろな豆腐屋に行って。それで食生活の欧米化が進んでいることなどをテーマとして事業計画を立てたわけです。で、日本も豆腐をベースとした食事でもっと健康になる、みたいな。
ただ理想はそうであっても、結局買ってもらえない、使ってもらえない、食べてもらえない。そもそも独りよがりでは誰も救えないんですよね、理想論を言ったって。
だからチョコザップにしても、これだけやらないと意味がない、と理想論を言う人たちもいるんですよ。でもそれはガチ勢の意見で、本当に意味がないのかと。どの水準で言っているのかと。
目指すところが高ければそうかもしれないですけど、人によっては歩くだけでも十分、筋肉を使うし、筋トレにもなる。全員に本格的なレベルを求める必要はなくて、世の中に認めてもらおうと思ったら、誰が利用しても役立つ、そういう視点に立たないといけないと思っています。
冨田:そういった検証やヒアリングというのは、いつ頃から意識するようになったんですか?
瀬戸:もともとカウンセラーに興味があったんですよ。心理学とか、人と人を結びつけることとかが好きで、それで自然と相手の立場に立つ、相手の視点に立つ、というのを考えるようになったんですよね。 実際に人と人をつなぐためにどうやったら成功率が上がるかなどを見る。そういう時に、相手の立場に立つというのは重要なスキルなんですよね。しかもそれは、マーケティングのあらゆるところに通じるんですよ。
“必需品”を作ってこなかった理由
冨田:シンプルにおっしゃっていますけど、そういうスキルや経営戦略、ユーザーさんについて徹底的に考え抜くマーケティング、それらを結びつけて成果を出せるところまで持っていける人は本当に少ないし、何度も山を作れているところもすごいなと。 ここからは未来についてお聞きします。今後どういうテーマで経営されていくのか、またどういう方向に進んでいこうと考えていますか?
瀬戸:フィットネスジム業界ってレッドオーシャンって言われてるんですけど、日本のフィットネス人口って3パーセントぐらいしかいなくて。アメリカは20パーセントって言われていて、コロナ禍前後のここ5、6年で主要先進国では日本だけが伸びてないんです。
レッドオーシャンって言われながら、90%以上の人たちがやってないわけで。それは運動の価値がわかってないんですよね。運動している人は健康にいいことがわかっていて、だから続けるんです。でも、有酸素運動の効果、例えば認知機能や記憶力の改善などにつながると言われていることをそもそも知らない。
だから僕は、今が黎明期になると思ってるんですよ。そうしていくために、誰もが取り入れられるものを作って、啓蒙活動を続けていく。そこに力を入れていきたい。
チョコザップは気軽に入ってくれる人が増えています。ライザップやライザップゴルフなんかも興味を持ってくれている人が増えています。でもいざ入会ってなると、もう少し中身を知りたいという声があって。運動のメリットを理解されている方ってまだ少ないんですよね。
日本人の70パーセントが運動をしていたら、みんなもっと詳しいと思いますけど、今はそうではなくて、これから我々の強みを活かして、運動の価値を伝えていければと思っています。
冨田:市場はめちゃくちゃデカいですね。まだまだ入ってきていない人も多い。
瀬戸:提携できるところなどがあればぜひ。ZUU onlineさんの読者である富裕層向けのサービスなんかも可能性がありますし。
冨田:キャンペーンなどいろいろできそうですね。
瀬戸:僕たちはジムやユーザーの情報を持っていて、それは完全無人のジムを意地でもやろうとしたからわかるところもたくさんあって。うちは完全無人と、ここまで人がいるっていうライザップと、両極端を運営してきて、それぞれのデータ、特徴が結構見えてきています。これらは将来、いろいろなところで活用できると思っています。
冨田:決算発表ではわーっと未来構想を出されていました。
瀬戸:はい、ありすぎましたね。
冨田:全部つながっていく世界観がすごいなと。
瀬戸:そうですね。(チョコザップメディカルの)CTやMRIについては、アセットがあっても生産性が低いと、利用者の単価が上がってしまうわけじゃないですか。でも予約などデジタルを活用して生産性を極限まで高めることによって安価に利用できるようになる。
カラオケなんかもそうですけど、たくさん使っていただくことでシェアリングしてるわけで、そういったものをどんどん生み出して、自己実現のためのプラットフォームになっていければと思うし、身近にあるようなお金を気にせず使えるサービスって重要だと思うんですよ。
もう我慢しなくていい、制約から解き放たれてほしいし、それが日本中だけでなく、世界中に広まっていけばいいなと思います。
冨田:確か2017年頃だったと思うんですけど、瀬戸さんとお話させていただいた時に、ちょうどコーポレートコンセプトがライザップになり、自己投資産業について話されていたのをよく憶えていて。でも自己投資はある程度、余裕がある人はできるんですけど、すぐにできない人はたくさんいて。そのハードルを下げて、その人たちを動かすということが今できた段階なんですね。
瀬戸:そうなんですよ。運動って衣食住が満たされて、その後に求められるものなんで。 衣食住で食は生きることにつながるもので、食べすぎて太ってても生きることはできる。だけど、自分自身に自信を持ちたい、自分をもっと好きになりたい、というような価値はもっともっと上の欲求で、それで悩むと思うんですよね。
我々はそこに対する商品を作ってて、だから“必需品”は何も作ったことがないんですよ。グラムで測れるようなものではなく、身を隠すもの、寒さをしのぐものっていう機能がある服などでもなく、無形の価値であって目に見えないものなんですよね。 我々はなかなか伝えられない、そういう部分のマーケティングなどに強みがあって、広告などを通してわかりやすく伝えていくことができる。その強みを活かして世界にチャレンジしたいなと思っています。
冨田:ありがとうございます。では最後に、ZUU onlineの読者である投資家の皆様へ一言お願いします。
瀬戸:我々は山あり谷ありですけどチャレンジ精神は失わず、投資して良かったと言っていただけるような成長を目指しているので、ぜひ楽しみにお待ちいただきたいなと思っています。
冨田:今日のお話全体を通して、今チョコザップが成長フェーズにあることが理解できたんですが、また5年後ぐらいにおうかがいしたら、また違う大きな山を作られていそうだなと。そういう継続性を実感しました。
- 氏名
- 瀬戸 健(せと たけし)
- 社名
- RIZAPグループ株式会社
- 役職
- 代表取締役社長