株式会社Housmart
(画像=株式会社Housmart)
針山 昌幸(はりやま まさゆき)――代表取締役社長
一橋大学経済学部卒業後、大手不動産会社で仲介・用地仕入れ・住宅企画を経験。2011年楽天株式会社入社でビッグデータを活用したコンサルティングに従事。2014年10月に株式会社Housmartを設立し社長に就任、不動産テックを展開。2017年にEY Innovative Startupを受賞。著書『中古マンション本当にかしこい買い方・選び方』を発表し、不動産DX分野で活躍している。
株式会社Housmartは、2014年10月に設立された不動産テック企業です。 不動産仲介会社向け営業支援SaaS『PropoCloud』をはじめ、中古マンション提案アプリ『カウル』などを運営し、不動産売買領域のDXを推進しています。 同社は不動産メディア『マンションジャーナル』やデータベース『マンションライブラリー』も運営し、業界の効率化と顧客体験の向上に貢献しています。

目次

  1. M&Aを選択した理由とその背景
  2. 売却先の選定におけるポイント
  3. M&A後の変化や挑戦、M&Aを通じて得られた学び
  4. 統合後の相乗効果
  5. これからのM&Aを目指す経営者へのアドバイス

M&Aを選択した理由とその背景

—— まず、貴社がM&Aを選択した理由とその背景についてお伺いできますか?

株式会社Housmart 代表取締役・針山 昌幸氏(以下、社名・氏名略) M&Aを選択した主な理由は、事業成長を加速させるためです。Housmartは不動産売買に特化したバーティカルSaaSを展開しています。この領域では、事業拡大に非常に時間がかかるのが現実です。特定の業界に深く入り込むには、お客様の開拓やプロダクトの増加に伴い、多くのリソース・時間が必要になります。そのため、事業拡大のスピードを上げるためには、M&Aが最適だと判断しました。

株式会社Housmart
(画像=株式会社Housmart)

——何かきっかけはあったのでしょうか?

針山 2023年6月頃、ちょうど資金調達を進めていた時に、同じく不動産領域でバーティカルSaaSを手がけるイタンジから声をかけられたのがきっかけでした。それまで単独での資金調達を考えていましたが、経営統合という選択肢も意識し始め、話を進めるうちに真剣に検討することになりました。

—— 創業時の思いも背景にあったと聞いています。

針山 私がHousmartを創業したきっかけは、「住まい」によって幸福度が大きく左右されるという原体験がベースにあります。一方で、家というものが好きでありながらも、その心理的な重さや扱いの煩わしさには疑問を感じていました。「住まい」という概念を軽やかにしたいという思いから、不動産売買に関わるビジネスを始めましたが、より広い領域で「住まい」を軽やかにするため、将来的には賃貸の領域にも進出しようと考えていました。しかしHousmart単体では、売買領域だけでも10年近くかかっており、賃貸も手掛けるとなるとさらに時間がかかります。他の会社と組むことで、より自分の理想に早く到達できると考えました。

—— データの活用についてもお考えがあるようですね。

針山 はい。バーティカルSaaSでは、単に顧客に便利な機能を提供するだけではなく、データを集め、それを基に独自の価値を提供することが重要です。不動産の領域では、売買だけでなく賃貸のデータも集めることで強みを増します。その観点でも、経営統合が有効だと判断しました。

売却先の選定におけるポイント

—— Housmartの提携先の選定ポイントについて教えていただけますか。最終的にどんな結論に至ったのか、詳しく教えてください。

針山 選定には2つの軸がありました。1つ目は事業領域、もう1つは文化やミッションといった企業カルチャーの部分です。

—— なるほど、まず「事業領域」の部分を詳しく教えていただけますでしょうか。

針山 Housmartは不動産売買事業を支援するシステムを提供していますが、将来的には賃貸領域にも進出しようと考えていたので、賃貸領域で確固たるビジネスを展開している会社と提携することが不可欠でした。不動産テック企業であるHousmartに興味を持つ会社は多くありましたが、賃貸領域で強みを持つ会社と一緒になることがベストな選択だと考えました。

—— それは確かに重要ですね。では、2つ目の企業カルチャーの部分についてはいかがでしょうか。

針山 M&A後にメンバーが辞めてしまうケースをよく耳にします。意思決定のスピードや社風、経営者のキャラクターなどが合わないと、メンバーが離れてしまうのです。そのため、提携先の方向性や経営者のキャラクター、企業文化が、Housmartと合うかを見極めていました。

——見極めはどのように行なったのでしょうか。

針山 結果的にイタンジとM&Aを行いましたが、イタンジの代表である永嶋や、グループ会社であるGAテクノロジーズ代表の樋口の配慮が大きかったです。ミーティング以外にも会食なども重ね、仕事からプライベートまで話し合ったことで、二人の人となりを理解できました。

M&A後の変化や挑戦、M&Aを通じて得られた学び

—— M&A後の変化について伺いたいのですが、どのような課題がありましたか?

