この記事は2025年7月4日に「きんざいOnline:週刊金融財政事情」で公開された「駆け込み需要一服の欧州経済、追加関税と財政出動が今後のカギ」を一部編集し、転載したものです。


駆け込み需要一服の欧州経済、追加関税と財政出動が今後のカギ
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ユーロ圏の2025年1~3月期の実質GDP成長率(国内総生産)は、前期比0.6%(年率1.5%)となり、24年10~12月期(前期比0.3%、年率1.2%)から大幅に加速した。これは、トランプ関税発動前の駆け込み生産・輸出による一時的な要因が大きい。

米国向け輸出や鉱工業生産は2~3月に急増しており(図表)、品目別には医薬品や有機化学品、地域では、アイルランドの生産・輸出が増加した。ユーロ圏では、アイルランドに米欧の大手製薬会社の生産拠点が多く存在しているため、製品の駆け込み生産・輸出につながった。ただし、4月には駆け込みが一服したため、4~6月期の実質GDP成長率は反動で鈍化すると見られる。

欧州経済は現時点で、基調的に見れば緩やかな回復経路をたどっているが、今後はトランプ関税による景気の下押し圧力も強まるだろう。EUに対するトランプ関税は本稿執筆(7月2日)時点で、鉄鋼・アルミ、自動車といった重要戦略物資に関連する品目別関税と、一律の相互関税(注)で構成され、相互関税の上乗せ部分は一時停止されている。

米国とEUの貿易交渉は順調とは言い難く、ドナルド・トランプ大統領がEU向けに50%の関税を課すべきと発言(その後発動は延期)するなど、交渉決裂による上乗せ関税再開や、それ以上の関税引き上げといった下押しリスクがくすぶる。また、現時点では課されていない品目別関税対象の医薬品は対米輸出ウェイトが大きく、関税が引き上げられれば、より景気への下押し圧力が強まる。

一方、景気下支え要因として、EUの防衛強化やドイツのインフラ投資拡大への期待が集まる。EUは、トランプ政権による安全保障政策の方針転換に対応するかたちで、防衛費の財政ルール適用除外枠(6,500億ユーロ)と、防衛装備調達促進のための融資枠(1,500億ユーロ)を設定した。6月の北大西洋条約機構(NATO)首脳会議では、国防費や安全保障分野への支出を、35年までにGDP比5%に引き上げる目標が採択された。

ドイツは、2月の総選挙で第1党となった中道右派のキリスト教民主・社会同盟(CDU/CSU)主導で、憲法に相当する基本法を改正した。すでに、防衛費に関連した「債務ブレーキ」の柔軟化や5,000億ユーロのインフラ基金の創設を決定している。

経済協力開発機構(OECD)は6月に公表した世界経済見通しで、予測作成時点の関税率が変更されない前提で、ユーロ圏の成長率を25年1.0%、26年1.2%と予想している。ただし、景気の見通しは関税交渉や財政拡大への取り組みが左右する部分が大きいといえる。

駆け込み需要一服の欧州経済、追加関税と財政出動が今後のカギ
(画像=きんざいOnline)

ニッセイ基礎研究所 主任研究員/高山 武士
週刊金融財政事情 2025年7月8日号