針山 最も懸念していたことはメンバーが離職してしまうことでした。特にHousmartはまだ事業を作り込むフェーズだったので、メンバーが離職すると事業スピードが大きく低下してしまいます。M&Aの後も、メンバーが働きやすい環境を整えることが最優先事項でした。

実際には、M&A後の文化的な適応はスムーズに進みました。統合発表から1カ月でオフィスを統一し、同じフロアで業務を開始しました。この早期のオフィス統合が功を奏し、ほとんど退職者も出ませんでした。また、イタンジがHousmartを「子会社」と呼ばないように、グループ全体でグループ企業をお互いに尊重する文化があったことも非常に助けになりました。

—— M&Aによる変化についても教えてください。

針山 まず、事業スピードが劇的に向上しました。イタンジ全体の従業員数は220人。単体で30〜40人規模のHousmartよりも豊富なノウハウがあり、課題解決も迅速です。また、グループの営業リソースを活用することで、サービスの販路も一気に拡大しました。

特に競争が激化している不動産業界で成長を続けるには、この「迅速な意思決定」と「豊富なリソース」が不可欠でした。

—— 経営統合によってメンバーの成長にも影響がありましたか?

針山 イタンジの経営陣や他部署の優秀な人材と関わることで、Housmartのメンバーも日々多くの刺激を受けています。特に同じ職種で自分より優秀だと感じる人材がいると、自然と切磋琢磨する環境が生まれ、加速度的な成長に繋がっています。

—— M&A後の挑戦についても伺えますか?

針山 最大の挑戦は、組織全体を動かす力、いわゆる「巻き込み力」の向上です。現在はグループ全体では1,500人規模になっています。この大規模な集団の中で物事を動かす力は、これまでの経験ではあまり必要とされませんでした。私自身、成長しなければならない部分であると感じています。

統合後の相乗効果

—— M&A後の相乗効果について教えてください。具体的にどのような成果が得られていますか?

針山 大きく3つあります。

1つ目は営業面での効率化です。Housmartは不動産売買会社の支援が中心ですが、イタンジは賃貸事業向けのサービスを中心に手掛けています。この2つを組み合わせることで、クロスセルが可能になりました。例えば、売買支援のサービスを提案した際に「賃貸だけ扱っています」と断られても、今はイタンジのサービスをご提案できます。このように営業のフックが増え、商談の成功率が上がっています。また、展示会に出展したとしても、以前より幅広い来場者のニーズに応えられるようになりました。

2つ目は、プロダクト開発における知見の共有です。同じ不動産でも、売買と賃貸では業務内容や課題が異なりますが、イタンジとHousmartでそれぞれの知見を持ち寄ることで、相互に補完することができるようになりました。たとえば、私は売買の知識はありますが、賃貸の課題やニーズには疎い部分がありました。一方でイタンジの永嶋は賃貸分野に精通しています。このように、売買と賃貸それぞれの知見を共有することで、新しいプロダクトの方向性が明確になり、開発スピードが加速しました。また、親会社が持つノウハウが加わることで、事業運営の効率が大幅に向上しています。

3つ目は中長期的なものですが、プロダクトを統合していける可能性があることです。現在は売買と賃貸でそれぞれ独立したサービスを提供していますが、将来的にはお互いのサービスをシームレスにつなぐ仕組みを作りたいと考えています。たとえば、イタンジが保有する豊富なデータベース基盤にHousmartの売買サービスを統合することで、データを活用した新たな付加価値を生み出せます。この統合が実現すれば、競合優位性が飛躍的に向上すると確信しています。

—— M&Aの決断は非常に大きなものだったと思いますが、どのようにその決断を下されたのですか?

針山 M&Aは、シンプルに言えば「相手あっての話」です。具体的なオファーをいただくまでは、それほど真剣に考えたことはありませんでした。しかし、実際に話が進む中で、Housmartのミッションである「住を自由に」をより早く実現できると確信しました。

とはいえ、M&Aには不確実性もあります。話が白紙になる可能性もゼロではありませんので、単独で成長する道も同時に模索していました。

これからのM&Aを目指す経営者へのアドバイス

—— これからM&Aを目指す経営者へのアドバイスをいただけますか?実際に体験されたことから、具体的なものでも抽象的なものでも結構です。

針山 アドバイスというと少し偉そうに聞こえるかもしれませんが、私が起業した2014年当時は、上場が一種のステータスとして扱われていました。どの社長も「上場を目指しています」と言うのが当たり前で、採用活動でも「うちは上場を目指しています」とアピールすることが多かったですね。上場という言葉自体がかっこいいとされていたんです。私自身も起業当初は上場を目指していました。上場企業の社長になることがかっこいいと思っていましたし、M&Aは失敗のように感じていました。しかし、冷静に考えてみると、そうではないケースもあると気づきました。創業者には創業した理由があるはずです。

もちろん、上場を目指すことも素晴らしいですが、本当に重要なのは上場そのものではなく、何のための会社か、ということだと思います。会社の理念や目標をしっかりと社内外に向けて訴求していくことも重要です。そうすれば、M&Aという選択にも齟齬が生じにくくなるでしょう。

私たちには「住まいをもっと自由にしたい」という理念があります。これまで、困難な局面ではこの原点に立ち返ることで、進むべき道を見つけてきました。だからこそ私たちは、上場ではなくM&Aを選択しました。創業の理念をより早く、確実に叶えられると判断したためです。何のために会社を作ったかという原点に立ち返ることで、より正しく、後悔のない選択ができると考えています。

氏名
針山 昌幸(はりやま まさゆき)
社名
株式会社Housmart
役職
代表取締役社長

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